031

 物思いに耽る。たまには、そういうのも良い。下品で、本当は褒められた事じゃないけど、ベンチに三角座りして膝に顔をうずめる。あぁでも物思いってのはちょっと違うかもしれない。何も考えられてない。ただ、一人になりたかったんだ。


「────────────────」


 どうすれば良い。なんて考えてもわたしには結局わからない。だから考える事はせず、ただぼぅっと時間を過ごした。何となく家に帰りたくも無くて、今アリシアさんと会えば、全部甘えて頼ってしまいそうな気がして、帰りたくなかった。


 何も出来ない。わたしが居なければ、たぶんベルは笑っていたと思う。知らなかったんだ。彼女がアレを好きだなんて。酷い事をさんざ言ったけどベルが好きになったというのなら、たぶん良いヒトなんだと思う。ただ、余裕が無くて、思ってない事も口にしたんだと思う。


 大きく溜息を吐く。幸せが逃げる。逃げる幸せ今のわたしにあるんだろうか。


「………………………………」


 誰に言っても悪くないって言われると思う。だって、わたし何もしてないじゃん。こういう風ないざこざが嫌ってのもあったし、もちろん人見知りだからって理由もあった。だからベルとしか喋って無かったし、殆どヒトと接点なんて持ってなかった。なのに、


『私じゃ、ダメみたい』


 脳裏にこびり付いて離れない。優しい口調だった。諦めも入っていたけど、それ以上に、自制の意も見て取れた。なんで? ベルはどうしてそこまで優しく在るんだろう。嫌っても良いじゃないか。恨んでも良いじゃないか。それくらいのことがあったんだ。なのに、なんで彼女はわたしに当たらない。普通のヒトなら、当たるでしょ……っ。度を越して優しい。そう表現するのもなんだか納得いかない。この表現はなんだか違っているような気がしてきた。


 度を越しているのではなく突き抜けている。まるで優しさしか知らないような。はっきり言って、あの優しさは怖いくらいだ。


 あの涙は、フラれたからだけじゃない……と思う。


『ミーシャちゃんって、アリシア様の娘ってほんと?』


 隠す必要が本当にあった? 怖がって、結局一人よがってただけじゃん。怖いって、何が怖いんだよ馬鹿にされるのを今更怖がって何になるんだ。嘘を吐き続けていた。わたしに良心なんてなかったらきっとこんな気持ちにもなってない。なんでバレたか、なんてのは重要じゃない。重要なのは、バレてしまったこと自体なんだよ。事実は変えられない。バレてしまったのなら、それ相応の対応をしなければならない。


 何故


 今更じゃないか


 結局、言わなくても嫌われたんじゃないの?


 だったら、そんな事に、意味を見出す必要なんて……


 だって、もう、取り戻せないと思う。たった四か月だよ。彼女と過ごした学校生活はたったそれだけ。たったそれだけなのに、わたしは彼女を親友だと思ったんだ。


 どんな顔をしよう


 どんな声を掛けよう


 どんな話をしよう


 全部、ベルの為だけに用意した。友達、だから。色んな話題を作ろうとしたし、一生懸命話をしたよ。だから、最近はわたしの人見知りだって、ベルに対しては適応外だったじゃないか。ライラ、アリシアさんセニオリスさん、シグに、そしてベル。


「………………………………っ」


 膝を抱える両手に力が籠る。ぼやけそうな視界を精一杯我慢して、もう一度溜息を吐いたけど、震えていた。


 ぽつぽつ、と雨が降り始めた。雨が降るなんて聞いてない。別にいっか。濡れる事に対しては抵抗ない。けど、明日の制服どうしよう。…………学校、行きたくない、な。


 雨は強くなる。頭と肩を強く叩く雨粒はわたしを責めている様。ベルが責めないなら、もっと責めて欲しい。せめて、直接嫌われるのなら、せめて、あの時悪態をついてくれれば。


 ……醜い。わたしは、醜くて、弱くて、どうしようもない。湖畔に響く雨音。周りにヒトは居なくなる。遊んでいた子供達も雨が降り始めてすぐに帰って行ってしまった。残ったのはわたしだけ。


「──────っ、ぁあっ、ぁ」


 嗚咽が漏れる。これで、終わりなんだとそう思うとどうしても耐えられない。いとも簡単に壊れた。友情はガラス細工だなんて本で書いてあったけど、ガラス細工なんてモノじゃない。そっちの方がまだ耐久度もある。


