第2話 雪花の名言

 人は愛されたいと願いながら、誰かに関心を向けず、人は正しくありたいと願いながら、間違いを犯さずにはいられない。

殺す。

殺される。

奪う。

奪われる。

忌まわしき循環が、世界を形作るなら

誰かが世界を滅ぼさなければならない。


私はあの日、暗い闇の中で目覚めたわ

壊れた世界を直すために

壊れるべき世界を壊すために

天地万有、つまり、空と大地と形ある全てのものは、一切合切歪んでいた。



「待ってよ………………………みたま…………お願い…………………私を………………私を……………………おいていかないでよ…………みたま……………私は………………貴女がいないと……………………………………私は……………………………」


「私は貴女を無視しないわ。軽蔑しているのよ」


「私、殺生好きなの」


「愛されたいという執着はあっても生きたいなんて執着は微塵もない私が可笑しいの? それとも 生きたいという執着はあっても、愛されたいという執着のない世界が可笑しいの? 」


「焦眉しなさい、森羅万象あらゆる存在があなたの敵よ」


「世界は超越者貴女達の物よ。大地を踏み鳴らす獣の物でも、蒼穹を駆ける鳥の物でも、女神様の物でも、人間族彼女らの物でもないわ」

「穎脱の秀才なんかいないわ。私が殺したから」

「生命とは、ただそこに存在するだけの無価値で陳腐な存在。あなたを抱きしめてくれることも守ってくれることもないわ」

「頑是の無い子供? 大人の方がよっぽどないわよ」

「寛恕を請いなさい」

「誰かの生命を護るために……誰かの生命を散らすというパラドクス」

「個性という言葉は嫌いよ。みんなが統一された思考、統一された価値観、統一された姿でなきゃ、憎み合うしかなくなるわ」

「お月様ならわかってくれるかしら? 世界を壊したいくらい傷ついた私の気持ちを。私達は悲しみの雨を降らせる人達のお顔が晴れるために戦っているのに、誰も幸せにできていませんの。それが悔しくてそれがもどかしくて心が痛くなりますの。悲しくて泣いていた女の子がいても気付かないようなグラスに注がれる赤ワインほどの優しさもない者ばかりが幸せになって、無垢で純粋で孤独な人が幸せになれないのが、この世界の理ならそんな世界、壊して差し上げたいわ!」

「私が命を些末なものとして扱っていると言うよりは、貴方達人間が生命に執着し過ぎなのよ」


【関連用語】


グラズヘイム

北欧神話に登場する土地、もしくは建物。名前は「喜びの世界」を意味する。オーディンのヴァルハラ宮殿の建つ場所とされるが、神々の住む黄金作りの建物とされることもある。

ヨトゥンヘイム

巨人たちの世界ヨトゥンヘイム。ミズガルズの東とも北とも言われるその世界は、人知の及ばぬ不思議な土地だった。

・神々を付け狙う巨人たちの住む世界

 ヨトゥンヘイム人間の国ミズガルズを守る囲いの外に位置する巨人の国である。ウートガルズ(囲いの外)と呼ばれることもあるが、その場合は雷伸トールを苦しめた巨人ウートガルザ・ロキの領地と必ずしも同一のものではない。その位置については諸説あるが、『詩のエッダ』や『スノッリのエッダ』の記述から、ミズガルズの北方から東方にかけての海岸線付近と考えられている。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、神々が世界を造った際、彼らの住処をそこに定めたのだという。

 ヨトゥンヘイムには巨人ミーミルの管理するミーミルの泉があり、世界樹ユグドラシルがその泉に根を伸ばしていた。また、南方には毒の川エーリヴァーガルが流れており、『スノッリのエッダ』の「詩語法」には、北方から帰還する雷神トールがこれを渡ったという記述がある。

ギョッル

北欧神話に登場する川、人間の世界のそばを通り、やがて冥界ヘルヘイムに至るとされる。生者の世界と死者の世界を隔てる川であり、冥界に入るにはギョッル川に架けられた黄金の橋ギアラルを渡らなくてはいけない。

ペルソナ

ラテン語で、劇で役者がかぶる仮面のこと。そこから劇の登場人物、ひいては人間を指す言葉になった。心理学では、他人から見える表向きの自分。

マク・ア・ルーイン

ケルト神話に登場する剣。名前は「槍の息子」の意味。英雄フィン・マックールの持ち物で、巨人の王を苦しめる化け物を退治した際に用いられた。

魔女

毒薬や超常的な力を用いて様々な害をもたらす人々のこと。英語の「witch」の訳語。「魔女」という呼び名ではあるが、男性も含まれる。悪魔と契約し、ホウキで空を飛ぶ醜い老女などの現在のイメージは、15世紀以降にキリスト教の聖職者が体系化した悪魔学の影響が強い。18世紀以降になると、ロマン主義を背景に古代の知識や失われた異教の伝統を受け継いだ人々とも考えられるようになった。

