022
「ジジイがキモイ笑顔浮かべて走って寄って来たから自己防衛の為に魔法を使ったんだ。反省は無い」
魔法、なのかな、あれ。少なくともアリシアさんからは魔力を感じられなかった。直前にセニオリスさんの名を呼んだから、セニオリスさんの力の一端だったのかもしれない。
「それは良いんですけど、なんで、バレないんですか?」
「そりゃ、秘匿結界張ったから……。私じゃなくてオリちゃんが、だけど」
「でもセニオリスさんここに居ませんよね」
「居ないね?」
「どうやって……結界を張ったんですか? 無理がありませんか?」
「? だってオリちゃん、私の居場所リアルタイムで把握してるもん。出来るよ、オリちゃん馬鹿にしない方が良いよ」
「……馬鹿にしてるんじゃありませんよ逆です。……で、あれ、死んでませんよね」
吹っ飛んだモノを見る。先ほどの魔法陣は送られた衝撃を何倍にも増幅するモノだったようで、アリシアさんの軽く小突いた程度の拳でも増幅されれば、そりゃあ岩くらいは簡単に破壊する威力になる訳で……。
「おぉ、無傷だ。オリちゃんが気を回したな? 流石は僧侶ちゃん」
「気は失ってますけどね。どうするんですか、これ」
「すぐ起きるよ。殴ったのは魔力だから、魔力酔いを起こしてるだけだからね」
「魔力酔い……? そんな現象ありましたっけ」
今まで読んだ文献には載っていなかったと思う。
「そりゃ、意識的に起こさないとこんな症状になることは無いからね。魔力を殴るって、つまりは炉心に直接干渉するって事だから、そんなこと出来るヒトは極少数だよ」
じゃあその極少数な貴方がそんな事しちゃダメなんじゃないですか? とは口には出さない。
「ほら起きた。おいジジイ、てめぇこらこの野郎。何用だこの野郎」
「い、いや、アリシア様が来られたのなら挨拶はしておかなければなりません故。そ、それに仕事のお礼もまだ、ですし」
「はぁ……」
アリシアさんの口調がこれまでに見たコトのないくらい荒々しい。嫌いな相手、なんだろうなぁきっと。仕事の取引先ではあるけど、押し付けられたというのが正しい表現なんだ。
「これ以上仕事は引き受けない。私達はこれからはシグとミーシャちゃんと仲良く平凡に暮らす。邪魔をしたら……そうだなぁ、髪の毛一本残らず焼き払う」
「…………、し、しかしっ。そうなると、支障が……」
「何もかも私に頼っているのが問題なんだよ。魔導書の校閲くらい誰でも出来る。私に頼りすぎるな。私は簡単に居なくなるぞ。何せ旅の魔法使いでもあるんだから」
「…………」
「…………ララの方に話は行ってる。そっちと掛け合うと良い。これ以降は私は仕事を請け負わない。あぁ、図書館の仕事は続けるけどね」
「……………わかり、ました。お子さんの傍に居たい、そういう事ですね」
「解ってるなら最初から仕事を振るなよ。もっと視野を広く持て。それこそ、お前の持つ学校には優秀な教務が居るだろうに」
「申し訳ありませんでした」
アリシアさんが凄くイライラしていらっしゃる。
「それじゃ戻って。自分の仕事をしなさい。あと、ミーシャちゃんの事には極力関わるな。相談された時だけにして。良いね?」
指先から小さな炎を出して、セゼザイル学校長を脅す。このヒト本当に怖い。敵に回したらどうなるか……。
「は、はいぃ……っ」
情けない悲鳴。けど、正直仕方ないと思う。実質この国一番の権力者がぶらぶら学校に来て何してるんだ~って思って見てみれば次期神子候補と何やら談笑している様子。怖いよ、その状況。学校長としてはどうにかしないとならない。本当は、来たくなかったんだろうなぁ。怖いもん。普通に。
「情けないなぁ。あぁ、でも大丈夫。学校長としてのセゼザイルはとても優秀……ま、あれを見て信じれるかはわからないけどさ」
「いえ、アリシアさんと話せているだけで分かります」
「私の事を化け物だと思ってる?」
「違うんですか?」
「酷いなぁ! 私これでもキミのお母さんやってるんだけど! さっきそう呼ばれたしっ!」
「冗談ですよ。冗談ですが、学校長が優秀なのは分かります。そもそも仕事をアリシアさんに直接依頼してる時点で、かなりのやり手でしょう。今のアリシアさんは仕事は断るでしょうが、あのヒトなら、なんとかしてしまいそうな雰囲気が感じ取れます。いえ、仕事を押し付けられたのであれば、昔、してやられたんじゃないですか? アリシアさんが受け入れる訳ありませんし」
「……たまにミーシャちゃんの慧眼が怖いと感じる事があるよ」
どうやら概ね当たったらしい。大体は図書館の仕事か、ミミララレイアさんからの仕事を請け負っているイメージが大きいんだけど、何故か教養魔導書の校閲なんて仕事をしていたから、そうなのかなと思っただけなのだけど。
「そろそろ時間かな。図書館までは近いし転移するまでも無いかぁ」
