第30話 悪魔②

悪魔とは何か?


悪魔(demons)は世界中にいるが、悪の根源たる悪魔(The Devil)は一神教の世界に特有のもので、神の絶対化に必要不可欠な存在だ。


・神が絶対になろうとしたとき悪魔が生まれた

ユダヤ=キリスト教の悪魔は英語ではサタン、デヴィル、デーモンなどいくつか言い方がある。このうちデヴィルは"The Devil"と"devils"に区別できる。前者は悪魔中最高の地位にある魔王のこと、後者はその配下の無数の悪魔たちのことである。語源はギリシャ語のディアボロ"diabolos"で、この言葉は『マタイの福音書』などで"The Devil"を意味していた。

 魔王のことをサタンともいうが、これはもとは神に仕えていたある天使を指す言葉だった。魔王になったことは確かだが、サタンという言葉は魔王や悪魔を意味する言葉ではなかったのである。だが、紀元前の時代のヘブライ語の旧約聖書がギリシア語訳されたとき、"satan "が"diabolos,"と訳された。このため、サタンと魔王が同じ意味のようになったのだ。


悪魔を表すもう一つの言葉デーモン"demon"はギリシャ語のダイモーン"daimon"からきている。このうち悪い霊という意味だけが初期のキリスト教徒によって強調されたのである。だから、デーモンは"devils"と同じく魔王の配下で、ときに悪霊とか悪鬼と訳されるものである。

 これらの中でSatanとThe Devilが重要なのは当然である。これは単に魔王というだけでは十分でなく、悪が人格化した存在で、神の敵対者であり、悪の根源なのである。デーモンのような存在は世界中にいるが、SatanとThe Devilは違う。これは一神教の世界に特有の存在だ。


悪魔の原型アーリマン



唯一神を信仰するユダヤ=キリスト教に悪魔の概念が育つためには、ゾロアスター教の悪魔アーリマンの影響が不可欠だった。

・善なる最高神から完全に自律した二元論の悪魔


ユダヤ=キリスト教は一神教で、神は全能なのだから本来なら存在するだけですべてが説明されるべきである。にもかかわらず、悪の原典である悪魔が存在する。これはユダヤ=キリスト教が二元論的性格を持っているということだが、そこにはゾロアスター教の影響が働いていた。

紀元前7世紀頃にイランに興ったゾロアスター教は、善と悪の二つの原理が存在する絶対的二元論の宗教だった。

 ゾロアスター教の最高神は善なるアフラ・マズダだった。ところが、この神は全能の支配者ではなかった。そもそものはじめから、善神アフラ・マズダに敵対するアーリマンという悪魔が存在したからだ。つまり、アーリマンは誰かによって作られたのではない、絶対的な悪の原理なのだ。

アフラ・アズダとアーリマンの争いは宇宙が存在する前から始まっていた。アフラ・マズダは一度、アーリマンを闇の中に閉じ込め、その隙に宇宙を創造した。しかし、やがて目覚めたアーリマンは神の創造物を攻撃し始めた。完璧だった世界に紛争・憎悪・病気・貧困・死がもたらされた。

それから、この世界において善と悪の苛烈な戦いが繰り返されることになった。アーリマンが7人の大デーモンと無数の小デーモンを従え、善の勢力を攻撃し続けるのだ。この戦いは世界が終わるまで続き、最終的には必ず善が勝つとされている。その意味では、アーリマンよりもアフラ・マズダの方が優れているといえるが、にもかかわらずアーリマンが完全に神から自律した悪の原理だったことに変わりはないのである。

 唯一の絶対神を崇拝するユダヤ=キリスト教に悪の原理としての悪魔の観念が育ったのも、このような先駆者の影響があったからなのである。


魔王サタン

もともとは神の宮廷の一員として働いていたサタンは、黙示文学などに描かれたさまざまな悪魔と融合し、悪の大魔王へと変貌した。


・神の下僕から闇の国の帝王へと成長した大魔王

サタンはすべての悪魔を支配するただ一人の大魔王であり、この世のすべての悪の根源である。完全にではないのだが、サタンの行動は神から独立しているように見えるし、その力は神に匹敵するようである。そして、この世界が終わるときまで、サタンは悪の軍団を率いて善の天使が率いる善の軍団と宇宙的闘争を繰り広げているのである。

 しかし、そんなサタンも歴史的に見れば、最初から悪魔会の大魔王だったわけではなかった。紀元前5~6世紀に成立した旧約聖書の『ヨブ記』を見てみよう。この物語でサタンは敬虔なヨブという男にさまざまな試練を与えるものとして登場している。