 さいていだ。さいていだ。さいていだ。さいていだ。さいてい、だ。何も出来ない癖に、何をするかも分からない癖に、わたしが全部抱え込めば良い。わたしが全部ひとりで抱えて無くしてしまえば良い。友情なんて、必要無かったんだ。そもそもベルがわたしのことをどう思っていたか知らないし。わたしからの一方的なモノだったかもしれない。


 色恋沙汰で、ここまで関係が捻じれるなんて。どうしようも無いじゃんか。話した事さえ、無いのに、さ。理不尽じゃんか。わたしにはライラしか居ないんだ。他の男なんて心底どうでも良い。だから、話すことも無かったし、男友達なんて居ない。なのに……なのにっ!


 雨にぬれた体が震えている。


「…………………さむい、な」


 雨の所為、と思いたかった。だけど、違う。未だに吐き気はするし、鼓動が大きく聞こえる。わたしが、悪いの?


 わたしが居なければベルはきっとあのヒトと結ばれていたと思う。わたしより良い子で、わたしより可愛くて、わたしより胸があって、わたしより女子力が高くて、わたしよりも優しくて、わたしよりも周りのヒトに気が使える。全部が全部わたしより優れている。だから、あのヒトは見る目が全くない。


 雨は強くなっていく。ぽつぽつという優しい音から、耳障りな音へと変わって、わたしを叩く雨粒も大きく強くなっていく。


 家で聞く音は好きなのに外で聞く雨音は最悪だ。何の為にわたしは、学校に行っているんだろう。アリシアさんとセニオリスさんの娘で、神子になるかもしれないからって曖昧な理由で。それで、ベルを傷付けたのなら、わたしは……。


「…………やっと、見つけましたよ」


 男のヒトの声がした。八歳と少し過ぎた辺りからほんの少しだけ声変わりをした。少しだけ男らしくなった声。わたしの頭と肩を叩く雨粒が止まる。


「………………し、ぐ」


 彼は隣に立って傘を差してくれる。


「風邪、引きますよ」


「…………………………うん」


 力なく返事して、また縮こまる。


「帰りましょう。日が沈みますよ。雲で見えないですけど」


「………………………………」


 シグは、何も聞かない。聞いてくれない。心が無いとか、そうじゃないと思う。聞くべきじゃないって判断したんだと思う。彼の中で何がどうなっているのかは分からないけど、たぶんそう判断したんだ。


「………………先に帰っていいよ」


「……、そうですか。じゃあ無理やりにでも連れて行きます」


「……………………もう少し一人にしてよ」


「一人にしても塞ぎ込むだけでしょう」


「……………………………………」


 シグは、小さく溜息を吐いた。めんどくさい奴だなとでも思ったんだろう。彼のことは寸分さえも分からないけど、普通はそう思うはずだ。


「相談は、するべきですよ」


 彼は優しく接してくれる。なんで、皆優しいんだよ。わたしなんかになんで優しくしてくれるんだ。


「……………………………………」


 アリシアさんに相談なんて出来るもんか。学校行きたくないなんて言ったらじゃあ辞めよっかって簡単に言ってしまう。そうじゃない。そうじゃないんだ。


 慰めて欲しい。キミは悪くないよって頭を撫でて欲しい。けど、それに甘えたらわたしはダメになる。


「ただでさえ甘えるのが下手なのに、どうして躊躇ってるんですか?」


「………………だめに、なっちゃうから」


「良く分かりませんね」


 彼は一言呟いて、


「良いじゃないですか。家族の前くらいダメになっても」


 わたしの頭をぽんっと、撫でる。


「……………………っ」


 初めての感触。アリシアさんやセニオリスさんとは違う。小さいけど、少し硬い。男の子の手。アリシアさん達を見て学んだんだと思う。こういう時は、撫でるのが一番。教育に悪い、ね。でも、温かい。


「俺は、ミーシャさんの弟です。弟にくらいダメになってる所見せても良いじゃないですか。許嫁相手も見ている訳じゃないですし、誰も言いませんよ」


 膝にうずめていた顔をゆっくり上げる。


「し、ぐは、わたしを、姉だと、思ってくれているの……?」


「当然じゃないですか」


 そう言う彼の顔は無表情。機械的だ。どんな顔をすれば良いのか分からないから、出力に困って無表情で居るんだと思う。けど、優しい顔だ。決して笑ってなどいないけど、その目は優しいモノ。声音だって、そう。


