第28話 日本神話の登場人物、用語

ヴァルソグン

「戦死者を迎え入れる女」。ヴァルハラで戦死者の付き添いを担当するヴァルキューレの名称。

オースクメイ

「願いを満たすもの」。ヴァルハラに戦死者を案内する役割を持ったヴァルキューレの名称。

スケグル

「戦い」。スノッリ・ストゥルソンが『ギュルヴィたぶらかし』でアースの女神として言及しているヴァルキューレ。

ジブリール

ジャブラーイールともいう。イスラム教における大天使ガブリエルのこと。600枚の翼を持つ巨大な天使とされるが、多くの場合は不可視であり、またディフヤ・イブン・ハリーファという若者に似た姿で開祖ムハンマドのもとを訪れることもあった。アッラーの玉座の前に座す力ある存在であり、「信頼できる霊」とも呼ばれ、ムハンマドに神の啓示である『クルアーン』を書くように強要したとも伝えられる。

日本人にとって、鷲の姿で天の北方に住んで生活しているフレースヴェルグは、風を体現した巨人である。この風は海を鳴動させ、炎をかきたてるという。 これに対して、トールとバルドルに続く3番目の神ニョルズは、風と海を支配し、海を静める。それゆえ人々は航海や漁に出る前にニョルズの加護を祈る。風を鎮める3番目の神ロキは、「闇のアールヴ」に大変大きな船スキーズブラズニルを造らせた。この舟はどんな方向を選ぼうと常に順風満帆なのである。風という存在は、人間に利用されはするものの、常に神々が支配している一部なのであって、神々は状況と時に応じてその一部を人間に分与するのである。

天の北方に鷲の姿をした巨人フレースヴェルグが生活し、住んでいる。この鷲が飛ぶと、翼が羽ばたき、風が吹き出す。

フレースヴェルグ

「死体をむさぼり食べるもの」。巨人。天の北方に鷲の姿をしたフレースヴェルグが生活し、住んでいる。この鷲が飛ぶと風が吹き出す。翼の音が強烈なので、海まで鳴動し、炎をかきたてるという。

サ行

呪術 

呪術の目的は、人々の未来と運命を知ること、勝利を準備し、統御できない出来事の流れを変えることである。呪術を専有しているのは神々であり、特にオーディンはアルファズル(オーディン)の名の元にエーギルを教導した。エーギルは巨人の呪術師であると同時に、(記憶の伝統的な貯蔵所としての)海の化身であった。

 呪術には、大きく2つあって、1つは人間の物質生活や日常に影響を及ぼす術、もう一つは、数世紀の間曖昧模糊として全く理解できなかった「知識」を蘇らせる可能性である。その意味ではルーン文字は呪術的である。この文字には神々が大事件を前にして老いた女巨人や女予言者に問いかけることと似たようなところがあるからだ。オーディンは呪術のためにミーミルの頭を葉で囲って保持し、「神々の黄昏」のときにはこの頭に助言を仰いだ。

 巨人も人間と同じように危険を察知すると呪術を利用する。それを裏付けるように、巨人ウートガルザロキはトールと連れの者たちを騙すのに呪術と幻覚を使っている。

また、アース神族が一連の競技で巨人たちと戦ったが無駄に終わったことがあった。

その際、ウードガルザロキは、実際に神々が戦った相手は巨人たちではなく幻覚だったとアース神族に明かした。このように、ひどくいかさまな策略を用いていたものの、そのおかげでウードガルザロキは自身の権勢と王国を堅持し、地上と天井との間の均衡を維持することができた。多くの変容や変身にはこうした役割がある。



ア行

アウズ

「運命」。「宿命」。ノートは、最初ナグルファリよいう男と結婚し、アウズという息子を生んだ。アウズは運命を体現している。

アウストリ

「東」。宇宙創成期にオーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟は、巨人ユミルの頭蓋骨で天蓋を創り、4隅(東西南北)の角にそれぞれ4人の小人を配置した。東にアウストリ、西にヴェストリ、北にノルズリ、南にスズリという名前の小人たちだった。

青は、天と海の偉大な神々の色で、人間の視界ではうかがい知れない無限なものを象徴する。青と白が一体になって、天上世界と結びついた人間の霊的機能を象徴する「暗青色」を語義ろするブラーインはユミルの別称のひとつで、神々はユミルの頭蓋骨から天蓋を作った。