そう言ってアリシアさんは大きく伸びをする。それと同時に秘匿結界……? が解けたんだと思う。変な魔力のうねりが無くなった。セニオリスさんの力の一端だとしたらどこかで合図を送ったのだろうか。そんな素振りは見えなかったから、本当にセニオリスさんはアリシアさんの行動全てをリアルタイムで知っているのかもしれない。飛んだストーカだ。怖い。
「そういば、図書館に来てって、何かするんですか?」
「ん? ん~、そりゃあ入学祝いはするよ」
「入学祝い……でも前やりませんでしたっけ」
「それは合格祝い」
「…………」
違いが、分からない。わたしとしては一度祝ってもらったので十分なのだけど……。アリシアさんはそういう訳にはいかない! と言って聞かないだろう。いや、もっと張り切っているのはセニオリスさんかな?
「ミーシャちゃんってお祝い事に対して無頓着だよね。もっと楽しく生きた方が良いよ?」
「楽しいですよ? ずっと。アリシアさんが居て、セニオリスさんが居て、シグが居る。幸せで楽しい。もちろん、お父さんとお母さんと居た時も楽しかったですが……」
比べるのは野暮。どちらも楽しいし幸せ。本当だよ? わたしなんかがここまで幸せになっていいのか、なんて思ってしまうくらいに。幸せになるヒトに対して基準は無い。そうは言うけれど、どこかで思ってしまう。
「…………そっか」
少しだけ暗い顔をした。ユメ様と同じく見透かされている。けれど、本心だから仕方ないんだ。両親の事を置いてわたしだけ幸せになって良いのか。確かに、わたしが養子になるという事でお金の話も多くあっただろう。それによって二人は前よりも少しだけ余裕が出来たと思う。わたしの分が無くなったことで一人分猶予も出来た。だからきっと前よりも、きっとシアワセ。
そう思わないと、ダメ。揺れて、揺れて、揺れて、不安定なままわたしは居る。何かに締め付けられているんだ。原因は解ってるけど、どうしようも無い。
決めたんだ。決めたのに、揺らいでしまう。わたしが弱いから? 何も出来ない癖に、役割だけは重要なモノを与えられたから? 違うでしょ。解ってるんだよ、全部。理由もどうすれば良いかも。けれど。
「ミーシャちゃん? 行くよ?」
「え、あっはい、」
見透かされてると思う。けどその話をしないのはきっと彼女の優しさ。どうしようも無い事に対して焦って対処すれば必ず失敗する。でも何も行動を起こさないというのも間違いだ。人生とはクソ、なんて良く言ったモノだ。ユメ様はどういう心境で、どういう思いでわたしを……。
「ミーシャちゃん。大きく息吸って?」
「──────────────────」
言われた通りに大きく息を吸う。肺が膨らんで背筋が少し伸びて視線が上を向く。
「吐いて~」
「………………──────」
「よし、行こっか」
アリシアさんはわたしの手を取って歩き出す。
「お昼何食べよっか~。晩ご飯はもう決めてるんだけどね? お昼って豪華に行ってもあんまり食べられないし……」
「また、作りましょうか?」
「おぉ~っ。ミーシャちゃんの料理は美味しいからねぇ。でも今日はミーシャちゃんのお祝い事。ミーシャちゃんに何かさせる訳にはいかないよ」
彼女の手を握り返す。ぎゅっと、離れない様に。それに気付いたアリシアさんが少しほっと息を吐いて安心したような緩んだ顔をして、
「パスタでも食べに行く?」
「良いですねパスタ。食べた事無いです」
「あれ、そうなの?」
「……一応高級品ですよ。字面で見ただけの加工は簡単ですが、職人が必要ですし、ファブナーリンドにはその職人が二人程しか居ませんので。アリシアさんは金銭感覚をどうにかしてください」
「いや……普段から値段とか見ないから……」
「気にしてください」
このヒト下手したら貴族よりもお金を持っている可能性がある。そもそも身分が一番上だし、他国、特にカルイザムでは誰も逆らえないとかなんとか。国王ぶん殴ったって逸話も……。お前が王だとか虫唾が走るって堂々と公言したとか、色々噂があるけど、多分どれも事実。このヒトならやりかねない。カルイザムにおける彼女の身分は知らないけど、国王殴ってまだ生きているって相当だと思う。まさか、国王でさえも逆らえないのか? ははは、とんでもないな。
「ともあれ、パスタで決定ね。オリちゃんもそのつもりで準備を始めたみたいだし」
もう何も言いたくない。監視し合ってるようなモノだけど、本人たちはそれで満足しているのだから何も言う必要は無いんだけど……、このヒト達の愛はどういう形なんだろう。監視しあっても全然無問題ってちょっとおかしいと思うけどな……。それだけ信頼しているのか、それとも壊れているのか。
校門を出るとすぐに図書館が見える。近いというか、どっちも中央広場から入るから、目と鼻の先。徒歩一分程で着く。走れば十秒?
