044

「どうして、俺なんですか」


 冒険者ギルドに現れた自称魔法使いのお姉さんに問う。他のヒトからは認識されていないようだが、俺とそのパーティメンバーには認識されているらしい。

「……、お言葉ですが、アリシア様」


 つるっぱげが自称魔法使いのお姉さんに口を開く。


「こいつはまだ子供です。何故こいつなのですか? 貴方がトルガニスに連れて行くべきなのは、それこそギルドで名を上げている者でしょう」


「私は必要な事しかしないよ。必要だからライラックを選出したんだ」


「……、何故、こいつなんですか」


「ぶっちゃけトルガニスに連れて行くのは私の気分の問題。彼に頑張ってもらいたいのはその後だ。ライラック、覚えているかい? 私に頼んだ事」


「…………、あの子に何かあったんですか?」


「今はあの子は孤児院に預けられている」


「…………そうですか」


 何があったのだろうか。その話をしてくれるというのなら、俺は着いて行くべきなんだろう。アリシア様に頼んだのは俺だ。俺に彼女に対する拒否権は無い。が、トルガニス、他国に渡るには準備が色々足りない。馬車を用意したとてかなりの時間が掛かる。その間の食料、現地に着いてからの物も必要だ。急に言われても流石にそこまでの準備は……。


「勘違いしてない? 馬車なんかで移動しないよ?」


「え、ですがどうやって」


「初めて会った時の事を覚えてない? 私はキミの前にどうやって現れた?」


「…………」


 どうだっただろうか。出てきた事よりその後の会話でのインパクトが大きすぎて忘れてしまった。ミーシャの手作り料理という単語が頭の中をずっとぐるぐる回っていた事を覚えている。


「なんか、覚えてないっぽいね?」


「貴女が色々と変な情報を叩きこんできた所為です。ミーシャの手料理が気になって気になって……ッ」


「いやうん。まさかそこまでとは……。転移するから移動の事は考えなくて良いよ。目下考えるべきことは行くか行かないか、それだけだ」


「アリシア様、子供を連れてトルガニスを歩くのは少々危険すぎます。貴女は既にトルガニスの惨状を知っているはずでしょう……?」


「………………………………」


 彼女は押し黙る。知っているのは前提として、別の意図があるのだろう。例えば、神子様に頼まれたから仕方なく、だとか。


「貴女一人でも十分に戦える。そもそもここに居る冒険者全員で掛かっても貴女は俺達全員を一撃で沈めるでしょう。それだけの実力がありながら、何故わざわざこいつを連れて行く必要があるんですか? 話があるというのなら……」


「気分の問題だと言ったはずだけど?」


「……気分で子供を危険な場所に連れて行くのは辞めてください。最早災害ですよ」


「災害……災害かぁ…………これ聞いたらオリちゃんに笑われるなぁ」


 アリシア様が困ったように帽子を深く被り直し、やれやれと首を横に振る。


「誓って彼が危険な目に遭う事は無い。私が居るのにそんな目に遭う訳ないでしょ。それとも、その証明をキミの体で体感するかい?」


「…………誰が化け物相手に無謀な戦いを挑むんですか。そんな馬鹿はこの国の冒険者には居ませんよ」


「キミは喧嘩を売っているのか!? 買うぞ!? 買うからなぁ!? さっきから災害だの化け物言いやがってよぉ!」


 事実だし、仕方ないのでは? 口には出さずにそっと心の底に閉じ込める。


「事実でしょう。俺達からすれば貴女は化け物です。そもそも、この国は貴女が身を護る為に作ったモノ。本来トルガニスの視察なぞ、貴女がするべき事では無いのです」


「……それは違うよ」


 興奮気味だった彼女の頭が水を掛けられたかの様に冷静となる。何か裏があるのは当たり前だとして、それが一体何であるのか探るのは野暮なのだろうか。


「……ライラック、お前はどうしたい。お前が着いて行きたいというのなら、俺は止めないさ。アリシア様の言う通り、お前自身は危険な目に遭う事は無いだろう。けどお前の性格上、周りで誰かが傷付くのを見過ごせるとは思えない」


