第12話 最終話

 あのあと、ワインを飲んでからの記憶がない。

 しかし横にいたスーさんの解説を聞くに、私は話したかった内容をきちんと話せていたようだ。理路整然と、普段はないような賢さが光っていたと彼は笑った。

 あまりのギャップに、その場で吹き出すのを我慢するのが大変だったという。


『異世界の賢人として、ご提案があります。私の国は、機械技術が高度に発展した国でした。残念ながら、私に機械を作る技術はありませんが、『構想』はあります。セイレーンの皆様には技術がありますね。召喚された賢人が構想を提供し、セイレーンの技術によってそれを成し遂げる、というのはどうでしょうか』


 ワインを煽って泥酔状態になった私は、魔術師おじさんに向かってそう言ったのだという。

 門番長室で向かい合わせに座りながら、スーさんは眉をはの字にしながら言う。


召喚された、ってのがポイントだな。ああいう言い方をすれば、国王を立てつつも、実質的な権限は自分が持つことができる。あれだけ大勢の人間がいる中で提案すれば、筆頭魔術師様も反論できない。筋が通ってるしな」


「うまく自信持って話せるか微妙なところだったんですけど。酒の力は偉大ですね」


「お前は常に酒を飲んで仕事をしていた方がいいかもしれない。……ま、あのままの話にしてると、理詰めでルーカス殿にさらに喰ってかかりそうだったが」


「あの人嫌いなんですよ」


「お前、それ絶対外で言うなよ。筆頭魔術師様の権力は凄まじいんだからな」


 セイレーンの技術力を利用する、ということになったため、今回メケメケに乗り込んでこようとした人たちも、処刑は免れた。その代わり異世界の賢人である私に全面協力する形で、「王の機械技術開発プロジェクト」に奉仕することになっている。


(人命は救われたわけだけど。なんだかなあ)


 私はふん、と鼻をならす。

 でもまあ、首輪は外してもらえたし。

 門番としての仕事はそんなに嫌いじゃないし。

 とりあえずこの世界でも生きていけそうな気がしてきた。

 ひとつの困りごとを除いては。


「しかし……どうしてこうなったんですか」


「俺だって納得いかんわ。なんなんだ、この措置は!」


「おやおや、いいんですか? 上司に敬語使わなくって」


 悪い顔で笑うと、スーさんは屈辱の極みみたいな顔をして眉間に皺を寄せる。


「くっ……!」


 機械技術ギルドによる暴動を事前に食い止め、さらに国王直下の機械技術開発プロジェクトのオブザーバーになってしまったため、私は凄まじい勢いで階級が上がり、なんと門番長になってしまったのだ。

 昇進は本当は辞退したのだが、実績が実績なために昇進なしというのは難しかったらしい。


「なんで門番に残ったんだ、お前は。異世界の賢人様なんだろ? 王宮で働く選択もあったはずだ」


「いや、確かに王宮でって話もあったんですけど。あの魔術師おじさんの直下で働くのやなんですもん」


 まだまだ門番としての経験が浅いため、元門番長のスーさんが「補佐官」として残る形になった。一応、階級上は昇進という形にはなるのだが、見かけ上はスーさんが私の部下になった形になってしまう。きっと彼としては屈辱的だろう。


 スーさんは、苛立ちをやっとの思いで飲み込んで、無理に作った笑顔で私に笑いかける。


「では『新』門番長殿。今まで俺がやっていた、膨大な仕事の引き継ぎをいたしましょうか」


「えっ」


「記憶力の良い門番長殿なら、こんなの朝飯前ですよねえ」


「わ、私は……数字の関わる以外のデスクワークは、ちょっと」


「逃しませんよ!」


 鬼瓦のような補佐官スーさんにこってり絞られながら。

 私の「門番長」としてのキャリアが、スタートしてしまったのだった。



FIN

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