「待ってたよ二人とも」
セニオリスさんとシグが図書館の前で待機していた。パスタと知って出てきたのだろうか。
「そんなに急がなくても良いんじゃない?」
「お腹空いちゃって……ねぇ? シグ」
「俺はそこまで……」
「ねぇ?」
「はい」
「ほら、シグもお腹空いてるって」
脅したんですよ、それ。何されるか分からないから従うしかないし。そもそもセニオリスさんに空腹なんて概念存在するんですか?
「行こっか。お腹空いてるなら仕方ない。ミーシャちゃんもずっと立ちっぱなしだし、落ち着いて座った方が良いしね」
「抱っこしてあげようか!」
「脈絡が無いですね……」
「え、疲れてるなら抱っこしてあげようかなって。それとも、浮きたい?」
「浮くのには興味がありますが、ちゃんと歩きますよ。抱っこは、恥ずかしいのでお断りします」
「じゃあ後で尻尾触らせて!」
「セクハラですよ」
「…………オリちゃん、解ってて言ってるでしょ」
「まぁ、レグド王でも弱ったもんね」
レグド王……? 確か獣人の始王だったはず。いや、違う獣人じゃなくてモッフモフゥの……でもそれは千年前……。なんというか段々見えてきた気がする。
「尻尾はダメです。耳は……まぁ」
特に尻尾の付け根はダメ。位置的にもダメだし、感覚的にもダメ。尻尾はヒトに触らせる部位じゃない。平衡感覚だとかそういうのを保つのに使われる。獣人は身体能力が優れているというが、例えば木上を移動する時とか……これはわたしの場合とは違うけど、そういう獣人も居る。わたしの場合は感情表現のツールだとか防寒具だとかマーキングだとか、そういうのに使う。マーキング……って言ってもわたしはあんまりしないんだけどね。臭いを付けて自分のモノであるとアピールするんだけど、なまじヒト型だからそういうのはちょっと抵抗が出てきている。
と、ここまで言っておいてなんだけど、別に尻尾の付け根を触れる事をなんとも思わない子も居る。完全に個人で異なるんだ。わたしはダメだけど、ほら、今そこを通った子はもしかしたら大丈夫かもしれない。わたしの場合は感覚が敏感だから触られるのは苦手。
あ、でも付け根じゃない部分、尻尾の先とか触られるのは純粋に痛いからダメ。あんまり自分の体の事を知らなかったのだけど、最近読んだ本に、尻尾を引っ張ったりすると内臓を傷つける場合があるとか書いてあった。たぶんその痛み。なので本当に勘弁して欲しい。耳は、まぁ良いけど、さ。でも、私みたいなセリアンスロープ以外のヒト達って耳触りっこしないでしょ。
「あ、そうだっ! オリちゃん聞いて聞いて、超絶やばい自慢話なんだけどさ」
「え、何それ興味無い!」
「えぇ~良いじゃん聞いてよ。絶対悔しがるから」
「なんでボクに対してマイナスな事が起きるのが確定してるのに聞かないといけないんだっ!?」
「私、ついにミーシャちゃんにお母さんと呼ばれましたっ!」
「……………………………ははは、ははははははははははは」
「え、何その笑い方こっわ……」
「嘘は良くないよシアちゃん。そんなまさか、ははは」
「本当なんだなぁこれがっ! じゃんけん勝って良かったぁ!」
「くそぅ! なんなんだよなんなんだよ! 本当に悔しい奴じゃんかよぅ! ミーシャちゃん! ボクの事もお母さんと! そう呼んで良いんだよ!?」
「え、いや、あの……」
あれは仕方なかったというか。
「嫌だってさ! フハハハハ! 私の勝ちの様だなぁ! お母さんはこの私だっ!」
「くっそ、この、くっそ……っ」
本当に悔しそうなの、なんか申し訳ないな……。
「はぁ、それで、どうだった?」
「お母さんって呼ばれた感想?」
「違うよ、学校の雰囲気。作らせたは良いけど殆ど放置だったでしょーが」