ロキ

北欧神話に登場する神の1柱。巨人族のファールヴァウティとラウフェイの息子。本来は巨人族に属するが、オーディンの義兄弟となり神々の仲間に加わった。容姿は美しいが、性格は気まぐれでひねくれ、奸智に長けている。しかし、調子に乗りすぎて自ら窮地に陥ることも多い。神々に厄介ごとをもたらす半面、様々な恩恵や宝物をもたらしてもいる。光神バルズル殺害から神々との仲は険悪になり、最終的に捕らえられ地下に幽閉された。妻シギュンが器で受けないと顔に毒蛇が毒を垂らすようにされており、その痛みで苦しむのが地震の原因とされている。ラグナロクにおいては巨人族の軍勢に加わり、神々の見張り番ヘイムダルと相打ちになるのだという。


ユグドラシル

9つの世界にその枝を広げる世界樹ユグドラシル。巨大なトネリコの下には様々な生き物たちが身を寄せていた。

 ・9つの世界を貫く世界樹

 ホッドミーミルの森、レーラズの樹などと同一視されることもあるユグドラシルは、北欧神話の9つの世界に枝を伸ばす巨大な世界樹である。「ユッグ(オーディン)の馬」を意味するトネリコは、『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、あらゆる木の中で最大、最良のものであるという。生命の象徴でもあったらしく、古語『フィヨルスヴィズの歌』には、その実を煮込んで食するとお産の助けになると語られている。このユグドラシルを支えるのは3本(『詩のエッダ』の「巫女の予言」では9本)


エインヘリヤル

来るべき破滅の日に向けて戦場から集められる勇敢な戦死者たち。彼らは神々の園で、戦いの技を磨き続ける。

・オーディンの元に集められた戦死者たち

 エインヘリヤルは、来るべき最終戦争ラグナロクに備え、主神オーディンやフレイヤが集めている歴然の勇士たちである。その名前は「1人で戦うもの」を意味し、戦争の中で手傷を負って死んでいったものたちによって構成されていた。彼らの住むヴァルハラは一種の理想郷であり、当時の人々は死に際して、自らを武器で傷つけてでもそこに召されることを望んでいたのだという。『ヘイムスクリングラ』において人間化されたオーディン自身もまた、槍で自らを傷つけて死ぬのである。

 『詩のエッダ』の「グリームニルのことば」によれば、ヴァルハラはグラズヘイムにあり、梁は槍、屋根は盾、ベンチは鉄帷子で覆われていた。傍らにはレーラズと呼ばれる大樹があり、その影を館の上に落としている。

エインヘリヤルたちは540もある扉から毎日出かけていき、娯楽としての戦闘に明け暮れていた。

ここでは、死人も怪我人も夕方には回復したのである。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、戦いを終えた彼らを迎えるのは、夕方になると生き返る牡豚セーフリームニルの煮物と、ヘイズルーンという牡山羊がレーラズの葉を食べて出す蜜酒の乳だった。これを美しいヴァルキュリャたちが給仕し、高座に座ったオーディンと共に仲良く食事を楽しむのである。


テュルフィング

王が気まぐれにドヴェルグに作らせた剣。それは人々に栄光をもたらすと同時に破滅をもたらす魔剣であった。

 ・勝利と破滅をもたらすもの

 テュルフィングは、スヴァフルラーメ王が、ドヴェルグ(小人族)のドヴァリンろドゥリンに鍛えさせた魔剣である。彼らは王の策略で地上から岩山に戻れなくなり、仕方なく王の注文どおりの剣を鍛える羽目になった。王は「柄は金ででき、鉄でも衣服と同じくやすやすと切れ、決して錆びつかぬこと、そして持ち主が誰であろうと、そのものにきっと掌理を与える」という無茶な注文をドヴェルクたちに突きつける。ドヴェルクたちは王の注文どおりの剣を鍛えるが、腹いせに「剣は抜かれるたびに1人の人間に死をもたらす。それで3度までに悪い望みをかなえるが、持ち主もそれによって死を受ける」という呪いを付け加え岩山に帰っていった。

