第15話 優勝候補⑩

 明け方、まだみんな起きてこない。マナミさんは俺の腕の中で、スマホを見ていた。タチバナさんから何か通知が来たようだ。考え事でもしてるのか、親指の爪を噛んでたから、手を掴んで代わりに俺が噛んであげたら、フニャフニャと可愛い笑顔を向けてきた。


 そして、スマホの画面を見せられて、文面を読んだ俺は「良かったね」と可愛い彼女の頬を撫でた。



◇◇◇



― 三日目はおっぱいの被害者1名に抑えたな

― ヨタロー氏、意外と有能なのでは?

― 二日目の惨劇を知っているとな あれはあれで面白かったけど

― ラビットさんはやっぱイェーガーが合ってるよ~早くカムバック

― わかる

― 常に殺戮おっぱいでいてほしい

― まぁヨタ本人は2名お殺しになってたがwww

― 両方とも慈悲深き殺人だから

― ちょっとヨタのファン増えててジワる



◇◇◇



 ゲーム五日目。そして、本日で内通業務終了です! わっほ~い。


 しかも今日が終われば、明日はお休み。七十二時間の連続勤務だとウンザリしていたが、ゲーム終了時刻までで良いそうなので実際は五十時間程度になりそうなのは嬉しい誤算である。


 それにしても、昨日のカエル男とブタ男の一件以来、マナミさんの様子が変である。俺に尋常じゃなく、べったりなのだ。常に俺の腕にがっちりしがみついているか、後ろから抱きついてるかで、嬉しいけど翔太くん達からの視線が若干痛い。


 何より、昨日も深夜に例のごとく別の階の空きテナントでエッチなことしようとしたら(トイレは嫌だと言ってみました)、俺のことを殺す前から濡れていたのだ。おかしい。


 思わず、俺に隠れて誰かを殺したんじゃないかと疑ってしまって、マナミさんはちょっと膨れていた。いや、濡れてないところに無理矢理入れるのが好きで、文句垂れていたわけではなく、いやそれはそれで好きっちゃ好きなんだけど。って、あれ? 何の話してたんだっけ。


 ともかく、マナミさんが変ッ!! 元から変な子ではあったけど、より一層、変ッ!!



 子供たちが起き始めてきた。シャワー室で翔太くんと並んで洗面台を使う。昨日、たまたまここでシャワーを浴び終わった彼に出くわしたのを思い出してしまった。


 彼の身体には古い傷跡が多く残っていて、結構苦労してんだな、とボンヤリ思った。こんなゲームに息子を金のために差し出す親だ。さもありなん。しかしながら、それにしては随分と真っ直ぐに育ったもんだね。善人ってのは持って生まれたものなのかな。


 生来こんな性格の俺には、よくわからない。不死身になる前の自分はもうあまり思い出せないけど、多少は善人だったっけ? いや今より生死がかかってた分、悪人寄りだった気もする。普通に腹減ってたら、人殺してでも食べ物手に入れてたし。盗みなんて生活の一部だった。


 顔を洗いながら、そんなことを考えた。俺がタオルで顔を拭いてると、翔太くんは『睡眠カード』を差し出してきた。


「真波さんの分も合わせて、今のうちに渡しておきます」


 そっか。今日で終わりじゃないんだよな、この子達は。真面目だな。俺は彼の手をそっと押し返す。


「いや翔太くんが持ってて。俺、電車とかで、めっちゃ切符なくすタイプだし。マナミさんもそういうの管理、苦手だろうし」


 翔太くんはキョトンとした後で笑いだした。


「切符なんて使ってる人いるんですか? オレ、切符の実物見たことないかも」


 うう。そういえば、久しぶりに日本帰ってきたら、みんな改札で謎にピッてしてたな。時代に取り残されてる。恥ずかしい。


 翔太くんは「じゃあ、オレが預かってますね。ここの胸ポケットに入れてるんで、もしもの時は忘れずに回収してください」と快活なイケメンの笑顔でそう言う。その眩しい表情に、俺はなぜか急に彼に何もかも負けてる気がして、惨めな気持ちになった。



