第19話 休日デート①

 久方ぶりにちゃんとした眠りに落ちて数時間後、俺は部屋に差し込む人工の太陽光で目が覚めた。この五日間、目が覚めると腕の中に天使のような彼女がいる。彼女は眩しいのが嫌だったのか、もぞもぞとしてから俺の胸に抱きついてきた。もう少し惰眠を貪りたいらしい。


 ベッドサイドの時計を見ると、いつもの起床時間で休日に起きるには早すぎた。ヘッドボードに設置されている室内灯とカーテンのボタンを弄って、また部屋を暗くする。俺は天使の希望に沿って、二度寝をすることにした。



◇◇◇



「マナミさん」


 俺の上に馬乗りになってる彼女に声をかけると、悩ましげな声で返事をされる。


「現在進行形で、おっぱい揉んでる俺に言われたくないだろうけど」


 二度寝してたら、彼女が起きたタイミングで絞め殺されて起こされまして、なんやかんやで午前中が終わってしまいそうなのです。このままだと、一日中ヤッて(られて?)しまいそうです。それはそれで大変魅力的なスケジュールなのですが、僕ちん可愛い彼女とお外デート憧れてたんです。


「そろそろお出かけしません?」


 マナミさんは「もう仕方ないなぁ」と言って、俺の首を絞めてキスしてくる。


 やっぱり、どこが「エッチするの別に好きじゃなかった」なの? 絶対あの発言嘘だと思うんだよね。まぁエロくて可愛くて最高だけどさ。そんなこと考えてたら、俺は死んだ。



◇◇◇



 マナミさんは一度自室に帰るというので、一時間後にエレベーターホールで待ち合わせにした。俺がエレベーターホールで待っていると、タイトなニットワンピースを着た美女が「お待たせ」と現れた。周りをキョロキョロと見てみても俺しかいない。俺がキョトンとしてると、美女は頬を膨らませて、とても身に覚えのある不服そうな表情をした。


「え? え? え? マナミさんなの?」


 いや確かによくよく見れば、いつもの琥珀色の瞳をしたマナミさんだった。パーカーにミニスカートか、ショートパンツ姿しか見たことがなかったせいで、急に大人な女性として現れて、脳内の処理が追い付かない。


「リゾート施設の方に行くって言うから、お化粧しただけだよ。変だった?」


 ぴったりとしたニットワンピースのせいで、普段よりも彼女のスタイルの良さが目立つ。それに化粧をした彼女の顔はあまりにもキレイで、顔も身体もまともに見れなかった。


「……変じゃないです。超キレイです」


 ドキドキした俺が斜め明後日の方を見ながら、そう言うと彼女は満足げに俺の腕にしがみついてきた。



 島内移動用のカートを運転して、リゾート施設へ向かう。暑すぎず寒すぎず今日は気持ちの良い天気だった。運転しながら隣にいる美女を盗み見る。マナミさんとわかっていても、やはりドキドキした。ってか、普段はお化粧せずにあんだけ可愛いってことなのか。


 十五分ほど運転し、リゾート施設エリアの入口で守衛さんに社員証を見せる。駐車場にカートを停めて、マナミさんと手をつないでエリアに足を踏み入れた。ハワイやシンガポール、ドバイあたりの高級ショッピングモールを混ぜ合わせたかのような雰囲気だ。


 まずは、昨日コンビニで、ブタ男ことモリさんに教えてもらったカフェでランチを取ることにした。このエリアの利用者自体が限られていることもあって、どの店も昼時でも混雑してはおらず、ゆったりしている。


 あんまり考えずに普段の格好で来ちゃったけど、俺もマナミさんみたくキレイめな服着てくれば良かったかな。セレブが利用するエリアだもんな。少しだけ入店ドレスコードを心配したが、むしろ「セレブ」しか基本いないエリアだからこそ、服装は自由なようだった。


 ウェイターに店内か、テラスか希望を聞かれ、せっかくの良い天気なので、テラス席を選んだ。席に着くとメニューを渡される。さすがはセレブ向け、料理の写真がねぇ。メニューの名前を見ても、どんな料理かよくわからなかった。


「知人に美味しいって聞いてきたんですけど、おススメとかありますか?」


 正直にそう言うと、彼は丁寧に説明してくれた。ランチ時はそば粉のガレットが人気らしい。マナミさんがマトンかチキンかで迷ってたので、両方頼むことにした。


「お飲み物は、いかがされますか」


 俺は下戸なのでミネラルウォーターを、マナミさんはグラスシャンパンを頼む。


「お酒はなにが好きなの?」


 ウェイターが下がってから、彼女にそう尋ねる。出会ってからイチャイチャばっかりしてて、彼女の好みなど「人殺し」以外のことは全然知らなかった。


「シャンパン好きだよ~。でも別に普段はお酒、飲まないかな」


 それから二人でお互いに「音楽は何が好きか」とか他愛のない会話をしながら料理を待った。料理が運ばれてきて、皿を見るとマトンとチキンのガレットがそれぞれ乗っていたので、「あれ?」と思いウェイターを見る。


「少し小さめで二種類のガレットを用意させていただきました」


 さすが高級店。まぁ客に料理を自分たちでシェアされるくらいならばということなのだろう。チップいくらくらい上乗せすりゃいいのやらと少し思ったが、マナミさんが喜んでいるので、ありがたくサービスを受け取る。そして、また他愛ない会話の続きをしながら食事をした。


 食事を終えて、会計をしようと思ったら、なぜか「御代はもういただいておりますので」と言われてしまった。ウェイターが店内の方の奥の座席を見やるので、俺達の食事代を払ってくれた御仁を確認しようを俺もそちらを見た。



 俺の視線に気が付いて、にっこりと微笑んだ初老の男には見覚えがあった。随分と老けているが、そのせいでむしろ彼の親にそっくりだった。



「坊ちゃん……」



 思わず声に漏れる。かつて所属していた組織『九龍クーロン』のボスの息子だった。

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