《 第15話 ポニーテールとオーバーサイズ 》

 図書館にやってきた俺たちは、テーブル席に隣り合って座る。


 さっそく宿題を広げていると、悠里が髪を結び始めた。


 悠里と出会って1年ちょい。はじめて目にする光景だ。


「……どうしたの?」


「いや、悠里って髪を結んだりするんだなーと思って」


「最近髪が伸びてきたからね。あー、でもひさしぶりだから結ぶの難しいなー」


 チラッチラッと俺の顔色を窺いながらそう言うと、そうだ、と真新しいヘアゴムを渡してきた。


「ねえ、春馬が結んでよ」


「俺が?」


「春馬はこういうの千尋ちゃんで慣れてるでしょ」


「慣れちゃいるが……自分でできないのか?」


「ひさしぶりだから上手にできなくて。ささっと結んじゃって」


「へいへい。リクエストは?」


「春馬の好きな髪型で」


 悠里は椅子に座りなおし、俺に背中を向けてきた。


 いつも千尋にしているように、手ぐしで髪をまとめる。かなりの手触りの良さだ。髪をかき上げたことでうなじが覗け、妙な色気を感じてしまう。


「……できたぞ」


「ありがと~。わっ、ポニーテールだ~。春馬ってポニテが好きなの?」


「好きっていうか、それが無難かなって」


 まさかツインテにするわけにもいくまい。男で髪を結ぶのは珍しいながらもいないわけじゃないが、ツインテール男子は見かけないしな。


 悠里のことだし、やったらやったで似合いそうではあるが。


「……ボクのポニテ、似合ってる?」


「似合ってるけど、そろそろ暑くなるし、短くするのもいいかもな」


「短くかー……。春馬は……ショートヘア、似合うと思う?」


「俺の返答次第ではショートヘアにするのか?」


「そ、そうは言ってないよ。ただ参考までに聞かせてほしいなーって。で、どう?」


「そうだな……。似合うだろうけど、思いきってスポーツ刈りにしたらどうだ?」


「しないよ!?」


「そか。まあ帰宅部だしな」


「部活の問題じゃないよ!? ショートにするのも勇気がいるのに、そんなバッサリ切るとか無理だよ……。次も毛先だけカットしてくださいってオーダーするから」


 散髪に行って毛先だけしかカットしないのはもったいない気もするが、お金の使い道に口出しするのも気が引ける。


 悠里は気を取り直すように咳払いした。


「じゃあ宿題始めちゃおっか」


 だな、とうなずき、俺たちは宿題に取りかかる。


 宿題に意識を集中させていると、ふいに悠里が身を寄せてきた。集中力が途切れてしまう。


「ねえ、ここどうするの?」


「ど、どこだ?」


「ここだよ、こーこ」


 迷惑にならないように小声で囁きかけてくる。それがまた色っぽく感じられ、心をかき乱されてしまう。


 くそっ。ちっとも落ち着けねえ。悠里にドキドキしたくねえのに……。


 早くいままで通りにならないと、悠里に不審に思われかねない。下手すると友情が壊れてしまう。


「……」


 ふとカップルが目についた。


 俺たちと違う制服姿の男女が、書架の前でイチャイチャしている。


 その姿を見ていつもなら嫉妬心が湧いてくるところだが……今日は違った。名案が閃いたのだ。


 いまでこそ身近にいるのは悠里だけだが、第二次性徴が始まるまでは、可愛い系の男子も珍しくなかった。


 俺の友達にも、よく近所のおばさんに『可愛いわね~。女の子みたいね~』と声をかけられている奴がいた。


 それでも俺は、そいつと過ごしてドキドキしたことは一度もない。なぜなら当時、同じクラスに女子がいたから。


 対して、いまの俺は共学とはいえ実質男子校に通っている。


 つまり俺が悠里を可愛いと思ってしまうのは、あまりに女子との交流がなさすぎるから。


 女子の笑顔や匂いや柔らかさを知れば、悠里とべたべた絡んでもドキドキはしなくなるはずだ。



 よし! そうと決まれば女子と仲良くなろう!



 そうすりゃ友情を保つことができ、上手くすれば恋人だって手に入る。まさに一石二鳥の作戦だぜ!


