038

 被霊、という言葉を当てはめるにはあまりにも形状が違っている。だけどあれは確かに被霊だ。本丸はアレじゃないにしても、あれだけの存在強度を持っていたというのは、恨みが強かった証か、それとも未練か。どちらにせよ、ミーシャちゃんが解決するだろう。


 オーバーロードに目を付けたのは流石だと言う他無い。祈りとは浄化。被霊は魔法では倒せず、浄化によってその存在強度を無くされ魂を冥界に送られる。現状、ミーシャちゃんはあの中にあった魂に触れている頃だろう。それはたぶん、今までの贖罪も兼ねた彼女なりのやり方だ。邪魔はしないし、それで良いとも思う。何より初めて彼女が決めた選択だ。私にそれを邪魔する権利なんてあるはずが無い。


「シアちゃん、あれで良かったの?」


「良いと思うよ。決して大団円ってわけじゃないだろうけど、ミーシャちゃんはミーシャちゃんでしっかり向き合えると思う」


 ここまでの事をたった一人の友人の為に行った。キミが冥界でもう一度笑えるのなら。その意思は美しい友情だ。私にも心当たりがある。キミがヒト殺しになる前にキミを殺す。君が傷つく前に君を殺して楽にしてあげる。そういう経験は一度だけ。懐かしいとも思った。


「にしても、ミーシャちゃんの才能は本物だったね?」


「本人は全然ダメって思ってそうなのが化け物じみてるね。私と同じように長く生きれるようになってしまったら、たぶん私を優に超えるかな」


「ボクはたまに君の冷たい言動に恐怖すら覚えるよ。化け物て。君が言う?」


「おいおい、私は麗らかな女の子なんだが?」


 まあ、ちょっと歳は聞かないで欲しいけど。


「そんな事より、あのままで良いの?」


「……、すぐに眼を覚ますよ。とりあえず、安全な所……に……ッ、僧侶ちゃんッ」


 気配があった。先ほどの被霊とはまた違う。魔素なんて中途半端なモノで構築されていない正真正銘の被霊。ヴェルニアが被霊になってしまった根源がそこに居た。ヒトの形をしたそれは、まさしく麗愛の時代に見た……ッ!


「ダメ、間に合わない……っ、シアちゃん転移は?」


「………………っ」


 眠っている女の子相手に刃を向けるとは良い度胸だ。どんなヒトの魂なのかは知らないけど、這い上がって来たのなら、もう一度冥界に叩き落とすしかない。


 今更あれに対して嫌な予感というモノは感じない。あれくらい雑魚の範疇だ。けれど、ここからじゃミーシャちゃんに手が届かない。


 油断していた。まだヴェルニアを素体とした被霊は消え切っていない。ミーシャちゃんが起動したオーバーロードもまだ動いたままだ。その間隙を縫ってきたと言うのは予想外だ。本来こんな状況で顕現するはずが無い。ただの被霊であれば、そんな事は起きようが無いんだ。


「…………そうか、やっぱり……」


 ベスターが関連しているのはその存在規模で分かる。


「ミーシャちゃんっ!」


 オリちゃんがいつの間にかミーシャちゃんの元へ駆けている。被霊の目的がミーシャちゃんなのかさえも不明だけど、あのまま放置しておくのは明らかに分が悪い。被霊が何故顕現するのか。現代への恨み辛み妬み未練があって、出て来るのか。違う。それら全ては冥界にて清算される。だから、あれは恨み辛み妬み等の負の感情で這い出て来る訳じゃない。実際術者によって増幅はされてるだろうけど、それは被霊となってからだ。現世に喚ばれる魂に感情等存在しない。それこそ精霊と近しい形状をしている。


「…………ッ!」


 被霊の手が伸ばされる。それは私やオリちゃんに向けられたモノではなく、近くのモノを徹底的に破壊しようとするこの状況で最悪な選択。ミーシャちゃんへと向けられている。


 オリちゃんは、ギリギリでミーシャちゃんに辿り着く。けれど防御が間に合わない。それじゃ意味が無い。


「……………………っ、レンデオン、キミはとんでも無いモノを遺して行ったね」


 溜息が出る。被霊は数百年ぶりだ。今になって顕現した理由も大抵は予想が付く。


 杖を手に取ってオリちゃんの元へ転移すると同時に杖を振り上げ、伸ばされた手にぶつける。


「精霊よ、我が声に呼応せよ。私はお前達を使役せず、お前達は私を呼び止めず。されど星辰よ、お前達が望むのならばこの魔力を捧げよう。かしこみかしこみ。ここに拝借致すは幾望の月より溢れた最後の灯。月の精霊より受けた恩。お前達に今ここで御返し申す」「我が王に敬礼を、我が主に敬愛を」


