第11話 捕縛
「こんにちは! 今日も美味しいワインをお持ちしましたぁ〜」
「やあ、マリーちゃん、今日もご苦労様」
いつも通りの笑顔を振り撒きながら、門番の男性はチラリと見張り台にいる私の方を見た。私はうなずいて、階段を駆け降りる。マリーちゃんの目の前に立ち塞がると、できる限り険しい顔をして睨み上げた。
「荷物を改めさせてもらいます」
突如目の前に現れた私に、マリーちゃんは動揺する。
「え、ちょっと、待ってよ。ちゃんと税金は納めて来てるわよ。誤差もないはずだし」
私はマリーちゃんの言葉を聞かず、ずんずんと彼女との距離を詰めた。
「あとね、私気になってたことがあって。失礼」
私は素早くマリーちゃんのスカーフに手をかけて、それを一気に引き抜いた。
いきなり首元を掴まれるとは思わなかったのか、彼女の抵抗は間に合わない。
スカーフが消えた首元を見て、私はニヤリと笑った。
「マリーちゃん、やっぱり男だったんだね」
マリーちゃんの首は思ったより太くて、喉仏がしっかりとあった。
ふわふわとした長髪と、スカーフで隠していたのだ。
(初めて見た時、体は華奢だけど首が太いなって思ったんだよね。力仕事をするのに、髪を下ろしてるのも、ボリュームのあるスカーフっていうのも妙だったし)
「っく……! この野郎!」
油断した。
スカートの下から、「彼」はナイフを取り出した。
素早い動きで、私の脳天目掛けてそれを振り下げる。
「危ない!」
突如体が宙に浮いた。ナイフは私の顔面スレスレのところを通過して、もっさりした前髪を掻き切っていく。そのままひっくり返る途中で、スーさんが男に向かっていったのが見える。どうやら私は彼に首根っこを掴まれ、後ろに引っ張られたらしい。
石畳に背中を打ち付けられ、私は呻き声をあげる。
その間にも、門に控えている衛兵たちが「マリーちゃんだった男」と、積荷の中に隠れていた男を取り押さえていた。
「業務連絡! 業務連絡! ウェリントン門、メイデン門でも不審者確保!」
マツゲが叫んだ報告の内容を聞いて、私は背中をさすりながら、ほっとため息をついた。
「よかった。他の門でも捕まったみたいで」
スーさんに、各門の通関記録の閲覧許可をもらったあの日以降、各門を周り、私は自分の直感を頼りに資料を読み漁った。
メモを取る必要はない。ただひたすら付番された資料を読めば、どんどん頭の中に「写真」の形で記録が流れ込んでくる。
読み進めば読み進めるほど、頭の中に点在した通関記録の点が、線で繋がっていった。
「やっぱり……! 間違いない」
最後に記録を読んだリンドル門から、私はスーさんのいるセルリアン塔へ走った。
すでに閉門時刻後だったが、事は一刻を争う。門番長室へ飛び込むと、スーさんはまだ仕事をしていた。
「なんだなんだ! 騒々しい。埃が立つだろうが、静かに歩け」
「やっぱり私の直感は正しかったんです!」
とにかく話を聞いて欲しくて、両手を机の上にバン、とついた。
きっと日本で同じことをやっていたら、早々に部屋から追い出されていただろう。
しかしスーさんは、眉間に皺を寄せつつ片眉を上げつつも、私の話を聞く体勢を作ってくれた。
「話してみろ」
「はいっ!」
私は意気込んで椅子に座ると、一度深呼吸をして自分を落ち着け、口を開いた。
「メリバスからのワインの運び込み、直近の二週間で急に増えてます。そして毎回マレルで測っています。運び込みがあったのは、ウェリントン門、メイデン門そして、ロッテンベルグ門です」
「お前が配置されて、指名手配犯の確保率が急激に上がっていることに気がついたのかもな。向こうはお前一人の功績だとは到底思わないだろうから、他の門での入国審査も厳しくなってると踏んだのかもしれない。それでワインの積荷に隠れることにしたのか……」
「あと、どの門での運び込み時も、見目麗しい女性が帯同しています。各門の門番が、やっぱり夢中になってたみたいです」
「……嘆かわしい」
そして、メリバスのすぐ隣町、マレルには機械職人「セイレーン」のギルドがある。メリバスのワインギルドのこの不可解な動きはやはり気になる。
「スーさん、セイレーンとメリバスのワインギルドとの間に、何か関係性があったりはしませんか。協力関係になるような要素は?」
スーさんは眉間にひだを作り、目を瞑る。
数刻おいて鋭い緑の瞳が、こちらを見た。
「メリバスのワインギルドは、昔ながらの製法で作っているのもあって、人手がいるんだ。しかし最近は都市部に若者が流入しているために、人手不足に陥っている。隣町のセイレーンに、機械技術による作業効率化の相談に行っていてもおかしくない」
「ワインの積荷からセイレーンの関係者が出てくれば、ビンゴってことですね」
「そうだな」
「でも、わざわざどうして『指名手配犯』が首都に乗り込もうとするんでしょう? 警備の厳しい都にやってくるなんて、捕まりにくるようなものじゃないですか。どうやってでも首都に集まらないといけない何かが近々であるんでしょうか……」
そう、それがずっと疑問だった。
いったいどうして、手の込んだ手口を使って首都に入り込もうとしているのだろうか。
「収穫祭だ」
スーさんが顔を険しくする。
「収穫祭には、各地から大勢の人が集まる。新聞社も取材に来るんだ。人の目が王都に集まるこの機会に、奴らきっと大規模なデモか暴動でも画策しているに違いない」
*
元マリーちゃんを取り押さえたのち、門番が三人がかりでワインの箱を退けていくと、大きな箱のようなものが現れた。
人が隠れられるようになっていて、中から三人も男が出てくる。これを隠すためにワイン箱で周りを覆っていた形だ。
身元を確認すれば、やはり三人ともセイレーンの関係者。やはり、私とスーさんの推理は間違っていなかったようだ。
「お手柄だな」
いつの間にかスーさんが横に来ていた。私に向かって、遠慮がちに手を差し伸べる。
私は彼の手を掴み、痛む体をゆっくりと起こした。
「顔は大丈夫か」
「ええ、顔は痛くないので、どこも切れてないと思います。ほら」
私はぐいと前髪を片手で押し上げて、スーさんに顔を見せた。
するとなぜかスーさんは眉を上げ、頬を真っ赤に染める。
(ん? なんだ?)
