032

 大きく息を吸って杖を強く握る。実技講義。今回は初めての実技講義だから、まずは簡単な魔法、アグニを使った講習だ。


 昨日のシグのアドバイスを聞いて色々試した結果、杖に疑似魔力回路を通す事は成功した。ただ、分割するという考え方の基盤が多分間違っているのか、魔法を使おうとすると、杖の魔力溜まりの接続が切れてしまう。分割したうえで、接続が切れない様にしないといけない。難題だ。


「よし、ではミーシャやってみろ」


 先生がわたしの前に立つ。緊張はしてる。たぶんしてないヒト居ないと思う。人見知りはしない。気楽に行こう。


 わたしは出来る。出来るんだ。


 杖をぎゅっと握り直す。


「はい」


 返事をして魔力を通す。疑似魔力回路を繋げる必要は無い。アグニを使えば良いだけ、わざわざ魔力回路を分割する必要は無い。一つ起動出来れば十分。


 わたしの前に魔法陣が生成される。本来は杖の先に魔法陣を作ってそこから魔法を放つのが一般的だけど、わたしの場合、杖の先に魔力溜まりがある関係で少し面倒なんだ。杖はあくまで補助機。ヒトは自分単体で魔法を使える。出力は落ちるけどね?


 アグニ、聖方であれば炎属性の魔法に分類されるけど、実際は小さい光の玉。熱を持っているから炎になっていたみたいだけど、本当に古い考えなんだなと、それだけで分かる。魔法の基礎中の基礎と言われ、これが出来ないモノは魔法使いにさえなれないと言われる。魔力が多かろうと、センスが無ければ意味は無い。


 魔法陣に魔力を通す。糸を編む様に魔法を構築していく。この間一秒。これを切りたいのなら、わたしからではなく、杖に溜まっている魔力を使う必要があると思う。それか、わたし自身の魔法自体を記憶する力。


 魔法陣がゆっくり回転を始める。その速度は少しずつ早まって、少しだけわたしの体から離れる。わたしの魔法の出力の仕方は他のヒトとは違うようで、逆なんだそうだ。通常、魔法陣は固定して魔法陣の中から魔法を捻りだすような感覚に近いけど、わたしのはその逆、魔法を固定して魔法陣を動かして出力される。これによって起きるメリットデメリットは知らないけど、何故か使おうとするとこうなってしまう。考え方云々というより、そういうモノになってしまっているらしい。今のところ支障は無いし、気にする程ではないけど。


 アグニが出力される。生み出されたのは普通のアグニ。一つだけで良いのなら簡単なんだ。それに今回は速度は加点対象じゃない。


「うむ、問題無いな。良く出来ている」


「ありがとうございます」


 頭を下げてアグニを解除。煙りが空気に混ざるようにアグニは消失する。ほっと息を吐く。良かった、それなりの点数はもらえたと思う。


 さんざ座学で習った理論を使えば、アグニくらいならきっと誰でも起動出来る。時間は掛かるだろうけど、そんなの初回なんだから当たり前。最初から全部完璧に出来るヒトなんて居ない。


「………………………………」


 生徒が一列に並んで先生が順番に見ていく。今回は試験という訳じゃない。誰がどこまで出来るのかというテストというだけで点数には直接関わらない、が、先生の中では優劣は決めると思う。だからこういう所で上手くやっておけば後から色々工面が効く。


 理論も構造も全部理解しているんだから魔法が使える。という認識は良くない。使えないヒトだって居るかもしれない。魔法とは理不尽な現象だから、エルフでも無い限り、低確率で使えないヒトも出てくる。とは言え、この学校の大抵のヒトは使えると思う。良い家の生まればかりで、家庭教師とかそういうのも付けてもらっていたと思うし、そこで魔法が使える使えないは判断されるはず。とは言え、全員構築方法がバラバラで見ていて面白い。アグニだけなら構造とか理論は教養魔導書に書かれている通りにやればなんとかなる、はずなんだ。


 アグニは攻撃魔法では無いし、ただの光屈折現象に分類される。使い方によっては目くらましとかにはなるけど殺傷力は無い。だからこうやって学校で一番最初に使われる魔法になる。


 攻撃魔法になると、扱いは難しくなる。何せ留めるのではなく飛ばさなきゃならない。座標に直接ぶち込む形、例えばイグニッションになるとそんなの無理。グラーヌスみたいな生み出して飛ばす形のモノであれば、……なんとかなる、かな? いや、グラーヌスが使えるという訳じゃなくて、飛ばす、という概念の話だけど。


