第9話 父さんからの電話


 スマホの画面に映る名前を見て、突然激しい気持ち悪さに襲われた。直ぐにトイレに駆け込んで…。せっかく絵里と一緒に食べた物が全部出てしまった。


 ハァハァハァ。


 そのままトイレにしゃがみ込むと胃の中が空になった所為か、少し楽になった。起き上がり洗面所でうがいをして、リビングに落としたままになっているスマホを拾い上げるともう切れていた。


「父さん」




 少ししてまたかかって来た。あの時の状況が甦る。鳩尾からこみ上げる様な気持ち悪さを感じながらも


『悠です』

『悠か、悪かったな電話しなくて』

『いいよ。今でも凄くきついから』

『そうか、あれから一人暮らしをさせておいて連絡も何もしないで悪かった。今日は体の調子を聞きたくてな。どうだどこか調子悪い所とか無いか。ご飯はきちんと食べているか?』


『大丈夫だよ。それに武道場にも毎週行っているから体調もいい』

『そうか良かった。もうすぐ正月だが、帰ってくる気無いか?』

『まだ無理。それより父さん、頼みがあるんだ。学校から貰った通知表に親の確認印がいるんだ。送るからサインして送り返して貰えるかな?』

『大丈夫だ』


『後、母さんや姉さんは大丈夫?』

『それは…。二人共精神科に掛かっている。まだ掛かりそうだ。だがここで暮らしている』

『そうなの。父さんの方こそ大丈夫?』

『私は大丈夫だ。元々鍛えていたからな』


『悠、帰れるような気持ちになったらいつでも帰って来て良いんだぞ。ここが悠の家なんだから』

『父さん、ありがとう。分かっている』

『どんな些細な事でもいい、父さんを頼ってくれ。父さんを必要とする時が有ったらすぐに声を掛けてくれ』

『分かった。じゃあね父さん』

『ああ、元気でな』


 スマホの通話が切れると、堪らない郷愁感に襲われた。誰かに会いたい。



 その日はそのまま寝てしまった。




 翌朝午前六時。体内時計は正確だ。目覚ましをつけていなくても目が覚めてしまう。睡眠は良い。昨日の事が精神的に大分楽になっていた。


 いつものように軽く柔軟をした後に、上下ジャージ、ジョギングシューズを履いて外に出た。


 寒い。でもこの位が丁度良い。三百メートルも走れば体が温まって来る。この住宅街の外周を回る感じでジョギングする。もう少し温かい時は同じようにジョギングをする人を見かけたが、今の時期になると流石にいなくなった。



 いつもの様に途中のコンビニで二種類のサンドイッチと牛乳五百CCを買ってマンションに戻るとスマホが震えた。


誰がこんな時間にと思って画面を見ると高橋さんだ。直ぐにタップして

『はい』

『坂口君、高橋です。こんな朝早くからごめんなさい。今日会えないかな?』

『何か用ですか?』

『ううん、ただ会いたくなっただけ。あっ、もちろん友達としてだよ』

 どうしようかな。武道場にも行きたいし。


『午後からで良いかな?』

『分かった。坂口君の家のある駅でいい。午後一時位』

『ああ、いいよ』

 なんだろう。


 俺は午前中、武道場に行って、午後から高橋さんと会った。


 それから年末まで午前中は武道場、午後からは高橋さんと会う様になった。


 年末の映画を見に行ったり、俺の部屋でただ二人で本を読んでいたりした。ゲームとかは、彼女も好きでは無いみたいでしなかった。


 偶には二人でお昼を作ったりして食べた。最初は二人共ちょっと恥ずかしい気も有ったが、段々慣れて来た。具材は、駅前にあるスーパーに二人で買いに行ったりもした。


 三十一日の夕方、彼女が帰る時、

「坂口君、お正月一緒に初詣行かない?」

「ううーん。いいよ、行こうか。でもこの辺で初詣する神社知らないんだけど」

「私の家の近くにあるよ。もし良かったら明日の午前十時位に待ち合わせしない?」

「いいけど、高橋さんの家って?」

「そうか、いつも坂口君の所だものね。駅は学校ある駅の向こう一つ隣だよ。改札で待合せしようか」

「了解」

「じゃあ、気を付けて」

「うん」



 彼女が改札に入って行くのを見てから自分のマンションに戻った。彼女が帰った部屋は、彼女の匂いが少しだけ残っていた。

 いつも見慣れている光景なのに少しだけ、寂しさを感じた。


 


 私、高橋友恵。クリスマスイブに坂口君の家でクリスマスパーティをして家に帰ったけど、何故かとても物足りなさを感じてしまった。


 もっと会っていたい。なんでだろう。翌日は家族でクリスマスパーティを開いたので出かけられなかったけど、我慢出来なくて二十六日、目が覚めると彼にすぐに電話した。


 そして会いたいと言うと午後からなら良いというので直ぐに会いに行った。その日は何もしなくて、彼の本棚にある本や雑誌の事について聞いて見た。説明を聞いても私には全く分からなかった。


 まだ高校生なのになんでこんなに難しい本を何故読めるのって聞いたら、坂口君曰く六才の頃には、英語、フランス語、ドイツ語の学術論文誌は読めたと言っていた。全く理解出来ない。


 私は彼が何を言っているのか全く分からないって言ったけど、そんなものだよと片付けられてしまった。


 高校は何故行くのと聞いたら、市立桂川高校は日本でも少ないバカロレア認定校だからここを出れば外国の有名大学に直接行けるという事で、ただいるだけだと聞いた。

 またまた私には全く分からない。勉強と言っても規定科目だけど、もう大学四年まで終わっているって。私が付いて行けるレベルではないらしい。


 小学校三年の時から隣駅にある武道場で武道を学んでいるとも聞いた。だから細いけど結構筋肉質だって言っていた。見た事無いけど。


 だけど、彼と一緒に居ると心が落ち着くって言うか、ただドキドキっていうか。良く分からなかった。


 でもまた明日会える。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

次回もお楽しみ下さい。



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