《 第9話 一緒に映画 》

 土曜日。


 早めに昼食を済ませた俺は、妹の千尋を連れて近所のショッピングモールにやってきた。目当てはモール内に併設された映画館だ。



「プチキュア勝てるかなぁ……?」



 俺と手を繋ぎ、千尋はそわそわしている。正義の味方は必ず勝つのがお約束だが、まだ5歳の妹にお約束は通じない。アニメ視聴時は大声で応援しているし、日曜朝に放送のため俺はいつもその声に起こされている。


「どうだろうなー。勝てるといいな」


「ぜったい勝つもん! だってプチキュアって強いんだよ!?」


「へー。強いのか」


「うん! 一番強い! 手からバブルシャワーが出るもん!」


「おー。そりゃ強そうだな」


「めちゃくちゃ強いよ! これね、ちぃも出せるよ!」


「マジか。すごいなー」


「お風呂でね、出せた! パパにしたら『目が染みる~』って言ってた!」


「泡が目に入ったんだろうなー」


「うん! 目のバイ菌さんを退治したの! にーににもやってあげる!」


「じゃあ背中のバイ菌さんを退治してくれ」


「いいよ! 今日一緒にお風呂入ろうね!」


 千尋は俺の背中にバブルシャワーをお見舞いするのを心待ちにしている様子だが、すぐにここが映画館であることを思い出したのか、再びそわそわし始めた。


「ユーリ、まだかな~」


「そろそろ来る頃だ」


 スマホを見ると、待ち合わせの10分前だ。俺たちも本来ならこれくらいの時間に着く予定だったが、諸事情により30分近く待つことになった。


 ちなみに現地集合で、座席は確保済み。公開間もないのでいい席はすでに取られていたが、なんとか中央に近い席を確保できた。



「お待たせー」



 と、悠里が歩み寄ってくる。黒のスキニーにゆったりとしたパーカー姿だ。そんな悠里を一目見て、千尋は満面の笑みになる。俺からパッと手を離し、


「ユーリ~!」


 とてとてと駆けだして、悠里の腹にぎゅっと抱きつく。


 散歩に連れてったときも誰かとすれ違うたびに元気よく挨拶してるし、保育園でも人見知りせずに過ごせているらしいが、とりわけ悠里にはよく懐いている。


 悠里も悠里で、そんな千尋を可愛がってくれている。


「待たせてごめんね、千尋ちゃん」


「ちぃね、ずっとここにいたよ!」


「どれくらいいたの?」


「えっとね~……」


 チラッと千尋が俺を見上げる。


「30分だ」


「30分くらいいた!」


「そんなに前から待ってたの?」


「千尋が早く行きたいって聞かなくてな」


「言ってくれればボクも早めに家を出たのに」


「連絡しようかとも思ったんだが、どれくらいで着くかわからなかったんだよ」


「車だと10分もかからないよね? 道混んでたの?」


「違うよ! ちぃね、歩いてきた!」


「歩いてきたの? すごいね、元気だね」


 本当に元気満々だ。予定では父さんに送ってもらうはずだったが、天気が良かったこともあり、歩いて行きたいと言い出したのだ。けっきょく寄り道はせず、おかげで30分も待つことになった。


 父さんと母さんは知り合いの息子さんの結婚式に出ているので、元々帰りは徒歩の予定だった。


 千尋にはその分の体力を残しておいてほしかったが……プチキュアの映画を観れば元気が出るし、だっこして帰ることにはならない……よな?


「そうだ。席は取れたの?」


「いい席取れたぜ。ちょっと早いし、モールで時間潰すか?」


「ちぃね、プチキュアのおもちゃ見たい!」


「それだと時間かかっちゃうだろ」


 5歳児にとって、おもちゃコーナーは天国だ。プチキュアだけじゃなく、すべてのおもちゃを見るまで帰ろうとしないだろう。


「やだ! 見たいの!」


「じゃあさ、映画館で見ない? プチキュアのおもちゃが売られてるはずだよ」


「ほんとに!? 行きたい!」


「迷子にならないように手を繋いで行こうね」


「つなぐ~!」


 満面の笑みで悠里と手を繋ぐ千尋。……べつにシスコンじゃないけどさ。これでも可愛がってるつもりだし、俺以外の男にベタベタされると嫉妬しちゃうぜ。


「どうしたの春馬?」


「いや、悠里に懐きすぎだと思って」


「もしかして嫉妬してる?」


「しっとってなに?」


「ボクが千尋ちゃんと手を繋いでるから寂しがってるってことだよ」


「にーにとも繋いであげる! ちぃもにーにが好きだもん!」


「しょうがねえなぁ」


 シスコンじゃないが、妹に好きと言われるのは普通に嬉しい。


 俺たちは手を繋いでロビーに入る。


 ショーケースを見ると、プチキュアのグッズコーナーができていた。ペンに、消しゴムに、ノートに、下敷きに、クリアファイルに、キーホルダーなど。良心的な価格設定で、千尋くらいの年齢でも使えそうなラインナップだ。