「…………ぁ、」


「強がる必要はありませんよ。確かに、ミーシャさんが読んでいる本には沢山強がって頑張っているヒトが描かれていますが、あれは全部想像の中のお話です。現実はそうもいかないんです。弱いのが当たり前です。支え合って皆で強くなるんです。だから、弱くても良いし、誰かに思いっきり頼っても良いんです。ダメになるとは言いますが、それくらいでダメになるんだったら、ヒトはここまで発展してませんよ」


「………………、誰の受け売り?」


「さあ? 忘れました」


「そっか。………………………………」


 弟に慰められている。弟に心配掛けている。その事実が情けない。弟に慰められてる姉なんて、情けないよ。けど、彼の手が温かくて振りほどけない。


「泣いてる所を見られたくないなら隠せば良いんです。泣かないヒトなんて居ませんし、アリシアさんだって、たまに隠れて泣いています。ほら、今日は丁度雨ですし」


 なんなら隠してあげますよ。と彼は続ける。


「……、ごめん」


 情けないけど、でも今は、そうしてくれると嬉しい。わたしは思ったよりも心が弱い。誰かに頼らないとダメみたいだ。学校に行けていたのもベルのおかげ。きっと誰とも話せずに居たら、わたしは潰れていたと思う。弱くても良いから頼れ。頼り切っていた癖に今更恥ずかしさなんて感じる必要無いかも。


 彼がそっとわたしの頭を片手で抱える様にする。アリシアさんに前にされたような抱き方。


「…………っ、!」


 その優しい温かさが、わたしを一歩前でせき止めていたモノを退かしてくれる。決壊した。我慢していたモノが雪崩れていく。


「ぅ、ぁあ、っあ……っ」


 彼の服をぎゅっと掴む。抱きしめるのはちょっと憚れるので、服を掴んだ。一応彼も男の子だし……?


 理由も聞かないから、とても安心出来る。何も言わず、ただ、隠す様にしてくれる。それがどれだけ嬉しいか。今回ばかりは、流石にアリシアさんに相談は出来ない。もし相談したら、学校辞めよっかって簡単に言ってしまう。だって優しいから。わたしに対して苦にならない様にしようと奮闘してしまう。そうじゃないんだ。そうじゃ、ない。


 その点、シグは安心出来る。シグは、弟で、家族で、血は繋がってないけど、この十か月程で、信頼は得れていたみたいだ。嬉しい。心から嬉しい。だって、彼のお姉ちゃんになる。というのは一つの目標だった。姉みたいな事は全然出来てないけど、それでも姉と慕ってくれるなら、わたしはこれ以上無いくらいに嬉しいんだ。


 彼は何も言わず、泣いているわたしをそっと優しく撫でてくれる。こうしないといけないって、こうするべきだって彼の中で決めたんだろう。分からないなりに、今までの統計からこうすれば良いって思ったんだ。


 わからない。彼が何を考えているのか、正直分からない。けど、善意なのだろうということは分かる。どう形容すれば良いかわからないや。でも、安心はする。


 わたしはベルにどう声を掛けるべきなのか、これで友達じゃなくなるのか、何もかもわからない。だって知らないんだもん。友達なんてライラとベルくらいしか出来た事無い。だから、どう付き合って行けばいいのか分からなかったし、だから色んな本を読んでそれっぽいことを学んでやってきた。シグと同じだ。無いなら無いなりに、分からないなら分からないなりに頑張って来た……っ。


 だけど、だけどさ、それを全部否定されたみたいな気分なんだ。たった一瞬で、色恋沙汰一つで全部無駄になった。たった四か月だって笑われるかもしれない。けど、わたしにとっては大事な、友達で。かけがえのないヒトで。


 辛いんだ。このもやもやをどこにやればいい。誰かに言えば解決してくれるの? 時間が解決してくれるって本には書いてあったけど、こんなやるせないモノを本当に時間なんかが解決してくれるの?