アル

「魔力」、「エクスタシー」。ルーン文字の多くの碑文でこの呪術的な言葉が使われている。アルは、ゲルマン語のアルプ(ALUP、ビール)という語彙と関係がありそうだ。酩酊したり、精神的な障壁を飛び越えたり、おそらくディオニュソス的な霊感を体験したときにこの言葉が使われたのだろう。アルという言葉は、しばしば金のメダル(薄葉貨幣)にも彫られ、ルーン文字やLAUKAR、LAPUという言葉と結びついている。

アングルボザ

「禍を告げる女」。『ギュルヴィたぶらかし』によれば巨人の国ヨーツンヘイムに住む女巨人で、ロキとの間に怪物的な子供たちを産んでいる。最初がフェンリル狼、2番目がミズガルズの大蛇ヨルムンガンド、三番目が女神ヘルである。アルファズルの別称を持つオーディンは、神々の国アースガルズからとても遠い場所にそれぞれの子供たちを住まわせた。これらの怪物的な子どもたちが大地と神々を破滅させるであろうと予言されていたからである。

 しかしながら、オーディンは、死の国ニブルヘルでこのアングルボザを相談の相手に選んでいる。いつ、どうやって、誰の手に掛かってバルドルが死ぬことになるのか、バルドルに告げられた予知夢の意味を知ろうとしてそうしたのである(『バルドルの夢』)

アーサへイム

「アース神族の世界」。アース神族の国は、スノッリ・ストゥルルソンによれば、当初アジアに位置し、首都はアースガルズだった。『ギュルヴィたぶらかし』の著者は、中世のキリスト教的な観点から誤ってトロイアの古代都市と混同していた。


 頭

神々は、ミーミルを殺して、首を切り落とすと、頭部をオーディンに渡した。オーディンは、薬草と呪術の助けを借りて、ミーミルの頭を生きたまま温存し、秘密を突き止めなければならなくなるたびにミーミルの頭部から助言を得た。これはケルト神話(ブラン・ベンディゲイド<巨人の名 

『マビノーギ』第2話の主人公>)やギリシャ神話(オルフェウスの頭部<吟遊詩人。首を切られても歌っていたとされる>)でのさまざまな慣行を連想させる。

 宇宙創成の際にオーディン、ヴィリ、ヴェーの神々は、巨人ユミルを殺して、その頭蓋骨を使って天蓋を創り、そこに太陽、月、遊星、星々を配置した。

 キリスト教化の後、数世紀を経た中世まで頭部は塩付けにされたまま保存され、復讐の明白な証拠とされ続けた。神に背いた人々や、頭部を気まぐれに侮辱したりした人々のところへ、その頭部が送りつけられるというようなこともときにはあった。こうした慣行は、死体を掘り出し、槍で突いて傷つけたり、生前中に正しく判別できなかった死者の罪を非難し告発したりするやりかたに似ている。

新しい大地

「神々の黄昏」の大いなる苦難の後、新しい緑の美しい大地が海上から出現しよう。その大地は、豊穣そのもの、耕さずとも果実を実らせよう。

 ヴィーザルとヴァーリは、「神々の黄昏」が到来しても生き残ろう。なぜなら、海水もスルトの劫火も彼らに襲いかかるようなことはないだろうからである。2人は、アースガルズが構築されるイザヴェルの地にミョルニル鎚の所有者であるトールの息子たちモージやマグ二と共に、またヘルから開放されたバルドルやホズと共に住み着こう。6人の生存者たちは、アース神族の黄金の板を取り戻し、昔の秘事に思いを馳せ、神々の世界がミズガルズ蛇やフェンリル狼と対決した戦いを回想しよう。

 スルトの劫火がいまだに燃え盛っているとき、リーヴとレイヴ=スラシルという名の2人の人間は、ホッドミーミルの森に身を隠し、朝霧を糧にして生き残ろう。

イムズ

「灰色のもの(牡狼)、咆哮するもの」

イムズは巨人の娘で、『巫女の予言』によればおそらく波を表し、ヘイムダルの母である。




ヴァルソグニル

「戦死者を迎え入れる男」。ヴァルハラで戦死者を迎え入れる長の役割を務めるオーディンの別称。



ヴィーザル


「東方で統治する者」。寡黙なアース神で、オーディンと女巨人グリーズの息子である。

「神々の黄昏」の最後の戦いで、トールと同じくらい強者だったヴィーザルはフェンリル狼を殺して、戦士したオーディンの仇を討った。ヴィーザルは狼の顎を引き裂き、その顎を自分の魔法の靴で粉々にした。



オーディン


北欧の主神オーディン。多くの力と名を持つこの神はいない複雑で酷薄な性格の持ち主であった。

・神々を統べる王

 オーディンは北欧神話における主神でアース神族の長である。彼は女巨人を母に持つ半巨人であった。しかし、兄弟のヴィリ、ヴェーと共に先祖である原初の巨人ユミルを滅ぼし、その肉体から世界を創造する。