◇◇◇



 ゲーム開始時刻の二時間ほど前に、全員で与太郎さんに教えてもらってミリタリーショップに寄った。必要なBB弾の種類などを教えてもらう。それから、改造エアガンは本来の製品以上の威力を出してるため、耐久性に問題があるという注意もされる。


 改造の仕方も一緒に教わったが、オレは自分で再現できるか少し不安だ。工作は昔から苦手だった。でも、いつまでも全員一緒というわけにはいかない。全員が他人任せじゃ生き残れない。由梨と孝子も同じ気持ちなのか、真剣な表情だった。


 真波さんだけは、与太郎さんを信頼しているのか、あまり話に興味なさそうに彼の背中にしがみついているだけだったけれど。そんな彼女を観察していて、真波さんって浮世離れしてるなぁと、改めて感じた。


 外見も人並み外れて美人だとは思うけど、それよりもこんなゲームに参加しているのに、すごくニュートラルだ。落ち着いているのとも違う。なんだか彼女を見ていると、日常に戻ったかのように錯覚する感じだ。


 確かに時々精神状態が不安定にはなるようだけど、もっと酷い状態の参加者は初日にたくさん見てきたし、みんな殺された。このゲームは、どれだけ冷静に隠れて移動してを繰り返せるかに生死がかかっている。そういう意味では彼女は、すごくこのゲームに向いてるのかもしれない。


 与太郎さんは、真波さんとはこのゲームで知り合ったと言ってたけど、正直二人を見てると「運命の相手っているんだなぁ」と考えてしまう。昨日、彼らを引き離して思い知った。真波さんは与太郎さんと一緒がいいのだ。それ以外は嫌なのだろう。子供みたいな女性ひとだ。


 オレが彼女を見て、そんなことを考えながらちょっと笑ってしまうと、それに気が付いたのか真波さんはまた与太郎さんの背中に隠れた。




『ピンポンパンポーン! ゲーム・オブ・ザ・ダイニングデッド第五日目が開始するよー!』


 ミリタリーショップを出ると、ドローンが飛び回り、いつもの絶望的なアナウンスが街頭スピーカーから流れだした。


『さぁ、みんな逃げてぇ~逃げてぇ~』



 与太郎さんを先頭にして、全員で車の陰などに隠れながら移動していく。由梨は時計で時間を測ってくれているし、孝子と真波さんも予備のエアガンやBB弾を運んでくれている。女性三人を真ん中に、オレは最後尾で背後を警戒しながら進む。


 『睡眠カード』は必要分すでに持ってはいるが、アイテムボックスの探索は続けていた。与太郎さんから、後半戦に向けて他の参加者と何かトラブルなどあった際の取引材料になるだろうと言われたからだ。


 最初は彼のこういった考え方に嫌悪感があったが、今となっては与太郎さんは大人で現実的で人間というものを知っているから、こう考えるんだとわかる。なんだかんだ言って、人間の善性を信じてしまう甘ちゃんでガキのオレには到底真似できない。


 今日は今のところ殺人鬼には出くわさずに、探索を続けてられている。もうすぐ正午だ。後半もこの調子で行けることを祈ろう。


 あれ? 与太郎さん、なんで交差点の方に向かってるんだろう。次のアイテムボックスはそっちじゃない。間違えてるのかもと、与太郎さんに声をかけようとした時だった。


 真波さんは運んでいた荷物を地面に置いて、隊列から離れて与太郎さんの前に出る。みんなよくわからずに彼女を眺めていた。「危ない!」って言わないといけないのに、あまりにも当然といった雰囲気の真波さん。誰も彼女を制止できずにいた。



 彼女は交差点の手前で止まる。すると、コンテナを積んだドローンが一台飛んできた。真波さんの足元にコンテナを落とす。彼女はコンテナを開けて、何かを取り出しているようだ。



『ピンポンパンポーン! 現時刻をもって、クイーン・オブ・マーダー! みんな大好きジャジャ・ラビットが完全復活だぁああああ!』



 街頭スピーカーがまるでプロレスラーの入場でもアナウンスするかのようにそう喚き散らし、交差点の大型モニターはウサギマスクの殺人鬼が人を次々と殺していくダイジェスト映像を映し出す。



 そして、与太郎さんは、オレ達に背を向けたまま、何故か「ごめんね」と呟いた。

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