 ドヴェルクたちの呪いは絶大だった。王はチュルフィングにより数々の勝利を得たが、ついに半巨人のヴァイキング、アリングリムの手にかかって死んだ。さらに剣はアリングリムの息子でベルセルクのアンガンチュルの手に渡るが、彼の暴虐の限りを尽くした挙句、ヒャルマールという戦士と相討ちになって命を落とす。

ベルセルク


オーディンの加護を受け、無敵の強さを誇る狂戦士たち。しかし、彼らは神々の零落と共に、その地位を落としていった。


・オーディンの加護を受ける戦士たち

 ベルセルクは、主神オーディンに仕える戦士である。もっとも、彼らの活躍する神話はほとんどない。『詩のエッダ』の『バルドルの夢』においてバルドルの弔問にきた女巨人の娘を4人がかりで抑えている姿が見られるのみである。彼らが活躍するのは、主にサガなどにおいてであった。

こうした物語の中で、ベルセルクは優秀な戦士として扱われている。しかし、時代が下るにつれ無法者として描かれるようになってしまう。

 ベルセルクは一般的に『狂戦士』と訳されるが、それは彼らの戦いぶりに起因している。『ヘイムスクリングラ』の序章「ユングリンガ・サガ」によれば、彼らは戦いになると鎧を身にまとわずに戦い、まるで狂った犬か狼のように盾に噛み付き、熊か牡牛のように強かった。また、彼らは多くの敵を殺したが、彼ら自身は火にも鉄にも傷つかなかったという。

 一見、無敵とも思われるベルセルクだが、欠点がなかったわけではない。『エギルのサガ』などによれば、ベルセルクは「ベルセルクの激怒」と呼ばれる状態になると手に負えない強さを発揮するものの、1度その状態を脱すると疲労のために動けなくなった。そのため、その時を狙われて多くのベルセルクが倒されている。また、『キリスト教のサガ』には、アイスランドで布教を行っていた司祭サプグランドに決闘を申し込んだドヴェルグが、聖別された火で火傷を負い、清められた剣に刺し貫かれたという記述もある。


ヨルムンガンド

神々によって深淵の海に投げ込まれたヨルムンガンド。彼はやがて大地を囲むほどに成長し、雷神トールの宿敵となった。

・大地を囲む大蛇

 大蛇ヨルムンガンドは、悪神ロキが女巨人アングルボザとの間にもうけた3兄妹の1人である。神々に害をなすと考えられ、生まれてすぐに海に投げ込まれたが死なず、海の中で成長を続けたのだという。最終的には人間の世界ミズガルズを含む大陸を一回りして自分の尾を咥えるほどに成長したため、ミズガルズ蛇とも呼ばれていた。

 ヨルムンガンドについて特筆すべきなのは、雷神トールとの因縁である。それらの記述は、『詩のエッダ』の「巫女の予言」や「ヒュミルの歌」でも語られているが、ここではより内容のまとまった『スノッリのエッダ』の記述を紹介しよう。

 かつて巨人ウートガルザ・ロキを訪問したトールは、幻術によってヨルムンガンドを大きな灰色の猫と思い込まされた。彼はウートガルザ・ロキとの勝負の一環としてこの猫を持ち上げようとするが、実際には世界規模の大蛇を持ち上げられるはずもない。トールの目に映ったのは、かろうじて片足を持ち上げた猫だった。後にこのカラクリを聞かされたトールは、恥をかかされたと思いヨルムンガンドを釣り上げるために巨人ヒュミルを訪れるのである。トールはここで見事にヨルムンガンドを釣り上げるが、怯えたヒュミルによって釣り糸を切られたため止めを刺すことはできなかった。

 最終戦争ラグナロクにおいて、ヨルムンガンドは強大である巨狼フェンリルと共に神々の世界に押し寄せた。その際、地上は彼の起こす大津波に洗われ、空と大地は彼の吐く毒に覆われたのだという。

ドヴェルグ(小人族)

大岩や岩の中に住む小さな名工たち。しかし、その性格は細工の腕ほど優れたものではなかった。

・北欧神話における最高の職人たち

 ドヴェルグは北欧神話に登場する、優れた技術を持った小人たちである。北欧神話に登場する魔法の品々のほとんどが彼らの手によるものと言えば、その技術の確かさがわかるだろう。しかし、その性質は概して邪悪であり、神々の一部や巨人たちのように信仰の対象になることはなかった。

 彼らの作る魔法の品々も彼らの性質を引き継いだものが多く、何かと引き換えにその力を発揮するものが多い。もっともこれは彼らにも言い分があるだろう。そのような品々の多くは神々や人間に強要されて作ったものであり、正当な報酬を支払われてはいなかったのである。

