Downer Witch-異端螺旋-

043

「シアちゃん」


「………………………………」


「自分を責めちゃダメだよ」


「………………………………分かってる」


 一つだけ理解出来ない事がある。彼が魔法を使ったという点。それはもう既にどうやったかは分かっている。あの中に常駐していたモノの気配が消えている。その影響だろう。けれど、何故星読みだけは許されていたのか。それが分からない。


「オリちゃん。シグとミーシャちゃんをお願い」


「……………………………………いつ目を覚ますか分からないこの状況で、息子ほったらかして行っちゃうの?」


「は、はは、痛いね。キミの言葉は。だけど、私は親である前に、建国王だ。民に危害が及ぶのであれば、私は全力でそれを潰さなくちゃいけない。大丈夫。すぐに帰ってくるよ」


「……普段否定する癖に。そういう所治らないね。全く誰に似たんだか。民を守るのが王の責務であると謳った君の王の最期を忘れたの?」


「…………忘れる訳無いでしょ」


「そう。なら良い。行ってらっしゃい。ただし、一週間以内ね」


「思ったより猶予をくれるんだね」


「あれはボクの村で生まれた災厄だ。本来ボクが責任を取らなくちゃいけない。だけど、残念ながら、相性は良いけどボクは戦闘向きじゃない。君に任せるしかない以上、大人しく待ってるよ」


 彼女の手はぎゅっと握られている。生贄のその最初の一人が、悔しそうに表情を歪めている。


「私が潰すよ。必ずね」


 早々に潰さなければ、再びヴェルニアや、あの被霊の様な子が生まれかねない。それはダメだ。許されてなるモノか。ここは私の国だ。私が作り私が愛すべき国だ。誰にもこの聖域を崩されてなるモノか。


「行ってきます」


 短く、眠ったままのシグに告げ、ドアを閉めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なぁ、ファブラグゼル」


「なに?」


「お前、生徒会に興味は無いか」


「………………なんで?」


「神子に、なるんだろ。だったら練習になるんじゃないかと思って」


「適当な事言うね、キミ。生徒会のヒトにわたしを誘えって言われたんでしょ」


「…………まあ、そうだが」


 彼は困ったようにうなじ辺りを掻く。彼は彼で押し付けられたのだろう。


「良い経験になると思うんだ。神子になるなら猶更。な?」


「良いよ。最初からそのつもりではあったし」


「……良いのか? 神子としての勉強が始まるんじゃないのか?」


「それくらい両立出来なくちゃ神子になんてなれない。わたしは完璧で無欠な超人じゃないんだ。それくらいやってのけないと、ユメ様の様にはなれないよ」


 彼が大きく溜息を吐く。


「変わったな。お前」


「前も言ってた」


「前とも違う。なんで焦ってる? いや、良い。ヴェルディオンの件で焦ってるんだな?」


「キミにはもう関係無い話だ」


「あるだろ」


「無いよ」


「あるに決まってるッ!」


 彼が声を荒げた。怒鳴るような声に教室中が静まり返る。


「間接的に殺したのも同じだ。あの時、ヴェルディオンをフラなければ、こんな事には……ッ!」


「は?」


 冷たい声が出る。自惚れるなよ。


「そんな中途半端な気持ちで、あの子の気持ちに応えていればなんて口にしないでッ!」


 彼の胸倉を掴み、叱咤を込めて叫ぶ。


「ふざけないでよ、キミがフったからあの子が死んだとでも思ってるわけ? 馬鹿じゃないのッ!?」


 彼が目を伏せる。


「……………………っ、ごめん。レグナード、今のは……」


「いや、悪い。俺が悪いよ、今のは。そうだよな──。俺は……」


 彼は彼で思い詰めているのは知っている。彼が告白を受けていれば、こうはならないかもしれないって思ったこともある。けれど、状況はそこまで簡単なモノじゃなかった。


「キミは、キミの周りの子と整理を付けた方が良い。気付いているんでしょ。知っているんでしょ。無視出来ないんでしょ。分かってるよ、キミが苦しんでるのは」


「…………俺は、っ、」


 苦虫をかみつぶしたような顔をした彼から手を放す。もう良い。彼のことはこれ以上嫌いになる事は無いってくらい嫌いだけど、それ故に良い奴だって事も解ってる。だから余計、なんでって気持ちが大きくなって嫌いになってしまうけど、でも、仕方ないじゃん。ベル、わたしはやっぱりキミが思うようなヒトじゃない。だけど、キミとの約束は守るから……っ。