「…………アリシア様、質問があります」


「何?」


「あの日、学校に向けて十三砲台の一基を向けたのはどうしてですか」


「そうしなければならなかったからだよ」


「貴女程のヒトが対処しなければならない問題が、起きたんですか?」


「……そうだね」


「ミーシャの身に、何かあったんですか」


「………………………………ミーシャちゃんは元気だよ。傷一つ無くとても元気だ。それにあの子は変わり始めてる。キミの為、それと親友と心から呼べる子の為に」


「…………噂になっています。あの学校で自死を選らんだ子が居ると。誤魔化しは要りません。というか通じると思わないでください。俺は、あの子に何か遭ったというのなら……ッ」


「落ち着け、ライラック。アリシア様にもヒトの心はある。敢えて言わないのはお前を気遣ってだ。分かるだろ」


「あの子の口から聞いたんだ。友達が死んだって。それがその親友だって言うのは貴女の口調から分かるッ。アリシア様、本当にあの子は無事なんですか……ッ!? あの砲台は、あの爆発は、あの光は、なんだったんですか……ッ!」


「全て一から話そう。私に許された時間は一週間程、ここで時間を無駄にするわけにはいかないんだ。だから、キミを誘った」


「…………何が気分ですか。初めからそう言ってください」


 言葉が足りてない。このヒト、ミーシャから見ても多分台風の様に映っているだろう。あの子の苦労が伺える。


「分かりました。行きます。ですから、ミーシャに何があったのかを聞かせてください」


「………………」


 アリシア様が禿げを一瞥すると、彼は肩をすくめ、俺は何も言わなぇよと言う様に首を横に振った。


「決まりだね。キミは今から私の助手だ」


「助手……?」


「そう。トルガニスには研究という名目で侵入する。私を私だと認識出来ないあいつらなら騙すことも容易い」


「どういう……」


 また言葉足らずだ。説明しろ説明を。


「なので、今からキミは私の事を、エリーと呼ぶように」


「え、エリー様……ですか」


「様を付けたら怒る」


「………………」


 エリー、さん。適当に考えた名前だろうか。まぁ名前なんてどうでも良い。彼女がそうしろというのなら俺は従うしかない。


「よし分かったみたいだね。では行こう今すぐ行こう。少しでも遅れたらオリちゃんのげんこつが待ってるッ」


 しょうもない理由で一週間なんて期限が付いているんじゃないだろうな? ここまで急かされて理由がそれだったら俺は怒ります。


「食料は良いんですか?」


「日帰りなんだし別に問題無いでしょ。いざとなれば魔法食がある」


「…………そうですか」


 不安だ。彼女はそういう所がある。食事に対して無頓着に見えるが、それは長生きしている特有の価値観なのだろうか。ルビツさんも結構食に関しては雑だ。俺に対しては食べておきなさいと言うのに自分は全く食べていない。


「向こうで別行動をしざるを得ない時は、キミにタグを付けて追いかけるから安心して」


「タグ……、なんです? それ」


「あぁ……ネドア・ルビツから聞いてない?」


「聞いた事ありません」


「そかぁ……あのヒトも私と同じで言葉足らずだからなぁ」


 自覚してるなら治せよ。と口で言いそうになったのを抑える。治せよ。今まさにそれで困ったじゃないかっ! どうしてだよ、なんで治すって選択肢が無いんだよ。おかしいだろ。


「まぁ、これはあのヒトから教わるだろうから私からは簡単に。言ってしまえば、転移の際に使うマーキングの様なモノだよ」


 聞いた事がある。転移は知らない場所には飛べない。地脈やら風脈やらなんやらを記録し、座標を覚える。そうして転移をする。とは言え噂。転移なんて出来る魔法使いは片手で数えられる程度。そういうのを当たり前の様に語られても困る。それも転移するてったって厳密な原理は知らない。


