第19話 勝負どころの覚悟

 人の意見や気持ちを大事にして、尊重して人生の選択をしなければならない、と言われたこともあるが、果たして本当にそうだろうか。

 その人たちは気持ちを尊重したお礼に私の人生を、私が思っている以上の次元へと導いてくれるとでも言うのだろうか。


 本当に何が何でもやらずには死ねない、生きられないくらい、やりたいことだったら、やらない言い訳にしかならない相手の気持ちを考える必要はないのではないだろうか。


 優勝を懸けた戦いで相手が負けたらどうしよう、可哀想だと逐一考えないのと同じ。

 勝負どころとは少なくとも、それくらいの覚悟と、その道を選ぶことへの責任が必要である。

 ましてやこの時、私が懸けていたのは、これまでと、これからの人生、全て。

 父が反対する理由は、私の人生の重さの比ではなかった。


 父は私の情熱に呆れ、快く認めてくれる……ことはなく。

 父方の祖母を巻き込んで、留学を阻止することにした。

 父にとっては、いつでも味方になてくれる最大の助っ人、私にとってはいつも気が合わない最大の難敵。かと思われた。 


「中国へ留学するって聞いたけどー」

 気性の激しい祖母のことだから、頭から湯気を出して猛烈に反対するんだろうなと思っていたが、そんな祖母の口から出た言葉は


「それはきっと、孔子様のお導きです」

 こ~し?

「夢に孔子様が現れたのは、このことだったのでしょう」


 何のことなのかよくわからなかったが、この時期、祖母はなぜかいきなり儒教・孔子様にハマったらしく孔子様、といえば中国。


 そんな時に孫が孔子様のお国へ学びにいくという。

 また楽しからずや! という不思議な展開になったのだ。

 孔明先生が先手を打って、孔子経由で祖母を動かしてくれたお陰で


「よきかな、よきかな」

 祖母は意外にも笑顔で私の留学を応援してくれたのだった。

 これで父も諦めるだろうと安心したのも束の間


「県内から出るだけでも大変だというのに」

 ぉおっと、油断をしていた。

 祖母は祖母でも、母方の祖母が難色を示したではないか。というよりも、

 祖母がそこまで私に興味があると思っていなかった。


 いつも優秀な兄と比べられて、ついで的な存在でしかなかったので

「何でわかってくれないの?」と思うよりも、私に寄せる関心があったことに驚いた。


 祖母のムッとした態度を見て、父もここぞとばかりに

「全くだ。何を考えているんだか! 馬鹿じゃないのか! 勝手に人の人生計画をぶち壊す気か!」

 勢いを盛り返した。


 ちなみに父の人生計画とは、高校卒業後、短大へ行き社会人になり、結婚するというもの。

 それって思いっきり母の人生。


 私に母の人生をコピーさせる気? と言いたくても言えない。

 けど、このままじゃ折角決まった留学が危うくなると不安になった時だったー

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