 彼は妻フリッグとの間にバルドルをもうけた他、様々な女性との間に雷神トールをはじめとする神々を生み出した。また、『ヘイムスクリングラ』では、多くの諸侯の始祖ともなっている。

さらに、悪神ロキとは血誓兄弟の誓いも結んでいたという。

 オーディンは戦争と死、知識と詩芸、呪術など様々な神性を持ち、その働きにあわせた多くの名を持っていた。その信仰は古く、1世紀頃の歴史書『ゲルマーニア』には、オーディンと思われる神のことが記録されている。もっとも、主神として扱われるようになったのは時代が下ってからのことであり、主な信奉者であった王侯や詩人たちの影響が強いようだ。オーディンは魔法の槍グンニグルを持ち、2匹の狼と2匹の鴉を引き連れた片目の老人の姿で描かれる。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、ワイン以外の食事を必要としなかった。その性格は、知識に貪欲で、策略や裏切りをいとわないものであったという。彼はしばしば人間や巨人の世界を旅しており、その際にはつば広の帽子を日常にかぶり、青いマントを羽織った老人の姿をとることが多い。

オーディンは破滅の予言を回避すべく、世界仲を奔走し、知識や勇敢な戦死者エインヘリヤルを集めた。しかし、定められた運命を変えることはできず、世界には最後のときが訪れる。攻め上る敵の軍勢を前に、オーディンは黄金の鎧を身にまとい、神々の戦闘に立って戦う。しかし、奮戦むなしく巨狼フェンリルにのみ込まれ、命を落としたのである。

オーディンと戦争


戦の神としての側面を持つオーディン。王侯たちはその移ろいやすい加護を求め彼に祈った。


・移ろいやすいオーディンの守護

 主神オーディンには、戦争の神としての一面が存在する。本来、戦争は戦神テュールの領分であり、勝利は彼に対して祈願されてきた。また、個人の決闘において祈られたのも、狩りの神ウッルである。

 それにもかかわらずオーディンが戦の神とされたのは、彼が戦術や策略に優れ、戦いを助ける様々な呪術を身につけていたからであった。例えば、異教時代の北欧で使われた陣形の1つである楔形の陣形もオーディンの発明と考えられている。オーディンは自らの信奉者に惜しむことなくそれらの知恵を授けた。しかし、何よりもオーディンを戦の神たらしめたのは、彼が望むままに戦争を引き起こし、その勝利者を決定していたことにある。彼はヴァルキュリャを派遣して戦場の運命を支配した。時には自らが出向いて望むものに勝利を与えたという。さらには、戦争を引き起こすために王侯たちの間に不和の種さえ蒔いて歩いたのである。

もっとも、オーディンは信奉者たちに全幅の信頼を置かれているわけではない。彼の加護は非常に移ろいやすく、連戦連勝を重ねた偉大な王であっても、無事生涯を閉じることはなかったのである。『デンマーク人の事績』によれば、ハラルド戦歯王はオーディンから授けられた楔型陣形(豚型陣形とも)により勝利を重ねるが、同じように陣形を授けられた甥のリング王に敗れてしまう。


北欧神話の宇宙観

北欧神話の宇宙は、それぞれの種族の住む9つの世界によって構成されていた

・神々や巨人たちの住む世界

『詩のエッダ』の「巫女の予言」などによれば、北欧の宇宙は9つの世界と1本の世界樹によって構成されていたという。

 世界のうち最も北方に位置するのが極寒の世界ニヴルヘイムで、その地下には死者の女王ヘルが支配するニヴルヘル(ヘル)がある。その反対側、南方に位置しているのが灼熱の世界ムスペッルヘイムで、最終戦争ラグナロクの際に神々と争うムスペッルたちが住んでいる。この2つの世界の中央には深い海があり、神々が原初の巨人ユミルから造った大地が浮かんでいた。神々はこの大地を3つの区間に分類している。大地の中央に造られた砦は、アースガルズと呼ばれるアース神族の住む世界で、その外側にある人間の世界ミズガルズはユミルのまつげで作られた囲いで覆われ、その囲いの外の北側、もしくは東側の海岸線に巨人の住む世界ヨトゥンヘイムが広がっている。このほかにも、ヴァン神族の住むヴァナヘイム、リョースアールヴ(白妖精)の住むアールヴヘイム、