 ・ドヴェルグの特徴

『詩のエッダ』の「巫女の予言」などによれば、彼らは原初の巨人であるユミルの死体(大地)の中に、あたかもウジが湧くように発生したと言われている。これを発見した神々は採決の末、彼らに人間に似た姿や知性を与えたのだという。彼らドヴェルグの上に君臨したのが、モートソグニルと呼ばれるドヴェルグである。彼はドゥリンというドヴェルグと共に、土くれから多くのドヴェルグを生み出した。こうしたドヴェルグたちには、土くれの中に住むものと岩の間に住むものの2種類が存在している。


フェンリル

神々の敵となることを予言された狼。彼は神々を信頼したがゆえに世界の終末まで拘束されることとなった。

・神々の父を飲み込む狼。

 フローズルスヴィトニルやフェンリル狼とも呼ばれるフェンリルは、悪神ロキがもうけた3兄妹のうちの1人である。『スノッリのエッダ』によれば、彼らはロキと女巨人アングルボザの間の子であり、一説にはアングルボザの心臓を食べたロキが彼らを孕んだのだという。3兄妹が自分たちを害するという予言を受けた神々は、ヨトゥンヘイムで育てられていた彼らを捕らえ、ヨルムンガンドとヘルを放逐する。しかし、まだ小さかったフェンリルはアースガルズにおいて養育されることとなった。もっとも、凶暴だったらしく世話ができるのは戦神テュールだけだったようだ。

 時がたち、日増しに大きくなるフェンリルと不吉な予言を気にした神々は彼を拘束することに決定したをアームスヴァルトニル湖にあるリュングヴィという小島にフェンリルを連れ出した神々は、力試しをしようと彼を偽る。フェンリルは神々の提案に不審なものを感じるが、テュールが彼の口の中に手を置くと言うので彼らを信用した。しかし神々は彼を裏切り、グレイプニルと呼ばれる魔法の紐で縛り上げ、ゲルギャと呼ばれる網で岩に固定してしまう。さらに、口に猿轡の代わりの剣が突っ込まれたので、フェンリルは口を閉じることができず、口から流れ出た大量のよだれはヴォーンと呼ばれる川になった。もっとも、この拘束は完璧なものではない。


ヘル

神々によって極寒の世界に追放されたヘル。しかし、彼女はどこで死者たちの女王となった。

・オーディンによって定められた冥界の女王

 ヘルは、悪神ロキが女巨人アングルボザとの間にもうけた3人の子供のうちの1人である。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によればその半身は青黒く、もう半分は人肌の色をしていた。またその顔つきは険しく、恐ろしいものだったという。

 神々に災いをもたらすと考えられた彼女は、兄の大蛇ヨルムンガンドと共にヨトゥンヘイムに追放される。そして極寒の世界ニヴルヘイムに落とされた。主神オーディンは彼女に9つの世界を支配し、藁の死(老衰や病気による死亡)を遂げた死者たちを支配する権限を与える。このときのオーディンの真意はわからない。しかし、オーディンにとっては、勇敢な戦死者であるエインヘリヤルたち以外興味の対象ではなかったのであろう。ともあれ、ヘルはニヴルヘイムの地下にあるニヴルヘルに自らの館エリューズニルを築き、死者の女王として君臨するようになった。

 ヘルの支配する死者たちの暮らしは、あまり良いものではなかったようだ。少なくとも、北欧の戦士たちの多くは藁の死を嫌い、自らの身を傷つけることで最後を遂げている。

 もっとも、ヘルはオーディンの息子バルドルには優しかった。彼には特別に高座が与えられ、彼の面会に訪れたヘルモーズとも問題なく面会することを許されている。また、悪神ロキの邪魔によって実現こそしなかったものの、バルドルを地上に返す交渉にすら応じていた。

 ヘルは最終戦争ラグナロクにおいて、自ら動くことはなかった。彼女の手勢である死者の軍団をロキに預けたのみである。そのため、彼女がその後どうなったかについては、研究者によって意見が別れる。

 






ラグナロクで猛威を振るう動物たち


最終戦争ラグナロクにおいて脅威となったのは、決して巨人族やムスペッルの軍勢だけではなかった。


・荒れ狂う獣たち

神々と巨人族の戦いに先駆け、太陽と月をのみ込み世界に混乱をもたらすのは、スコルとハティと呼ばれる2匹の狼である。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、彼らの一族は狼の姿こそしているものの、ミズガルズの東にある森イアールンヴィズに住む女巨人から生まれた巨人であった。『詩のエッダ』の「グリームニルのことば」によれば、彼らが太陽と月を追いかけるのは彼らの住む森を守るためなのだという。

