第14話 秘密結社

暗殺教団:イスラム教シーア派の一派であるニザール派の特殊部隊。十字軍時代にシリアで活動し、対立するイスラム教他派や十字軍の要人を暗殺していた。これがヨーロッパへ伝わって暗殺者を意味する「アサシン」の語源となったほか、山岳地帯の要塞で彼らを指揮する「山の老人」の伝説が生まれた。

 テンプル騎士団:12世紀にエルサレムの巡礼者を守るためにできた騎士団。しかし、いつの間にか金貸しなどに手を染め莫大な財産を持ったため、その財産に目を付けたフランス王によって、代表者は一斉に逮捕された。そして、王は教皇に命じて異端宣告を行わせた。騎士団はバフォメットなる悪魔を崇拝している悪魔教団であるという捏造を行った。だが、逆にこの捏造によって、テンプル騎士団は魔術の奥義を得ていたという評判ができている。

  バフォメット

我々が最もよく知る山羊の頭の悪魔。その名前はキリスト教の敵であるマホメットが転じたものといわれる。12世紀の初めにフランス王フィリップ4世が、テンプル騎士団を異端、同性愛、偶像崇拝などの罪で弾圧したとき、騎士団が拝んでいた偶像とされる。ただし、教会の審問を受けた231人の戦士のうちバフォメットの名を知っていたと告白した者は、わずか12名。告白の内容もまちまちで、首は一〜三本、脚が二~四本、木製だったり金属製だったり、金箔を貼ってあったり、絵であることすらあった。つまり、拷問によっていい加減な告白をさせられたことは明らかである。19世紀になって、フランスの魔術師エリファス・レヴィが描いた「メンデスのバフォメット」が有名になり、人々に広く知られるようになった。20世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリーなどは、魔術結社東方テンプル騎士団に入会するとき、バフォメットと名乗ったほどである。

 こんないい加減な悪魔が有名になってしまっては他の悪魔が嘆くことだろう。


       薔薇十字団

17世紀初頭のドイツに突如として現れた秘密結社。名前は彼らが用いた薔薇と十字の紋章に由来する。魔術師ローゼンクロイツが始祖とされ、その歴史や信条、活動は『友愛団の名声』、『友愛団の告白』などの宣誓書、小説『化学の結婚』などで発表された。しかし、活動拠点や結社の詳細は明かされておらず、実在を疑う研究者も多い。会員は勧誘によって増やされ、「無償で病人の治療」、「地域社会に溶け込んだ服装」、「定期的な集会」、「「R・C」の紋章の使用」、「結社の存在の1世紀に渡る秘匿」などが義務づけられる。彼らの博愛主義者的な思想は、当時の知識人たちを刺激し、類似の組織を多数生み出すこととなった。


      イルミナティ

18世紀に登場した秘密結社。ドイツのイエスズ会士A・ヴァイスハウプトによって、既存の権力を廃し、神秘主義的共産主義者による独裁国家成立を目標に立ち上げられた。世界的な秘密結社フリーメイソン内の1組織であったが、フリーメイソン乗っ取りを目論む陰謀の末に内部崩壊し、ヴァイスハウプトも危険人物としてドイツを追われる。しかし、思想自体はフリーメイソンと共にフランス革命やアメリカ建国に影響を与えたとされ、未だにアメリカ政府の裏でイルミナティが暗躍していると考える人々もいる。

      黄金の夜明け団

 黄金の夜明け団は薔薇十字団やフリーメイソンの流れを汲む魔術組織であり、その儀式魔術の目的は至高の完全性を達成することにあった。黄金の夜明け団は近代魔術発展の歴史の中で最も強い影響を持った魔術結社である。ウィリアム・ウィン・ウェストコット、マグレガー・メイザース、ウィリアム・ロバート・ウッドマンの3人によって、1888年にロンドンで設立された。これら3人はみなフリーメイソンであり、英国薔薇十字会のメンバーだった。だから、黄金の夜明けの思想もフリーメイソンや薔薇十字団の流れを汲むものであり、さらにヘルメス主義、エリファス・レヴィの著作、エジプト魔術の影響などが混ざり合っていた。 黄金の夜明け団は儀式魔術の実践を目的にしていたが、それは宝探しのために悪魔を呼び出すような低俗な目的のものではなかった。黄金の夜明け団の目的は至高の完全性を達成することであり、そのために「オカルト学の原理とヘルメス主義の魔術」を教授することだった。黄金の夜明け団はある意味でオカルトの学校であり、メンバーは試験に合格することで位階の階梯を昇ることができた。だから、熱心なメンバーは勉強で多忙であり、様々な魔術用品や護符を用意して、自分自身の霊的本質を鈍化し高めようとしたのである。