「お前……意外と……」
「なんですか?」
「いや! なんでもない!」
「え、気になるじゃないですか」
「セイラ、お前」
「はい」
「お前は前髪を切るな」
「えっ」
まるで小姑のように、ずっと「髪を切れ」ってうるさかったのに。
「なんでですか」
「なんでもだ」
「そう言われると切りたくなりますね」
「切るな! お前が髪を切らないのは、そんなに簡単に曲げられるほどのやわな信念だったのか? 顔は隠しておけ!」
私の鼻先に指を差してそう言い放つスーさんに、私はとびきり顰めっ面をする。
「……失礼ですね、そんなに酷い顔してますか、私」
「そういうことを言いたいんじゃない!」
なんなんだ。褒めたと思ったらいつもの態度に逆戻りですか。
(でも、まあいいや)
このうるさい人と働くのは悪くない。
自分らしくいても、卑屈にならないですむ。
「クソっ、国王の犬どもめ! 下々の国民の生活を良くしようと努力することが、そんなに悪いことなのかよ。ふざけんな!」
元マリーちゃんが、そう叫んでいる。
私は彼の言葉を聞いて、少し悲しくなった。
彼らは悪くないと、個人的には思う。暴動とか起こされたらたまったもんじゃないけれど。
人々の生活を良くしようとすることが、罪なわけはない。
本当に悪いのは––––。
「やあやあ、素晴らしいね。さすがは異世界の賢人殿」
うっすら聞き覚えのある大声にハッとし、私は視線を声の方向に向けた。
えーと、この袈裟の魔術師おじさん、名前なんだっけ。
「ルーカス殿!」
スーさんがそう言うのを聞いて思い出した。
この国で一番偉い魔術師のおじさんだ。
っていうか、今「異世界の賢人」ってはっきり言わなかった?
その場にいる門番たちが、一斉に敬礼をした。
慌てて私も敬礼をする。
「セイラ・コンゴウ。異世界より国王の命で呼び出された賢人よ。王の命に従い、この王都メケメケの平和に良く貢献してくれた」
異世界の賢人、という言葉に、ざわざわとあたりが騒がしくなる。だが、誰もこのおじさんの言葉を遮るような地位を持っていないためか、質問をしようとする者はいない。
もしも本当に大規模なデモや暴動が画策されているとしたら、上部にも報告をしておいた方がいい。
そう判断してスーさんが王宮へも情報を回していたようだが、まさかこの人が直接出向いてくるとは思わなかった。
満足げな魔術師おじさんを前に、私は苦虫を潰したような顔をする。
「ああ、セイラ。そのままでは話しづらかろう」
首周りの重みが、突然消えた。どうやら彼は私の首輪を外したらしい。
(国王の功績を表す異世界の賢人として私をPRするためには、もうこの首輪は邪魔ってわけね)
「あのー、今回捕まえた人たちはどうなるんでしょう」
「もちろん、全員処刑だ。王都の治安を脅かそうとしたわけだから」
魔術師おじさんがサラリと言った「処刑」という言葉に、私は唇を噛む。
スーさんを見ると、彼も複雑な表情をしていた。
しかし、やっぱり、声を上げる様子がない。
それだけこの魔術師おじさんの権力は絶対なのか。
「今、この国って、魔術師不足で大変なんですよね? 機械技術の発展は不可欠とか」
「そうだ。そのために賢人の召喚計画を実行したわけだ。セイラはよくやってくれた。我々の指示通りに」
「では、異世界の賢人である私から、提案があります」
「ほう、なんだ。言ってみなさい」
ここまで言って、ちょっと緊張してきた。
考えはあるのだけど、流石に衆目が自分に集中している状況で話すというのは、なかなかにハードルが高い。
私は手近にあったワインの箱を開けると、一瓶取り出して栓を開け、一気に煽った。
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