第18話 大人たちとの戦い

 人生の岐路きろに立たされた私を動かしたのは、積もり積もった不安と、障害によって激しく燃え盛った孔明先生への尊敬愛だけだった。


 どんな想いも情熱も、時間の経過とともに冷めてしまうものならば、冷める前に次の行動をしよう! と腹をくくった私は「中国に留学する」ことに決めた。

 三国志の国へ留学することこそが、私の進むべき道だという現実に辿り着いたのである。


 言い換えれば、留学する以外に道はない。それが私にとっての現実だった。

「現実をみなさい」と言われる時は往々にして、実現することが出来ない理由や状況を確認して、納得して、やめなさい、といった具合に「やらないこと」「諦めること」を推奨する時に使われることが多い。だが、現実をみなさい、と言われたら、見るのは未来。


 反対の声を押し切って実現している未来の自分の姿。

 妄想と言われようが、空想と言われようが気にしない。

 何が何でもやりたいことなら、反対を押し切ることで覚悟も固まるし、自分の言動に責任を持つしかない状態になるので、本気かどうかを自問自答することも出来る。


 頑固、ワガママ、自分勝手と最初は言われても、そんな現実さえ数年後には、行動力がある、意志が固い、自分を持っていると言われるようになる。それもまた現実。


 一度覚悟を決めたら、それ以外の選択肢は全て排除された。

 親や学校と相談や検討をする余地はなかった。

 三国志の国へ留学すること以外、私が生きる理由も必要もなかった。

 

 進路を相談することなく、決断を報告することになり、高校卒業後の私の歩くべき道は、表面上はすんなりと決まった。


 だが当然、私の独断は容易に賛同されるわけもなく、猛反対された。

 特に父は青筋を立てながら、事あるごとに不機嫌爆弾ふきげんばくだんき散らしたが、父のいっときの感情をなだめて、丸く収めるためだけに私の人生を諦めることは出来なかった。

 私の中では、この時点で既に離陸した飛行機状態だった。誰が何を言おうが、何が何でも、中国へ留学する選択肢以外なかった。


 父にどんなに反対されても、罵声ばせいをぶっかけられても、私の予定は決定。揺るぐことはなかった。

 ここで中国へ留学しなければ、私は私ではなくなってしまう。

 このまま日本にいては、せっかく見つけた生きている価値を失ってしまう、という不安とあせりが、父の反対にあおられて日々、大きくなっていった。

 私が最優先させたのは私自身がこの人生でいかに「生き続けたい」と思えるか。

 先々の世間体や就職のことよりも、今、この時、この瞬間をどう生きるか?

 だった。


「最初は夢があっていいと思ったけど、よくよく考えれば、現実的にあり得ない」

 父の言う現実とは、世間体だった。世間体に沿った道を歩くことだけが正しい現実だと言って譲らなかった。


 一度は留学を承諾しょうだくしたものの、知人や友人に私の奇行を許すのは父親として如何いかがなものかと言われたようで、日本社会に生きる先輩としての価値観を押し付けてきた。


 だが、私にとっては他人の意見や選択肢はどうでも良かった。そんなことより、日本国内にいて、私にどっぷり三国志文化と中国語を学ばせてくれる環境はないのが現実だった。

 同時に、三国志の国へ行けば、三国志文化と中国語にどっぷりかれるというのもまたまぎれもない現実だった。


 この時点で既に「三国志の英雄達と、どうやったら人生を共にできるか?」が最大の焦点しょうてんとなっていたので、世間体なんかに左右されている場合ではなかった。


 だからこそ、父が何を言っても留学を撤回てっかいする気は無かったし、もうすでに決まったことなのに、今更他の選択肢なんて存在しなかった。


 前進、あるのみ!

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