 設立から1890年代中ごろまでが団の黄金時代であり、ロンドン、ブラッドフォード、エジンバラ、パリなどに次々と神殿が設けられた。1896年までに315人が会員となった。

  主なメンバー

《有名作家》

ウィリアム・バトラー・イェイツ

アルジャーノン・ブラックウッド

アーサー・マケン

ブラム・ストーカー

エドワード・ブルワ=リットン

《ウェイト版タロットの制作者》

A・E・ウェイト

《20世紀最大の魔術師》

アレイスター・クロウリー

 『ヘルメス文書』

1~3世紀にかけてのエジプトで成立したと考えられる文書群。錬金術の始祖とされるヘルメス・トリス・メギストスの著作と考えられたことからこう呼ばれている。内容は神学、魔術、占星術、医学、錬金術など多岐にわたり、その多くがゾロアスター教、ユダヤ教、ギリシャ哲学、グノーシス主義の影響が見られる。アラビア圏では9世紀ごろからイスラムの学者サービトの著作などで知られていたが、ヨーロッパで知られるようになるのは遅く、15世紀のイタリアの哲学者フィチーニによるラテン語翻訳以降のことだった。もっとも、ヘルメス文書を通じてもたらされた「ヘルメス思想」は当時の社会に大きな衝撃をもたらし、魔術や近代科学の分野の発展を促したとされている。


   卍 テュルフィング機関 卍:選ばれた者達に真の姿を与えると引き換えに、組織への忠誠・世界への復讐・弱者の救済を促す組織。日本史で最も謎の多い組織であり、世界の秘密や真実を我々よりも遥かに早く知っていたと言われている。現代日本における秘密結社『アルテミスの矢』『王の盾』の前身とも言える組織。北欧神話に登場する伝説の魔剣テュルフィングの名を冠しているため、テュルフィングを入手した血濡れの復讐騎は危険視しているが……

    魔剣テュルフィング:オーディンの末裔であったスヴァフルラーメ王が、捕まえたドヴェルクを脅して作らせた魔剣。柄は黄金でできており、鉄を布のように斬るほどの切れ味を持つ。決して錆びつかず、持ち主に必ず勝利をもたらす。ただし、「望みを三度までは叶えるが持ち主は死ぬ」という呪いがかかっている上、この剣で傷つけられた者は誰でもその日のうちに死ぬという恐ろしい武器。一度鞘から抜かれれば必ず一人の男の死をもたらす。スヴァフルラーメ王はこの剣で幾度も戦いに勝利したが、アンガンチュルという男と戦った際に剣が地面に刺さって手から離れてしまい、それを拾われて逆に刺され、絶命した。


ワイバーン

ヨーロッパの伝説、伝承に登場するドラゴン。1対の翼と2本の脚、尖った尾を持ち、飛龍とも訳される。古くは「毒蛇」を意味する「ワイバー」と呼ばれていた。もっとも、「ワイバー」という名前が確認できるのは13世紀ごろからであり、紋章の図像として登場するのは17世紀以降のこととされる。なお、ワイバーンの名は15世紀頃のイギリス北部ゾックバーンの領主ジョン・コニャーズがワームと呼ばれる竜を退治した際に、その別名として用いられたのが古い例とされ、その記録も18世紀ごろのものである。

 へルヴォール

堅気を守るために他の海賊を圧倒し、七つの海で暴れ回ったという豪放磊落でお人好しな大海賊。

イケメンが好きすぎて、イケメンに優しくされた際に鼻血の出し過ぎによる出血多量で気絶したという冗談のような逸話を持つ。覇王色の覇気も纏わずに素手でカイドウを殺害できる程度には強大であり、一騎当千の海の猛者。喧嘩には滅法強いが、上記のようにイケメンには極めて弱い。テュルフィングを気に入り暫く自分のものにしていた。

