039

 夢を見た。その正体にはすぐ気づいたし、白昼夢の様なモノだと思って構わない。ただ、温かい手にわたしの手は握られた。その感触は本物だと思いたい。だって懐かしかった。あの日、恥じめて教室を訪れた日に握ってくれたあの温かみを思い出したから。


「ミーシャちゃん」


 魂に触れたんだと思う。オーバーロードを使った強硬手段だったけど、たぶん一種の正解だったのだと思う。


「ごめんね」


「な、んで、ベルが謝るの……? 謝るべくなのはわたしの方だよ」


 首を振られた。と思う。姿は見えない。けれど思っている事は伝わってくる不思議な感覚、テレパシーとかあるけど、あれとはまた別種の何か。


「ミーシャちゃんは悪くないよ」


「…………それは嘘だよ。キミは優しいから、わたしに何も背負わせないようにしようとしてる」


「そんな事無い。私は優しくなんか無いし強くも無い。事情は、もう把握してるよね」


「………………うん」 


 気付けなかったわたしが悪い。どれだけ言い訳を見繕っても自分を正当化する理由にはならないんだ。わたしはわたしの手で彼女を殺したのと同義だ。あれだけ一緒に居て気付かないなんて、そんなの……ッ。


「あの時、レグナードと話した時、あのヒトの口からミーシャちゃんの話を聞いたんだ」


「…………うん」


「その時、彼から聞こえてくる言葉は全部綺麗だった。彼がどれだけミーシャちゃんの事を好いているかをタコが出来るまで語られた」


「……………………………………」


「羨ましかった。羨ましくて堪らなかった。ミーシャちゃんをどうしようも無く羨ましくて、それで、私は、君は恨んだんだ」


「……うん」


「私が弱いからっ! 私は、君を妬んだんだ……。それが嫌で、君を妬むのなんて嫌で、だから、私は、死んだ方がましだと思った」


「……………………………………。そ、っ……か」


 わたしは、そこまで追い詰めていたのか。そうまでなって、それでも自分の中で全部収めようとしたのか。キミは弱くなんかない。とても強いヒトだ。わたしには到底真似出来るとは思えない。


「わたしは、キミに隠し事を何個もしてた。思いつくだけでも両手で数えるにはちょっと多すぎるくらいの数なんだ」


 隠し事の数なら誰にも負けない。


「わたしはアリシアさんの娘……これも嘘になるね。養子なんだ。決して良い家の生まれでも無ければ、ただの冒険者の娘だったんだ」


「………………」


「ごめん。────────怖かったんだ。冒険者の娘と知られてしまったら、きっといつもみたいに接してくれなくなるって思って。ずっと隠してた」


「…………アリシア様の娘って聞いた時も、私は羨ましいと思ったんだ。ミーシャちゃんは私には無いモノを全て持ってた。可愛さだとか、人脈だとか、将来性とか、全部が全部ミーシャちゃんにはあって、私には無かったんだ。だから羨ましいと思った」


「人見知りだって、ほんとは嘘だった。キミが構ってくれるからそれに甘えて、わたしは演じ続けたんだ」


「それは、なんとなく気付いてたよ」


「…………、ほんと?」


「うん。たまに出る素とか、狂おしいくらい好きだったよ」


「…………そ、か」


「…………ねえ、ミーシャちゃん。取り繕わずに言うとね、私は君を恨んでた。恋敵とかそういうのもひっくるめて全部。君を嫌いになってしまってたんだ。あの日、君に言った言葉、ずっと後悔してる」


「言った、言葉……?」


「ミーシャちゃんって、アリシア様の娘ってほんと?」


「──────────────────」


 キミにとって、それが意地悪だと? キミにとってそれが、わたしに対しての一番の悪態だったと? そんな、事って。だって、それは誰だって……っ! 誰だって、聞く普遍的な事じゃないか……っ。