「生徒会には入る。来年、会長になるって約束するよ。だけどその前に、キミはキミでやる事があるはずだよ」


「……………………そう、だな」


 まずは校内からだ。校内さえ変えれないのであれば、わたしはベルとの約束さえも果たせない……っ! やることは決まってる。あとは順に消化していくだけ。わたしなら、きっと出来る。


「あぁ、そうそう。もう一つ、噂はもう良いのか?」


「噂?」


「お前がアリシア様の娘だって話」


「噂じゃないよ」


「……、そうか」


 なら良い。彼はそれだけ言って教室を出て行った。生徒会の方へ向かったのだろう。


「もう、隠すのはやめたんだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ユメ様、報告がございます」


「……、発言を許可します」


「国内にて麗愛に語られた被霊の出現を確認致しました」


「状況は」


「アリシア様が接敵、セニオリス様によって冥界へと送り返されたようです。この件に関してはそこまでの被害はあまり見られませんでしたが……」


「被霊の出現……何故、今になって……」


「如何いたします?」


「正直状況が全く把握出来ていない状態です。もう少し様子を見たい所ですが……」


「失礼するよ、ユメちゃん」


 目の前に急に表れた大きな帽子を被った魔法使いが私の名前を呼ぶ。


「一応私室なのですが……。総長ですら空気を読んでドアの前から報告しているのですよ?」


「シンジュルハベスターを潰す。その協力をして欲しい」


「相変わらず焦るとすぐにヒトの話を聞かなくなりますね」


 アリシアさんが焦っている時、彼女の耳には何も届かない。セニオリスさんであれば声を届かせられるんだろうけど、残念ながら私には無理。こうなってしまえば、私は彼女の言う事を聞くしかならなくなる。


「卑怯でごめんね」


「説明をしてください。いきなり手伝えと言われてもはい良いですよとは行きませんよ」


「…………。私は生贄信仰をこの国で許した覚えはないよ、ユメちゃん」


 その目で見つめられて、体の芯が震えを覚えた。どこまでも黒い綺麗な色。だけど、そこに凡そ光というモノを感じられない。追い詰められているんだと思う。アリシアさんが焦っている時なんて大抵ロクな事が起きない。


 これは、私に対しての怒りでもあるんだろう。お前は何をしている。国のトップがこんなモノを何故見逃しているという脅し。


「……、すみません」


 気付けるわけがないでしょ、そんなの。正直思う。私はアリシアさんみたいに万能じゃない。それでもこの座に就いてしまったのだから出来る事はやらなければならない。


「手を貸して欲しい。騎士団を寄越せとは言わない。せめて、整備をお願いしたい」


「法の、ですか」


「宗教自体を禁じる事は難しい。生贄信仰だとしても、彼らからすればそれが唯一の救いの手に見えてしまう。だから奴隷を禁止にした。生贄として捧げるならこれ以上便利なモノは無いからね」


「存じています。けれど何故今になって……?」


「被霊の報告は既に受けているね?」


「えぇ。先ほど」


「あれらは、全てベスターによって引き起こされた事象だ」


「……………………何故ベスターが? あれには被霊だとかそういうモノは……それに、被霊は既に失われた技術なはずです」


「オーバーロードによる疑似的な魂の作成によって生み出されたというのには都合が良すぎるからね」


「では何故」


「シンジュルハにおいて魂とは何よりも神聖なモノだった。それを疑似的に作り出すオーバーロードは彼らにとって邪教だ。けれど、魂の生成という部分において魅力は感じていた。なんせ、新たな魂に乗り換え新たなヒトとして生まれ変わるなんて経典に書かれている所為で、勘違いした大馬鹿野郎がたくさん居るからね。手段は分からない。ただ、被霊の件が無くともベスターは潰さなければならない」


「……………………要領を得れませんね。どうしてそこまでするんですか? 隠居したいとか言ってたヒトがそこまでするのは不思議でなりません」


 ベッドの近くに設置していたテーブルの椅子に座り、彼女は腕を着く。その目は冷たく、その言葉も酷く冷静に見える。その実焦っているのだと分かるのは、私が彼女に娘の様に扱ってもらった経験があるからだろう。


「あ、あの、ユメ様。私は……」


「あぁ、すみません総長、放ったらかしにしてしまって。騎士魔導士に集まるように通達してください。アリシアさんとの話が終わり次第向かいます」


「ハッ」


 総長は敬礼したのだろう、ガシャンっと音を立て暫くして走り出すような音が遠ざかっていった。


「奴隷を禁止した結果、自分の子を生贄にしだしている。何も得られないのに、それじゃ何も変えられないのに、いくつもの小さな命が犠牲になっている。流石のキミでも止めなきゃならないって焦燥感に駆られるでしょ?」