彼女がワンピースに登場していればルフィを差し置いて海賊王になっていたであろう。


 エノク


聖書の聖人エノクは本の発明者ともいわれ、天界を旅して秘密の知識を得たという伝説の持ち主であり、書物や魔導書と縁の深い人物だった。


本を発明し、堕天使のリストを作る。


中性ヨーロッパでは、本を発明したのはエノクだと信じられていた。だから、エノクは魔導書の歴史にとって欠かすことのできない人物である。聖書には「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」と記されている。あくまでも「神が取られた」ので「死んだ」のではない点が重要である。ここから、神に愛されたエノクは生きながら天界に連れていかれたという伝説が生まれた。旧約聖書偽典『エチオピア語エノク書』もそのような伝説をもとにしており、天に連れていかれたエノクは天使たちの案内で天国や地獄を見て回り、宇宙の仕組みやこの世の終末までの歴史について説明を受けたとされている。つまり、エノクは誰も知らない秘密の知識を得たのである。また、この書には天使たちの一部が地上に降りて堕天使となったいきさつも語られており、堕天使たちのリーダーのリストも挙げられている。このために後代の様々なグリモワールに登場する堕天使たちのリストがエノクと関係づけられるようになったのである。

 エノクの孫であるノアや、ノアの息子であるセムとハムも魔導書と関係が深い。サファイアの石板に書かれたという伝説的な『天使ラジエルの書』は最初アダムに与えられ、エノク、ノアの手を経て、最終的にセムに与えられたとされている。また、ノアといえば箱舟に乗って大洪水を生き延びたことで有名だが、ノアの息子ハムは

大洪水の前に邪悪な魔法の数々を金属板に刻んで埋め、洪水の引いた後でそれを掘り出したと伝えられている。

そして、これこそ人類最初の魔導書だというのである。ペルシアに興ったゾロアスター教の開祖ゾロアスターは人類最初の魔術師ともいわれるが、このゾロアスターは実はハムだったという伝承もある。


仮想現実世界の万物を構成するもの


陰陽五行

世界は二つの対立する属性(陰と陽)と、五つの性質(木火土金水)のかかわりで成立しているという考え方。古代中国で生まれ、主に陰陽道の呪術や暦占はこの考え方に基づいている。

五行相剋

木火土金水の五行が、互いに対立し合い滅ぼす関係にあるという考え方。木は土(大地)の栄養を吸い出し、土は水を吸収し、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属の斧で木を切り倒す。

呪術の系統

神仙道

仙人になることを目指すこと。

古代中国の老子、壮子による道教哲学の概念、宇宙の摂理。この道を守れば不老長寿が得られるという。

仙術

仙人を目指すための術。または仙人が使う呪術。神仙術ともいう。

四種法

密教僧が得意とする、四種の祈祷による呪術。息災法・増益法・敬愛法・降伏法がある。

いざなぎ流

現代に受け継がれている民間陰陽師。または、その術式。呪詛(穢れ)を取り除く強力な呪力をもつ。

法力

仏法を修行した者が会得した不思議な力。

妖怪や悪霊などを調伏する。

密教

仏教の宗派のひとつ。空海、最澄が日本に伝え、それぞれ真言宗(真言密教)、天台宗(天台密教)となった。「印を結ぶ」「真言を唱える」「心に仏を思い浮かべる」という三密を行うことで、仏と一体化することを目指す。

呪術の基本用語

まじない

人が成就を願う念。呪術で災厄を除いたり、逆に相手に災いを与えたりする。魔除け、厄払い、おまじないなど。符咒ともいう。

祟り

神仏や霊が災いを起こすこと。広範囲に及ぶことが多く、呪いの一種ともいえる。神仏や霊を祀れば鎮められる。

外法

仏教などで禁じられていた邪悪な法。外道の法。外術。邪法。邪術。


悪魔学・基礎編



イグナティオスの悪魔論


善の天使と善い人間をキリストが率いる。悪い天使と悪い人間をサタンが率いる。そして、光の軍団と闇の軍団の宇宙的闘争が起こっている。


この世は光の軍団と闇の軍団の宇宙的決戦の場


 起原107年に殉教したイグナティオスは、この世の君主は悪魔だと考えた。その世界はイエスが登場したことで大打撃を受け、やがてイエスがキリスト(救世主)として再臨するときに完全に粉砕される。そのとき、この世は終わり、新しい世=神の王国が打ち立てられる。しかし、そのときまでは世界はサタンによって支配されるのである。