なお、太陽を飲み込むのは悪神ロキの息子フェンリル、月を飲み込むのはイアールンヴィズに住む狼の一族最強のマーナガルムであるという異説も存在している。

 戦神チュールと相打ちとなる猛犬ガルムは「クリームニルのことば」によれば、「犬のうちでは最高のもの」であった。ガルムがつながれているグ二パヘッリルはニヴルヘルの門であることから、『詩のエッダ』の「バルドルの夢」において主神オーディンがニヴルヘルの入り口で出会った「胸を血で赤く染めた犬」と考えられている。

 こうしたラグナロクにおいて猛威を振るう動物たちの中で、最も人間を苦しめたと思われる存在は青い嘴を持つ鷹とフェルゲルミルに棲む黒龍ニーズホッグである。『詩のエッダ』の「巫女の予言」によれば、彼らはラグナロクにおいて罪人の死体を貪るのだという。青い嘴の鷲に関してはレスヴェルグと同一視されることが多い。一方、ニーズホッグは普段から罪を犯した人間たちの死体を食事としていたようだ。その食べっぷりは凄まじく、ラグナロクの後死者の魂を乗せて空に舞い上がるものの、その重さに耐えきれなくなって墜落してしまったという。


人狼魔法

自分が狼に変身して人を食い殺したり、他人を狼に変身させたりする人狼魔法は、変身魔法の中でも最も恐ろしい黒魔術だが、弱点もあった。

・変身魔法の中でも最も恐ろしい人狼魔法

 人狼魔法は、自分自身が狼に変身して人を食い殺したり、他人を狼に変身させたりする、変身魔法の中でも最も恐ろしい黒魔術である。

 ここではとくに自分自身が狼に変身する方法を採り上げよう。1世紀のローマの作家ベトロニウスの小説『トリマルキオの饗宴』によれば、その方法は次の通りである。月が真昼のように明るく輝く夜、墓場のそばで服を脱ぎ、脱いだ服を重ねる。それから、その周りに輪になるようにおしっこをする。と見る間に、自分の姿が狼に変身するのである。

 ヨーロッパ東部のスラヴ地方にも人狼伝説は多いが、ロシアの説話では、狼への変身は次のように行われる。まず、森の中にある伐り倒された木の幹に小型の銅製のナイフを刺し、その幹の周りを回りながら、呪文を唱える。「海に出て、大海に出て、ブヤーンの島に着き、空地に出れば、月が白柳の木の上に輝き、緑の森に、小暗き谷に、毛むくじゃらの狼が行く、あらゆる角ある家畜はその牙にかかる。しかし、狼は森の中にはいらず、谷に忍びこまない。月よ、月よ、黄金の三日月よ、鉄砲玉を溶かせ、ナイフを切れなくせよ、節くれだった杖を砕け、獣らと人間どもと虫けらどもに恐れをいだかせよ、彼らが灰色の狼を捉えないように、その暖かい毛皮を削がないように! わが言葉は堅く、永久の眠りよりも、勇士の言葉よりも堅い!」(『スラヴ吸血鬼電考』栗原成朗著より)。それから3度木の幹の上を飛び越えると狼に変身できたのである。

 ところで、こうして人間が狼や動物に変身した場合、注意しなければならないことがある。動物になっている間に身体のどこかに怪我をすると、人間の姿に戻ったときにも、同じ場所に怪我をしているのである。



使い魔の黒魔術

悪魔と契約した魔女たちはそれと引き換えに小さなペットのような使い魔を与えられ、黒魔術を使うとき、自分の手先として利用した。

・ペットのような使い魔を派遣して悪事を働く

中世から近世にかけてのヨーロッパでは、悪魔と契約した魔女たちは、契約と引き換えに悪魔から階級の低い小悪魔を与えられると信じられていた。これが使い魔であり「インプ」と呼ばれることもあった。

魔女は使い魔を手先として使い、人や動物に魔法をかけたりしたが、その見返りとして、自分の血を使い魔に与えたという。したがって、使い魔を飼うこと自体が黒魔術だったのである。