「魔法を教わってはいるみたいだけど、あまり難しいのは習っていないのか……。まあいいや、爺さんには許可は取ってるし」


 彼女は怪しく笑う。悪い事を思いついた様な顔だ。俺は本当にこのヒトに着いて行って大丈夫なのだろうか。一度決めた事とは言え不安になって来た。


「アリ……エリー、さん。時間が無いんじゃないんですか」


「時間は無いけど、キミ、覚悟は良いの?」


「覚悟……?」


「…………まあ良いか。キミが良いのならそれで良い。行こうか」


 そして、俺は待ってくださいと言えなかった数秒前の俺を恨む事になった。


 戦火とは何か。燃ゆる世とは何か。戦いとは、何か。視界が切り替わった事を認識する前の吐き気を覚えた。生臭い最悪な風。追いついた視界はその惨状を正確に伝えて来る。なるほど、覚悟とは、そういう意味か。


 鼻を焼く匂い。初めて、ヒトの血の匂いを嗅いだ。いや、正確には、こんな大量の血の匂いを初めて、だけど。


「なん、ですか……これ」


 地獄だった。内紛が起きている、というのは理解出来ていた。けれど、何故、ここまで生臭い匂いがする? 兵士だけであれば、まだ理解出来た。鎧を着た屍も見える。けれどそれだけじゃない。あの布切れは、別のモノだ。あの屍は別のモノだ……ッ。なんだよ、これは。


「ライラック、さっきと言う事変わるけど、私から絶対に離れないで。別行動は無しだッ」


 彼女の目付きが優しいモノから鋭いモノに変わる。流石の彼女でもここまでは想定していなかったのだろう。多少なりとも地獄にはなっていたとしても彼女ならば対処できる。そういう過信が、俺を馬鹿みたいに勇み足をさせた。


 地獄と形容するだけでは甘い。ヒトは居る。ぼろ布一つ纏った痩せ細ったヒト、最早骨と皮だけとなりそれでもギリギリ生きているモノ。ファブナーリンドには多くの難民が流れて来る。女性と子が多いのは何故なのだろうと気になった事があった。男は驚く程少ないのだ。こんな状態で子を成すなんて不可能とは言わなくとも難しいだろう。馬鹿な俺でも分かる。


「継承者争いの果てに武力を用いて紛争を起こしている。その結果、建物は崩壊、国民は巻き込まれ、情欲を持て余した兵士たちが女性を襲い……。必死に生きて必死に逃げて、そして難民となる」


「男のヒトも居ますよね」


「命からがら逃げ続けてきたヒトも居るんだよ。難民の全てが直接ファブナーリンドに渡ってくるわけじゃない。ファブナーリンドの周辺には集落が点在する。そこでも生活が出来なかったヒトがやってきたりもするんだ」


 周辺に居るのは痩せこけたヒトばかりだけど、ファブナーに流れて来る難民はあそこまでじゃない様に思う。前に難民キャンプの護衛のクエストを受けた時もここまで痩せこけたヒトは見なかった。自給自足がギリギリ成り立っているからだと思っていたが、なるほど、そういう理由もあるのか。


「移動しよう。研究目的で来ているという建前はあるけれど、長居すると怪しまれる」


「は、はいっ」


 彼女に連れられるままに北方へ移動していく。


「こっちには何が?」


「宮殿がある。彼の帝王が座し討ち取られた所だ。私達が居るこの場所はまだ住民街だ。宮殿の方に行けば更に地獄を見れるだろう」


「これ以上の地獄……ですか。正直見たくないんですが……」


 アリシア……エリーさんはここまで予想していたのだろうか。覚悟は良いの? という言葉はこの事を言っていたのなら、言葉が足りないって騒ぎじゃない。吐きそうだ。誰かの叫びが聞こえる。子供も居る。


「助けようなんて思わないで。キミはそれが出来る程強くない」


「…………分かっています。分かってますよ……」


 その言葉が突き刺さる。あの時あの子にした事はきっと正しかった。そう思う事でなんとか心を保っていた。けれど今回ばかりはどうしようも無い。


「この先キミは目を覆いたくなると思う。けれど逸らしちゃダメだ。必死に生きているのは皆同じだ。己の思う正義を振りかざし、生きなければともがく。貴族共は私腹を肥やし、市民に対し何も与えず、戦火のみを轟かせる。それが現状のトルガニスだ」