 全力を出すには値しない。ただ、私じゃ物凄く相性が悪いというのは事実。何せ魔法じゃ倒せない。だけど、


「ごめん、オリちゃん。ミーシャちゃんを先に安全な所に。あ~……そうだな、家に運んであげて」


「…………。良いけど、役割逆じゃない?」


「治癒魔法が得意なオリちゃんの方が得策だよ。大丈夫。私は死なないし、キミじゃないと倒せないということも分かってる」


「…………オーバーロードとのリンクを切らないといけないね」


「お願いね」


 オリちゃんとミーシャちゃんの姿がフっと消える。転移を確認して後ろへ飛び下がる。


「全く、面倒な事になった。いや、出て来る事は分かってたんだけどさ」


 詠唱は要らない。そんな無駄なモノは全て省け。術式も略式で良い。


「接続開始」


 炉心は動かさない。必要な魔力は全て外部接続で良い。オーバーロードも必要無ければオーバーフローも必要無い。接続先は精霊炉。


「弱体化に相性も最悪と来たもんだ。笑っちゃうよ」


 溜息混じりに呟いて杖を前にかざす。必要なのは足止め。実際、私は一切の魔法を使わずにそれくらいは出来るだろう。剣があるのなら剣で、槍なら槍、それも無いなら拳。まぁ今回は杖がある。楽にやろうじゃないか。どうせ死にはしない体だ。


 被霊が何故ヒト型をしているのか。それは彼らが元はヒトであったからだ。無意識に元の形を取ろうとするのは何もおかしい行為じゃないだろう? どういうヒトが素体になっているかは知らないけど、被霊になってしまった以上、叩き落とすしかない。オリちゃんはミーシャちゃんの回復が終わり次第すぐに来るだろう。それまでの時間稼ぎなら、適当に遊んでいればすぐに達せられる。


 私へとかざされた被霊の手に魔法陣が生成される。少なくとも知性があるのはこれで分かった。問題があるって程の事は無い。知性があるのは魔物も同じ。


 被霊の放つ火球が直撃する。息で弾き飛ばすとか、そういう無駄な芸当はしなくて良い。あれは当たれば厄介だから弾き飛ばしているだけ。何の意味も効果も無いのなら弾くまでも無い。爆風は広がる。服や髪もそれに伴って靡きはするけど、それ以上の効果は何も無い。


 あぁ、でも酸素を奪われるのは厄介だな。息なんて今更しなくても死なないけど、息が出来ないという感覚だけはうざい。不死を得た。不老を得た。何もかもが事故みたいなモノだった。オリちゃんと居られるならそれも良かったけどさ、最初はそれなりに色々と響いたもんだ。


「右腕くらいは持って行かれるかなとは思ったんだけど、傷一つ付かないか」


 そりゃそうか。麗愛の時代に戦ったのは被霊の王だった。対してこれはただの被霊だ。存在規模が全く以て違う。雑魚だ雑魚。何故成ってしまったのかはまぁ理由は分かっている。これで実害が出たという事例も作れた。だから彼女には感謝しなくてはならない。キミが苦しんで苦しんで、辛くて泣いてそして最期に得たこの機会は、必ず私が活かそう。


「ベスターは私が潰す」


 被霊に言い聞かせるのではなく、自分の決意の表明。千年ほどに渡る因縁の決着。他の場所で他の国で他の時代で何があろうと知ったこっちゃないけど、この国でこんな事が起きるのなら、好き勝手にはさせられない。平和な国にしようと色々とやってきた。それをこんな形で侮辱されるような形で壊されるとは。クソ、腸が煮えくり返りそうだ。


 分割された魂の一つを全て魔力に還す。


「……………………」


 接続先の精霊炉からの応答を確認して、息を一つ。


「死に逝くキミに少しは手向けになれば」


 魔法とはなんたるか。キミが見てきた世界がどれだけ狭かったのか。辛ければ抜け出せば良かった。機会はあっただろう。怖がって逃げられなかったのは、私の責任だ。だから、恨まれるべきは私であるべきだ。


