三日目(朝)

 その日、私は体に痛みを感じて目を覚ました。

 私の冒険の経験のなかでも1,2を争う最悪の目覚めだった。


 石に長いこと触れたせいで、まるで全身の血が固まっているようだ。

 私はこり固まった体をさすってほぐす。


 さすりながら視線を移すと、同じような事を目が覚めた全員がやっていた。どうやら皆同じような目にあったらしい。石になりかけた体を肉に戻すためのまじないは数分続いた。


 そして、食事といった日常の用事を済ませた私たちは、武装して門の前に立つ。


 先日はファルシオンを胴に結わえ付けたが、今日は鞘をしっかりと腰のベルトに下げる。山を歩くときに比べて、これを使う可能性が格段に高いからだ。


 扉を目の前にして、私の下知を待っているパーティの面々。

 その顔はどれも期待と不安が同居していて、心の内を読みづらい。


 あの血気に逸りがちなヴァンでさえ、苛立ってしきりに顔を触っている。


「不安か?」


「知らん人間、知らん家にはいるのに、不安じゃないやつが居るか?」


「いえてるな」


 あまり良い感じはしない。いや、悪い方と言ってもいい。

 こういった「何かに対する自信」がない状態は危険だ。


 不安定な心のままで戦いが始まれば、このまま戦うのか、逃げるのか?

 そういった迷いが起き、戦列が崩れて敗走という流れはよく起きる。

 

 心が一本調子でないと、戦う前から負けが決まる。

 これは勝敗という意味ではない、「死ぬ」、命を失うという意味だ。


 例え「逃げ腰」でも、逃げる方に肚が座っていれば、安全に逃げれる。

 逃げるのか? 戦うのか? こうなっていると一番危うい。

 私が言っているのは、そういう意味だ。


 これはパーティのリーダーである私が、明確な戦闘に対する態度を示していないから、こうなっているという面もある。


 さすがにこのままにはしておけない。

 彼らから不安を取り除き、その決意を明るい方向の一本にまとめなくては。

 私はそのために、慣れない演説をぶつことにした。


 彼らの前に立ち、咳払いをする。


「――さて諸君。我々はセレスティア岳に挑戦し、ついにドワーフの遺跡を発見した。ここまでの事をなし得たのは、君たちの力と協力があってのものだ」


 ここまで話して、ヴァンから野次が飛ぶと思っていたが、彼は意外にも大人しく聞いている。私はゆっくりと言葉を続けた。


「既に聞いたかもしれないが、私に依頼を出したススラフの村長、その祖先たちは緑肌のオークやゴブリンどもに要塞を追われたと言っている」


「すなわち、まだ要塞の中に緑肌どもが居る……それどころか、巣食っていることだってあるかもしれない。もし連中と遭遇したら、できるだけ戦いは避ける」


「無論、戦いを避けられないと慣れば戦うが、心に留め置いてほしいのは、戦いに勝つことではなく、安全に逃げることだ。これは戦うより難しい」


「我々は7人しか居ない。うち一人は人足で、戦う事はできん」


「イルーゾ、彼が荷物と一緒に失われるようなことがあれば、下山が危うくなる。そのことはゆめゆめ忘れないように」


 私はイルーゾの不安を取り除こうと努めた。彼にとって、我々の冒険などはどうでもいいはずだ。故に、何事かあれば、真っ先に逃げ出すのは彼だと思われた。


 だから、彼が別の意味で重要なことを、再度パーティの面々に認識させる。

 少なくとも、守られるという考えがあれば、逃げ足を遅くするだろう。


 言葉を受けたイルーゾはもちろん、剣士たちもハッとした表情になる。

 どうやら、彼らは認識が甘かったようだ。


 自分たちが無事に下山できるかの運命、それを彼が握っているという事実を認識していなかったようだ。なんとも世話の焼ける事だ。


 私は「では、行こう!」とパーティに号令をかけた。


 扉は内開きのようで、蝶番ちょうつがいがこちらから見えない。

 これは確実に、戦闘を考慮に入れたデザインだ。

 ドワーフ様式の装飾が施された真鍮の扉に3人づつ左右に分かれて押す。

 

 「ズン」と思い音がして、腕に抵抗が帰ってくる。

 しかし、扉にかんぬきはかかっていないようだ。扉の隙間からノコギリを入れる手間が省けて助かる。


 私達が全身の体重をかけて押した扉は、ゆっくりと前に進んでいく。

 押すたびに、カタカタと歯車のような音がするのは、開閉用の細工だろう。


 ドワーフの扉には、途中まで開いた扉が逆戻りしないような固定機構が設けられているものがある。きっとそれだと思った。


 ニ枚の真鍮の板を壁に押し付けると、通路があらわになった。

 通路の幅は、扉の幅そのままでかなり広い。ここを4頭立ての馬車が通っても、そう狭苦しい思いはしないだろう。


 そして通路の先はとても暗く、その奥は全く見通せない。


 通路の床は四角い板が互い違いに組み合わされていて滑らかだ。

 その石灰質の白い板は石にも関わらず、足を置くと少し沈み込む感触を返す。

 どう見ても石なのに、踏んだ感じはカーペットのようで気持ちが悪い。


「この床、なんだか気味が悪いな」


「ドワーフの連絡路かもしれん。これなら素早く走れるし、ヒザも傷めん」


「なるほどな」


 クルツの指摘に納得する。


 みると、通路には2本の鉄のレールがある。

 きっとこれを使って何か馬車のようなものを通していたのかもしれない。


 私たちは明かりを用意し、通路へ踏み入った。

 重苦しい緊張が、一歩一歩支配を広げる中、松明の光だけが、白い床に私達の黒い影法師を写して、楽しげに揺らめかせていた。


 さて、何が出てくる?

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