第13話 三国志な奇跡の始まり


 その日の全校朝会にて。

「皆さんに座右の銘を書いてもらいましたが、私が心から感動し、学ばされた言葉があります」

 校長はそう言いながら、琴線に響いた生徒の座右の銘をデカデカと書いて、全校生徒の前で発表したのだがー


 なんと言うことを!

 そこに書かれていたのは

「勿以悪小而為之,勿以善小而不為」

 私が座右の銘として掲げた玄徳公のお言葉だった。


 さらに校長は私の座右の銘だけではなく、私の名前やクラス、三国志が好きだという個人情報まで全校生徒の前で暴露したではないか。


 目立たないよう、目立たないようにと息を殺すように生活をし、何とか卒業まで一年を切っていた私に、の響きあり。

 なんで座右の銘をあんなに素晴らしい言葉にしてしまったんだろう。もっとどこにでもあるような無難なものにすれば良かった。

 或いは事前に、全校生徒の前で私と英雄達の熱愛を公表しても良いかどうか、打診して欲しかった。そしたら、絶対に全力で断っていたのに!


 校長の突然の仕打ちに、体中の力が抜けた私は、平然を装って教室まで戻るのがやっとだった。

「かっこつけて生意気だ」「何目立ってんだ」と言われるであろうことを想定し、何か遭ったら校長に責任をとってもらわないと、と思いながら、またイジメられるかもと思いながら、魂が半分抜けた状態のまま教室へ戻ると


「すごいね!」

 校長お墨付きの凄い人! という認識のもと、目が合った人全員に笑顔で迎えられた。

 クラスメートだけではなく、接点のない先生にまで

「あなたは、三国志の!」と声を掛けられるようになってしまった。


 校長の、一国の主君の言葉が、これほどまでに重いものだったとは!

 転校してから一年以上経っても飽きずに続いていた私への怪奇の目と嫌がらせは、この朝会を機に一転した。

 今までとは明らかに違う反応。

 喩えるなら、水戸黄門が身分を明かした後に「ご隠居様、今までの数々のご無礼、お許しを」と態度を変えて旅立ちを見送るエンディングのような感じだろうか。


「今までと同じ扱いをしてはいけない」

 私のいない時に会合を開いて打ち合わせでもしたのかと思われるくらい、目に見えて彼らの態度は変わったのだ。


 例えばフルネームの呼び捨てから「名前+さん」になったり、どうでも良いことでさえ、話しかけてくる人も増えた。

 また、三国志は難しいというイメージからか、実は頭がいいのかも、と誤解された可能性が高く、成績上位陣に目をつけられるようになった。


 更には、からかっていた人たちが普通に接してくるようになり、これまでの悔いを改めるかのように、何だか色々と気を遣われるようになっていた。

 思い出せる範囲だけでも、この変わりよう。

 そんな 彼らの私に対する対応は、卒業まで変わらなかった。


 校長の権力半端なし、とも思うが、それ以上に三国志の英雄達が守ってくれている! という実感が何より大きかった。

 目には見えないが、まるで三国志の英雄達が私のボディーカードになって守ってくれているような、そんな確信を持つようになっていた。


 もし、無難な言葉を選んでいたら?

 もし、校長に事前に打診されていたら?

 絶対にあり得ない奇跡だった。


 常識では起こるとは考えられないような、不思議な出来事。

 特に神などが示す、思いがけない力の働きを奇跡、と呼ぶという。

 ならば三国志の英雄達による神対応はまさに本物。

 強く優しく、目に見える奇跡を起こしてくれる神。

 中国で未だに畏れながら愛され、祀られているのも納得である。


 だが、この奇跡さえまだまだ序の口。

 時空を越えた奇跡はここからやっと、本腰を入れて始まっていくのだった。

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