「よし、お前も良さそうだな」


 次々にアグニが起動され、視界の端が明るくなったり、明滅を繰り返す。


 ベルは学校に来なかった。昨日の今日で来にくいというのは分かる。けど話したいことがあったから、来て欲しかった。もしかしたらって思ったけど、やっぱりだめみたいだ。わたしも彼女の家の場所を知らない。学校以外で遊ぶということもあまりしなかったから……。わたしは薄情なのかもしれない。普通、もっと遊んだりするんだろうけど、わたしは家での事もあるし、料理もしないとだし、そんな時間もあんまり無くて、休日はアリシアさんに魔法を教えてもらったりしていて、時間が無くて。


 当のレグナードは平気な顔して学校に来ている。わたしと目が合う頻度は高いけど、すぐに逸らされてしまう。見られているのが丸わかり。気持ち悪いよ、そこまで行くと。…………本には、そういうモノだって、好きなヒトはいつの間にか目で追いかけるモノだって書かれていたけど、現実でその的になると、なんというか、気持ち悪い。


 レグナードを責めるべきじゃないとは分かっているけど、少しだけ恨めしく思ってしまう。ヒトの好意に対してそう思うのは最低な行為だと思う。けど、どうしようも無いんだ。分かっていても勝手にそう思ってしまう。


 元はと言えば、わたしが悪いんだから、わたしが全部解決しないといけない。……、割り切れる訳が無い。昨日の事を引き摺っているのはわたしよりもベルの方。わたしとレグナードと顔を合わせたくないんだと思う。フラれた相手とフラれた相手の好きなヒト。しかもその相手が今まで友達で長く一緒に居たとか。……わたしだったら、病んでいると思う。だからたぶんベルも。


「よし、全員問題無いな。アグニは簡単な魔法だ。理論と構造をしっかり覚えていれば大抵の者は使える。だが、簡単だからと言って蔑ろにしてはならない。アグニは全ての基本と思え。お前達がこれから習っていくであろう魔法の中で最も重要だ。それは肝に銘じるように」


 アリシアさんも似たような事を言っていた。だからわたしはアグニに時間を掛けている。アグニで分割思考が出来ないのなら、どんな魔法も半人前だ。一番簡単な魔法で分割思考を完璧にマスターしなければ、前には進めない。魔法は使える様になってもそれ以上が無い。


 それは嫌だ。それじゃライラの隣には立てない。あのヒトはわたしなんかより強くなる。冒険者になるってそういうことだ。国の内側で呑気に生きるより外に出て魔物と戦って、本物の冒険をする。当たり前だけどそっちの方が強くなる。けど、わたしが求めているのは、そういう強さだけじゃ、無いんだ。


「一流の魔法使いとは何か」


 先生はわたし達の前に立つ。遠くに見える的は攻撃魔法用に作られたオヴィレスタフォーレの木材を使った案山子。加工の仕方によってはたぶん、魔鉄鋼よりも魔法に耐性を持つ事もある、便利な木材。


「研究者は魔法使いではない。魔法を使えない研究者も多数存在する。このクラスには研究者志望は居ないようなので、研究者の話を省くが、一流の魔法使いとは、多くの魔法を覚える事ではない。そんなのは誰にだって出来る。恐らく知っている者も居ると思うが、一流の魔法使いは、必ず分割思考というモノを行っている。お前達が生成したアグニを同時に二個、三個と出力するモノだ」


 アリシアさんと同じ事を言っている。このヒト、もしかしたらアリシアさんに何かしら教えてもらった経験があるんじゃないだろうか。一流の魔法使いは分割思考を行っているっていうのは、アリシアさんが良く言っていること。その一流の魔法使いもまた馬鹿にしてたけど。アリシアさんからすれば大抵は魔法使いなんて呼ばれるなんて烏滸がましいなんて思っているんだろう。そりゃあ貴女に比べれば、皆そうなるよ。


「魔力回路を血管として教わったと思うが、その認識は完全に正解とは言えない。魔力回路は確かに血管のようなモノではあるが、血管の様に全て繋がっていなければ機能しないというわけではない。また、炉心から伸びる魔力回路も一本道ではない。お前達に分かりやすく認識させるために魔力回路は血管であると説明したが、認識した今は、その考えを捨てろ」