 分からない。何も、分からない。


「…………。大丈夫だとは言いません。俺はミーシャさんに何があったか知らないので、そういうのは言いません。ですが、頑張りだけは知っています。勉強も凄く頑張って、学校に受かるだけでなく、殆ど主席状態で、それに俺達の為に料理だって頑張ってくれている。それはしっかり分かっています。頑張っているんです。自分を卑下しちゃだめですよ。……何があってもミーシャさんはミーシャさんです。あぁ、すみません、言いたいことが纏まりません。ままならないものですね」


「…………、」


 思わず、笑ってしまった。可愛いところがあるもんだ。まだ八歳だ。八歳がこんな立派に言葉を繋いでいるとは異常ともいえる。そんな中で唯一見えた人間らしさ。そんなの可愛らしく思って仕方ない。


「そうだ、俺に出来る事は何かありますか」


「えと、もう少しこのまま、で」


「それは言われなくてもします。他に何かありませんか」


「えぇ……」


 いつの間にか涙は引っ込んだ。何がきっかけか……は分からない。とは言え、引き摺っていないわけじゃない。


「……じゃあ、丁寧な喋り口調辞めよ? 家族だって、言ってくれるなら、さ」


「…………、わかったよ、姉さん」


「…………………………!?!?!?!?!?」


 それは想定してないっ! 思わずシグから離れようとしたけど押さえつけられた。くそぅ、自分で言った手前、振りほどけない……っ! 待ってほんとにそれは想定外なんだって。姉さんなんて呼ばれるなんて思ってなかったんだよ。丁寧な喋り方を辞めてくれたらそれで良かったんだ。ミーシャって呼ばれるんだろうって思ってたのに、意表を突かれたというか。


 姉と呼んでくれるなら、それはとても嬉しい。家族と思ってくれているって事だから。さっきも言ったけどそれはわたしの目標だったんだ。けどベルの事もあって情緒がぐちゃぐちゃだ。嬉しいし、悲しいし、辛いけど、安心する。ぐちゃぐちゃで、どういう顔すれば良いか分からない。


「……これで良い?」


「……はい、とても、良い、です……」


「なんで姉さんが丁寧な喋り方になるんだよ……」


 だって、不意打ちじゃん? 殆ど不意打ちじゃん? ずるいじゃん?


「…………そろそろ帰ろうか。アリシアさん達が心配してる」


 シグがわたしの頭から手を離す。


「……うん。あれ、そういえばシグはなんでわたしを探しに来たの?」


「あぁ、そりゃ雨降るって聞いて、そういえば傘持って行ってなかったなって思ったからだよ。学校に行っても居なかったし、入れ違いになってるかな? って思ったけど、まさか湖畔だとは。学校と真逆じゃないか」


「あ、あはは、ごめん。ちょっと、考え事してて。ありがとね」


「家に戻ったら、着替えて体を温める様に。風邪を引くと厄介だ」


「うん。わかった」


 これじゃどっちが年上か分かんないや。


「分かってたけど、優しいね、シグは。わたしもそんな風になれたら良いんだけど」


「優しくするのは簡単だよ。そこに思いやりがあるかは知らないけど。俺には分からないからさ」


「そか」


 分からないから、優しいんだ。分かれば多分、厳しくもすると思う。分からないっていう事は極端になりやすいらしい。……、ベルは、そうじゃなかったと思う。


 雨はまだ降り続いている。立ち上がると、尻尾からぽたぽたと雫が落ちる。ずぶぬれだ。下着までやられてそうだ。自業自得。これで風邪引いても何も言えないや。


「それより、今日の晩御飯、どうする?」


「ん~、何があったっけ」


「俺、そういう備蓄知らないから何とも言えないんだけど」


「じゃあ食べたいモノとか」


「姉さんが作るものならなんでも食べるよ」


「それ、めっちゃ困るなぁ」


 あぁ、幸せだ。幸せだとも。ベルのことはきっとどうにかしてみせる。その為に、もう人見知りはしない。自分を騙し続けるなんて面白くないし。そうだ。分かってた。今日やっと乗り越えられた気がする。わたしが、人見知りなんて、そんなウソ、もう良いでしょ。違うんだ。わたしは人見知りなんかじゃない。


 構って欲しかった。それだけだ。それだけなんだ。人見知りのフリしていたら、わたしは皆に構って貰えた。優しくしてくれた。それに甘えていたんだ。何がトラウマだ。何を言われたか正確に覚えてもいないくせに。