「そんなにも世界を恨むのは疲れるでしょ……?」


 この国を創ったのは私だ。ベスターを放置し続けたのは私だ。そのツケが今ここに来て襲ってくるのなら、逃げはしないし、向き合うって決めた。その恨みは全て私が背負う。助けてくれって叫びに気付けなかった。ベスターのもたらす不幸に気付けなかった。それは建国王である私の責任だ。


「助けられなかったのは私の所為だ。守れなかったのは私の所為だ。キミがそうなってしまったのは私の所為だ。だから、その全てを背負うよ」


 何も出来ないまま死ぬ。それが生命にとって一番辛い現実だ。誰しもが何かを成し遂げ幸せを得る。国民を幸せにするのは王の責務。これは私が我が父から継承した二つの内一つの信条。果たせなかった責任は全て私が負うべきモノだ。


 眼前に立つはベスターの生贄信仰の犠牲。彼女が犠牲になって結局得たモノは何だった? 何も無いだろ。神なんて存在しない。ただ虚しさだけが残った。その悲しみは恨みとなって彼女に残留している。だから被霊となって、世界そのものさえも恨む程に膨らんだ。分かるよ。ヒトの憎悪を比べる事に意味は無いけど、その感覚は知っている。


「コネクタ、精霊炉より砲台へ。起きろ、仕事の時間だ」


 杖を突く。予備動作なんて大層なモノじゃないし、詠唱にもなっていない。ただの合図。ファブナーの城壁に並ぶ十三の砲台の内の一つを起動する。国の地下を駆ける魔力回路がその合図を受け取って、砲台の向きを変える。


 建国と同時に作り上げた迎撃用対軍魔道兵器。その威力は砲台一つで魔王を倒す一撃にも届きうる。それが十三基。何に怯えていたか。何の為に作ったか。それは、この時の為ではないけど、都合が良い。


 砲台と被霊との直線上に無数の魔法陣が生成される。聖方でも現代でも無い。全く別の魔法式を以て生み出されたそれらは、カウンタースコープなんて要らねぇと言わんばかりに直接照準が合わさっていく。詰め込まれた魔法陣の数は三十にも及ぶ。それだけあればカウンタースコープなんて必要無いのだ。何せ届くのだから。


 杖をかざす。本来の射出方法は杖で魔法陣をぶっ叩くのが正解。だけど砲台にこの術式を組み込んだ時、そんな事は出来ないと分かっていた。なので、今回は別のを用意した。ほんとは魔法陣ぶっ叩いた方がすっきりするからそっちの方が良いんだけど、無理と言われたので仕方ない。


 今回の射出方法は、杖を上へかざし、右下へとスライドさせる事。丁度肩のラインで手を止めれば良い。そうして発動された魔法は、三十を超える魔法陣を収束させ放たれる。


 光と衝撃が辺りを包む。ただ、やらかしたのは、校舎事ぶっ放してしまった事。結界を張るのを忘れてしまった。砂埃が辺りを包み、爆風がそれらを攫う。すぐに視界は晴れ、元通りだ。……まあ良い。どうせこれでも倒せない。魔法に耐性を持っているなんてちゃちな話でなく、彼女は魔法を完全に無効化している。つまり、私と彼女とじゃ一生決着は付かないのだ。


 なら何故わざわざこんな規模の魔法を扱ったのか。余興は大事だ。ただ祈って終わりなんて味気ない。魔法さえも使わなくて良いなんて言ったけど、実際その通りなのは間違いないし、実行しようと思えば幾らでも出来る。だけど、私が彼女に出来る事と言えば、華々しく最後を飾ってやるくらいしかない。


 たとえそれが無駄な行為だとしても、キミの生は意味が無かったなんて思って欲しくは無い。私が唯一出来る事は時間稼ぎ。ベスターを潰すとは言ったが、結局それも私からすれば相性最悪だ。それを克服するとっておき? あるに決まってるでしょ。だけど、その前に目の前の子は救っておかないと。