 難しいことを言うモノだ。そんな簡単に出来たら、最初から魔力回路を血管のようなモノだとイメージさせて自分の中にあるモノを認識させようとする必要も無かった。一朝一夕で出来る様になったらわたしはちょっとそのヒトに妬くかもしれない。


 これでも結構頑張って分割思考を身に着けたんだよ。それを簡単にされたちょっと凹む。アリシアさんに直接教えてもらったというアドバンテージを以てしてもかなり時間が掛かった。これからの講義はたぶん、分割思考を中心としたモノになると思う。


「炉心から伸びる魔力回路を一本ずつ意識して起動するイメージだ。スイッチを切り替えるような感覚に似ているかもな。全員各々やってみろ。コツはやらなければ掴めない。座学と違って、これは数をこなさなければどうにもならないぞ」


 先生が合図すると全員一斉に分割思考に頭を悩ませ始めた。普通そうなる。どうやってやればいいか皆目見当がつかない。何せ理論も構築も、意味を成さない。全く別視点の話なんだ。そんなのを一瞬で出来る訳が無い。


 目を瞑る。杖を握る手に力を籠める。杖はわたしの体の一部。魔力回路は通り、わたしの思い通り自在に動く。外界のエーテルは遮断。オーバーロードは必要無い。というか使えない。必要なのは、意識。炉心を廻す。遮断するは外界の意識。視覚は要らない。聴覚は要らない。嗅覚は要らない。研ぎ澄ますは魔力感知。


 一つ。繋がるは右腕。

 二つ。繋がるは左腕。

 三つ、繋がるは頭。

 四つは杖に。……ショート。やっぱりだめか。どこかしら噛み合っていない。パズルのピースが足りてない。


 炉心よ廻れ。魂食らいて魔力と成せ。

 胸のあたりが熱を帯びる。炉心が回転を始め、わたしの魂の老廃物を魔力に変えている。体に流れているモノを補充し、途切れなくする為の願掛けのようなモノ。


 目を開くと魔法陣が生成される。四つ……ではなく三つ。杖の先に横に並んだ魔法陣。


「一つ、二つ、三つ。分かたれた回路を通り、魔法を成せ」


 アグニに対して使う魔力は極微量だ。本当は炉心なんて回さなくても何も問題ない。けど、アリシアさんが慣れておくために絶対に起動しろというので起動している。どういう意味でそう言ったのかは分からないけど、アリシアさんの言う事だからたぶんこれで良い。


 視線が集まる。いきなり魔法陣が三つも生成されたらそりゃ驚くだろうけど、殆どの目がこちらに向いている。少し、恥ずかしい。


 魔法陣が回転を始める。それぞれ同時に回り、右回転。グルグルと回りだし、ゆっくりと前へと動く。


 アグニが形成されていく。


 ……やっぱり三つが限界。足りないピースは一体なんだろう。結局アリシアさんに聞いてもあまり容量を得られなかったし。


 固定されたアグニがわたしの前で三つ光っている。これをこのまま魔法を使う事は出来るんだろうか。そういえば試したことない気がする。


 ……っ! そうかっ! わたしは今アグニ三つを一つの術式で出力した。だから三つが限界なんだ。疑似魔力回路が繋がらないんじゃない。術式の限界なんだよ、これは。つまり、術式を同時並行でいくつか用意すれば……っ!


 一度アグニを全て消す。周囲から疑問の声が聞こえたけど無視。折角出来ているのになんで消したんだろうとか、先生はわたしがアグニ三つ点灯したのを見ていたから、点数はもう良い。あとは趣味、というかやってみたいことをやってみよう。


 もう一度目を閉じる。必要なのは、魔力感知。必要なのは、複数の術式。不要なのは、視覚聴覚嗅覚。遮断。炉心再起動。オーバーロードは使えないから無視。


 一つは右腕に。

 二つは左腕に。

 三つは頭。

 四つは、右足。

 五つは、左足。

 六つは、杖に…………通ったっ!

 炉心よ廻れ、魂食らいて魔力と成せ。


 杖を両手で持って地面を強く突く。コツンッと小気味の良い音が響く。同時にアグニ三つ分魔力が体から抜けていき、同時に補充される。もう三つ分は杖から直接使えば良い。


 目を開く、わたしの目の前に六つの魔法陣が生成されている。術式は二つ必要だった。それを同時に起動するのは至難の業だ。だから、ほんの一瞬だけラグが存在する。見て気にならないほど。術式を一から書き直すのではなく、複製して貼り付けるという考え方が一番分かりやすいだろうか。これならラグもかなり減らせる。


 魔法陣が回転を始める。殆ど全て同時に見えるけど、どうだろう。魔法陣は六角形を描く様に配置されている。位置関係的に言えば、前へと伸ばした杖を中心にしたモノ……になるかな?