使い魔が魔女の血を吸う部位は「魔女の印」

と呼ばれた。誰でも、身体のどこかに、ホクロやイボのような突起物があるものだが、それが「魔女の印」であり、小さな乳首の役を果たすと考えられたのだ。

そして、「魔女の印」の存在が、その者が魔女であることの証拠とされた。

使い魔は、犬、猫、山羊、牡牛、ヒキガエル、フクロウ、鼠など、とにかくその辺にいる動物の姿をしていることが多かった。ただ、動物の姿をしていても、魔女は動物の姿をした悪魔とは別なものだった。


魔女の軟膏

悪魔と契約した魔女たちは、油を主成分とした軟膏を使い、空を飛んだり、動物に変身したり、人殺しをすることができた。

・飛行や変身を可能にした魔女の軟膏

 中世ヨーロッパでは、悪魔と契約した魔女たちは、油を主成分とした軟膏を使い、黒魔術を行うと信じられていた。この軟膏を使って、魔女たちは空を飛んだり、動物に変身したり、人殺しをしたりするのである。

軟膏の材料は実にさまざまだったが、赤ん坊の脂肪やコウモリの血といった不気味なものや、幻覚を引き起こす麻薬類が加えられることが多かった。たとえば、悪魔憑きを起こす軟膏としては、「聖体、聖別されたブドウ酒、粉末にした山羊、人間の骨、子供の頭蓋骨、髪、爪、肉、魔術師の精液、鵞鳥の雛、雌鼠、脳」などが使われた。殺人用軟膏には「ドクニンジン、トリカブトの汁、ポプラの葉、煤、毒セリ、菖蒲、コウモリの血、赤ん坊の脂肪」などが。飛行用には「墓から掘り出した子供の脂肪、セロリ、トリカブト、キジムシロの汁」などが用いられた。

 こうした材料を、魔女たちは大釜で煮込むと信じられたいた。そして、飛行する場合には、その軟膏を身体全体に塗り、さらに空中でまたがる箒に塗るのである。すると、魔女は動物の姿に変身し、箒に乗って空を飛ぶことができるのである。

 しかし、15世紀になると、ヨーロッパのほとんどの悪魔学者たちは、魔女の軟膏にそのような現実的な力があることを疑うようになっていた。悪魔学者ジャン・ド・ニノーは『狼憑きと魔女』

(1615年)の中でいかに悪魔といえども神でない以上は事物の本質を変えることはできないので、人間を動物に変身させたり、その魂を肉体から引き離して再びもとに戻したりすることはできないといっている。にも関わらず魔女たちが現実にそうしたと主張するのは、悪魔が幻覚作用を使って彼らの感覚をまどわしているからだというのである。

災厄転移の魔術

さまざまな災厄をほかの人物や動物、物などに転移させる魔術は、重荷を移される人間にとっては完全な黒魔術になってしまう魔術だった。

・自分だけよければいい身勝手な黒魔術

 災厄転移の魔術は、病気、災厄、罪などの重荷を、ひとりの人物からほかの人物や動物、物などに転移させる魔術である。重荷を取り除かれる人にしてみればありがたい白魔術といえるだろうが、重荷を移される身になると完全な黒魔術になってしまうのである。

 災厄を転送する方法は災厄の種類や地域によってさまざまだった。

たとえば、熱病を転移するには次のような方法があった。ローマでは、患者の爪を切り取り、その切りクズと蝋をこね合わせる。それを日の出前に隣家の戸につけておく。すると、熱は患者から隣人に移ってしまうのである。ギリシアでは同じ魔術を使うのに、ただの蝋の塊ではなく、蝋人形の形にしたという。オークニー諸島では熱病患者の身体を水で洗い、その水を家の前に撒いた。すると、家の前を最初に通った人に熱湯が移ってしまい、患者の熱は下がるのである。バイエルンでは難病になった者自身が、「熱よ、去れ! 俺は留守だ!」と紙片に書き、それをそこらにいる他人のポケットに突っ込んだ。そうすると、その人に熱が移り、患者の熱は下がるのである。ボヘミアの熱病患者は次のような方法を用いた。空の壺を持って交差点へ行き、それを地面に投げつけて、すぐに逃げ出すのである。





堕天使


天使たちが天から落とされた理由は文献によって異なる。ある場合はそれは欲望のせいであり、ある場合には傲慢のせいである。

ついに大洪水を起こして地上の生き物たちを滅ぼす決意をするのである。つまり、堕天使とは欲望のために天を追われた者たちということだ。

しかし、旧約聖書偽典『アダムとエバの生涯』には別の物語がある。これによると天地創造のとき、神は天使たちを作った後で自分自身の姿に似せて人間のアダムを作った。このため、天使たちは神の姿に作られたアダムを拝さねばならなかった。しかし、誇り高いサタンは自分よりも劣り、後に作られたものを拝するなどできないと主張した。