 打開策が見つかると、急に心が軽くなった。俺はいつもの調子を取り戻し、宿題に励むのだった。



     ◆



 その日の夜。俺はスマホでファッション情報を調べていた。


 共学校になったとはいえ、俺の学年に女子はいない。1年生には女子がいるけど、上級生に声をかけられたら萎縮させてしまうだろう。それがナンパならなおさらだ。


 ナンパするなら学外がいい。向こうがグループで行動していれば萎縮されずに済むだろう。


 かといって女子のグループにひとりで挑むのは怖いので、誰かに付き添ってもらう予定だ。


 幸いというかなんというか。我がクラスには出会いを求める男子が大勢いるので、ナンパに誘えば誰かしら付き合ってくれるはず。


 しかしナンパの成功率は低いと聞く。


 無策で挑めば全敗は避けられない。


 そこで俺はオシャレ男子になることにしたのだった。いままでは特にこだわりなく買っていたが、女子にモテるにはかっこいい服が欠かせないしな。


 上手くすれば、オシャレ好きな女子に声をかけられるかも。


 そんな期待を胸に秘め、画面をスクロールして情報に目を通していく。


「ふむふむ。やっぱデカい服が流行ってんのかね……」


 いくつかサイトを巡ったが、多くのモデルはオーバーサイズの服を着ていた。


「オーバーサイズは持ってねえなぁ……」


 念のためタンスを漁ってみたが、デカい服は見つからない。どれもこれもちょうどいいサイズのものばかり。


 ピチピチのシャツは避けているが、筋トレ民としては筋肉をアピールしたいので、ほどよくフィットするものを買うようにしているのだ。


 デカい服だとせっかくの筋肉が目立たなくなってしまうけど、女子モテのためには流行を取り入れたほうがいい。


 けどなー……。こういうオーバーサイズの洋服って、着こなすのが難しそうなんだよなー……。下手するとちんちくりんに見えかねないし。


 身近にオシャレな奴がいれば買い物に付き添ってもらえるのだが……



「……そういえば、悠里ってデカい服ばっか着てるよな」



 悠里はぶかぶかの服を着ているが、ダサくは見えない。成長を見越して大きい服を着ているのだと思っていたが、あえてのオーバーサイズなのかも。


 もう22時を過ぎている。明日も学校で会うのでそのとき訊いてみてもいいが……善は急げ。いまから確認してみるか。


【よっす。いま暇?】


【暇だよ~】


 メッセージを送ると、すぐ返事が来た。暇そうにぐで~っとしている熊のスタンプ付きだ。


【相談があるんだが、いまから電話していい?】


【いつでもどうぞ~】


 さっそく電話をかけると、悠里はすぐに応答した。


『もしもし? 相談って?』


『いまさ、服について調べてたんだよ』


『へー、春馬が。珍しいね』


『ああ。んでさ、いまってオーバーサイズが流行ってる……んだよな?』


『そうだね。けっこう前から流行ってるよ』


 やっぱりそうか。流行ってるのを承知の上でオーバーサイズを着てるってことは、悠里はオシャレ知識が豊富ってことだ。毛先だけをカットするのもオシャレな髪型を維持するためなのだろう。


 そこまでの努力をしている悠里にすら彼女がいないのは先行き不安になるが……。いつも俺と連んでいるし、彼女を作るための行動をしていないだけかもしれない。


 とにかくだ。


 親友との友情を保つため。そして夢にまで見たデートを楽しむためにも、オシャレして、ナンパして、恋人を作ってみせる!


『俺もオーバーサイズの服が欲しいんだが、いい店知らないか?』


『知ってるよ』


『そかっ! よかったら買い物付き合ってくれないか?』


『いいよ。明日の放課後にでも買いに行く?』


『ありがたいけど、いいのか? べつに休日でもいいんだが……』


『気にしないで。途中で電車を降りることになるけど、お店は駅の近くにあるから。帰りもそんなに遅くはならないよ』


 悠里が言うには、うちから3駅先の駅近くにオシャレな店があるらしい。良心的な価格設定で、高校生から大学生の男女に人気なのだそうだ。


『ありがとな。悠里がいてくれると心強いぜ』


『どういたしましてっ。春馬をオシャレ男子にしてあげるから大船に乗ったつもりでいてねっ!』


 めっちゃ頼もしいなっ。さすが持つべきものは親友だぜ!


『にしても春馬が服に興味を持つって珍しいね』


『かっこいい男になりたくてな。そうだ、乳液も使ってみたぞ』


『さっそく使ったんだ。どう? 肌に合いそう?』


『いい感じだ。明日の俺は今日の俺とはひと味違うぜ』


『そんなすぐには変わんないよ』


 クスクス笑う声が聞こえ、穏やかな気持ちになる。


 面と向かっていないのも理由のひとつだが、なにより打開策を閃いたことで、心に余裕ができたのだ。


 これで女子と仲良くなれば、いままでみたいに心置きなく悠里と絡める。


『じゃあ明日な』


『うん、また明日。ばいばい』


 通話を終えると、俺はオシャレな男子になるべく続いてワックス講座に目を通すのだった。



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