アースガルズ


北欧の神々が住まう世界アースガルズ。そこは黄金にきらめく輝かしい世界だった。


・神々の住まう壮麗な世界

 アースガルズはアース神族たちの住む世界である。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」において、「トロイ」とも呼ばれるこの世界は人間の住む大地の中央に位置し、地上と空中で起こる出来事の多くがここで決められていたのだという。高い城壁に囲まれた一種の砦であり、どの城塞はかつて巨人の鍛冶屋を騙して作らせたものだった。アースガルズが天上にあるのか、地上にあるのかについては明確な答えはない。そういった部分は人々の想像に任されていたのだろう。ともあれ、他の世界からアースガルズに入るには、虹の橋ビフレストを渡るか、空を飛ぶしかなかった。このアースガルズの中央にはイザヴェルと呼ばれる広場がある。そこには男の神々の集まるグラズヘイムという黄金の神殿があり、中には主神オーディンの高座と他の神々が座る12の座が用意されていた。一方、女神たちの集まる神殿はヴィーンゴールヴと呼ばれ、こちらも非常に美しい建物だったようだ。実は、アースガルズが造られた当初、神々は多くの黄金を所持しており、屋敷や家財道具をすべて黄金で作っていたのである。



ヨトゥンヘイム


巨人たちの世界ヨトゥンヘイム。ミズガルズの東とも北とも言われるその世界は、人知の及ばぬ不可思議な土地だった。



・神々を付け狙う巨人たちの住む世界

ヨトゥンヘイムは人間の国ミズガルズを守る囲いの外に位置する巨人の国である。ウートガルズ(囲いの外)と呼ばれることもあるが、その場合は雷神トールを苦しめた巨人ウートガルザ・ロキの領地と必ずしも同一のものではない。その位置については諸説あるが、『詩のエッダ』や『スノッリのエッダ』の記述から、ミズガルズの北方から東方にかけての海岸線沿いと考えられている。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィたぶらかし」によれば、神々が世界を造った際、彼らの住処をそこに定めたのだという。

 ヨトゥンヘイムには巨人ミーミルの管理するミーミルの泉があり、世界樹ユグドラシルがその泉に根を伸ばしていた。



ニヴルヘイムとニブルヘル

極寒の世界ニヴルヘイム。その地下には死者の女王ヘルの住むニブルヘルがあった。

・極寒の世界と死者の世界

 ニヴルヘイムは、北の果てに存在する極寒の世界である。原初の世界の1つであるこの世界は、対極に位置するムスペッルヘイムよりは新しいものの、他の世界が生み出される遥か昔から存在していたという。『スノッリのエッダ』の「ギュルヴィの惑わし」によれば、ニヴルヘイムは寒さやすべての気味の悪いものの源とされている。また、フェルゲルミルと呼ばれる泉から溢れる水は、いくつもの川となって全ての世界へと流れ出していた。このフェルゲルミルの泉には、有翼の黒龍ニーズホッグや彼の手下の無数の蛇が棲んでいる。彼らは泉に根を伸ばす世界樹ユグドラシルをかじったり、泉に投げ込まれる人間の死体をかじって日々を過ごしていた。

 このニヴルヘイムの地下には、死者の支配者ヘルの領土であるニヴルヘル、もしくはヘルと呼ばれる世界がある。病や老衰で死んだものたちは、ここにあるヘルの館エリューズニルに招かれた。しかし、ニヴルヘルへの道のりは険しく、死者たちの旅は困難を極めたようだ。

 ヘルの館にたどり着くのは、まず険しい道を北に向かい、ギョル川を渡らなくてはならない。そこには黄金の橋ギアラルが架けられており、モーズグズという少女が監視していた。彼女の眼鏡に適い、無事橋を渡った後も困難は続く。ニヴルヘルへと続く洞窟グニパヘッリルには、凶暴な番犬ガルムがつながれており。死者たちはその手を逃れなければならなかったのだ。ようやく館にたどり着いても死者たちは楽にはならない。彼らは「病床」と名付けられたベッドで寝起きし、「空腹」の皿、「飢え」のナイフで食事をしなければならなかったのである。


赤き竜

竜というものは、不思議と世界のどこの民話にも出てくる。しかしその性質は国によって様々である。中国の竜はどちらかといえば良いものが多いが、地中海沿岸の竜はどちらかといえば悪いものが多い。 

 中でも決定的に悪いものが、新約聖書「ヨハネの黙示録」に出てくる「赤き竜」である。

 この竜は世界の終わりに大空に現れ、人々を惑わす。七つの頭、七つの冠、十の角をもち、長大な尾は天の星の三分の一を引っかけて地上に落とす。やがて天に戦いが起きると、竜はその眷属を引き連れて、大天使ミカエルやその部下たちと戦う。さすがに天使には勝てず、地上に落とされるが、こんどは地上で災いを起こし、口から大河を吐く。たいそうな大物に見えるが、それも道理、この竜こそ悪魔王でありルシフェルでありサタンなのだという。以来、西欧キリスト教圏では竜、ことに赤い竜は悪者と相場が決まった。世界最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に各色の竜が勢揃いしたときも、赤い竜には混沌(悪)の竜の中で一番強力なもの、という役どころが回ってきた。