「すごーい! プチキュアがいっぱいだー!」


「ほんとだね。あ、でもキュアシャンプーが残り少なくなってるね」


「キュアシャンプーって?」


「一番人気のプチキュアだよ。ボクはキュアリンスが好きだけどね。かっこよくて、可愛いし」


「ちぃはキュアソープが好きだよっ」


「キュアソープも可愛いよね!」


「お家の石けんもキュアソープだよ! パパがね、買ってくれたの! あとね、髪を洗うのはキュアシャンプーなの!」


「いいなー。うちのは普通の石けんとシャンプーだよ」


「今度来たとき使っていいよ!」


「ありがと。楽しみにしとくね」


「うんっ! にーに、ちぃね、キュアソープのこれが欲しい!」


 話題について行けずに疎外感を抱いていると、千尋がキーホルダーを指さした。


 今月は小遣いがピンチだが、映画代のほかに2000円をもらっている。ドリンクなりポップコーンなり買おうと思っていたが、それくらいなら俺が我慢すればいい。


「買うから大事にしろよな」


「宝物にする!」


 そうして800円のキーホルダーを購入する。


「にーに、つけて」


「はいはい」


 プチキュアがプリントされたポシェットにキーホルダーをつけてやる。ちなみに、ポシェットの中身はプチキュアのハンカチだ。千尋はこれを使うのが楽しみらしく、家に帰ると必ず手を洗うようになった。


 さて、ほかのグッズに目移りする前にジュース買うとするか。


「千尋、ジュース飲むだろ? どれが欲しい?」


「これがいい!」


「それか……」


 プチキュアのポップコーンボックスとドリンクタンブラーだった。ふたつセットで1500円。キーホルダーと併せると自腹を切ることになるが、たかが300円だ。これで妹のご機嫌を買えるなら安いものか。


「わかった。そのかわり、トイレに行きたくなったらすぐに言うんだぞ」


「うん! ありがとにーに!」


「いいお兄ちゃんだね」


「うん! にーに大好き!」


 千尋にプチキュアセットを買ってやり、となりのカウンターでオレンジジュースを購入した悠里とともにシアタールームへ向かう。


 スタッフにチケットを渡すと、千尋はプチキュアの指輪を受け取る。


「キュアソープの指輪だー!」


「よかったね千尋ちゃん」


「どうしてちぃだけもらえたの!?」


「千尋ちゃんが良い子にしてたからじゃないかな」


「うん! ちぃ、ちゃんと良い子にしてるよ! サンタさんも来たもん! にーにももらってたよ!」


「へえ、春馬はなにをもらったの?」


「苦手科目の参考書」


「メッセージ性がこめられてるね」


 なんて話をしながら劇場内に入ると、ちびっこで賑わっていた。


 千尋が不思議そうな顔で俺を見上げる。


「おしゃべりしていいの?」


「映画が始まるまではな」


 千尋は今日が映画館デビューだ。家と違って静かにしないといけないので、何度か静かに見る練習をした。最初は我慢できずにはしゃいでいたが、いまじゃ静かに視聴できるようになった。


 練習の成果が出るといいのだが……。


 千尋を挟み、俺と悠里は座席に腰かける。悠里とプチキュアトークを楽しんでいた千尋だが、館内が暗くなるとピタッと黙る。偉いぞ千尋!


 コマーシャルが流れ、プチキュア本編が幕を開けた。


 真剣に観たわけじゃないが、要約するとバイ菌を擬人化した敵が人々を襲い、プチキュアが癒やして倒すという内容だった。


 プチキュアが手を洗ったり、歯磨きしたり、顔を洗ったりしているエンディングが終わると館内が明るくなり、賑々しさに包まれる。


「もうしゃべっていいの?」


「いいぞ」


「プチキュアすごかったね! バイ菌さんやっつけたもん!」


「みんな助かってよかったね」


「プチキュアありがとーって言ってたね!」


 悠里と話しているうちにジュースなどを回収する。ポップコーンはほとんど残していたが、ジュースは空っぽになっていた。


「トイレ行こうか」


「うん! 行く!」


「ボクが連れていこうか?」


「いいよ。俺も行きたいし」


 俺たちは劇場を出た。トイレのほうへ向かっていると、千尋が立ち止まる。


 プチキュアの等身大パネルを発見したのだ。


「にーに、写真撮りたい!」


「先にトイレ行こうぜ」


「やだ! いま撮りたい!」


 せっかく上機嫌だったのに泣かれると面倒だ。ささっと撮っちまうか。


「すまんが先にトイレ済ませといてくれ」


 わかった、と悠里がトイレのほうへ去っていく。それを最後まで見届けることなく等身大パネルの前で千尋を撮影。こだわりがあるようで、千尋は色々なポーズする。


 そうこうしていると悠里が戻ってきた。


「まだ撮ってたんだ」


「ユーリも一緒に撮ろ!」


「いいよ。じゃあボクはキュアリンスのポーズで!」


「ちぃはキュアソープ!」


 ビシッとポーズを決めるふたりを撮り、千尋とともにトイレを済ませると、3人で映画館をあとにした。

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