魔王ルシファー

「明けの明星、曙の子(ルシファー)」という旧約聖書の一節から壮大で悲劇的な堕天使ルシファーの伝説が誕生した。


・魔王サタンと同一視された明けの明星


ルシファーは古くからサタンと同一視される悪魔である。だが、もとをたどると、ルシファーはサタンでないばかりか、悪魔でも天使でもなかった。旧約聖書『イザヤ書』14章12節に次の一節がある。

 「ああ、お前は天から落ちた/明けの明星、曙の子よ、/お前は地に落とされた/もろもろの国を倒した者よ」

 ここにある「明けの明星、曙の子」はヘブライ語で「ヘレルベンシャハル」。それがラテン語訳されたのが「ルシフェル」(光をもたらす者)で、これが聖書正典にルシファーが登場する唯一の場面である。問題は、この一節で作者が何を言おうとしていたかだ。実はこの言葉は野望のために破滅したバビロニア王ネブカドネザル2世を意味する暗喩だったのである。

 だが、この一節をその後の人々は、ある天使の堕天を意味していると受け止め、天界にいたルシファーが堕天して悪魔になったと考えたのだ。たとえば、『ルカによる福音書』10章18節にこうある「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた」

 そして、このような聖書の記述やそのほかの黙示録の記述などから2世紀前半の教父オリゲネスが初めて「ルシファー=サタン」だと明言した。

5世紀には聖アウグスティヌスもそれを認めた。こうして何人もの教父たちの考察から、ルシファーの伝説が出来上がったのだ。それによれば、ルシファーは最初は善なる天使であり、かつセラフ(熾天使)に属する最高の天使だった。だが、自分こそ最高と考える傲慢の罪によって堕天し、サタンと呼ばれるようになった。また、堕天するときには数多くの仲間の天使を引きずりこんだのである。


アザゼル

神は善悪兼ね備えた自らの性格から、悪を取り除きアザゼルに肩代わりさせた。その結果として神は完全に善なる者となったのである。

・最初に神の汚い仕事を代理した悪魔

一神教であるユダヤ教の神ヤハウェは当初は善と悪の両方の性格を持っていた。その神ヤハウェが最終的には善なる神になるわけだが、そうなるためにはどうしても悪の部分を誰かに肩代わりさせる必要があった。

そのとき、神の悪い部分を最初に任されたのがアザゼルだった。


旧約聖書『レビ記』(16章5〜10節)に、大祭司アロンが主の命令で、2匹も雄山羊のうち

一匹を贖罪のために主に捧げ、もう一匹を荒れ野のアザゼルにささげるという物語がある。このことからも、アザゼルが相当に大きな力を持っていたことがわかるはずだ。

こうして、アザゼルが登場したことで、神の性格が二つに分かれる筋道ができ、その流れが最終的に魔王サタンへと結集することになるのだ。

 アザゼルは堕天使の物語で有名な『エチオピア語エノク書』の中でも重要な働きをしている。ここで、アザゼルは神の命令で地上に降りた200人のエグリゴリ(見張りの天使)たちの指導者の一人である。そして、人間の女と結婚し、さまざまな知識や技術を教えてしまう。武器や装飾品、化粧法などの知識である。その知識で男たちは戦い方を知り、女たちは男に媚びを売ることを覚え、嫉妬、強欲、淫乱といった悪行に染まったのである。

このため、神は大洪水を起こして地上の者すべてを滅ぼすことを決意し、大天使ラファエルにおよそ次のように命じる「アザゼルの手足を縛って荒野に掘った穴に投げ込め。その上に石をのせ、光が見えないようにし、永久に閉じ込めておけ。審判の日に彼は炎の中に投げ込まれるのだ。全地はアザゼルのわざの教えで堕落した。いっさいの罪を奴に帰せよ」


マステマ

神が地獄へ落とそうとした悪魔のうち、10分の9は地獄へ落ちたが、残りはマステマの配下となり、人間に悪行を働くようになった。

・自由に人間に敵対する権利を手に入れた悪魔


サタン率いる悪魔の軍団はこの世のいたるところに出現し、自由に人間に敵対する。いったい、サタンはいつの間にそんな権利を手に入れたのだろう? この点に関して、最大の功績があるのが悪魔マステマである。

 マステマの活躍ぶりは、紀元前2世紀後半に成立した旧約聖書外典『ヨベル書』で語られている。それによれば、ノアの箱舟で有名なノアの時代に、悪い天使たちが人間を迷わせて、滅ぼそうとしたことがあった。神は怒り、その天使たちを地獄へ落とそうと決意した。

