第12話 人生への逆襲の始まり

 何とか窮地を脱した私が転校したのは田舎町だった。田舎町に転校生。これほど無駄に人目を引くイベントもないだろう。


 一難去ってまた一難。

 やっと平和な学生生活を送れるかと思いきや、転校生という無条件に目立つ立ち位置を与えられた私は、何をしても好奇の目にさらされた。イジメこそなかったが、一々面倒なくらい注目され、からかわれる毎日。

 忍法隠れ身の術を取得したいと、願わない日はなかった。

 それでも、三国志への情熱だけは隠そうと思うことはなかった。


 友達が好きなアイドルの写真を切り抜いてファイルを作っていた頃、私は三国志跡紀行が特集された雑誌を買っては、お気に入りの写真を切り抜いてその情景を瞼に焼き付け、授業そっちのけで、中国を旅している自分を想像していた。


 特に、人生の師・諸葛孔明先生が永眠する武侯墓ぶこうぼの写真には、何度も何度も心を熱くしながら頓首とんしゅしたものである。

 そんな生活を送っていたので、私の本棚と心には三国志以外、立ち入る場所はなかった。

 夏休みの宿題の定番である読書感想文は「出師表すいしのひょう」を読んだ感想、というよりも英雄達へのラブレターのような手紙を書いて提出。


 またある時は、校長が全校生徒に座右の銘を書かせたが、この時は三国志、蜀漢王朝の初代皇帝である玄徳公の遺言を書いた。それがこちら。


 勿以悪小而為之,勿以善小而不為


 意味は、どんなに小さな事でも、悪いことをしてはいけない。どんなに小さな事でも、善いことをないがしろにしてはいけない。


 校長が一人ひとりの座右の銘を、色紙に毛筆で書いてくれる特典付きだったが、校長は私の座右の銘と、その説明を読むなり

「三国志を勉強しているんですか?」

 顔色を変えた。

「勉強というよりも、好きなだけです」

 勉強だったら三日と続かない。

「私は名前を覚えるだけで一苦労です」

 当時、校長の言葉はよく分からなかったが、年を重ねると分からないでもない。

 人の名前はよほど興味が沸かない限り、次の瞬間には読み方さえ忘れてしまうのだから。


「いやぁ、素晴らしい」

 二十四時間、オンもオフもなく三国志の英雄達と生きている私にとっては、極々普通のことだったが、校長は大いに驚いていた。


 だが、次に驚かされたのは私の方だった。

 その翌週の全校朝会で事件は起きた。


 まさかこの素晴らしい座右の銘が

 全校生徒を巻き込んだ大事になろうとは夢にも思わず。


 玄徳公の遺言が引き起こした驚きの出来事とは?

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