第14話 電光石火の一目惚れ

 中学を卒業しても、孔明先生への尊敬愛を卒業することはなかった。

 中学を生きて卒業した私は「修学旅行先が中国」という動機だけで受験した高校に入学。神様にお礼を言えというのなら、このタイミングである。

「中国に行かずには死ねない!」と心中密かに願っていたことが、十六歳にして実現できたのだから。


 入学した高校は、私を中国に行かせるために存在していたんじゃないかと思えるほど、様々な条件が合致していた。

 私が高校を卒業して数年後に修学旅行先は変わり、さらにその数年後、母校は閉校したので、私が入学するのを待っていたのだろうとさえ思う、太々しさ。


 イジメられていたからと言って、その後の人生に対して卑屈になる必要はない。

 犯罪を犯したわけではないのだから。

 耐えた分だけ、正々堂々、遠慮なく、生きた甲斐のある人生を十割増で送るだけである。


 イジメもトキメキもないまま、真面目な高校生活一年目は無難に過ぎたが、二年に進級する直前、人生を変える大事件が起こった。

 何があったのかといえば、修学旅行があったのだ。


 それまでの私は家族や親戚の間でも目立たない存在だったが、修学旅行のためだけに高校を選んだことで、彼らは密かに私の将来を危惧きぐし始めた。


 それでも修学旅行で中国へ行けば三国志愛も落ち着き、その後は普通に世間体に沿った道を歩くだろうと踏んでいたようだったが、現実はそんなに無難ではない。


 感受性の豊かな十代の行動は、人生に重大な刺激と転機を与えるが、私にとってはこの修学旅行がまさに、人生を変えるものだった。


 実際に中国へ行くまでは、机上の空論どころか、机上の空想止まりで、日常生活の延長の中に中国を想像していた。

 三国志跡はあれど、現代の中国と三国志をどこかで分離させていた気もする。

 

 だが、遣隋使や遣唐使にならって船で三日間の航路を経て中国大陸へ上陸し、地平線を目の当たりにした瞬間、それは起きた。


 それは、人生、一度きりの「電光石火の一目惚れ」だった。

 一目惚れした相手は中国大陸の地平線。


「この雄大な大地を相手に孔明先生はー」

 地平線越しに伝わってくる、三国志の国に於ける、孔明先生の存在と偉大さを前に、言語を司どる左脳が反応するよりも早く、魂がひざまずいた。


 自分のそれまでが、健気に命を繋いできたその日までの全てが、一粒の砂と化して、宇宙の果てまでぶっ飛んだ瞬間だった。


 それまで、あるのか、ないのかさえ興味のなかった鼓動が、私が生きていることを証明するように熱く脈打った。


 魂にドカンと来る衝撃しょうげきを受け、不老不死の情熱を手に入れた瞬間

「私、この国で生活する!」

 それは、予言でも啓示でもなく、根拠のない予定の確信だった。

 誰に相談するわけでもなく、中国で生活をする自分自身を地平線越しに決めた。

 いつまでに実現するといった目標ではなく、確信的な予定として心に刻んだ。


 ここまで激しい一目惚れは対象が人であれ、国であれ、何であれ、私の人生で後にも先にも、この時だけであった。

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