 魔法陣がそれぞれアグニを形成し始める。これが上手く行けば、一歩先へ進める……っ! 少しだけライラに……っ!


「…………………………っ」


 六つ同時起動。いきなり倍はやりすぎだったかも。でも、理論的には何も間違ってないはずっ! 六つとは言っても、二つの術式しか動いてない。


 わたしの魔力回路は、問題無く動いている。炉心もまだ回ってる。消費した魔力を補充しているんだ。補充が終われば勝手に緩やかになっていくはず。それより今は、固定するのに集中しなきゃ。


「──────────っ、!」


 でき、たっ。完全に固定出来たっ! 六つのアグニ。二つの術式によって作られたわたしの技術限界ギリギリの魔法っ! やった、やっと出来た! シグの助言のおかげだ。杖に存在する疑似炉心を使わなければ、二つの術式を同時に起動するなんて絶対に無理だった。これを応用すれば、全く違う魔法を同時に起動する事が出来るかもしれない。これは大きな一歩だ。やっと違う魔法に進めそうな気がするっ!


「凄いな、ミーシャ。流石は、……。いや、なんでもない。六つ起動は流石に他に類を見ないな」


「…………、今、初めて出来ました」


 素直に嬉しい。ようやく出来たんだ。本当に飛び上がりそうなくらい嬉しい。けど、冷静を装わなきゃ。恥ずかしいし。


「あの子ってアリシア様の子供って本当なのかしら」


「何度か一緒にご飯を召し上がっている所や歩いている所を見たヒトが居るみたいよ」


「えぇ~……、でもアリシア様の伴侶ってセニオリス様でしょう? ……養子ってコト?」


「でも、魔法の才はあるみたいだし……」


「アリシア様の娘なら当然でしょ。環境が良いだけよ。私だってアリシア様に教われば……」


 …………。やっぱり完全にバレてるんだ。一緒に外出しすぎたのが原因の様だ。別に、もう構わない。何を言われようとわたしはわたし。わたしがしてきたことは絶対に無駄にはならない。……けれど。


「すげぇなファブラグゼル、どうやってやったんだ? 俺にはコツが掴めなくて」


 レグナードが、声を掛けてきた。


「…………っ、」


 驚いてアグニを解除してしまった。……言葉に詰まる。彼なりの優しさなんだろう。色々と言われているから守ろうとして、わたしに話し掛けた。けど、それは悪手かもしれないよ。そもそも話しづらい。昨日フッた相手と普通に会話するなんて、人見知りじゃなくても無理でしょ。というかフラれた相手に良くこうも臆する事なく話し掛けられるモノだ。その図太さは素直に評価したい。


「…………、コツは、先生が言った通りだよ」


 彼から目を逸らしながら答える。気まずい。けど彼の善意を無駄には出来なくて。


「そうは言ってもな……」


「魔力回路全体を意識すると出来ないよ。炉心から伸びる一本に集中してみて。そしたらそこから伸びる魔力回路がどういう風に伸びているか辿ってみるの」


 アリシアさんに言われた事をそのまま彼に教える。別に競ってるわけじゃないんだから、教えないというのも変だ。他のヒトは私が彼をフッたなんて知らないだろうから、無視をしたら感じの悪い女みたいになってしまう。


 彼はモテるんだろう。話し掛けられたわたしを鋭い目つきで睨む女子が居る。獲物を狩る獣のよう。どうやらわたしは敵として認識されたみたい。……わたしなんかと話している所を今まで見た事なかったのに、急に彼が話し掛けたからだと思う。……でもここで彼を突き放した所で効果は薄い。寧ろ逆に彼女の敵意に水をやる事になってしまうかもしれない。


