021

 入学式。と言っても簡素なモノだった。学校長のセゼザイルさんのそれはもう長い話を聞いて終わり。組み分けとか何も無い。保護者同伴の元だったのだけど、わたしの場合、アリシアさんを連れていくわけにもいかないので、一人となった。これはセゼザイルさんから了承を得ている。けど、少し目立ってしまったかもしれない。なんせ入学式が終わった後セゼザイルさんの方から声を掛けてきたんだ。少しお茶でもどうか、と。


 そういう訳で、現在入学した初日に校長に呼び出されるというわたし自身も驚きの一日が始まった。


「アリシアさんや、セニオリスさんはお元気ですか?」


「は、はいっ。元気……です、よ?」


「…………機嫌悪くしてませんか。最近仕事を頼み過ぎてしまったので……」


「…………と、特にそんな様子は見受けられません、でしたよ? む、寧ろ最近、仕事を、へ、減らしている、みたい……ですっ」


「そうですか……。なら良いんですが……。ミーシャさん、学校の雰囲気はどうでしょう。まだ教室へ足を運んではいないでしょうが、入学式の雰囲気など、いかがでしたか?」


「え、えぇ、と……」


 なんでわたしこんな事聞かれてるんだろう。わたし何かした? ……いや、一応はアリシアさんの娘だし神子候補、学校長も気を張っているのかも。


「…………ふ、雰囲気はまだわかり、ませんっが、えと、た、楽しみにして、いま、すっ」


「そうですか。それは本当に良かった。何か不安や不満があれば逐次仰ってください。次期神子様にご無礼が無いように尽くして参りますが、何分学校、様々なヒトが在籍しています。アリシア様やセニオリス様、何より貴女様の意向によって次期神子様であることは出来る限り伏せてはおりますが……それによって起きる不自由は私共では全て押さえる事は出来ないのです」


「え、えと、その、そんなに、きっ気にしなくても……わ、わたしはそんな崇高なモノじゃ、あ、ありませんっし……わた、しは学校にい、行けるだけだけ、で……っ」


「いえ、それではダメなのです。私共にも立場がございます。次期神子様からすればそうなのかもしれませんが、私共からすればこれは大事なのです。あまりこういう事は言いたくありませんが、ミーシャ様、貴女様はご自分の立場をご理解なされていない。次期神子様に何かあれば、我々の首が飛ぶのです。アリシア様とセニオリス様、あの二人によって」


「あ、アリシアさん達はそんな事し、しないと思いますっけど……だ、大丈夫ですよ。わ、わたしには何も不自由はありませんっので」


「そうですか……何かあれば、すぐに私共を頼ってください。教師には貴方様の力になる様に言いつけてあります。どんな些細な事でもおしゃってくださいね」


「…………はい。わかり、ました……。わ、わたしはこれでし、失礼っしますっ」


 立ち上がって少々雑に部屋を出る。あの場所に居てはダメだ。わたしという何かが壊れそうな気がする。…………そうか、わたしってそうなんだ。周りがそういうのを一切気にしないヒトだったから今までは良かったけど、これからはそうもいかない。わたしは、立場を知らないといけない。…………面倒臭い、なぁ。なりたくてなった訳じゃないのに、この扱い、か。まるで腫れ物に触れるみたいに、こういう扱いは辛い、な。


「…………………………………」


 右に伸びる廊下をそのまま進む。一階だから迷うことは無いけど、凄く広い校舎。どういう構造なのか、卒業までに全て理解出来るだろうか。図書室とかすごく行って見たい。噂では本棚が宙に浮いていたり、階段が動いたりするらしい。凄いけど、もしかして不便? いや、あまり気にしないでおこう。魔法はロマンなんだよ、うん。アリシアさんがそう言ってた。…………あれ、なんか不安だな?