「ごめんね。ミーシャちゃん。私は私の事しか考えられない。どれだけ取り繕っても、私は君を嫌っていたって事実は変わらない。君が私の為にしてくれた事は数えきれないのに。ごめん」


「………………………………」


 何を馬鹿な事を言っているんだ。それはわたしの方だ。わたしの方が沢山貰った……っ! 初めての友達だった。ライラは友達とはまた違ったから、本当に初めてだったんだ。キミと一緒に居られてどれだけ楽しかったか。どれだけ幸せだったかっ! なあ、ベル、キミはどこまで底抜けに、恐ろしいくらいに優しいんだ。


「わたしは、キミに生きて欲しかった。わたしはずるいから、隠し事もするし嘘も吐く。嫌われたくないからほんとの事なんて全然言えないっ! でも、キミが居なくなって、キミと話せなくなって、まだそんなに経ってないはずなのに、もうわたしは欠けそうなんだ。キミを友達だと、親友だと思ってる。どうしようも無いくらい、大切なんだ。嘘を吐く癖に隠し事ばかりの癖に、それでもキミと……っ!」


「私も君を友達だと思ってる。だから……、だから余計──────友達を、恨むなんて、妬むなんてしたくなかった。そうなるのなら、私は死んだ方がマシなんだって思ったんだ」


「──────────………………っ、わたし、はっ」


「ミーシャちゃんはこうはならないでね」


「………………………………っ、べる、そ、れは……」


「後悔してるんだ」


 彼女の声は震えている。何故、被霊となってしまったのか。恨み、辛み妬み、あるだろう。というより殆どがそういう感情によって引き起こされたモノかもしれない。だけど、それだけじゃ、そこまでになるとは思えない。


「今になって思う。どうしようも無いくらい死にたかったのに、今となっちゃ死にたくないっ、どうしようも無いけど、どうしようもなく思うの。もっとミーシャちゃんと話したい。もっと遊んで、一緒に勉強して、将来の事とか考えて、それで……、恋はまた苦労するかもしれないけどさ」


「………………」


 わたしは何て返すのが良いんだろうか。きっともっと良いヒトが居る? 馬鹿言え、それは生きているヒトに言うセリフだ。死者に向ける言葉じゃない。次は無い。冥界にて清算された魂は既に別物と言える程変わってしまう。なら、それは他者だ。幾ら生まれ変わると言ってもそれは別の物……。だったらわたしが彼女に掛けるべき言葉は……。


 死人に口なしなんて言うが、こうしてみると逆だ。死人に対してどう声を掛けるべきか分からない。もう後は無い。ヒトは生き返らない。こうして対面する事も本当は起こりえない事だ。奇跡に近い。その奇跡をどう活用するべきなのか。わたしは分からない。


 話をしたいと思った。それが叶う事が無いと知った時、わたしは全てを失ったかのような感覚を味わった。


「わたしは、ベルの事、好きだよ。友達として」


「…………っ、……、あ、はは。それ今言う?」


「ごめん。何て返せば良いのかわからなくて」


「あ~…………そう、だよね。また困らせちゃったね」


 震えた声の苦笑い。この奇跡が終われば彼女はきっと冥界へと還るだろう。


「……私は友達である君を恨んだんだ。忘れないで、私はミーシャちゃんが思う程優しくないし完成してないよ」


「ヒトはヒトを恨んで生きていくモノだよ。必ずどこかで齟齬が発生する。それは歴史が証明してきたんだ。だから、キミは悪くないよ」


「だったら、ミーシャちゃんも悪くない。理不尽な怒りなんだ。どうしようもないって分かってた。ミーシャちゃんを妬むのは筋違い。単に私に魅力が無かっただけ。そういう簡単な認識で良かったのに。どうしても……っ」


「仕方ないよ。本当に好きだったんでしょ?」


 じゃないとここまでにはならない。いじめられたということも大きかっただろうけど、こういて見ると決定打はレグナードにフラれたことのように見える。それだけ彼女の中で彼は大きかったんだと思う。


