第21話 BBQ親睦会

 タカハシ社長の顔前には、超弩級戦艦が二隻揺れていた。


「どういうことですかッ!?」


 社長室で執務机にバンッと両手をついて、イベント運営責任者のタチバナはタカハシ社長の無茶ぶりに猛抗議をする。 


「いやだからさ、そこは上手くやってよ~。ね? タチバナくん、お願い!」


 八日目からの新要素のゴリ押し追加をタカハシ社長は安請け合いしてきた。


「ゲームが崩壊しますよ! 何考えてるんですか!」


 追加する新要素は、もう別のゲームと言っていいものだった。つまり、同じ場所でのゲームに同じキャラクター達がすることになる。ゲームの併行開催なんて混乱は必至だった。


「それこそ、タチバナくんの腕の見せ所でしょうよぉ~」


 しなを作って「おねが~い」と言ってくる軽薄な中年男に雇われている事実に辟易しながら、タチバナは腕を組んで溜め息をついた。


「……いくら貰ったんですか?」


 目をそらすタカハシ社長。相当貰ったようだ。この様子からして九龍クーロン案件だろう。彼女はその明晰な頭脳で推測する。


「私だけでなく、社員全員にボーナス配らなかったら、みんなで貴方のことを殺しますからね」


 とりあえず明日の終業ミーティングまでに、社員への説明資料が必要だろう。そう。管理職には残業代がつかない。イライラしたタチバナは、社長室を出たところにあるゴミ箱を蹴っ飛ばす。


 すると、裏張りが赤い高級ハイヒールがゴミ箱の側面に刺さって抜けなくなった。ブチンと、彼女の中で何かが切れた音がする。



「キィィィイエエエエエエエエ!!!」



 タチバナの今にもタカハシ社長の頭を兜割りしそうな勢いの猿叫えんきょうが、廊下に響き渡った。



◇◇◇



 バーベキューの時間まで、マナミさんに銃のことを教えようと、宿舎エリアのさらに地下にある射撃場に来た。「とりあえず試しに撃ってみて」と彼女に言ってみたところ……。



「ねぇ。どうして、隙あらば、二丁拳銃で横撃ちしようとするの?」



 両手にハンドガンを持って、アクション映画の如くカッコよく撃ち終えたマナミさんに、俺は銃声音から耳を保護するためのイヤーマフを外しながら呆れて声をかけた。的にしていたターゲットペーパーを手元に機械で引き戻すと、全く当たってなくて笑う。


「だって、カッコいいじゃん!」


 そうだね。カッコよかったし、おっぱいも揺れてたしね。


「えっと、じゃあ、見本を見せるので」


 俺は両手でハンドガンを構えると、照準を合わせて射撃を始める。十発撃って、ターゲットペーパーを引き戻した。全弾、頭部に当たっている紙を彼女に見せると、「おお~」と声をあげてくれたので、真似してくれるかなと期待する。


「すごいけど……なんか超地味だね……配信でやるには恥ずかしくない?」


 俺からすると、あんな派手な撃ち方して一発も当たってない方が恥ずかしいと思うんだけど。


「いまは配信されてないんだし、練習だと思って、ちゃんとした構え方覚えてください」

「ヨタ君、なんか学校の先生みたいー。ウケるぅ」


 学校なんて通ったことねぇから、そんなん言われても、わからんわ! もう実力行使で、彼女を後ろから抱きしめた。この六日間で、俺にバックハグされると彼女は大抵はチョロく言うことを聞いてくれることを学んだ俺である。


 だが、これは諸刃の剣。なぜならば、その際マナミさんから発せられるエロい雰囲気に俺が飲まれると、ただ単にエロいことをして終わってしまうからである。でも銃のことは九龍のこともあるし、マジでちゃんと教えないと。


 彼女の両腕を持って、二人羽織の状態でハンドガンを構える。しかしながら、マナミさんよ、トロンとした目で見上げるでない。照準を見なさい。俺じゃなく。


 一旦、銃を下させる。俺は彼女の耳からイヤーマフを外して、彼女の耳を噛んだ。マナミさんは、「ん」と短く素敵な声を上げてくれた。


「マナミさん、昼間に会った人いんじゃん」


 彼女のお腹の前で手を組んで軽く抱きしめて、彼女の頭の上に顎を置く。


「あの人さぁ。たぶん来週のデスゲーム中に俺のこと誘拐するか、マナミさんにちょっかい出して俺のこと強請ゆするかしそうなんだよね」


 あれ? 反応がない。俺としては、マナミさんに「そんなのヤダー!」とか言われて抱きつかれるのを期待してたんだけど。腕の中で黙ったままの彼女に「どうしたの?」と言おうとした時だった。



 ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ。



 突然、完璧なフォームで彼女は、的に弾を撃ち込んだ。ウィーンと音を立てて、ターゲットペーパーが近づいてくる。先ほどとは打って変わって、今度は頭と心臓を的確に撃ち抜いていた。


「さっきのヨタ君のやつ見て覚えた」


 て……天才?