アエーシュマ

  ゾロアスター教で狂暴な行い一般を司るとされる悪魔。

 アエーシュマに魅入られた人は、役に立つ家畜をいじめたり、普段からは考えられないような乱暴をしたりする。これはつまり、文字通り「魔がさした」のであって、こんなことにならないように気をつけねばならない。

 酒に対するゾロアスター教の態度は幾分あいまいで、宗教儀式に好んでハオマ(習慣性のある薬草を含んだ酒らしきもの)を使う一方、一般道徳としては禁酒を建て前としていた。禁酒の戒律がどの程度厳しかったかについては諸説がある。いずれにせよ、世界の多くの宗教と同様、ゾロアスター教でも深酒や酒乱が快く思われなかったのは確かである。酔っ払って暴れる者もまた「アエーシュマに魅入られた」ものといわれた。

 乱暴者にふさわしく、アエーシュマはいつも血塗られた武器を持っている。ササン朝ペルシア時代(224~651)のゾロアスター教徒の間では、「この悪魔が地上の支配権を握ったら、肩に二匹の蛇を生やした暴君ザッハークの治世より、もっとひどい世の中になるだろう」といわれる。


 アンラ・マンユ

ゾロアスター教の悪神アーリマンの別名。

より正確にいえば、若干古い発音。

 アケメネス朝からパルティア時代のゾロアスター教では、生に向かう力をスプンタ・マンユ(聖なる霊)、死に向かう力をアンラ・マンユ(破壊霊)として双子の霊であるとする。世界の初めに善神アフラ・マズダがつくった。アフラ・マズダがゾロアスターに語ったことからすると、ペルシアを地上の楽園にするという計画を転覆させたのは、アンラ・マンユであるという。アフラ・マズダはあらゆる被造物に自由意志を与えたが、アンラ・マンユは「最悪のことを選んでする」という方法で、恩恵を逆手に取った。これこそがアンラ・マンユの楽しみだった……というのである。ところがササン朝時代になると、ゾロアスター教神話の根幹となるこの部分が、うやむやのうちに変化する。アーリマン(アンラ・マンユ)はアフラ・マズダのつくったものではなく、アフラ・マズダと同格の存在として「無限の時間」から生まれたものだという説が一般的になった。おそらく世界の悪魔・悪霊のうちでも最も出世した一人ではなかろうか。


悪魔の原型アーリマン

唯一神を信仰するユダヤ=キリスト教に悪魔の観念が育つためには、ゾロアスター教の悪魔アーリマンの影響が不可欠だった。


・善なる最高神から完全に自律した二元論の悪魔

 ユダヤ=キリスト教は一神教で、神は全能なのだから、本来なら存在するだけですべてが説明されるべきである。にもかかわらず、悪の原理である悪魔が存在する。これはユダヤ=キリスト教が二元論的性格を持っているということだが、そこにはゾロアスター教の影響が働いていた。

 紀元前7世紀ころにイランに興ったゾロアスター教は、善と悪の原理が存在する絶対的二元論の宗教だった。

ゾロアスター教の最高神は善なるアフラマズダだった。ところが、この神は全能の絶対的支配者ではなかった。そもそものはじめから、善神アフラ・マズダに敵対するアーリマンという悪魔が存在したからだ。つまり、アーリマンは誰かによって作られたのではない、絶対的な悪の原理なのだ。

 アフラ・アズダとアーリマンの争いは宇宙が存在する前から始まっていた。アフラ・マズダは一度、アーリマンを闇の中に閉じ込め、その隙に宇宙を創造した。しかし、やがて目覚めたアーリマンは神の創造物を攻撃し始めた。完璧だった世界に紛争・憎悪・病気・貧困・死がもたらされた。それから、この世界において善と悪の苛烈な戦いが繰り返されることになった。アーリマンは7人の大デーモンと無数の小デーモンを従え、善の勢力を攻撃し続けるのだ。この戦いは世界が終わるまで続き、最終的には必ず善が勝つとされている。その意味では、アーリマンよりもアフラ・マズダのほうが優れているといえるが、にもかかわらずアーリマンが完全に神から自律した悪の原理だったことに変わりはないのである。

 唯一の絶対神を崇拝するユダヤ=キリスト教に悪の原理としての悪魔の観念が育ったのも、このような先駆者の影響があったからなのである。



堕天使

天使たちが天から落とされた理由は文献によって異なる。ある場合はそれは欲望のせいであり、ある場合には傲慢のせいである。

・堕天の理由は欲望か、傲慢か?