 それにしても、そんなことにも長い間気付けなかったわたしは一体どれ程鈍感で自分のことで手一杯だったのだろう。友達と言っておきながら、わたしはわたしと一緒に居ない時のベルを知らない。きっとレグナードと色々あったんだろう。その過程で恋心を育むことになった。


 わたしだって、きっとライラから別の女の話をされたら嫉妬する。それがわたしの友達、ベルであってもきっと妬いてしまう。フラれたとなればどうなるかわからない。だから、仕方ない。恋はそういうモノなんだよきっと。


「わたしは、キミを虐めたヒトを許すことは出来ないけど、死んでしまえと思うほど強くない。キミの恨みがどれだけ強いモノか知ってる。卑怯な手を使われ続けたのも知ってる。わたしが気付かなかっただけで、本当はわたしの事も守ろうとしてくれたのも、今思えばわかる」


 彼女がどれだけ抱え込んでいたかは知っている。というか、これだけ聞かされれば嫌でも分かる。わたしがどれだけ能天気で、能無しで、バカであったか分かるんだ。魔法なんて結局意味なんて無かった。得た知識は何の役に立つ?


「いいよ、私も君にヒト殺しになって欲しくないし」


 彼女はたぶん笑ってる。相変わらず表情は見えないけど、雰囲気は明るいものだと思う。声が震えていない。


「ミーシャちゃんは自分を弱いって言うけど、誰かに頼るっていうことはかなり勇気が必要なんだよ。私にはそれが出来なかった。これは君の美徳だよ。真似しようとしても出来ない」


 そんなことを言われたのは初めてだ。誰かに頼り切りなのはわたしが弱いからだ。弱いからわたしは誰かに頼らないと生きていけない。それは決して誇れることではないと思う。だけど、彼女からすれば、真逆なんだろう。誰かに頼ればこんな結末にはならなかったかもしれない。誰かに頼っていれば、なんて後悔が彼女の中で渦巻いているんだ。その気持ちはもう晴らすことは出来ない。キミは死んだんだ。わたしに出来るのはそれこそ、彼女の行く末を祈ることくらい。冥界にて清算された魂はやがて別の生命へ生まれ変わる。輪廻の果てに一番幸せなものへと変わっていくのだ。だから、それを祈るしかない。わたしにはそれしか出来ない。いくら今声をかけたとしてもどうしようもないんだ。


「アリシア様の娘って、本当なんだね」


「…………うん。黙っててごめん」


「いや、言えないでしょ。それくらい馬鹿な私でもわかるよ。何のために養子になったんだって話だし。でも、さすがにあんな魔法を使われるとは」


「正直出来るとは思ってなかったよ。ぶっつけ本番。ぶっちゃけ全部奇跡みたいなモンだよ。わたしには才能が無くてそれでも知識だけは付けてたと思うからさ」


 実際魔法は才能だけじゃどうにもならないとアリシアさんは言っていた。だからわたしにはかなりの知識を与えてくれたと思う。教養魔導書を全て暗記するまでとは思っていなかっただろうけど、こうしてやってみると案外楽しくてすぐに覚えることが出来たのは僥倖だった。そうじゃなかったら、たぶんわたしはこの戦闘で死んでいたと思う。魔力障壁を作ることが出来たのも知識のおかげ。見たことがあったというのも大きいと思うけどね。


「才能が無いって、知識だけじゃあぁはならないよ。ミーシャちゃんはきちんと魔法の才能があると思うよ。才能といってもいくつもあるしさ。最後のグラーヌス何本か出したのは何?」