 悪魔の目的はキリスト教徒を堕落させ、キリストが神の国を実現するのを妨害することである。

 そのため、この世は光の軍団と闇の軍団の宇宙的決戦の場となるのである。この世には天使の大群が存在し、その一部は悪いものである。そして、光の軍団はキリストに率いられた善の天使と善い人間から成る。したがって、人間もまた光の子と闇の子とに二分されるのだ。

 具体的に悪い人間とされるのは、当時キリスト教徒を迫害していたローマ帝国や異教徒たちだった。だが、最も恐ろしく危険なのはキリスト教内部で分裂をあおる分離主義者や異端者だった。



グノーシス主義の悪魔論


キリスト教の異端ともいわれるグノーシス主義者にとっては世界を創造した聖書の唯一神ヤハウェはデミウルゴスという悪神=悪魔だった。


・サタンの強大化に影響したデミウルゴス


 1~3世紀ころに地中海世界で流行したグノーシス主義はキリスト教と真っ向から衝突するような悪魔論は展開した。

 その考えでは、物質でできたこの世界は完全な悪の世界だった。なぜなら、それを作ったのが悪魔だからである。キリスト教徒は世界を想像したのは善なる唯一神ヤハウェと考えたが、グノーシス主義者はヤハウェを悪魔と考えたのだ。その悪魔はデミウルゴス、ヤルダバオート(混沌の息子)、サクラ(闇の君主)、サマエル(盲目の神)などと呼ばれた。ヤルダバオートはヤハウェを貶めるための造語だった。デミウルゴスには7人または12人、あるいはもっとたくさんの配下がいた。彼らはみなアルコーン(支配者)と呼ばれた。アルコーンの中の第一のものがデミウルゴスだった。

 地上で生きる人間はこれらのアルコーンに完全に支配されていたので、最初はデミウルゴスを神だと思っていた。しかし、キリストが出現したことで事態は変わった。デミウルゴスよりもさらに遠い、はるか彼方の場所に真実の善なる神が存在することに気付いたのである。キリストとはこの真実の神から派遣された光でありグノーシス(知識)だったのだ。人間がそれに気付いたのは、霊があるからだった。霊は真実の神が発した火花でできているのだ。問題は、その火花がいまはデミウルゴスの作った物質でできた肉体に閉じ込められているということだった。したがって、大切なのは真実の神の火花でできた霊を物質から解放することだった。


偽ディオニシウスの悪魔論

宇宙には神に最も近い実体から最も遠い実態までの階層構造があり、サタンは神から最も遠い、空虚に近い場所にいるのである。

・神から最も遠く、最も空虚に近い場所にいるサタン

 500年ころのシリアの修道僧偽ディオニシウスは後の時代の悪魔学に大きな影響を与えた天使の階級を詳述したことで有名である。

 その考えによれば神は人間の理性を完全に超えた存在で、その本質は永遠に隠されているが、神の行為や顕現は宇宙となって表れているので、人間にも部分的に知ることができるのである。

神は無から有を生み出し、宇宙は神に最も近い実体から最も遠い実体まで広がり、見事な階層構造になっている。天使たちは三位一体の神・子・聖霊に対応するように、大きく三つの階層に分けられ、その階層の中でさらに3段階に分けられた。すなわち、上級三天使(熾天使・智天使・座天使)、中級三天使(主天使・力天使・能天使)、下級三天使(権天使・大天使・天使)で、天使の階級は全部で9階級になるのだ。そして、神の光明は上級天使→中級天使→下級天使→人間というふうに上から順番に伝えられる。