 だって、そうしたら好きなヒトに構って貰えたんだ。その結果婚約までしてくれた。そんなの、嬉しいじゃん。わたしがどれだけ卑怯者かこれで分かるでしょ。立場とか言いながら、人見知りっていうのを上手く使ったのはわたしだ。トラウマにかこつけてライラに好意を寄せた。最低だ。


 だけど止められないじゃん。それで上手く行ったんだ。……正確には、ライラと一緒に冒険ごっことかしていた時期は本当に人見知りだったよ。けど、アリシアさんの養子になるってなった時には既に……。


 そうしたら構ってもらえる。優しくしてくれる。可愛がってくれる。わたしは卑怯で臆病だから、人見知りなんだって自分で決めつけたんだ。わたしは最低だ。


 だから変わろう。変わりたいって思った。アリシアさん達はわたしに良くしてくれた。長く一緒に居れば居る程、わたしが人見知りなんかじゃなくてもあのヒトは優しくしてくれるって、分かって。それで、変わろうと思ったんだ。


 だけど、わたしはそう簡単に変われなかった。変わる事が出来なかった。怖かったんだ。ベルという友達が出来て、今更、どうしようもなくなって、結果、ベルを傷付けた。もし、わたしがちゃんと周りのヒトと話せていたら。きっとレグナードの好意にももっと早く気付けていた。こんな最悪な結果は辿らなかった。


 わたしは、最低だ。


 呑気にシグの隣で笑っているわたしは、最低だ。けど、きっとシグにはそんなのお見通しなんだ。たぶん本当はアリシアさん達も分かってる。これ以上は、もうダメ。変わろう。怖くなんてない。人見知りだなんてウソはもう、良い。


 変わらないといけない。まだベルにどういう顔をして会えば良いか分からないけど、それでも、話をしよう。こんな意地汚い自分を分かってもらおう。それで、もう一度、友達に。


「あぁ、そうそう、姉さん、明日から実技講義があるって聞いたけど……」


「うん。あるよ」


「よし、じゃあちょっと教えておきたいんだけど、アグニの重複発動の考え方は──」


 シグは、アリシアさんから直接魔法を教わっている。使えないけど、星読みに役に立つかもしれないからって座学だけだけど。だから、彼の話はアリシアさんから受け取った知識を再編して語られる。そこに大きなヒントだって眠っている。例えば今回の話も。


「つまり、今までの考え方を諦めるんじゃなくて、魔力回路を分割はするし、同時に組み上げるっていう考え方も変えなくていい。新しい考え方を投入するんだ。そう、例えば、杖に魔力回路を繋げる、とか」


「魔力回路を繋げる……? 延長するってこと?」


「そう。実際魔力回路自体は杖には無い。だけど、ヒトは疑似魔力回路というモノを作成して、道具などの自分が触ったモノに魔力を送る事が出来る。あ、いや、姉さんの杖には魔力を吸収する能力があるんだし、もしかしたら似たようなモノが備わっているかもしれないけど、一般論の話ね。杖を握っているのではなく、杖を自分の一部だと思い込む。そうすると自然と疑似魔力回路が生成され、杖と魔力回路は同期する」


「……でも、それが出来た所で何なの?」


「まあ疑似魔力回路を通した所で意味は無い。でも、ほら、姉さんの杖には姉さんの魔力が集められてる。これは、疑似炉心と言っても過言じゃない。疑似魔力回路には自分のではなく、杖の魔力を通すんだ。そうすることで、姉さんの魔力回路の複写体が出来上がる。これを使ってみるのはどうだろう」


「分割出来るモノを無理やり増やすってこと?」


「そういうこと。正直簡単ではないと思うけど、日頃頑張ってる姉さんなら出来ると思うよ。それこそアリシアさんに少しアドバイスを貰えば簡単にさ。その感覚はもしかしたら、姉さんの魔力回路に備わった能力の使い方のヒントになるかもしれない」


「…………………………良く、考えてるね」


「暇だからね」


 暇だからってここまで考えないと思う。確かに、考え方自体は間違ってない。けど疑似魔力回路ってそういうのに使うモノじゃないし。あくまでヒトが道具に行う延長線みたいなモノで、疑似魔力回路を繋げて繋げた先の魔力を使うって、普通考えない。