「…………? 感覚がつかめないな。実際に分割出来てるのか、これ」


「目を瞑った方が良いかもね」


 アドバイス通り彼は目を瞑る。


「炉心から、伸びる…………?」


「…………」


 ダメそうだ。一日でどうにかなる訳無いけど、やっぱり難しいんだよ。かなり時間を掛けて感覚を掴まないと厳しい。


「良い? ここに炉心があるでしょ?」


 と彼の心臓辺りを人差し指で触れる。


「それで、まずは腕の方に伸びる魔力回路を意識するの」


 心臓から左腕へ伸びる魔力回路を概ねなぞる。


「今なぞったところを……? どうしたの?」


「……、なんでもない。とりあえず一本集中してみれば良いんだよな」


「左腕に伸びてるのを意識すると良いよ」


 目を瞑ったまま、彼は集中し始める。


「魔法を使うって意識するんじゃなくて、とりあえずそのたった一本を意識するんだ」


 説明するのが難しい。アリシアさんから受けたアドバイスもかなり抽象的だった。それを纏めて具体的に話すのは無理。わたしだって感覚でやってる事が多い。何度も何度も集中してようやく小さいコツを掴めるかどうか、なんだ。


「…………なあファブラグゼル、これは深い意味は無いんだが、異性の体に気軽に触れるのはやめておいた方がいいだろ。許嫁が、居るんだろ?」


「……? あ、ごめん。そうだった。嫌いすぎて忘れてたよ。キミ男の子だったね」


「ドストレートッ! 傷付くな…………傷付くなぁ……俺が悪いんだけどさ」


「嘘、冗談だよ。知らなかったんだから仕方ないんだ。わたしもあれは大人げなかったって反省してる」


「…………。完全に異性として見られてないんだな、俺は。自信無くすわ」


「だって好みじゃないもん」


「…………、泣いて良い?」


「それくらいで泣くような弱い男なんだね。情けない」


「お前なんか容赦無いな!? くそ、思ってたような子じゃねぇなお前」


「幻滅した?」


「いや? 寧ろ……。……悪い、幻滅したって事にしとく」


「真面目だね」


 目を開けた彼と視線が合う。嫌いだ。だいっきらいだ。これは嘘じゃない。心の底から嫌いだ。正直わたしは彼をヒトとして見ていないかもしれない。無意識に触ってしまったけど、何も思わなかったのはそういうことなんだと思う。……、この考え方は、どうにかしないといけないかも。