このときマステマが神のもとへやってきて、次のように訴えるのである。

「主よ、創造者よ。彼らのうちの何人かはわたしに残してください。わたしのいうことを聞かせ、わたしが彼らに命ずることをすべて行わせたいのです。…(中略)…彼らはわたしの決定に従って(人間を)堕落させたり、滅ぼしたり、迷わせたりするのが役目です」



ベレス

悪魔の中でも暴れん坊の仲間に入る。魔術師に呼び出されて、地上に現れたとたんに、早速人間に襲いかかろうとするほどだ。

 だから、魔術師は、この"ベレス"を呼び出すときは、魔法陣の中で、銀の指輪をはめる。そうやっておいて命令をすると、"ベレス"は言うことをきく。

 そうでないと、人間を手当たりしだいに襲うだけでなく、建物でもなんでもめちゃくちゃに壊したりして暴れまわり、手がつけられなくなる。





アンドレアル

孔雀の羽をもち、人間を鳥の姿に変えてしまうという魔力をもっている。

また、空中高く飛ぶことができるので、宇宙の星の位置はもちろん、全宇宙の地理をすべて知りつくしている。天文学者なども、そういった点では、この"アンドレアル"の足元にもおよばないだろう。

イル

悪魔の象徴のような長くとがった耳をもっている。さらに、頭には四本の角、背には翼、その翼と翼の間にもう一つの顔をもっている悪魔である。

古代アッシリア(紀元前一八世紀~紀元前六一二年)の国に出没し、国中をかき乱した。

"イル"には七十七の変化術があるので、様々な人間に化けて人々を騙す。

ウトック

古代バビロニアにあらわれた悪魔。夜になると、農場にやって来ては、死者の魂を呼び起こし、死人とともに町の中をさまよい歩いた。

そんなところを、運悪く通りかかろうものなら、たちまちウトックに捕まり、死人の仲間入りをさせられてしまう。

もし、無事に帰ることができても、その人は必ず不幸になるといわれる。ウトックは、ふつう、岩だらけの山とか、荒れ果てた沼地などに住んでいる。


カバラ

 ユダヤ最古の時期から、神に選ばれた人たちにだけ伝えられてきた、といわれる書物のことをカバラという。世界は文字や数をもとにして構成されている、という思想に基づいて書かれたもので、文字や数は、神聖な力をもち、それ自体が呪術であるという。

 ヘブライ語のアルファベット二十二文字と、一から十までの数は、「三十二の知恵の小径」と呼ばれ、最もすぐれたものとされている。

 特に、一から十までの数は、セフィロトと呼ばれ、それぞれに名前と意味がある。

一=ケテル(王冠)

二=コクマー(英知)

三=ピーナー(知性)

四=ケセド(善)

五=ゲプラ(権力)

六=ティファント(栄光)

七=ネツァー(勝利)

八=ホド(名誉)

九=イエソド(基礎)

十=マルクト(王国)

このセフィロトを図式化した書物が「創造の書」

と呼ばれるものである。カバラには呪術の方法が沢山記されているという。カバラの一つ、「創造の書」によって奇跡を起こした、という話も残っている。一六世紀のことである。エリヤという人が、この書を使って、ゴーレムという粘土の像を作り、その像の額に、神の名前を書いた。すると、その像は、まるで生きているかのようにどんどん大きくなった。

驚いたエリヤが、慌てて額の文字を消した途端、ゴーレムはただの粘土の塊に戻ったという。

ゲマトリア

カバラ主義者たちは、文字や数にいろいろと工夫をこらし、呪術の方法を作り上げた。

ゲマトリアというのは、文字を数に置き換え、言葉の数値を計算する方法である。文の中にある言葉を、同じ数値の言葉に置きかえることによって、ちがった解釈ができる、というわけだ。

カバラ主義者たちは、このようにして、神の名前を数値で表した。

たとえば、エホヴァという名前は、10+5+6+5=26となる。この数値が72となる名前は、最も偉大な神の名前だという。

ノタリコン

ノタリコンというのは、文中の言葉の頭文字を並べる方法である。

魔法陣の中に描かれる、アグラ(Agla)という言葉は、「おお主よ。汝は永遠に強し(Atua Gilor Leolaw Aduai)」という文の頭文字を並べたものである。

 アグリッパという人が書いた「隠秘哲学」の中の護符も、このノタリコンの方法を用いている。円の中央に書かれる、アラリタという言葉は、次のような意味の頭文字である。

「唯一なる神、神の統一の原理。神の同一性の原理。神の変化する姿は一つなり」


参考文献

『悪魔くん魔界大百科』

『西洋魔物図鑑』

『図解悪魔学』

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