 キリスト教の考え方では悪魔はみな堕天使である。しかし、堕天使とは何なのか? また、彼らはなぜ堕天しなければならなかったのだろうか?

『エチオピア語エノク書』にはこうある。地上の人間の数が徐々に増え始めると、その中に美しい娘たちが生まれた。それを見て心を動かされた200人の天使がシェミハザ、アザゼルなど20人の指導者に率いられて地上に降り、それぞれ妻をめとった。そして子供が生まれたが、それは身長300キュビトもある巨人たちで、食料を喰い漁り、人間を困らせた。天使たちはさらに、人間たちに武器の製造法や冶金術、化粧、魔法などさまざまな知識・技術を伝授した。このため、女たちは媚びを売ることを、男たちは戦うことを覚えて人間は大いに堕落した。これを見た神が怒り、ついに大洪水を起こして地上の生き物たちを滅ぼす決意をするのである。

 しかし、旧約聖書偽典『アダムとエバの生涯』には別な物語がある。これによると天地創造のとき、神は天使たちを作った後で自分自身の姿に似せて人間のアダムを作った。このため、天使たちは神の姿に作られたアダムを拝さねばならなかった。しかし、誇り高いサタンは自分よりも劣り、自分よりあとに作られたものを拝するなどできないと主張した。説得する天使ミカエルにサタンはいった。「神が怒るなら、俺は自分の座を天の泉よりも上の方に置き、いと高き方と似たものになってやる」こうして、サタンは仲間の天使たちとともに神の怒りで血に投げ落とされたのだ。そして、嫉妬から幸福に暮らすアダムとエバを陥れ、エデンの園から追放されるように仕向けたのである。



黙示録の獣

 10本の角と七つの頭を持つ黙示録の獣は、終末間近の時代にサタンによって権威を与えられ、42ヶ月間にわたって地上に君臨する。

・終末時に人類を支配するサタンの代理者

「黙示録の獣」は英語ではしばしば"THe Beast"と表される。「聖書」が"The。 Book"となるのと同じことだ。このことから、黙示録の獣がいかに特別な"Beast"かということがよくわかる。

 この黙示録の獣が悪魔学的に重要なのは、それが終末間近に出現するサタンの代理者だからである。

 『ヨハネの黙示録』の中で、天界から追放されるサタンは七つの頭と10本の角を持ち、その頭に七つの冠を被った赤い大きな竜と表現される。一方で、黙示録の獣は10本の角と七つの頭があり、それらの角に十の王冠があると表現されている。黙示録の獣は体は豹に似ており、足は熊、口は獅子のようだとされているが、頭と角の数などサタンのドラゴンそっくりである。このことからそれがサタンの類似物だとわかるのである。また、黙示録の獣の頭には神を冒涜する名が記されていたとされている。この名こそ悪魔の数字「666」といわれるものなのである。この恐るべき獣が終末間近に、42ヶ月間にわたり地上に君臨するというのだ。


第一の獣に続き、第二の獣も地中から出現する。こちらは、子羊の角に似た二本の角があり、ドラゴンのような声を出したと記されている。これも黙示録の獣ではあるが、第二の獣は第一の獣に従属するような存在である。第二の獣の仕事は、人々をだまし、脅迫し、第一の獣を崇拝させることなのである。

もちろん、これらの獣はともにサタンの手先である。キリスト教終末論では、第一の獣はアンチキリスト、第二の獣は偽預言者の象徴だとされている。


アンチキリスト

この世の終わりのときに「自分が救世主だ」といって人々を惑わすアンチキリスト。彼はサタンが人間として生まれた存在である。

・サタンが受肉したアンチキリスト

アンチキリストはサタンと特殊な関係にある人間である。それはこの世の終わりにだけ登場する、人間界のサタンとでもいうべき存在である。

サタンと悪魔たちは天界を追放されたときからこの世の終わりまで神に敵対する存在である。キリスト教の終末論では、この世界が終わるときにイエスが救世主として再臨し、悪の軍団を滅ぼすと考えられている。しかし、自分こそが救世主だと主張する偽物が現れる。そして、異教徒・異端者・信仰のない者たちなどが偽物のもとに結集し、最後の抵抗が行われる。