説得する天使ミカエルにサタンはいった。「神が怒るなら、俺は自分の座を天の星よりも上の方に置き、いと高き方と似たものになってやる」こうして、サタンは仲間の天使たちとともに神の怒りで地に投げ落とされたのだ。

そして、嫉妬から幸福に暮らすアダムとエバを陥れ、エデンの園から追放されるように仕向けたのである。

つまり、悪魔の堕天の理由はここでは傲慢(誇り)であり、人間を苦しめる理由は嫉妬なのである。









サタンの聖書

悪魔教会の魔導書『サタンの聖書』が崇拝するサタン(悪魔)とは、ただのサタンではなく、キリスト教や社会の権威を否定する存在の象徴である。

・キリスト教的悪魔を否定する悪魔崇拝

『サタンの聖書』は1969年にアントン・サンダー・ラヴェイ(1930~1997)によって著され、翌年に出版されて大ベストセラーとなった魔導書である。ラヴェイ、本名はワード・スタントン・リーヴィーはシカゴ生まれで、高校中退後にナイトクラブでオルガン弾きなどをしながら、オカルトの知識を身に付けた。そして、1960年代には黒魔術師としてサンフランシスコで有名になり、1966年にChurch of Satan(悪魔教会)を設立した。この悪魔教会のために、ラヴェイが自分自身の思想と信念をまとめたのが『サタンの聖書』である。

 しかし、『サタンの聖書』はその題名から想像されるような悪魔崇拝の書ではない。ここで重要なのは、ラヴェイにとってのサタンとは、キリスト教における悪魔ではなく、キリスト教そのものや社会の権威を否定する存在の象徴だということだ。ラヴェイはむしろ神や霊のような超自然的存在を否定するのである。だから、通常の意味の悪魔も否定されてしまう。では、ラヴェイの悪魔とは何かといえば、それは自然そのものに内在する隠された力であり、人間そのものの欲望といってもいい。このため、精欲・高慢・大食などのキリスト教の七つの大罪も美徳とされるのだ。



ヴァリアンテの『影の書』

本来は秘密のものだった『影の書』の内容がガードナーの愛弟子ヴァリアンテによって公開され、ウィッカの7つの儀式が明かされた。


・宇宙エネルギーを集積する魔法円

ドリーン・ヴァリアンテ(出生年不明~1999)はガードナーが魔女宗ウィッカを創設した当初からの信者であり、魔女である。詩才にあふれた女性であり、ガードナーによって作られたウィッカの魔術の実践マニュアルである魔導書『影の書(リベル・ウムブラルム)』を発展させるのにも大いに貢献した。

そんなヴァリアンテが彼女自身の『影の書』

を公開したのは1978年だった。ウィッカにおける『影の書』は本来は個人的で秘密なもので、公開されるべきものではなかった。しかし、ガードナーの死後、勝手に修正されたウィッカの儀式を流布する者も現れるようになった。そんなインチキを信じられては困るので、ガードナーの愛弟子である彼女が自身の『影の書』を公開することにしたのだという。

この『影の書』の中で、ヴァリアンテはウィッカにおける基礎的な7つの儀式について語っているが、満月のエスバットの儀式、サバとの儀式、カヴンの参入儀式、カヴンの呪文である。

このほか、これらの儀式で使われる、七芒星、アンドレッドのルーン文字、紐の呪文、月の女神の召喚、角ある神の召喚、歌と踊りに関する説明もある。これらの魔術儀式によって、魔女たちは自分たちの願望を実現しようとするわけだが、その願望は決して邪悪なものではないという点を強調したい。彼らの最大の願望は自然や宇宙との一体化だからだ。

 






