《 第8話 グラビアポーズ 》

 春馬がボクの家に行きたいと言い出したときは、女子として意識してもらう絶好のチャンスだと期待した。


 男子が女子の、あるいは女子が男子の家をはじめて訪れる……。どうしたって緊張するし、緊張するってことは相手を異性として意識しちゃうってことだから。


 なのに……



「やっぱおもしれーな」



 春馬は女子の部屋にそわそわするどころか、漫画に集中しちゃってる。


 さっきはあんなにブラジャーに驚いてたのに、すっかり興味をなくしたみたいだ。ページをめくる手が止まらない。


 学校じゃ男装してるのに休日はあんな下着を身につけてるんだな――ってドキドキしてくれるかもって期待したのに、落ち着きすぎだよ……。先日カミングアウトしたときは、あんなに意識してくれてたのに……。


 そりゃボクだって、ぎくしゃくするのは嫌だ。春馬だって同じはず。だから春馬は春馬なりに葛藤して、ボクを悲しませないように、いままで通りに振る舞おうと決意してくれたんだ。


 気持ちは嬉しい。


 仲良くしてもらえるのはありがたい。


 だけど……だけどさ、決意固すぎない!? 全然揺らいでくれないよ! ほんと、どうすれば春馬をドキドキさせられるんだろ……。



 ……そうだ。



 ふと名案が閃いた。春馬が読んでるサイボーグメイドは、少しえっちな少年漫画。熱いバトルとラッキースケベが混ざり合った作風だ。


 それ以外にも春馬がお勧めする漫画はラッキースケベ展開が多かったし、男の子はああいうのが好きなのだろう。


 だとしたら……ラッキースケベが発生したら、春馬もドキッとしてくれるんじゃ? 転んだ拍子におっぱいを押しつけちゃうとか、お尻で顔を踏んづけちゃうとか……。


「……」


 むっ、無理無理無理っ! できない! 恥ずかしすぎる! だ、だいたいいきなり破廉恥なことするとか……これでぎくしゃくしちゃったらどうするのさっ! 良好な関係を保つためにも、じわじわ意識させないとだよ!


 たとえば……ムッチーナみたいなポーズをするとか? 制服姿のままならそんなに破廉恥じゃない。それでも女子のグラビアポーズを見れば、ちょっとは意識も変わるはず!



 よーし、やるぞ!



 ボクはグラビアポーズを思い出しつつ行動に移す。カーペットに正座すると、その脚を横に崩し、右手を上げて伸びをする。左手は口元に添え、ふわあとあくびをしてみせた。


 上半身には可愛さ、下半身には色気を取り入れたグラビアポーズ! どう、春馬!ボクこんなポーズしてるよっ!



「メイドさん強ぇ……」



 うわーん! サイボーグメイドの無双シーンに負けちゃったよぉ!


 だったら次だ!


 ボクはデスクチェアに跨がった。身体を春馬のほうへ向け、脚をガバッと開く!


 ううっ、恥ずかしい……。好きな男子の前で、こんなに脚を開くなんて……ボクはなんて破廉恥なんだ。


 で、でも同い年の女子がこんなポーズをしてるんだ。さすがに見ちゃうよねっ!



「パンツの書き込みエグ……」



 うわーん! 絵に負けちゃったよぉ!


 たしかに気合い入った作画だけど、ボクだって気合いじゃ負けてないんだから! もっとすごいポーズしてやるんだから!


 ボクはカーペットに場所を移す。


 ぺたんと女の子座りして、招き猫のポーズを取った。



「にゃ~ん」


「……」


「ふにゃあ、にゃあ~」


「……」



 全然こっち見てくれないよぉ!


 目の前で女子が猫のマネしてるんだよ!? ボクいますごく可愛いよ!? 少しは興味持とうよ!


「相変わらず達筆だな~」


 本編どころか読者質問コーナーにすら勝てないなんて……! 


 たしかに先生の回答は手書きで味があるけど、ボクだって味わい深いポーズしてるのに……。


 ううっ、男の子ってどうやって誘惑したらいいの……? すっかり自信をなくしたボクは、とりあえず火照った身体を冷やそうと部屋を出た。


 麦茶を飲んで部屋に戻ると、春馬は漫画を読み終わり、ベッドにうつ伏せになってスマホを弄っていた。


 女子のベッドに堂々と寝そべるって……。


 ボクは3回目の訪問でやっと春馬のベッドに座れたのに。


「あ、あのさ、変な匂いするかもだから……」


「めっちゃ良い匂いするぞ」


「そ、そう。ならいいけど……」


「ところでさ、さっき『にゃーにゃー』言ってたのってなに?」


「気づいてたの!?」


「目の前であんなことされたら普通気づくだろ。その前も変なポーズしてたし」


 うわあっ、うわあっ! 全部見られてた! その上でスルーされてた! しかも、変なポーズって……。


「なんで頭抱えてんの?」


「い、痛くてっ!」


 頭じゃなくて言動がねっ! 最悪の黒歴史だよ……。


「だいじょうぶか?」


「う、うん、平気……それより、時間はいいの?」


 窓の向こうは薄暗くなってきている。そろそろお母さんが帰ってくる頃だ。男子を家に招待したって知られるのは恥ずかしいので、鉢合わせになるのは避けたい。


「そろそろ帰るよ」


「駅まで送ろうか?」


「平気。道は覚えてるし。漫画ありがとな」


 春馬は立ち上がり、思い出したように言う。


「そうそう。次の土曜って暇?」


「暇だよ。遊びの誘い?」


「ああ。妹がプチキュアを観に行きたいってさ」


 プチキュアは国民的女児アニメだ。ボクが生まれる前から続いてて、毎年テーマとキャラクターが一新されている。


 ボクは小さい頃にプチキュアを見てすっかりハマり、いまでも日曜の朝は欠かさず見ている。


 春馬はプチキュアには興味がないらしいけど、妹の千尋ちひろちゃんに誘われたら一緒に見てあげてるみたい。


 ちなみに春馬と仲良くなったきっかけもプチキュアだ。


 場所はショッピングモールのゲームセンター。春馬が千尋ちゃんに応援されながらプチキュアのぬいぐるみを取ろうと必死になっているところに、ボクが通りかかったのだ。


 当時のボクは男の子の話題についていけず、学校に友達がいなかった。プチキュア好きの春馬となら話が合うと考えて、勇気を出して話しかけてみることにした。


 春馬とのはじめての会話――いまでもはっきり覚えてる。



『桜井くん、プチキュアに興味あるの?』


『いや、妹にせがまれたんだ。もう2000円も吹っ飛んでるよ……』


『ご愁傷様……。プチキュアが欲しいなら、キーホルダーとかじゃだめなの?』


『あるのか?』


『さっき見てきたところだよ。まだ全キャラ揃ってたよ』



 そんな感じの会話だった。


 千尋ちゃんの興味はすぐにキーホルダーに移り、春馬に「おかげで小遣いがパーになるのを回避できたよ」と感謝された。


 春馬とはその場で別れたけれど、学校でもあらためてお礼を言われ、それから休み時間によく話しかけられるようになり、ボクのほうからも話しかけるようになり……いまの関係が築かれたのだった。


 ボクはプチキュアが好きだし、春馬のことも、妹の千尋ちゃんのことも大好きだ。一緒に行かない理由はない。


「うん、いいよ。ボクも観に行きたかったし」


「決まりだな。時間決まったら連絡するから」


「うんっ。楽しみにしてるねっ!」


 そうして一緒に映画を観ることが決まり、ボクは春馬を玄関まで見送るのだった。

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