この偽の救世主がアンチキリストなのだ。アンチキリスト(反キリスト)という言葉どおり、彼はキリスト(救世主)の敵対者であり、偽救世主である。

問題はアンチキリストの人数だが、新約聖書の福音書や『ヨハネの手紙一』ではそれが複数いることになっている。しかし、パウロの『テサロニケの信徒への手紙二』ではアンチキリストは一人だとされている。


12世紀に活躍した修道士フィヨーレのヨアキムは多数のアンチキリストが出現した後に、ただ一人の究極のアンチキリストが現れるとしている。


レビヤタン


悪魔レビヤタンの背後には聖書においてサタンやドラゴンと並ぶ悪のシンボルとされた海獣レビヤタンのイメージが隠れている。

・聖書の中ではサタンやドラゴンに匹敵した大悪魔

レビヤタンは聖書に由来する悪魔である。そして聖書では、レビヤタンはサタンに匹敵する悪のシンボルでもある。古代カナン人の崇拝した豊穣神バアルは原初の蛇ロタンを倒した。このロタンが聖書に入り込んでレビヤタンになったのである。

聖書にはこう書いてある。「この地上に、彼を支配する者はいない。/彼はおののきを知らぬものとして造られている。/驕り高ぶるものすべてを見下し/誇り高い獣すべての上に君臨している」(『ヨブ記』41章25~26節)。「その日、主は/厳しく、大きく、強い剣をもって/逃げる蛇レビヤタン/曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し/また海にいる竜を殺される」(『イザヤ書』27章一節)。こうした記述から、聖書中のレビヤタンはまさにドラゴンでありサタンだということがわかるはずだ。

 16世紀ころからはレビヤタンは完全な悪魔として次々と憑依事件を起こし、数多くのグリモワールに紹介されるようになるが、当然主要な悪魔とされている。たとえば、『アブラメリンの聖なる魔術書』では彼はルシファー、サタン、ベリアルと並ぶ地獄の最高四君主の一人である。そして、レビヤタンの魔法陣を握って呪文を唱えることで、悪魔を人間の姿で出現させることができるとされている。『アルマデルの魔導書』ではレビヤタンとアスモデウスは悪魔の悪徳の恐ろしさを教えてくれる悪魔である。



ベヘモット


旧約聖書『ヨブ記』の中でレビヤタンと肩を並べている恐るべき怪物ベヘモットは16世紀以降は悪魔として不動の地位を築いた。

・カバでもありゾウでもある暴飲暴食の悪魔

ベヘモットは旧約聖書『ヨブ記』では海の怪物レビヤタンと並ぶ恐るべき陸の怪物として描かれている。「見よ、ベヘモットを。/お前を造ったわたしはこの獣をも造った/これは牛のように草を食べる。/見よ、腰の力と腹筋の勢いを/尾は杉の枝のようにたわみ/腿の筋は固く絡み合っている/骨は青銅の管/骨組みは鋼鉄の棒を組み合わせたようだ/これこそ神の傑作/作り主をおいて剣をそれに突きつける者はいない」

旧約聖書偽典『第四エズラ書』によれば、神は天地創造のときにベヘモットとレビヤタンをともに海で誕生させた。しかし、巨大すぎたため2匹が海で暮らすことはできず、ベヘモットは陸に揚げられたのである。

 聖書のベヘモットはカバのような姿だったといわれるが、ロシア語のbehomotはカバであることを知れば、それは納得できるはずだ。また、ベヘモットは腹の大きなゾウの姿で想像されることもある。聖書以前の伝承によれば、ユダヤの神ヤハウェはカナン人の豊穣女神アナトと結婚した。このときヤハウェはゾウの姿をしたインドの神ガネーシャを名乗ったといわれている。このゾウからベヘモットが生まれたのである。

16世紀以降、ベヘモットは悪魔としての地位を不動のものにした。レビヤタンが目立ちすぎるためか、地獄における地位に関してはベヘモットはあまり評価されていない。しかし、彼が猛威を振るったことだけは間違いなく、数多くの悪魔憑き事件で彼の名前が取り上げられている。ルーダンやルーヴィエの悪魔憑き事件がそうだ。悪魔と七つの大罪を結びつけたビンスフェルトは、暴食の悪魔としてベルゼブブの名を挙げているが、多くの悪魔学者の意見ではベヘモットこそ暴飲暴食の悪魔だということも忘れてはいけない。