「………………それは、もしかして、シグルゼが目を覚まさないという事に関する話ですか? 孤児院に入れられたあの子も……」


「そうだ。シグはあの子を助ける為に魂を変異させている。いや、それは本筋とは関係無くて、シグが助けようとした子が、今回生贄に選ばれた子だ」


「────────色々と合点が行きました。アリシアさんがそこまで怒っている理由もいくつかある事が分かりましたし」


 麗愛の話は彼女から聞いている。細かい事までは聞かされては居ないけど、レンデオンという男の魔女については、しっかりと。だから彼女がどうして怒っているのかありありと分かる。だからって無条件で手伝う訳にはいかない。私は神子でこれでも一応国のトップだ。彼女の意見を全て鵜呑みにして動くわけにはいかない。個人的な思いとしてはすぐにでも動きたいけれど……。


「条件があります」


「…………なに?」


「ベラトール卿より伝言を承っています。この前招集したのに無視されたと」


「…………い、いやぁ、い、忙しかった……し?」


「貴女ならば転移するだけで良いでしょうに。悲しんでいましたよ」


「…………………………………………」


 しゅんとした獅子はぜひ見てみたいけどやっぱめんどくさいなと二極の感情が彼女の中でせめぎ合っているのだろう、面白い顔をしている。


「ベラトールに会って来いってこと?」


「いえ、トルガニスの様子を見て来てもらいたいのです。何故こうも難民が流れてくるのか。我々は未だトルガニスに起きた全容を知れずに居ます。出来れば、次代の神子には難民問題に直面して欲しくないのです」


「…………ミーシャちゃんが聞いたら申し訳なさで爆発しそうだ」


「面倒だからって逃げないでくださいね。貴女が関わっていることは分かっているんですから」


「直接的に関わっては居ないもん……」


 不服そうに膨れた顔をする。確かに、私が神子になる前かなり文句を言っていたような覚えがある。だけどそれとこれは別。直接ではなく関節的にでも関わっているのであれば同じ穴の貉。


「本来ならもっと早くに見に行くべきだったのですが、生憎私は忙しい身。それにトルガニスの現状を知るにはサウスだけでなくノースも見なければなりません。そこまでの遠出は騎士や魔導士達に任せられないというのが本音です」


「……それは、統治者としての彼らへの慈悲?」


「いえ、単純に実力不足です」


 彼らにそこまでの遠征は苦だろう。そもそも船にすら乗った事に無いヒトばかりだ。通常であれば、二十日程船に揺られる長旅になる。慣れても居ないヒトが急にそれだけの船旅をするのは苦という他無い。文程度ならば交わすことも出来るが、直接となると……。


「まあキミがそういうのなら、仕方ない。ベラトールには謝っておいて」


「行ってくれるんですか?」


「条件なんだったら仕方ない」


「相当追い込まれてますね」


「許されることじゃない。何を信じるかは自由だし、生贄は命を軽んじる行為でも無いのも分かっている。けれど幸せになるはずだったヒトから全てを失わせるやり方をしているのがベスターだ。必ず潰す」


 まるで自分に言い聞かせている様な言い方に思う。彼女が焦っているのは目に見えて分かる。息子の様に思っていた子が目を覚まさなくなったとあれば誰だって焦るだろうし、彼女の判断は至極真っ当に見える。けれど、彼女は焦れば焦る程初歩的なミスを起こしやすい。ベスターを潰すのは確かに早急に行った方が良い。そもそもシンジュルハにおいてベスターは忌避される側のカミ。偽の神。星の神から座を奪った戦の神。そんなモノを信仰している時点でまともではない。


 潰すのは賛同する。けれど今の彼女を欲望のままに行動させてはいけない。必ずどこかで見紛うだろう。それはダメだ。そうなってしまえば、この国は終わる。なんとしても阻止しなければ。


「……トルガニスを視察するのは解った。けれど、流石にあの広さを一人で練り歩くのは文字通り骨が折れる。一人連れて行くけど問題無いかい?」


「騎士を……ですか?」


「キミが実力不足だと評価しているヒトを連れて行くなんて残酷な事しないよ。冒険者の内の一人だよ」


「………………ミーシャちゃんに怒られますよ」


「かもね。けれど、うん。必要な事だから、怒られたら全力で謝るよ」


 彼女は少し笑って立ち上がったかと思うと、すぐに杖を突いてその姿を消した。


「まだ話は終わってないんですけど……」


 まあ良いか。彼女の耳に入れておきたい話が一つだけあったんだ。


「ミーゼリオンが来ている、と。伝えたかったのですが……」


 溜息を吐いて支度を始める。騎士と魔導士達を待たせている。急ごう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る