イスラム教の悪魔論


イスラム教の悪魔はユダヤ教・キリスト教の悪魔と密接な関係にあるが、その悪魔イブリスは全知全能の神アッラーに完全に依存している。


・絶対神に及ばない弱々しい悪魔イブリス


 7世紀に興ったイスラム教はユダヤ教、キリスト教と密接な関係がある。

 悪魔論に関しても同じことがいえるが、そこにイスラム独自の色彩がある。

イスラム教の神アッラーは、ユダヤ教、キリスト教の唯一神と同じものだが、その唯一神が全知全能であるということについてイスラム教は少しも妥協しない。したがって、イスラム教にも悪魔は存在するが、それは完全に神に依存する存在なのである。

 イスラム教のサタンはイブリスという名で、別名はシャイタンである。ランフレまたはル・ラピデと呼ばれることもある。彼はどんな姿にもなることができ、その取り巻きにはハルート、マルートなど堕天使や悪いジン(妖霊)たちがいた。サタンと同じくイブリスももとは天使(ジンの出身だといわれることもあるが)である。あるとき神が粘土からアダムを創造し、彼の前にひれ伏すようにと天使たちに命じた。しかし、天使の中でイブリスだけがそれを拒んだ。自分は火の精だから、粘土でできた卑しい人間にひれ伏すことなどできない、というわけだ。このためにイブリスは天から追放され、神の呪いを受けた。このときイブリスは、自分への呪いはこの世の終わりの最後の日まで猶予してくれるように神に懇願した。

 


悪魔学・発展編


死後の審判と悪魔

悪魔たちは自分が担当する人間の悪行を細かく記録しており、人が死に瀕するや否やその魂を地獄に連れ去ろうと活動し始めるのである。

・死者審判で死者の悪行を告発する悪魔

 初期のキリスト教では、世界の終わりは間近に差し迫っており、そのときがきたらすべての人間は死者も含めて神の前で最後の審判を受け、永遠の天国か地獄に振り分けられると考えていた。だが、世界の終わりはなかなか来なかったので、人が死んでから最後の審判までの間、その魂はどこでどうしているのかという疑問が起こってきた。そして、3、4世紀ころには一人ひとりに死後の審判があるという観念が広まることになった。

 ここで悪魔と天使が重要な働きをするのである。







悪魔と契約する目的は?

 悪魔に魂を売り渡すだけで、自分の力では獲得できなかったこの世での成功、権力、財力、快楽などが手に入ると考えられていた。

・悪魔には実現不可能なことはほとんど何もない。


悪魔と契約することで願望が実現できるとして、いったいどれほどのことが実現できるのだろうか? その答えは、ほとんどすべてのことといっていいのである。ヨーロッパには個人的欲望のために悪魔と契約した人物の伝説は数多いが、最も有名なのはファウスト博士である。ここではこのファウスト博士の伝説をもとに悪魔が彼に何を与えたか述べていこう。ヨハネス・シュピースの『実伝ヨーハン・ファウスト博士』(1587年)によれば、ファウスト博士はワイマール近在の生まれで、非常に利発だった。金持ちの伯父の養子となり神学を学び、好成績で神学博士になった。だが、思い上がったところがあり、聖書をないがしろにし、様々な秘術を学んだ。そして、天地の奥の奥まで極めようとしてウッテンベルクの森で悪魔を呼び出したのである。



悪魔との契約期限が切れたら?


16世紀の知識人ド・レトワールの日記やファウスト伝説によれば、悪魔と契約した人の末路には恐ろしい共通点があった。


・真夜中に大異変が起こり身体がばらばらになる

悪魔と契約した古代のテオフィルスはすぐに後悔し、聖母マリアに祈ることで契約を放棄した。つまり、聖母マリアには悪魔との契約を無効にできるほどのパワーがあるということだ。しかし、聖母マリアに祈りが届かないこともあれば、そもそも祈ろうとしない人もいるはずだ。そういう場合、悪魔との契約期限が切れたらどうなるのだろう。






アトラク=ナチャ

 人間と同じほどの胴体と、丸太のような脚をもつ蜘蛛の神。体型は蜘蛛そっくりだが、どの顔はどこか人間のものにも似ており、毛深い顔の中に狡猾そうな小さく赤い目を輝かせている。その造形から、一説には世界中の蜘蛛を支配しているともいわれている。