「ただいま、シアちゃん」


「わぁ!? 案外早かったね? ちょっと今から良いところだったかもしれないのにっ!」


「締まらないね?」


「アリシアさんはそういう所よくありますよね。ほんとに」


「………………ミーシャちゃん、棘凄い。痛い」


 戻って来たのはオリちゃんだけじゃなかったらしい。にしても棘凄くないか今の。めっちゃ痛いんだけど。心にナイフがぐっさり行ったぞ。オリちゃんに言われるのは別に良いけどミーシャちゃんに言われるのは来る。


「僧侶ちゃん、あとはお願い」


「砲台一基起動させた反省文後で書いてね」


「………………………!?!?!?!?!? なんで!?」


「魔力持って行きすぎ。精霊炉にも限界はあります」


「全体の一パーセントにも満たないレベルの魔力で文句言われても……」


「量で見ればそうだけど、パイプはそんなに太くないのっ! 割と体力持ってかれるのっ! ばか!」


「一応、私の魔力リソースも叩いたんだけど……」


「オーバーロードで良かったでしょ。ねえめんどくさがっただけでしょ。ねえ」


「…………後は頼んだよ、オリちゃん」


「はぁ……はいはい。仕事はしっかりやるよ」


 オリちゃんは杖から手を放す。


「ミーシャちゃんはなんで戻って来たの? というかこんなにすぐに目を覚ますとは思ってなかったよ」


「えと、アリシアさんに伝えたい事があったので」


「そか。じゃあそれは後で聞くね。今は……」


「はい。分かっています。見届けたかったんです。ベルをあんなにしたモノの最後を」


 ミーシャちゃんの眼が鋭くなって被霊を睨む。友達の死を侮辱されたのも同じだった。そりゃ彼女にとっては今生において最大の怒りを覚えたって仕方ない。その点に関しては事故の様なモノだと分かっている。本来被霊が別の被霊モドキを生み出すなんてあり得ない。偶然と偶然が重なって出来た最悪の事態と言った所か。


「命とは終わるモノ」


 オリちゃんの言葉が始まる。被霊の手から出力される魔法は全てオリちゃんを貫通して消えていく。オリちゃんに穴は開いていない。全てすり抜けていると言った方が正確か。魂の強さで言えば、オリちゃんは如何なる存在にも負けない。彼女を覆う肉体は殆どがエーテルで構築された偽物の体だ。とは言え体温もあるし、生きているヒトと相違無い。この手で何千回も体感したからこれは間違いない。


「イントロイトゥス、キリエ」


 オリちゃんがゆっくりと被霊に歩み寄る。その光景は常人が見れば異常な現場だろう。恐怖すら覚えるかもしれない。不気味な怪物に少女が一切の抵抗も無しに歩み寄っている異常な光景。にしても、あれ、本当に祈りの言葉か? 前と違くない?


「サンクトゥス、ベネディトゥス、トラクトゥス」


 翻訳の関係か? いや、にしては言葉の意味すら聞き取れないのは不思議だ。祈りとは届かなければ意味が無い。よってその意味をはき違えない為にも共用語で語られる。けれどこれは。


「……………………」


 意味が無い事を悟ったのか、彼女の言葉が止まる。恐らく意味はあったのだろうけど、その言葉が届いていない事に気付いたらしい。馬鹿だ。あれでも聖女様って呼ばれてたってほんと? というかあれは讃美歌の一部……じゃなかったか? 翻訳の過程でミスったな?


「主の代わりに私が見ている。私が知っている私が聞いている。故に私が主の代わりに貴女を救おう」


 祝福の祈り。見捨てる事の無い主がもし、本当にその役目を放棄した時、その時は代わりに私が手を差し伸べる。そういう約束事みたいなもの。ベスターの生贄となってしまった彼女は神を信じていない可能性の方が高い。そんなヒトに主の言葉は通じない。それよりももっと身近なヒトの言葉の方が響くのかもしれない。被霊を幾度と祓った彼女であれば、まあそういう経験から学んでいるのかもしれない。


 そもそもオリちゃん神なんて信じてないしな。何が聖女だよ本当に。


「キリエ、安らかな眠りと共に貴女の魂が静まり、冥界にて笑えるように祈りましょう。再び貴女の魂が現世に来たれば、その輪廻の果てに幸せである事を、私はこの身全てで祈りましょう」