魔王の印と魔女の印

魔女狩りの時代には、誰にでもあるような身体上の傷跡、魚の目、アザ、ホクロ、イボ、色素沈着などが魔女であることの証拠となった。


・サタンと契約した証拠になる身体上の印

サタンと契約を交わした魔女にはその身体に必ず「魔王の印」と「魔女の印」があると考えられていた。

「魔女の印」はイボとかホクロのような、身体にある小さな隆起であり突起物だった。それは余分な乳首を意味した。つまり、魔女が飼育している使い魔たちがその乳首から魔女の血を吸うのである。17世紀の魔女裁判の記録には、小指ほどの大きさで長さが指の半分ほどの乳首を持った女性の魔女、舌の先に乳首を持った魔女、陰部に二つの乳首を持っていた女性の魔女のことなどいろいろな事例が記載されている。「魔王の印」は傷跡、アザ、魚の目、刺青、色素沈着のようなものである。サタンは契約の印として農場の家畜に焼印を押すように、爪や熱した鉄で魔女の身体に悪魔の印を残すというのが16~17世紀の魔女学の理論だった。


魔女の印も魔王の印も珍しいものではなく、誰にでもあるようなものだが、それが魔女であることの証拠とされた。だから、ひとたび魔女と疑われたら、それを否定するのは不可能だったのである。


 魔王の印や魔女の印にある部位は無感覚で針を刺しても痛くない、あるいは出血しないと考えられた。

恐ろしいことに魔女狩りの時代には魔女探索人がおり、各地を回って何人もの容疑者の身体に針を刺し、魔女を見つけては報酬を得ていた。報酬を得るために身体に当てると針先が引っ込むような仕掛けのある偽の道具を使う者もいた。




グノーシス主義の悪魔論


キリスト教の異端ともいわれるグノーシス主義者にとっては世界を創造した聖書の唯一神ヤハウェはデミウルゴスという悪神=悪魔だった。



1~3世紀ころに地中海世界で発生したグノーシス主義はキリスト教を真っ向から否定するような悪魔論を展開した。

 その考えでは、物質でできたこの世界は完全な悪の世界だった。なぜなら、それを作ったのが悪魔だからである。キリスト教徒は世界を創造したのは善なる唯一神ヤハウェと考えたが、グノーシス主義者はヤハウェを悪魔と考えたのだ。その悪魔はデミウルゴス、ヤルダバオート(混沌の息子)、サクラ(闇の君主)、サマエル(盲目の神)などと呼ばれた。ヤルダバオートはヤハウェを貶めるための造語だった。デミウルゴスには7人または12人、あるいはもっとたくさんの配下がいた。彼らはみなアルコーン(支配者)と呼ばれた。アルコーンの中の第一のものがデミウルゴスだった。

地上で生きる人間はこれらのアルコーンに完全に支配されていたので最初はデミウルゴスを神だと思っていた。しかし、キリストが出現したことで事態は変わった。デミウルゴスよりもさらに遠い場所に真実の善なる神が存在することに気付いたのである。キリストとはこの真実の神から派遣された光でありグノーシス(知識)だったのだ。人間がそれに気付いたのは、霊があるからだった。霊は真実の神が発した火花でできているのだ。問題は、その火花がいまはデミウルゴスの作った物質でできた肉体に閉じ込められているということだった。したがって、大切なのは真実の神の火花でできた霊を物質から解放することだった。そのために必要なのがグノーシス(知識)を得ることだとされたのである。エイレナイオス、テルトゥリアヌスのようなキリスト教神学者はこの二元論的な異端の説を打倒するために、サタンにデミウルゴスのような力を与えてしまい、自分自身も二元論的になってしまった。



ジェー

ゾロアスター教の女悪魔。古くは「ジャヒー」と呼ばれ、性悪女というほどの意味だった。しかしササン朝ペルシア時代(224〜651年)に入り、この女悪魔は一気に「悪神アーリマンのつくった中で最強の存在」と呼ばれるようになる。というのも、善神アフラ・マズダはこの世をつくるとき、悪神アーリマンがいたのでは邪魔だと思い、相手を呪文で縛り上げて、その隙に世界をつくってしまった。

呪文が解けて世界に侵入した邪神は、競争相手のつくった世界を見て妬み、これを台無しにしてやろうと考えた。

勝算は十分と思われた。

しかし、このとき悪神は善神のつくったものの一つ、人間を見た。

それはたいそう立派な種族だったので、悪神は急に気落ちしてしまった。配下の魔物たちは言葉巧みに親分を慰めようとしたが、悪神は落ち込んだままだった。

最後に女悪魔ジェーだけがアーリマンを元気付けるのに成功したというのである。

ジェーが成功した理由は定かではないが一説では彼女は女性の月経を司る悪魔といわれる。



参考書籍


『北欧・ゲルマン神話シンボル辞典』ロベール=ジャック・ティボー著

金光仁三郎 訳

『図解北欧神話』池上良太 著

『悪魔辞典』

『図解悪魔学』

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