「あれは、なんか、わたしに元々備わってた能力というかなんというか。わたしでもよくわかってなくて……」


「君は本当に凄いんだね。だからアリシア様の養子になったのか……あれ、でもそれだと養子にする意味無いよね」


「あぁ、えと、わたし、神子になるんだ」


「…………………………はは、そっか。神子か。なるほどなぁ。そりゃあ、そりゃあ……なぁっ」


 彼女の声が少し震えている。濡れていると言っても伝わるだろうか。泣いているのだとわかる。悔しさというより、敵わないなぁという諦観から来るモノだろうか。


「私にも、それだけの才能があれば、こんな事にはならなかったのかな……っ」


「それは、…………」


 違うとは言えないか。わたしがそれを言うのは違う。それは彼女を傷つけることになる。わたしにはそんなこと出来ない。臆病だから? 弱虫だから? 馬鹿言え、友達を傷つけるのが強さなわけあるもんか。


 自責の念は絶えない。わたしは、取り返しのつかないところまで進んでしまった。


「…………あ、ぁ~……、そろそろ時間かな」


「………………………………そか」


 嫌だ。と口にするのは簡単だ。けれど、それでどうにかなる話じゃない。わたしが駄々を捏ねて変わるならいくらでもごねてやる。けれど、死者はどうしようが生き返ることはない。アリシアさんが反魂を成功させていないのは、不可能という証だ。……不謹慎極まり無いが、被霊は、反魂に一番近い存在かもしれない。


「私は君に何もあげる事が出来なかった」


「わたしはキミから沢山貰ったよ」


「それは嘘。私は君に貰ってばかりだったよ。幸せだった。お兄の手伝いしてるときと同じくらい、君と居た時間は満たされていた。だから、自分を責めないで。こうなったのは君のせいじゃない」


「でも遺書は……っ!」


「あれは、君宛てじゃないよ。ごめんね。勘違いさせた。確かに私は君を妬んでいたと思う。だけど……」


 それは、私が弱かっただけ。君のせいじゃない。と彼女は続ける。本心だろうがなかろうが、その言葉でたぶんわたしは少しは進めるようになる。


「……わたしは、神子になる。神子になって、キミのような子を二度と出さないようにする」


「うん。きっと出来るよ。だってミーシャちゃんだもん。私には想像も出来ないけど、君なら出来るって確信出来る。たった半年程だったけど、それでも君と居た時間は長かったんだ。私が保証するよ」


 わたしのせい。何もかも全部。わたしのせい。そう思う方が回りを恨まずに済んでわたしは楽になれると思う。けど、それを否定されてしまえば、わたしは受け入れるしかない。恨みを抱えたまま生きるのは辛いモノだ。


「わたしは、必ず、みんなを幸せにして見せるから。まだどうやっていけば良いかわからないけど、これから先、沢山学んで答えを出すから、生まれ変わって待ってて。きちんとキミが幸せだって言えるようにしてみせるからさ」


「…………うん。待ってる。約束だよ」


 笑っている。明るい声で彼女は短く返す。約束だ。こう見えて、わたしは約束を破ったことはないんだ。必ずやり遂げる。


 わたしは神子になる。アリシアさんがわたしを神子にした理由を、全うする時だ。


「それじゃ、まあ、生まれ変わるまでの間、見守らせてもらうよ」


 その言葉と同時にわたしを包んでいたような温かみはスゥっと無くなっていく。


 ────────見ていて、わたしは必ずやり遂げるから。


「祈りの言葉は伝えられないけど、見送るのは出来る。……いってらっしゃい」


 決断した。もう迷うことはない。わたしは神子になり、与えられた意味を全うする。アリシアさんの意思を無駄にしない為に。沢山与えられた選択の中から、わたしが選んで神子になる。そうだ、これはわたしが決めた道だ。もう後戻りは出来ない。それでいい。それくらいじゃないとわたしは逃げ出してしまうかもしれない。


 息を吐く。そろそろ目を覚まそう。魔力切れでダウンした癖に調子がいい。セニオリスさんが何かしてくれている証拠だろう。


「行こう」


 ライラと正式に付き合うという目的もあるけど、それより今は、二度とこんな事が起きないように。わたしが出来る事をしなければ。その目的に近づくための最善の一歩目は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る