 俺が呆然としていると、銃を置いた彼女が振り向く。琥珀色の瞳はすわわっていた。こっわ。九龍の息子、これ絶対殺されるやつじゃん。超ザマァなんですけど。


「ねぇ、マナミさん」

「なに?」


 マジギレしてるマナミさんもいいなぁ。そんなに俺が他の誰かに殺されるの嫌なんだ、この子。


「めっちゃ好きです。捨てないでね」


 両手で彼女の顔を包んで、そう告白したら、マナミさんは顔を真っ赤にしてフニャフニャになったから、俺はめちゃくちゃに彼女にキスをした。



◇◇◇



「……ってことがあったんです」


 バーベキューは、排気設備が整ってるからと遊戯開発室で行われている。こんなに社員いたんだなぁとビックリしつつも、俺は見知った社員にさっきからずっとマナミさんの話をして絡んでいた。


「え? なにこれノロケ?」

「ノロケだねぇ」

「ヨタロー君、お酒飲んでないよね?」

「うん。さっきからコーラしか飲んでない」


 タキ主任もシムラさんもモリさんも呆れた顔で見てくるけど、俺は全世界に俺の彼女を自慢したい。


「マナミさんって、あのジャジャ・ラビットの?」


 タキ主任がシムラさん達に話を振る。


「そうそう。スゴイよ。ヨタロー君の言うことは聞くんだよ」

「青天の霹靂すぎて、自分の仕事サボって、この前配信見ちゃったもん」


 シムラさんとモリさんにイジられつつ、俺は肉を齧った。



 バーベキュー、マナミさんも誘ったけど、素っ気なく「行かない」と言われてしまった。「じゃあ、俺も行かないで一緒いる」って言ったら、やんわり断られてちょっとショックでした。でも、たまには一人の時間も必要ですよね。


 とはいっても、この六日間ほとんど一緒だったから、すでに寂しさで胸がいっぱい。


 夜に部屋寄ったら、迷惑かなぁ。でも迷惑そうなら帰ればいいし、寄るだけ寄ろう。できたら、今日もマナミさんと一緒に寝たい。



 そんなことを考えながらも、シムラさん達と仕事道具の話をしたり、遭遇した変なプレイヤーの話とかをして、なんやかんや俺はわりとバーベキューを楽しんだ。



◇◇◇



 彼女の部屋のチャイムを鳴らす。手にはバーベキューのお土産。でも三回鳴らしても彼女は出てきてくれなかった。仕方なく諦めて自室に帰ろうとした時、ガチャリと扉が開いた音がした。


「なんだ。ヨタ君か。誰かと思った」


 そう彼女の声が背中越しに聞こえて振り返ると、扉の隙間からマナミさんは顔を出して俺を見ていた。


「ごめん。邪魔だった?」


 彼女は首を横に振る。手招きされて部屋に入る。テレビがついてて、ゲーム機のコントローラーがベッドの上に転がっていた。テーブルにバーベキューのお土産を置く。


「マナミさん、ゲームするんだね」


 ちょっと意外だった。でもみんな口をそろえて、マナミさんのこと「無口、誰とも仲良くしない、いつも部屋で一人でいる」って言ってたから、俺が知ってるマナミさんの方が例外なのかな。


 彼女はコントローラーを弄って、ゲームをセーブをすると、テーブルについて俺の持って帰ってきた肉の串を齧ってくれた。俺も向かいの席に座る。


 テレビに映った画面を見ながら、気になって「なんのゲームなの?」と聞くと彼女は少し難しそうな顔をした。説明しづらいようだ。


「……文明作って……戦争とかできて、文明が成長してくると核兵器とか使えるようになるから、それで敵国の都市とか潰すのが楽しいの」


 うん! とってもマナミさんっぽいね! 大好きだよ!

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