第20話 休日デート②

 愛玩動物の気持ちってわかる? 俺は人生の何割かは殺人愛好家の愛玩動物ペットだったわけなんだけど。別に良くしてくれた人の方が多かったし、それ自体はマジでどうでもいいんだけど。ただ、これだけは声を大にして言いたいわけ。



 俺は、別に殺されることが大好きなのである。



 九龍クーロンが俺が死んでる間に、俺の身体に何してんのか興味ないどころか、知りたくもないからさ。生き返った時に泣きながら「なんでお前は俺を愛してくれないんだ」って言われても困るんだよ。


 そもそも俺、男に興味ないし。普通に可愛い女の子が好きなわけ。



◇◇◇



 ザ黒歴史。マジ萎えるわ。九龍グループ案件には、なるべく近づかないようにしてたのにな。ただ、あの様子じゃ、もう九龍は死んで彼が継いでるっぽいけど。飯代まで払ってもらって、目が合ってしまったからには挨拶くらい必要だろう。


 俺はマナミさんに断りを入れて起ち上がると、九龍の息子に近づいた。


「お久しぶりです。坊ちゃん」


 記憶では小さく幼かった彼は、もう白髪の方が多い老人といった風貌だった。そんなことを考えながら軽く頭を下げた俺に、彼は席を勧めてきた。あんまり長居したくないけど、仕方がない。


「君は全然、変わらないなぁ」


 そうだね。不老不死なもんで。俺は席に着いて、肩をすくめた。彼は俺の肩越しに、テラス席で頬杖をついているマナミさんを見やる。


「マナミちゃんのこと、僕も応援してるんだよね。彼女見てると、なんだか父のことを思い出してしまってねぇ」


 その言い方に、猛烈にイラっとしてしまった。俺が大好きで大事にしてるものを、お前の変態オヤジと一緒にすんのマジでやめてほしい。苛立ちが顔に出てたのだろう。彼は「すまない。すまない」と笑った。


「僕の母のこと覚えてるかい?」


 忘れるわけあるかい! あんな酷い殺され方したの後にも先にもないわ。二度と経験したくない。トラウマだっつーの。


「ミンチにされて海に撒かれた経験は、なかなか忘れられるものではないですね」


 少し嫌味をこめて、そう答える。


 でもまぁあのお陰で、九龍と手が切れたとも言えるので、そこだけは恩に着るけど。ほぼほぼ監禁状態でしたしね。普通にアイツといるの辟易してたからね。いちいち言うこと重いし、殺し方ねちっこいし、マジでヤンデレだったし。


「父は君がいなくなったことに酷く消沈してしまってね」


 エスプレッソ用の小さなカップを持つと、彼は一気に飲んだ。ところで、エスプレッソって美味しいと思う? 俺アレよくわからないんだけど。いや、エスプレッソに牛乳とキャラメルソースかけたやつは好きなんだけどさ。あれ発明した人、天才じゃない? 甘いと苦いのハーモニーが。甘くて苦いとか、ちょっとマナミさんっぽいし。


 大して興味がないどころか、聞きたくもない奴らの話をされて、脳がキャラメルマキアートに逃避する。


「……といわけで、もし良かったら、うちに戻ってきて、父と一緒にいてほしいんだ」


「はぁ?」


 キャラメルマキアートのこと考えて、聞き流してたらトンデモナイこと言わなかったか、こいつ。


「まだ生きてるのか?」


 何歳だよ。バケモンかよ。いやガチのバケモンの俺に言われたくないだろうけど。


「だから、さっきも言ったけど、君がいなくなってから、相当、君が恋しかったみたいでね。保管してた君の血を飲んでたらしくて、もう頭は完全におかしくなっちゃってるんだけどね」


 マジで俺が死んでる時、何してたんだよ。あのオッサン。引くわ。マジで引く。


「嫌です。マジでない」


 気が付いたら、敬語も忘れて拒絶の言葉が出ていた。九龍がいま廃人なのか、くたばりかけてるのか、なんなのか知らんけど、もう話を聞きたくなかった。俺は椅子から立ち上がり、マナミさんに所に戻ろうと、九龍の息子に背を向ける。



「まぁそう言うと思ったんだよね。だからさ、にね」



 不穏な予告をされる。とにかく最低な気分だった。早足で店内から出ると、マナミさんに「もう帰ろう」と短く告げる。せっかくの楽しいデートだったのに。彼女の手を引いて、駐車場に向かう。


「ヨタ君。お外デートもういいの?」


 キレイで可愛くて、俺のことが好きな彼女が首を傾げた。俺が彼女の問いかけに答えずにいると、頬を撫でてくれる。思わず彼女を抱きしめると「また遊びにこようね」と言ってくれた。その約束に俺はちょっとだけ泣いた。泣いたのいつぶりだろう。


 

 帰り道、結構乱暴な運転した気がするけど、マナミさんは文句を言わなかった。それに部屋にも乱暴に連れ込んだのに、文句を言わないでくれた。彼女を抱きかかえて、ベッドの上に放り投げる。ニットワンピースのスカートのスリットから彼女の太ももが見えた。


「ごめん。マナミさん、弁償するから」


 俺は彼女の返事を待たずに、ニットワンピースをスリットから力任せに上まで引き裂いた。



◇◇◇



「本当にすいませんでした」


 散々好き放題して、ようやく冷静になった俺はマナミさんに平謝りする。マナミさんはいつもみたく頬を膨らませて怒っていた。なんか殺されるのが嫌で、彼女の手首をずっと拘束したまま勝手に自分だけの満足でヤッてたから、ご不満なのだろう。


「もう殺していいの?」

「はい。存分に。本当にごめんなさい」


 今度は彼女の腹の虫がおさまるまで俺が殺される番である。でもなんだかやっぱりマナミさんに殺されるのは、別に悪い気分じゃないな、と思った。



 それから、しばらくイチャイチャしていたら、もう夕方だった。俺のブカブカのパーカーを着たマナミさんがポテトチップスを食べている。俺はさっき九龍の息子に言われたことが気になっていた。


「マナミさん、マジで射撃教えるから、覚えてくれないかな」


 自分のことなら最悪諦めもつくけど、マナミさんを失うのだけは嫌だった。彼女はポテトチップスを口に咥えたまま「いいよ~」と呑気にオーケーしてくれる。


 マジで可愛いな。マナミさん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る