神秘のカバラー



20世紀最大の魔術師の1人ダイアン・フォーチュンによる、ユダヤ教カバラの奥義である<生命の木(セフィロトの木)>の攻略法とは

・黄金の夜明け団流のカバラ魔術の書

『神秘のカバラー』(1935年)は20世紀最大の魔術師の1人ダイアン・フォーチュンが書いた魔術書の傑作であり、魔術カバラの最高の解説書といわれているものである。

内容は、ユダヤ教カバラの奥義である<生命の木(セフィロトの木)>の解説である。

 <生命の木>は1~10の数字のある10個の球体セフィラーとそれを結ぶ22本の小道でできている。ここに宇宙のいっさいが封じ込められている。第1のセフィラー<ケテル>は宇宙における神の最初の現れ、神から流出した神の霊そのものである。第2の<コクマー>は神の霊から発する息吹である。このようにして、順次神から遠ざかり、最後に10<マルクト>が形成される。これは人間が生きている世界である。そこでカバラの術者は<マルクト>から出発し、22本の小道を使ってそれぞれのセフィラーを会得し、全宇宙の中で最高の存在である<ケテル>への到達を目指す。つまり、魔術カバラは可視的・物理的現実界から出発し、中間の精妙な霊的世界(アストラル・ライト)を通過し、それを超越した存在へと至るための魔術である。究極の絶対者との合一をひたすら求めるのではなく、そこに至る段階を一つひとつ昇って行こうとする精神的な修行なのである。


ただし、フォーチュンの魔術カバラはユダヤ教のカバラそのものではない。彼女は黄金の夜明け団の流れを汲む魔術師であり、『神秘のカバラー』はユダヤ教のカバラを黄金の夜明け団流に解釈しなおしたものである。






53 カミオまたはカイム 長官



30軍団の長。ツグミの姿で出現した後、尖った剣を持つ人の姿になる。答えるときは、燃える灰は石炭の中にいるように見える。優れた論争家であり、鳥、去勢牛、犬などの生き物の鳴き声から、本音の意味まで理解する能力を与えてくれる。未来も教えてくれる。




54 ムールムールまたはムールマス 公爵または伯爵






55 オロバス 王子



20軍団の長。馬の姿で出現した後、命令によって人の姿になる。過去、現在、未来について告げ、威厳や高位聖職者の地位を与えてくれる。また、友にも敵にも好意を持たせ、神性および世界の創造について教えてくれる。術者に誠実なので、悪霊を使ってたぶらかすことはない。



56 グレモリイまたはガモリ公爵

26軍団の長。腰に侯爵夫人の冠を結び、立派なラクダに乗って出現する。過去、現在、未来について語り、隠された財宝の在り処を告げ、老若問わず女性に愛されるようにしてくれる。





57 オセまたはヴォソ 長官




58 アミィまたはアヴナス 長官

36軍団の長。燃え上がる炎として出現し、しばらくして人の姿になる。天文学、教養学に卓越した知識を授け、よき使い魔をもたらし、霊が守護する財宝について語る。


59 オリアックスまたはオリアス 侯爵

30軍団の長。大蛇の尾を持つライオンの姿で、逞しい馬に乗り、右手にシューシューいう2匹の大蛇を持って出現する。占星術を教え、人を変身させ、動かし難い威厳と高い地位を与える。敵からも友からも好かれるようにしてくれる。


60 ヴァプラまたはナフラ 公爵

 36軍団の長。グリフォンの翼を持つライオンの姿で出現する。すべての手工芸、専門技術、哲学やその他の科学についての知識を授ける。



61 ザガン 王または長官

 33軍団の長。グリフォンの翼を持つ牡牛の姿で出現し、しばらくして人の姿になる。人を機知に富ませ、ワインを水に、血をワインに、水をワインに変える。あらゆる金属を有力な通貨に変えることができ、愚か者を賢者にすることもできる。


62 ヴォラクまたはヴァラクまたはウァラク 長官




63  アンドラス 侯爵

30軍団の長。漆黒のワタリガラスの頭を持つ天使の姿で逞しい黒狼に乗り、輝く鋭い剣を振り回しながら出現する。不和を撒き散らす者であり、注意しないと術者とその仲間も殺されてしまう。

64 ハウレスまたはハウラスまたはハヴレスまたはフラウロス 公爵

36軍団の長。頑強で恐るべき豹の姿で出現して命令すると爛々と燃える目をした恐ろしい顔つきの人の姿になる。過去、現在、未来の全てに通じているが、魔法の三角形の外では嘘ばかりつく。最後には神性と世界の創造、霊たちの堕落について語ってくれる。術者を他の霊から守り、望めば敵を破壊し焼きつくす。

68 ベリアル 王

80軍団の長。ルシファーの次に創造された悪魔である。美しい二人の天使の姿で炎の戦車に乗って出現する。そして、穏やかな声で、天使たちと戦って自分が一番最初に天から追放されたと証言する。聖職や議員の地位をもたらし、友からも敵からも好かれるようにしてくれる。また、よき使い魔ももたらす。





参考文献


『幻想用語辞典』

『図解北欧神話』

『図解黒魔術』

『図解悪魔学』

『図解魔導書』

『日本現代怪異事典』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る