 でも、興味ないのは本当だし、どうでも良いヒトから向けられる好意程邪魔なモノって無いし。仕方ないよ。


「それに、なんだか変わったな。人見知りって聞いたが」


「…………、もう、良いんだ。人見知りは必要無くなった」


「良くわかんねえな。ま、良い事なんだろ、たぶん。ヴェルディオンと話してた時のテンションに近いし」


「…………」


 周りのヒトは皆わたし達の事は放っておいて各自集中しだしている。わたしはもう出来てしまったから、他の魔法を試したい。けど、


「なんで、ベルをフッたの」


「…………お前は俺を好みじゃないって言っただろ、それと同じだ」


「そっか。…………見る目無いね。良いヒトに巡り合わなさそう」


「余計なお世話だ」


 地面に座る。立っているのも疲れる。杖を隣に置いて、大きく伸びをする。


「てんでわかんねぇ。ファブラグゼル、どれくらい練習したんだ?」


「あぁ~、どれくらいだっけ。二つまでは二か月くらい。それから三つになるのに一か月かかって、今の六つがまたそれから一か月かな」


「……そりゃ俺には出来ないわけだ」


 降参降参。と彼はその場にへたりこむ。わたしと少し距離がある。隣に座られたら気持ち悪いって言って蹴っ飛ばしてたかも。


「お前って案外喋りやすい奴なんだな。この前の信じられないくらいどもってたのが嘘みたいだ」


「…………うん。まあでも、緊張はしてるよ。ヒトと話すのはまだ、苦手かな」


「そうか。嫌いって全力で割り振ってる相手だから、余計やりやすいのかもな。悪態吐けるから」


「あぁ、なるほど! そういうことかぁ」


「……言うんじゃなかった。凄い傷付くわ、それ」


 にしても本当にレグナードはメンタルが強い。フラれた相手に全力で嫌いって言われてるのにそれでも話しかけるって。普通折れるでしょ。良く耐えられるなぁ。


「つっても、許嫁か……。本当に、悪かったと思ってる。あの後めちゃくちゃ反省したんだ」


「反省した所で嫌いなのは変わらないよ」


「…………だろうな」


「そもそも、わたし、昨日のお昼までキミの名前知らなかったからね」


「……………………………………………………泣いて良い?」


「その程度って認めるならご自由に」


「脈無しってレベルじゃねーじゃんかよ。俺そんなに存在感薄いか!?」


「興味無しから大っ嫌いに昇格したんだから喜んでいいと思うよ」


「それマイナス方面に傾いてるだけで一切俺にプラスが無いんだが! 寧ろもう一回興味無しに戻してくんない!?」


「それは無理」


 嫌いなモノは嫌いだ。大っ嫌いだ。天と地がひっくり返ってもこれがひっくり返る事は無い。わたしの中でこのヒトは最低な男として記録されたんだ。上書き出来るもんか。


「…………あの時、ヴェルディオンに告白されたんだ」

「だろうね」


「…………、今日、来てないだろ。だから、気になってさ」


「じゃあ今から付き合おうって言ってきたら?」


「それは無理。好きじゃない奴に好きだって言うのは誠意に掛ける。しかも俺はあいつにファブラグゼルが好きだって伝えちまってんだよ。それじゃあ節操無いクソ野郎じゃねぇかよ」


「安心して、わたしの中では既にクソ野郎だよ」


「ク、グ……ゥ」


 安心して欲しい。この評価もたぶん変わらない。わたしの嫌いなクソ野郎。


「ブレないな、お前」


「フラれても平気な顔して話し掛けて来る鬼メンタルに言われたくない」


「あぁ~……、まぁそうかもだけどよ」


 苦笑いを浮かべた彼は、両手を後ろに着く。


「なんというか、清々しいというか。ビンタされたからかね」


「もう一回してあげようか? ほら、遠慮しないで何回でもしてあげる」


「割と痛いから勘弁してください。お前ほんとに変わったな。別人ってレベルだぞ」


「…………………………ほんとに、色々あるんだよ」


 殆ど演じていた様なモノだ。構ってくれるから。優しくしてくれるから。卑怯だからわたしはそうやって逃げていたんだ。だって楽じゃん? ベルと話していてもその人見知りは発動していたけど。四か月だよ四か月。四か月もあれだけ喋って人見知りを発動って、おかしいと思わない? わたしはずるいから、自分を弱いって理由付けて隠れてただけなんだ。


「そうか」


 何も聞かず彼は頷く。変わった。そう思われるのなら良い。


「さっき、わたしにやめた方が良いッて言ってたけど、キミだって、気軽に女子に話し掛けない方が良いよ」


「なんでだ?」


「キミ、モテるでしょ」「…………どうだろうな」「うざ。自覚してる癖に」「応って返事してもキモイって言うだろ」「言うね」「どうしろってんだ」


 彼は頭を抱える。まぁどうしたって評価は変わらないんだけど。


「モテるヒトが急に今まで喋ってる所を見た事無い奴と仲良く話してたら、嫉妬されるんだよ」


「…………生きづらいな」


「顔面の形が変わるまで殴れば? モテなくなるよ」


「性格の方でまだある」


「は?」


「ごめんなさい」


 性格良ければわたしの事情を深くも知らずに否定しようとするわけないでしょーが。はあ……。わたしもヒトの事言えないと思うけどさ。


「そういう事だから気を付けた方が良い。いつも女子と話してるでしょ? どうせ」


「どうせってなんだどうせって。まあ話してるけどさ」


「たぶんあの子でしょ。キミが話しかけてきた時、めっちゃ睨まれた」


「……女子って怖いな」


 女子というより、恋をしている子が、の方が合ってるかな。恋は盲目、周りへの攻撃も見境無いのさ。わたしだってライラの為ならなんだってしてしまう自信が……。


「キミのことが好きなんだよ、あの子」


「……好みじゃないな」


「うわ、それ言ってきなよ」


「なんでだよ」


「お前に対しては脈無しだよって先に伝えれば変なアプローチされなくて楽だよ。わたしがキミにしたみたいにね」


「……傷を抉るのが上手い」


「それとも女の子からモテてアプローチされて優越感に浸りたい?」


 そういう男って居るよね。本でも良く見る。そういうタイプの男は嫌いだ。好みじゃないって一言で全部否定するのも酷い話だけど、優越感に浸っている奴なんて醜くて仕方ない。ほんとに無理。滅んで。


「お前、ほんとに俺の事嫌いすぎるだろ」


「嫌いじゃないよ。大っ嫌いなんだ」


「…………泣くぞ、泣くからな今泣くからな。お前を男を泣かせたやばい奴認定させてやるからな」


「別に良いよ」


「………………はあ、お前には勝てそうにない」


 別に支障無いし。クラスの女子に嫌われても、わたしはわたし。アリシアさんとセニオリスさんの娘だ。


「さて、俺はもう少し頑張ってみるか」


「女たらしを?」


「……分割思考だよ分割思考。折角アドバイス貰ったんだ。モノにして見せるさ」

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