「六十年前、皇帝が討たれてからずっと、こう……なんですか?」


「十年平和だったと言われて信じるかい?」


「だとしたらどうしてこんなに……」


「皇帝の血が途絶え、座を引き継いだ者が居た。騎士達を纏め上げ、ネドア・ルビツと共に悪帝を討った者。けれど、彼は病に倒れ、せがれを作る前にこの世を去った。彼がこの国を治めていた間は民主主義の形を取っていたけど、あれは彼が生きている間だけの期間限定、それもせがれが居ないのでは継ぐ者も居ない。結果、貴族平民問わず巻き込む、後継者争いが始まった」


「俺は馬鹿なので本当に分からないのですが、権力者争いとはこうなるモノなんですか? これでは例え皇帝が決まったとしても国としての役割を果たせないのでは」


「そうだね。このままでは最早国として機能しない。国民の四分の三以上が国外へと逃亡、貴族共は未だ残って兵士に指示を続けている。最早目的さえも見失ったただの殺し合い。本来権力者争いとはこうも表立って全力で戦う事は無い。水面下、または国民からの支持を得て力を付けのし上がっていくモノだ。けれどルールを破った者が居たんだ。その瞬間ギリギリで保たれていた均衡は崩れ、一瞬にして戦火の海だ。キミには一度見ておいて欲しかった。キミ程誰かを護りたいと強く願う一心で強くなろうとするヒトも少ない。けれど、助けられないモノもあると知っておいた方が良い。十二歳やそこらのキミに理解出来るかは分からない。けれど、手を伸ばせば届くなんて甘い考えは今の内に捨てておけ」


「…………それは、俺がミーシャを護れる程強くなれないという事ですか」


「それはやや早計だね。別に誰も救えない、誰も護れないとは一言も言ってないでしょ。私からすればキミ達の約束事は無駄にしか思えないんだよ」


「……貴女から見たらそうかもしれませんが俺にとっては大事なモノです」


「知ってるさ。馬鹿にしてるわけじゃない。手を伸ばせば届くなんて、手を伸ばさないと届かない場所にあの子を置いておこうなんて思うな。ずっと握ってろって言ってるんだ」


「………………………………」


「ま、可愛い可愛い私の娘だし、預かってる体もあるけれど、あの子には世界で一番幸せになってもらわないといけないんだ。頼むよ、王子様」


 彼女はにやりと笑う。悪女の様に、何か含みのある笑顔。


「貴女はあの子の幸せを願っているんですね。なら約束通り聞かせてください。あの子の身に何があったんですか」


「……あぁ、約束は守るよ。だけどその前に、目を逸らしてはいけない事実がそこにあるだろう?」


 彼女の指差す方向を見る。そこに居たのは小さな男の子だ。上半身を覆っているはずの服は無く、ズボンもボロボロであれじゃ身を護る事は愚か寒さもやり過ごせない。それに足も裸足で傷だらけ。血が垂れ固まって痛みでずっと顔を顰めている様に見える。


「…………ッ!」


 その少年を見て、後悔したんだ。俺の手は剣へ伸び──。


「話を聞いていなかったかい?」


「──────────────、手を伸ばして届かないこともある。けれど届くのに諦める様な事はしたくありません」


「…………はぁ、キミは助けられる側の心情を考えた事はあるかい?」


 少年の視線の先には俺が居る。その隣で少年を繋ぐ男を見た。


「……………………………………」


「誰しもが助けてくれとは願っていない」


「けれど……ッ!」


「問題があるのは助けられる側じゃない。助ける側だ。キミが手を伸ばして何になる」


「あの少女の事を忘れたかい? それとも、今度こそなんて思ってる?」


「…………」


「自惚れちゃいけない。キミと私は等しく無力だ。ここで彼を助ける手立てはない」


「だからってむざむざ見捨てろって言うんですか……ッ!」


「彼は望んでいないんだよ。望んでいない事をされても迷惑だ。彼はあぁしている間は食料にありつける。あの縄の先の男は貴族だ。奴隷として買われ、この先一生をあの男の奴隷として過ごすんだろう。けれど彼にとってそれはこの地獄を生き抜く唯一の手掛かりだ。それを奪う事はしちゃいけない。ようやく見つけた糸を善意なんて悪魔的な考えで断ち切ってはいけないんだよ」