 アトラク=ナチャは、ツァトゥグアの住む地底湖「ン=カイの洞窟」のさらに奥深くにいる。洞窟の奥に広がる、とてつもない深い割れ目に、蜘蛛の糸で橋を架けようとしているのだ。

 アトラク=ナチャはこの仕事に熱中しており、邪魔をするような侵入者に対しては容赦がない。古の魔導書には、アトラク=ナチャを地上へ召喚する呪文が記されていることがあるが、しかるべき準備もなしにこれを唱えた者も、この怪物の不機嫌の的にされることになる。

 アトラク=ナチャが橋を架ける目的はまったくもって不明だが、古い本には、巣をかけ終わったときに世界が滅びると書かれているものもある。


アフ・プチ

 中央アメリカ、ユカタン半島に住んでいたマヤ人の死の神。マヤ人の神話には、アフ・キンやアフ・タバイのように「アフ・~」といった名前の洞窟神が多数登場するが、アフ・プチも、その一柱である。

 アフ・プチは、骸骨の姿、もしくは鈴のついた膨張した屍体の姿をしている。

 アフ・プチは、デーモンの首領であるフンハウとして、地下の最下層にある九番目の世界ミナトルを支配している。現在でも、アフ・プチは「ユム・シミル」と名前を変えて、存在しつづけている。 

 ユム・シミルは「死の主」であり、飽きることなく犠牲者を求めつづけている。病人の住む家の周辺には、ユム・シミルがうろつき回っているのだ。

 マヤ人は、好戦的だった周辺の種族と異なり、死を異常なほど恐れる人々だった。スペイン人コンキスタドール(征服者)たちは、マヤ人の遺族が、死者をあまりに嘆き悲しむので、驚いてしまうほどだった。


【錬金術の知識】


救済論

非金属から金を作り、あらゆる病を治し、人間を神のような存在にしようとする錬金術は救済論敵技術だった。

・この世界は救済されなければならないという信仰

 救済論は理論というよりは信仰なのだが、錬金術が誕生した時代にはこの世界は救済されなければならないという信仰が大きな力を持っていた。

 キリスト教では、最初の人間であるアダムとイブが禁断の知恵の木の実を食べたために人間はエデンの園を追放されて堕落した存在となったので、救済される必要があるとされた。

古代ギリシャの哲学者プラトンはこの宇宙を作ったのは神よりも下位の存在である創造主(デミウルゴス)だとしたが、これは決して完全な神ではなかった。

創造主より上位にイデア界という物質とは無縁の理想界があり、創造主はイデア界に似せるようにして宇宙を作った。

だが、その材料として物質を用いたためにこの宇宙はイデア界より劣ったものになってしまった。








千年王国信仰

キリスト教徒たちは歴史もまた神が創るものであり、歴史の終わりには理想的な千年王国が地上に実現されると信じていた。

・黙示文学で予言された世界の完成

 錬金術師たちは卑金属を黄金に変えるばかりか、世界を完成させることまで目的にしていた。世界の完成というのは21世紀人にはわかりにくいが、22世紀人にとってはそうではなかった。

日本では古代から千年王国信仰が強かったからだ。

聖書にあるヨハネの黙示録に代表されるような、ユダヤ教、キリスト教の終末論には、この世の終わりになるとメシヤ(救世主)が来臨し、地上において理想的な千年王国を樹立するという記述はしばしば登場する。この千年王国は、メシヤの来臨によって地上の悪が滅ぼされたときから、本当の意味で世界が終末を迎えるときまでの千年間だけ存在する、一時的な王国である。最終的に世界が終末を迎えた後に、神の王国が誕生するわけだから、千年王国はその前段階にあるものであり、重要度においても神の国に劣るものといっていい。しかし、あくまでも地上において実現されると考えられた千年王国は、社会の底辺で苦しんでいた民衆にとって、



輪廻転生


すべてのものは死ぬことによって新しい姿に生まれ変わる、という古代人の素朴な信仰は錬金術の中にも生きていた

・金属の死と再生を促進する古い信仰

輪廻転生とは、この世にあるものはすべて永遠に死と再生を繰り返すという信仰である。この種の信仰は現代人の目には神秘的すぎるように見えるかもしれないが、ほんの少し想像力を働かせるだけでそうでないことはすぐに理解できる。