 祈りとは言え詠唱だ。特殊も特殊。祷析魔法の類。その実態は現世に溢れ出た魂の断罪と救済。そして場合によってはエクセキューション。翻訳もバラバラで意味が繋がっていない部分もあるけど、神を信じぬヒトの祈りなぞその程度。これできちんと発動されるのだから、不思議でたまらない。


 オリちゃんの歩みがようやく止まる。丁度被霊の眼前にて手をかざし、その出で立ちはまさしく救済をもたらす聖女そのモノ。風貌だけはそれっぽいのが腹立つ。修道服の様に肌面積がもっと少ない服であればその行為ももっとそれっぽいのだけど、彼女の恰好は、現代的な装い。スカートではなく、短めなパンツ、つまりは短パンである。白いドレスの様な服は一体どこへやったのだろう。彼女はおしゃれさんでもあるし、万年黒い私が言うのもなんだけど、その恰好で祈りは、ちょっと。…………今度ハーフパンツを履かせよう。へへ、きっと似合う。


 開かれるは冥界の門──待って、見た事無いよそれ。カルイザムで悪い知識付けたなさてはっ!──繋がるは魂の眠る場所。禊祓いて輪廻に帰る場所。


「それ最早祈り関係無くないですか……」


 たまらずミーシャちゃんが口に出した。


「…………、まあ、経過はどうあれ結論は冥界に送り返すのが目的だから、間違っては……無い……?」


 一々言っていたらキリが無い。私も大概だけどオリちゃんも相当だ。聖女様だとか、そういうの抜きにしてもその行動はおかしい。冥界の門番になった記憶なんて無いが?


「冥界の主が待っています。恨み辛み妬みあるでしょう。ですが、それら全ては清算され、やがて全て来世への糧になるでしょう。恐れるのはやめなさい。世界は広いのです。今世で出来なかったコトを、いつか。その時はボクもお供致しましょう」


「……………………………………、!」


 今のは祈りの言葉なんかじゃない。彼女の心からの言葉だ。魂に触れ、記憶を垣間見たのだろう。愛溢れる者の子らの時もそうだった。祈りを通し魂に触れ、救うべきモノの記憶を垣間見る。彼女にはそういう能力があった。忘れていた。なんせ数百年ぶり、私だって忘れる事もある。あぁ、だったら、彼女には辛い役目をさせてしまった。


 魂は通る。門を通って冥界へ。その一連の流れに一切の淀みは無かった。救いとは少し違うかもしれない。希望を知らぬ子に希望を見せるのは残酷だ。その命が果てても尚辿り着けない場所があると知るのはなんと残酷か。


「シアちゃん」


「……分かってる」


 門は閉じる。聖女の眼には雫が浮かぶ。


「やけに、あっけないんですね」


「祈りとはそういうモノだよ」


 仰々しい祈りでは届かない。個人の為に祈らなければ、結局それは劣化した複製品だ。オリちゃんの元に歩いていって、彼女の肩を支える。


「ボクが出来るのはこれくらいだった。後は彼女次第でどうにでもなるはずなんだ。だけど、その前に」


「うん」


 ここからは私の仕事だ。既に手は回してある。ユメちゃんは口封じしたし、ミミララレイアは既に買収済み。


 どうやって潰す? 物理で殴る。色々と手を回せばシンジュルハベスターをこの国から追い出すのは出来るだろう。けれどそれじゃダメだ。カミサマは絶対的な存在でなければならない。全能でなければならない。その概念がある限り、何度潰しても沸いて出て来る。


 ヒトが神を越えなければならない。ベスターそのものを地に叩き落とす。そうすれば、全能は証明されない。生贄は無駄だったのだと知らしめる事になる。戦の神なれば、ヒトに負けるなぞ許されない。その為にまずは……。


「アリシアさん。話があります」


「そうだったね。どうしようか、一旦家に帰ってからにする?」


「いえ、今ここで伝えさせてください」


 驚くほど、彼女の顔はキリっとしていて、ああ、成長したね。と無意識に気付いた。覚悟と言えばそうだろう。だけどそれは希望に満ちた明るいモノでもあって。彼女の眼は真っ直ぐ私を捉えて離さない。少し前なら考えられない程、彼女の眼は前向きになっている。きっとこれなら大丈夫。ライラックとの約束もきっと果たせるだろう。だから、たぶん。彼女の言いたいことは。


「わたしは、神子になります」

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