「ん、あぁ、そっちね。それは私よりもミーシャちゃんに聞いた方が良いんじゃない?」
「どうだった? ミーシャちゃん」
「えぇと、あんまり良く解ってません。入学式だけでクラス割りもまだなので……」
「それもそっか。また今度聞くね」
雰囲気と言われても、まだ掴めているわけがない。まだ楽しいのかもわからないし、誰一人として名前を知らない。だから何も掴めていることも無い。不安と期待が同時にぐるぐるとせめぎ合っている。
「あ、そうそう、オリちゃん。学校からの仕事はこれ以上来ないからね」
「言った通りにしたんだね」
「うん。その方が良いのは確かだし、たまには楽をしたいし。それに、そろそろ備えなきゃ」
「…………そっか。なら図書館の方も少し減らす? ヒトもう少し雇っても良いんじゃない? 赤字にはならないけど」
「………………いや、図書館の方は大丈夫。そのままでも十分時間は用意出来るよ。オリちゃんが真面目にやれば、ね?」
「あはは、じ、尽力します……。ていうか、それはオリちゃんにも言えるんじゃ」
「さて、と。こっちで合ってたっけ?」
「うん、こっちで合ってる……って誤魔化したな?」
仲が良いなぁ。この二人は。なんだかんだサラっと受け入れていたけど、女の子同士で夫婦と公言しているのも珍しい。普通だとか異常だとかそういう話ではなく、何故この二人がこうして夫婦になっているのか、とか。そういうのは気になる。何せ特殊なヒト同士だ。或いは特殊なヒト同士だから結ばれたのかもしれないけど、そんな上手い話があるか?
「シグは星読みの方はどう?」
「………………………………………………」
「シグ?」
「え、あ、はい。何ですか?」
「星読みの方はどう?」
「どうって言われても、進捗はあまり。両親の遺した文献も全部読み漁ってはいるんですが、核が解らないというか。やはり魔法の構造に触れないとどうにもならないのかもしれません」
「そっか。魔法の構造か……。難しい話だなぁ」
シグは魔法が使えないらしい。無意識に自分で制限を掛けているみたいな状態らしく、使おうとしても魔力さえも漏れ出ない状態だとか。何故そうなったのかは分からないけど、もしかしたら、生まれたばかりの事が関係しているのかも、とセニオリスさんは言っていた。
…………本当に、そうなのだろうか。わたしには、シグが何か別ノモノに見える。何を考えているか分からない得体の知れなさ、アリシアさんの子として長年生きてきたからなのか、それとも元々そういう子なのか。わたしには分からない。分からない事だらけでなんとも嫌になるけど、彼の事を信頼している。不利益な事は一切無いし、寧ろ彼はきちんと話を聞いてくれる。家族として付き合うなら付き合いやすいヒトではあると思う。ただ、友人としてなら、たぶんわたしは無理。…………下着姿でうろうろしたわたしが悪いのに思いっきり打ったのは悪いと思ってるよ。本当に。
「着いた着いた。さ、入ろ~」
アリシアさんが先に建物に入っていく。オシャレな外観のお店。前に食べたお肉とはまた違う。わたしには敷居が高いお店だ。アリシアさんはそこに何の躊躇なく入っていく。普段と違う恰好だし、こちらの方がこういうお店には良く合っていると思う。だっていつも真っ黒だもん。髪の毛さえも珍しい黒一色だから、余計に目立つ。
「ミーシャちゃんも、ほら」
制服だから、わたしはたぶん服は気にしなくて大丈夫。うん、きっと。問題は心の持ちよう。わたしはこういうのにはきっと、慣れちゃいけない。
だから、大きく息を吸って、吐いて──────深呼吸して、アリシアさんの後ろに続いた。
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