「…………言っている意味が分かりません。確かに俺は、弱い。助ける事なんて出来ないかもしれない。けれど貴女は……ッ! 貴女は助けられる手立てを持っているじゃないですか……ッ!」


「だから望まれてないと言っているじゃないか」


「なんでそんな事が貴女に分かるんですかッ! 本人から聞いたわけでも無いのにッ!」


「わかるよ」


 彼女は酷く冷静に応える。剣に伸ばした手でアリシアさんの胸倉を掴みそうになって、寸前で止めた。


「どうして……」


「私が助けるという事はファブナーに連れて行くという事だ。それは彼にとって更に苦痛な旅になる。知らない土地で知らないヒトに囲まれる。恐怖でしかない。親を亡くした地もどこか分からなくなって一生をなぁなぁで過ごすんだ。キミにはその苦しみが理解できる?」


「…………………………………………」


「何も出来ないんだよ。それに視察だと言ったはずだよ。戦えなんて言ってないし私の傍から離れて良いとも言ってない。死にたくないなら私から離れないで」


「……エリー、さん。貴女は、どうしてそこまで冷静で居られるんですか」


「ヒトの死は嫌と言う程見てきた。この国を統べていた皇帝によって無惨にも殺されたヒトも見てきた。慣れているだけだよ。でも、キミの行動は高く評価するよ。誰であろうと助けたいと思ってしまうのはキミの美徳。キミが前に進む為の足枷になるだろう」


「…………エリーさん、もう一度問います。どうして俺を連れてきたんですか。俺がどういう奴か知っていてここに連れてきたんですよね。どうしてですか」


「護るという事は代償を背負うという事だ。それを分かって欲しい。強くなる事だけが誰かを護る為に必要な事じゃない。もう少し顔を上げて、キミの足元は瓦礫だらけ、躓く事もあるかもしれないけれど、前を向いていればいずれ景色は変わる。時に周りを見渡すと良い。それにね、護られるべきはミーシャちゃんだけじゃなく」


 キミもなんだから。と彼女は続けた。何故、俺を連れてきた。何故この地獄を見せた。何故、俺をこうも気に入っている素振りをする。ミーシャとの約束があるからか? いや違う。それでは意味が無い。俺は何の為にここに居る。強くなる為か? 目の前に居る少年一人助けられない事を実感する為に居るのか?


 ────冷静になれライラック。俺は何がしたい。


「護りたいモノも護れないのであれば俺は剣を握る意味がありません。けれど、貴女の言う事も解るような気がします」


 エリーさんが言っている事は難しいから俺に全て理解する事は出来ない。ミーシャみたいに頭が良くないし学校にも行っていないんだ。本来トトラゼル衆の学校に通うべきだったのをパスして冒険者になったんだ。頭が良くないのは仕方がない。彼女の言う事は正しいのかもしれない。けれどその判断を俺には出来ない。


「……エリーさん、俺は強くなりたい。ならないといけない。貴女の語っているのは強いからこそ言える事だと思います。だから、俺をここに連れてきた理由が、ほんの少しだけ分かるような気がします」


「キミはまだ十二歳。私からすれば赤ん坊も同然だ。だから酷な思いはして欲しくないとは思ってる。でもキミは、芯があって護りたいと強く思うモノがある。だったら、それ相応に学ばせてあげる必要がある。正直娘の為っていう方が大きいんだけどさ」


 彼女は笑う。少年はそのまま縄の主の後を着いて行くようにして俺の視界では終えない所に消えて行った。


「助ける事と戦う事を一緒にしちゃいけない。さっきキミが剣を取ろうとしたのは結局この地獄を後押しするだけのクソみたいな現実を引き寄せるモノにしかならない。良く見て考えて、その結果正しいと思う事をするのは良いけど、キミはそうじゃない」