 彼が言った様にこの杖の魔力は疑似炉心と言える。わたしはこの魔力を一度吸収してから魔法を編む。そこにタイムラグが発生する。速さを重要視するならこのやり方は悪手。けど疑似魔力回路をそういう風に使うのであればそのタイムラグも消える。元はわたしの魔力なんだから扱いやすくはあるだろうけど、さ。難しい話だ。


 疑似炉心に疑似魔力回路を直接繋げるというのは、魔力を吸収する事とは全く違う。わたしの魔力であろうと、別の炉心である事は変わらない。要するにそれは、他人の炉心に魔力回路を繋げるのと同義なんだ。


「出来るのかな」


「……、アリシアさんはやっているみたいだよ。ファブナーリンドの地下を通る魔力回路。これはアリシアさんによる疑似魔力回路なんだ。その接続先は詳しくは知らないけど、アリシアさんじゃない。別の何かだ。通常ならそれを使って十三砲台は運用される」


「そう、なんだ。帰ったら聞いてみるよ」


「きっと役に立つと思うよ」


 彼は淡々と喋る。けどその口調はきちんと優しいモノ。わたしを思って言ってくれている。ちょっと難しいかもだけど挑戦しよう。これが出来たら、わたしの魔法は劇的に変わると思う。早速アリシアさん達が帰ってきたら聞こう。教えてくれるだろうか。国の仕組みにもなっている概念。そう簡単に教えてもらえるとは思えない。出来れば自分でやり方を見つけるのが最適なんだろうけど、残念ながらわたしにはそこまでの知識はない。何せまだ学校に行って一年も経ってない。そんな子がそんな超技術出来るわけない。


「よし、じゃあ教えてくれたお礼に今日は腕に縒りをかけて美味しいモノを作ろうっ!」


「それは楽しみだ」


 傘を持っているのはシグ。腕を少し上げてわたしが濡れないようにしてくれている。もうずぶ濡れだからあんまり意味無いかもだけど、その気遣いは嬉しい。将来有望だな。モテそう。優しいから。それはそれで姉としては誇らしい。


「ん、と。ほんとに何が残ってたっけな……お弁当に使ったモノは昨日の余りものだったから……」


 帰れば分かる。腕に縒りをかけると宣言した手前、雑なモノは作れないけど、アリシアさんに頼めば買ってきてくれると思うし、どうしようかな。昨日は揚げ物だったしなー。


「姉さんって、結局料理好きになったのか?」


「え、あぁ、うん。案外楽しいモノだよ」


「ふーん。俺には一生出来ない気がする」


「向き不向きがあるからね。アリシアさん達にも出来ないしさ」


「あのヒト達が出来ないのは当然というか仕方ないというか。アレはなぁ」


 シグが呆れた様な声を出す。生まれてから殆どをアリシアさんと過ごしている彼がこう言うんだ。相当なモノを拝謁したんだろう。レシピ通り作れないのはあのヒト達らしいけど、それは料理するにしてはちょっと……。魔法ならどうにかなるんだろうけどさ?


「まあアレだ。ほんとに助かってるよ。姉さんが料理を覚えてくれて本当に。その分家事は手伝ってるつもりだけど、何か不満があったら言って欲しい」


「え、大丈夫だよ。掃除とかきちんとしてくれてるし、それはアリシアさん達も同じ。料理はもう殆どわたしが好きでやってるようなモノだから」


「それで助かっている以上、何か見返りは必要だと思う。そういえば、姉さん、誕生日っていつだ?」


「誕生日、あ、そういえば……明後日……」


「そうか。じゃあ楽しみにしててくれ。お返しはその時最大限するとしよう」


 八歳ですか、これが。八歳なんですよ、これが。わたしの弟凄くない? こんなしっかりしてると姉としての立場がですね? いやもうさっきので全部潰れたかもしれないけどもっ。


 しっかりしなきゃ。わたしだってやれば出来る。とりあえず、今日の料理頑張って、それで明日は、ベルと話をしよう。きっと、なんとかなる。話をして、どういう風になるか分からないけど、このままは絶対に嫌だ。よぅし、ちょっとやる気出てきたっ。やるぞ、わたしっ!



 ──────────けれど翌日以降、ベルが学校に来ることは無かった。

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