三日目(昼)

 私たちは通路の中を歩き通した。

 石灰のタイルは滑らかで取っ掛かりがない。

 すこしでも気を抜いたら、不意に足を滑らせそうだ。


 この通路には、タイル、そして壁に等間隔に設置されている燃え尽きたトーチの他には目立つものがない。だが、この通路はゆるい傾斜になっているようだ。


 その見た目こそ真っ直ぐ続く通路だが、私の平衡感覚は上を向いている感覚をさっきからずっと訴えているのだ。なんとも気持ちが悪い。


 まるで手品師の箱に押し込められたみたいな感覚だ。

 目は「真っ直ぐ」だと言っているが、それ意外の感覚が、いや、そうじゃないと言っている。


 違和感は次第に不安や嫌悪に代わる。ほんの数日をともにしているだけだが、私はパーティの面々の苛立ちを、すっかりその肌で感じられるようになっていた。


「どうにもイライラするな。見た目はまっすぐだが、上り坂のようだ」


 黙々と前へ進んでいるパーティの静寂を私は破った。

 すると、堰をきったかのように、各々が勝手なことを言い始めた。


「きっと山の頂上まで続いているんじゃないか?」

「どうだろうな、それか要塞の秘密の場所かもしれんぞ?」

「ここはキレイすぎる、きっとまだ宝があるかもしれんぞ」


 どうやら、ただイライラしているだけではなかったようだ。

 彼らは高揚を隠して、言いたいことが言えずにヤキモキしていたのか。


 ――無理もない。


 ここまで人の手がついている様子のない遺跡に入ったのは、私も久しぶりだ。

 冒険者は大抵、誰かが先に行って、諦めていった先を掘り起こすものだ。

 往々にしてそういった場所には絶望の残り香がある。


 争った血の跡、キャンプの残骸。どれも見るだけで気分を沈ませるものだ。

 しかしここにはそういったものがない。


 ここには人の痕跡が何もない。故に我らにとっては魅惑的なのだ。

 ドワーフが去ってからこの要塞を訪れたのは、我々が初めてなのだろう。


「――扉だ」


 私達の目の前に、薄い金色に輝く、青銅製の扉が現れた。扉は両開きで、例によって内開きでこちらからは蝶番が見えない。この扉は4枚の青銅の板をつなぎ合わせてできていて、その表面には打ち込まれたリベットの頭が見える。

 リベットの周囲とその表面は、錆びが浮き出て緑青色に染まっていた。


 表面に装飾らしい装飾はない。実用一辺倒の扉だ。

 傷一つないその扉は、やはり鍵がかけられていない。


「開けてみよう」


 クルツの言葉に首肯し、私は彼と一緒になって扉を押す。

 この扉はだ。どうやらここにいたっても、まだ外の扱いらしい。


「これはすごい」


 先を見た私とクルツは、感嘆の声を上げた。


 扉の先は、巨大なホールになっていた。まず圧倒されたのは、その天井の高さだ。ここが地下と思えないほどに、その天井は高かった。


 巻き尺で測るわけには行かないので、まったくの当てずっぽう、不確かな見当でしかないが、天井の高さはとんでもないものにみえた。高さといえば、有名なカルンの街の大聖堂、それの尖塔の先まで収まりそうなくらい高い。

 みると天井には無数に巨大な垂れ石があり、その先端が地面から伸びる正6面体の断面をした、巨大な石の柱につながっている。

 ここでは自然と人工物が繋がり、空間を支えているのだ。


 私は一歩踏み出して、足元に違和感を感じた。

 地面が硬いのだ。

 みると、足元は鉄製の格子だった。

 私は上ばかり見て、足元を見るのが疎かになっていた。


 格子の下を除くと、なにやら無数のパイプや歯車が見える。

 それらは松明の影で不定形の怪物のような影をつくって踊らせている。


 これらのものが何の役目を持っているのか? その正体はようとしてしれない。

 だが、私にはこれが要塞の内臓のように思えた。


 しかしまあ、ホールは薄暗くて、何もかもがおぼろげだ。

 普通、扉の近には、灯りのひとつでも用意していそうなものだが……。


 見回してみると――あった。篝火台ブレイザーだ。


 半円のパイプ状のものがつながった、四角い石の台座、その上に金属製の皿のようなものが乗せられている。おそらくはこれが照明で間違いないだろう。


 私は足元に張ったパイプをまたいで、喉の高さにある皿の中を背伸びをして覗いてみる。すると、皿の中には黒い水のようなものが張っていた。

 息を深く吸うと、なんとも気が遠くなる、ツンとくる匂いがする。


 たぶんだが、これは「黒油」だと思う。

 我々は草木の実や動物から油をとるが、草木と水に乏しい近東の地に住む人々は石や砂から油を集めるという。博物誌か何かで読んだ覚えがある。


 なるほど、雪山の中で植物から油を得るのは困難を極めただろう。豚を育てるのだって限度がある。ドワーフが石や砂から油を集めるのは道理に叶っている。


 私は手に持っていた松明の火を、黒油のはられた篝火台ブレイザーに近づける。すると皿の中身はボッと勢いよく燃え上がり、周囲を照らした。


 そして気が付いた。火をつけたあと、何か異音がする。

 パイプの中を何かが通っている?


「おい、あんた何をしたんだ?」


 ヴァンの声に振り返ると、この篝火台とパイプのつながった、同じような篝火台に次々と灯りがついていく。なるほど、凝ったことをするものだ。


「私は火をつけただけだ。特別なことは何もしていない」


「……じゃあ、あれはなんだ?」

 ガントレットをつけた手で、彼は灯りの列を指差す。


「多分だが、この足元のパイプから、火種を他の篝火台にうつしているんだろう。なにかの拍子で火が消えても、点け直さなくて良い仕組みを、ドワーフたちは作ったんだ」


 凄いものだが、これは流石に持ち帰れないな。

 だが、あとでスケッチをしておこう。こういう知識は好事家が良い値をつける。


 篝火台が照らしてくれるお陰で、ホールの詳細がだいぶ明らかになった。

 どうやらここは、何かの工房のようだ。

 パン窯のような形をした、怪物のような大きさの機械が並んでいる。


 それらの機械は、それぞれに半円状の扉を持ち、レールでつながっている。

 このことからも、どの機械もそれ自体で完結しておらず、何かしらの一連の作業工程があり、その一部をになっていたであろうことがうかがえる。


 しかしこの場にあるすべてのものが大きいな。

 まるで自分が小人になったようだ。


「おいレックス、これを見てくれ」

 今度はクルツから私を呼ぶ声がした。


 彼は立ち並ぶ大窯、その近くの石のテーブルの前で何かを見つけたようだ。

 私は彼に歩み寄って、を見た。


 見た目はクロスボウだ。しかしその大きさが尋常ではない。

 弓の部分は鋼で、人間の使うものに比べて太さは4倍、長さは倍くらいある。

 台座もそれに合わせて補強されている。

 弦こそないが、この弓の張力がどれほどのものか、それくらいは見れば判る。


 そして……これの脇に置かれているのは太矢のつもりなのか?

 太さも長さも、もはや槍といっていい。


 バリスタという攻城戦に使う弩があるが、それ以上の大きさだ。


 とても人の手で使えるような大きさの弩ではない。


 緑肌は確かに強い。その甲冑は分厚く、弓は中々通らない。

 しかしここまでのものが必要とは思えない。


 ――ドワーフ達は、一体何と戦っていたんだ?

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