第14話 優勝候補⑨

 大人の二人が廊下で恋人同士の話をしている間に、オレは由梨と孝子に『睡眠カード』を七枚ずつ渡した。もう手持ちの枚数で足りる。これ以上、集める必要はなくなった。


 こんなに急に仲間が減ってしまうなんて。ただ単に三日目までが運が良かっただけだろう。雄平、未季みき、正樹……。


「余りはオレの胸ポケットに入れておくから、オレに何かあった時は回収して」


 オレは心臓のあたりをポンポンと叩いて、場所を二人に教える。


「そんな縁起でもない事、言わないでッ!」


 由梨が声を荒げた。孝子が落ち着かせようと彼女の背中を撫でる。由梨には申し訳ないけれど、もうみんなで生き残れるなんて甘い考えはとても持てなかった。


「由梨も孝子も、与太郎さんはこの状況の中じゃ頼れる人だと思う。女性への暴力については疑わしいけど、それでも親しい女性以外への接し方は普通だなって感じるし」


 撃たれて倒れた正樹の顔が網膜に張り付いて離れない。いつオレがああなっても不思議じゃないし、自分の身も守れないくせに由梨と孝子の安全を自分が守れるとは思えなかった。与太郎さんのことで思うところがあったのか、由梨は口を開いた。


「真波さんの怪我だけど、今日ずっと二人の様子見てて……その合意の上なのかなって」


 おそらく正解であろう由梨の推論を聞いて、オレは胸が少しだけジクッとした。大人には大人の世界がきっとあるのだ。まだ十七歳のオレにはよくわからない世界が。クソ親父と母もそうなのかもしれない。でもやっぱりそうだと言っても子供に心配させるのは間違ってるとは思うけど。


 そう思いかけて、いやいやと思い出す。クソ親父に関してはオレのことも長らく殴ってたし、与太郎さんは外見が気味悪いだけで、きっと悪い人じゃないんだろうけど、親父は普通にクズだ。オレは自分の認知を修正した。



 ジムの窓ガラスにかかったロールカーテンの隙間から外を確認する。周りには今のところ殺人鬼達も他のプレイヤー達も見当たらない。睡眠カードはもう集める必要はなくなったとはいえ、今日のゲーム時間はまだまだ残っている。与太郎さんに相談しながら、これからの行動プランを考えないと。


 そんなことを思いながら三人で待っていると、ようやく真波さんと与太郎さんは戻ってきた。真波さんが幸せそうに彼の腕にくっついてるのを見て、オレはたぶん初恋に近い感情が失恋したことを知る。


 与太郎さんは先ほどの殺人鬼達が、雄平と未季を殺した犯人と同一人物だったという話をした。気がつかなかったが、まだビルを離れていなかったということなのだろうか。とりあえず今回は確実に、このビルから逃げていくのを確認したようだ。


「たぶん、三時間弱はここにいても平気だと思う」


 ようやくこのビルがセーフティゾーンになったからには、有意義な時間の使い方が必要だ。オレはエアガンの撃ち方を生き残った全員にできる限り教えて欲しいと、彼に頭を下げて頼んだ。



◇◇◇



 俺は翔太くんの信頼を勝ち得たようだ。まるで子犬のような可愛さ。命一個で安いもんだね!


 でもずっと気になっていることがある。マナミさんの翔太くんに対する態度だ。俺、気が付いてないと思われてるだろうけど、君たちがチョイチョイ目線合わせては外してるの気が付いてるんですよ?


 翔太くんに話しかけられても、俺の後ろに隠れちゃうし、なんかめちゃくちゃモヤっとするんだよなぁ。不死身属性が圧倒的に有利ってだけで、やっぱマナミさんもイケメンが好きなんかなぁ。たまに翔太くんの前でキスして、おっぱい揉んでやろうかと思う。しないけど。意外と紳士な俺。


 そんなことを考えながら、マットレスに胡坐をかいてエアガンを改造していく。マナミさんは殺人衝動と戦ってるのか、ずっと俺の背中に抱きついて、そばを離れようとしなかった。


 子供みたいな可愛い行動なのに凶悪なおっぱいがずっと背中に当たってて、俺はずっと勃たないように、三フレーズくらいしか知らない般若心経を心の中でエンドレスリピートしている。由梨ちゃんや孝子ちゃんに見られたら、せっかく勝ち取った信頼がまた「変質者」に逆戻りですよ、全く。


 ぎゃーてぇーぎゃーてぇー。おっぱいの感触。


 はーらぁーぎゃーてぇー。おっぱいの感触。


 だんだんパブロフの犬になってきたな。般若心経がエロいもののように感じる。ヤバい。俺はおっぱいから脳の関心を逸らすべく、マナミさんに話しかけた。


「あ、そうだ。マナミさんも撃ち方教えようか?」


 この後、彼らにエアガンの使い方を教えるついでに、マナミさんの絶望的な射撃をどうにかしようと提案してみる。


「んー。どうせなら、本物の銃の方を教えて」


 そうきましたか。まぁ、マナミさん視力も運動神経めちゃくちゃいいし、握力も強いから、ちゃんと教えればすぐに上達しそう。


「じゃあ、この仕事終わったら、本部の射撃場でやろうか」


 彼女は「うん」と答えて、また一層強く抱きついてくる。下の階での一件以来、すごい甘えん坊になってるなぁ。可愛いけど、なぜか不安になるんだよなぁ。翔太くんと一緒にいるのもモヤモヤするし、マジでこの仕事早く終われ。邪魔されずに、二人っきりになりたい。あと配信されるのも勘弁!!



◇◇◇



 ゲーム四日目の後半、改造エアガン作戦はかなり上手くいった。殺人鬼達は、他の殺人鬼から奪った武器に見えたのか、そもそも遭遇しても撤退していってくれた。そうでない場合でもエアガンの威力に驚いたのか追撃をしてくる者はいなかった。


 オレ達は仲間の半数を失ったものの全滅は免れて、四日目のゲーム終了時間を迎えた。皆で食品や衣類を調達しながら、ジムのある建物に戻る。


 先ほどのセーフティゾーンの間に、一階に雄平、未季、正樹の遺体を並べて、別の階のテナントにあったブルーシートをかけた。きっとこの遺体も朝にはこのゲームを運営してる奴らが片付けてしまうだろうけど、それでもこの短い間、仲間で友達だった。


 オレが三人の遺体に手を合わせると、他のみんなもそれに倣ってくれた。

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