「エリー、さん。俺はここでも十分に地獄だと実感しています。大量のヒトの血の匂い。臓物が腐り蛆が湧き、体内に留められていた魔力が飽和している。こんな場所が、国だったなんて考えたくもありません」


「まだまだ序の口だよ。ここには兵士が居ない。まだ平和な方だよ」


「…………何故こんな状態でも貴族達はこの国を……」


「う~ん、まぁ深い理由はあるんだけど簡単に言えばプライドだよ。貴族は貴族から平民になるなんて出来ない。今までの生活を捨てて他の奴らと一緒になるなんて我慢出来るはずがない。それと同じだよ。一度噛んだ後継者争いを今更やめられなくなってる。何千何万のヒトが死んで、もう止まれないんだよ。あと五百年早ければ直接私が滅ぼしていたかもね」


「……、それは、冗談で言っているんですか? それとも……だとしたらどうして五百年前なんですか?」


「あの時代の貴族共が嫌いだったからだよ」


 …………、至極単純な話だった。彼女にとって政治なぞどうでも良い。じゃないとわざわざ国を創ってすぐに王の座を降りる事なんてしないだろう。気に入らないのだからとことん嫌い。自分が嫌いなモノを無理に好きになろうとするのはストレスが溜まる。それは長生きするにはあまり良くないのだろう。多分だけど。


「見えてきたね」


 大きな宮殿。だけど、宮殿とか城だとか絢爛豪華だとかそういう言葉は全く似合わない。本来城や宮殿は国を象徴するモノ。ファブナーにおいては教会がその役目を背負っている。それが、


「屋根すらないのですが……」


 骨組みが辛うじて残っているだけ。壁も屋根も無い。そして、その前方で


「…………あのヒト達は何の為に戦うんですか」


 最早意味なんて無いとエリーさんは言った。だって勝っても負けても得られるモノは何も無いんだから。こんな状態の国を引き継いでも苦しいだけだ。本当にプライドだけでここまでするのなら、俺には理解出来ない。


 ミーシャを護りたいというのをプライドだと表現するのなら、少しは分かるかもしれないが、しかしこれは……。


「…………待って、おかしい。あれは……」


 エリーさんが違和感を持ったのか首を傾げる。詠唱を開始した魔導士らしきヒトをじっと見つめている。俺達は何故か認識されない。冒険者ギルドで使っていたモノを再度使用しているのだろうか。その方が助かるけれど、なんとも不思議な感覚だ。誰にも認識されないとなると、なんだからこの世界から隔離されている感じがして不安になる。誰かと一緒じゃなければ多分自分が何か分からなくなってしまうだろう。


 エリーさんの視線の先の魔導士は詠唱を完了し魔法を放つ。ファイアボールの様に見えるが明らかに威力が低い。俺が使った方が火力は高いのではないだろうか。


「…………ヒトじゃ、ない? いや、そうか……。そういう事か……ッ」


 エリーさんが何かを理解したのだろう、苦虫を嚙み潰す様な顔をする。


「どうしたんですか?」


「……、ごめん。キミを連れてきたのは間違ってた。ここは、地獄と形容するには甘すぎる。…………いや、でも……」


「説明してもらって良いですか? 俺にも分かる様に」


「……、あの魔導士は既に死んでる。けれど被霊という訳でもない。相対してるあの騎士も既に骸だ」


「…………そんな事があり得るんですか? 死者は蘇らない。被霊……というのは良く分かりませんが、麗愛の話に出て来るアレですよね」


「あぁ本来あり得ない。あり得てなるものか。これは死者への冒涜だ。おかしいと思ったんだ。ここまで内戦が長引く事自体おかしい。生まれて来るヒトの数よりも死者の方が多いこの国でこれだけの長い内戦が起きるなんて異常としか言えない。……………………けれどどうして?」


 彼女は首を傾げ続ける。


「…………出来る奴は、それこそ……」


 彼女が自分の顎に手を当て考え込む。あり得ない話じゃない、なんて呟いているけれど、俺には何の事やら分からない。やがて考えるのをやめ、彼女は彼女なりの結論を導き出したのだろう。顔を上げ、顔を顰める。


「ミーゼリオン、お前、何故ここに居る……ッ」

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