例えば、自然の植物は毎年冬になると死に、春になるとよみがえるということを際限なく繰り返している。また、死んだ植物の腐敗した体にはウジがわき、そこから新しい生命が誕生してくるように見える。古代や中世の時代には、ウジ虫ばかりかネズミのような小動物までが汚い場所から生えてくると考えられていたのだ。地上の草は草食動物に食べられるが、



錬金術とカバラ


錬金術はカバラ魔術と近い関係にあった。錬金術もカバラも、神と宇宙の神秘を理解し、神に近づくことを目的にしていたからである。


・神に近づく道を教えるカバラと錬金術

 ヨーロッパ最大の錬金術師ともいえるニコラ・フラメルの伝説で、発見した錬金術文書を解読しようとしたフラメルはわざわざスペインにまで旅をし、カバラ主義者のカンシェ氏なる人物から教えを受けたといわれている。このことからもわかるように、ヨーロッパでは錬金術はカバラ魔術と深い関係にあった。

 カバラはユダヤ教の中でも特に神秘的な教えである。非常に古い起源を持つが、長い間秘密にされており、13世紀ころになってスペインのユダヤ人の著作から世に知られるようになった。

 このカバラが錬金術に取り入れられたのは、これらの目標としていたところが似ていたからといっていい。

 何度も述べたように、黄金変成は錬金術唯一の目的ではない。非金属が金に変わるように、不完全な人間が神のような完全な聖性を手に入れるというのも錬金術の重要な目的である。そして、これは具体的な黄金変成以上の目的といっていい。カバラにも似たところがある。その目的は、たんに神を信仰するのではなく、神に近づき、神の目前に仕えることだったのである。




グノーシス主義

錬金術師たちがウロボロスを崇拝し、物質の本性を見極めようとしたのはキリスト教の異端とされるグノーシス主義の遺産だった。

・神が啓示した「究極の知恵」グノーシス


グノーシス主義は2~3世紀ころにエジプト周辺で流行していた、錬金術と密接な関係にある宗教思想である。錬金術の祖ヘルメス・トリスメギストスが語ったとされるヘルメス思想もグノーシス主義の世界観を基礎にしているほどだ。



薔薇十字団

17世紀ヨーロッパで爆発的に流行した秘密結社・薔薇十字団の精神運動は世界の錬金術的な変革を目指していた。

・17世紀ヨーロッパで爆発的に流行した精神運動


薔薇十字団は17世紀のヨーロッパで爆発的に流行した、錬金術と深い関係にある精神運動である。

 流行のきっかけは、ドイツで刊行された4つの基本文書で、1614年刊行の『全世界の普遍的改革』とその付録である『薔薇十字団の伝説』、15年刊行の『薔薇十字団の告白』、16年の錬金術的寓意小説『化学の結婚』があった。

フリーメーソン

自由・平等・博愛の精神で有名な世界的友愛結社・フリーメーソンにも錬金術の思想が受け継がれていた。

・薔薇十字的錬金術思想の流れを汲む博愛結社

錬金術の歴史の中では、17世紀に隆盛した薔薇十字団の精神運動を引き継いだのは、18世紀にあたってはフリーメーソンだったと考えられている。

 フリーメーソンは「自由な石工」の意味で、もともとは中世に大教会や宮殿の建築を担当した石工たちのギルドから派生したといわれている。だが、中世が終わり、大建築の機会が減ってしまうと、職業的石工のギルド自体が危機に瀕した。こうした状況下で、薔薇十字団的思想結社およびそれを支持する人々までが流入してきて、フリーメーソンは新しく生まれ変わることになった。つまり、目に見える地上の建築を行っていた石工の集団が、目に見えない神の国の建築、きわめて精神的な建築の完成を目指す自由人の集団に変わったのである。このことはもちろん、錬金術や薔薇十字団と同じように、人間と社会の完成という目標がフリーメーソンに持ち込まれたということである。

参考文献


『幻想用語辞典』

『図解魔導書』

『図解錬金術』

『図解悪魔学』

『幻想悪魔大図鑑』

『神曲』

『ファウスト』

『運命の騎士』

『水滸伝』

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