 学校といえど、ここには教職員が研究室としても使っている。西棟には沢山の教室があるけど、その殆ど実験室となってしまっている。生徒に学びの機会を与えるのが学校だけど、教職員がその学びを辞めてしまうのは如何なモノか、と始めたらしい。とは言え、教職員の殆どは魔法学者。彼らにとってここは最高の環境でもあるらしい。ちょっと詳しいことは解らないけど、どうやらそうらしい。


 まあわたしにはそこまで関係のある話じゃない。研究をしに来てるわけじゃないから、わたしからすれば正直どうでも良いコト。でもわたし達が教わる相手がそういう学者であるというのはとてもありがたい話だと思う。


 さて、どうしたものか。入学式が終わった後はアリシアさん達に図書館に来て、と言われていたけど、まだ少し時間がある。アリシアさんはわたしが学校長に呼び出される事を想定してたみたい。じゃないとこんなに時間を空けないと思う。……それとも友達作りに励め、と? ……難しい問題だなぁ。


 エントランスに出ると、沢山のヒトで溢れかえってる。繁忙期の商店街程ではないけど、それなりに人口密度は高い。その殆ど全員が親と話したり、昔からの友達と話したりと、とても充実しているみたいだ。


 少し、ほんの少しだけだよ。羨ましいと思ってしまった。視線が、痛い。学校長に呼び出された所を見ていたヒトがわたしの存在に気付いて目線を向ける。けれど話しかけてはこない。その方がありがたい。話しかけられてもわたしには何て返せば良いのか分からない。実際はわたしからすれば正直どうでも良い話ではあったんだけど……。


 杖は持ってきていない。本当は持って行こうと思ったけど、置く場所も無いし、仕方ないから置いて来た。見られてるな、わたし。仕方ない、か。恥ずかしいけど、どこか腰を落ち着かせられる場所、は……。無いなぁ……。全部使われてる。当たり前かぁ。


 多少目立っても良いからアリシアさんを呼べば……? なんか、居る。こちらに真っ直ぐ親指を立てている女の子が一人。…………一目見れば分かる。けど分かりたくな~いっ! ずっと着ていた服はどうしたのだろう、とか。帽子とかどうしたのだろうとか、杖は、まぁ分かるけど、色々とツッコミたい所が多い。


「娘よ~っ!」


 声を掛けられた。……名前を出すわけにはいかない。じゃないとわざわざ変装……? してきた意味がなくなる。


「え、えぇと……」


 何て呼ぼう。違う、解ってる。親が呼んでいる、のなら、さ。わたしはこのヒトを。


「お、おかあ……さん……」


 そう呼ばないといけない。


「…………………………………!?!?!??!?!?!?!??」


 アリシアさんが大きく目を見開く。は、初めて呼んだ。お母さん、と。初めて。アリシアさんは驚いて手に持っていたモノを落としそうになって慌てて持ち直す。今日のアリシアさんは黒ではなく、白色。セニオリスさんと一緒の色。けど、明確に違っているのは解る。だって、アリシアさんはこういう時、


「娘よっ! 遂に私を、お母さん、と……っ!」


 なんてふざけ始めるんだ。いや、喜んでいる……のだろうか。どちらとも捉えられる、な。


「どうして、ここに?」


「こういうのはやっぱり一人じゃ寂しいでしょ。ごめんねぇ、一人にしちゃって。学校長との話は終わった? 一発ぶん殴ろうと思ってたんだけど」


「はい。お話の方は終わりましたが……。ぶ、ぶん殴る? 何かされたんですか?」


「いやいや何でもない。終わってるなら良いんだよ」


 アリシアさんは誤魔化すように笑って、入学式どうだった? とわたしの頭を撫でる。


「えと、なんというか厳かな雰囲気で……は、初めての体験だったので新鮮、でしたっ」


「そか。良いね」


「えと、ありし……おかあ、さん……はっ! わざわざここに何を?」


「え? さっき言ったじゃん。お迎えに来たんだよ。まだ時間あるけどねぇ。改めて入学おめでとう」


「ありがとう、ございます」


 一人は寂しい。けどまさか来てくれるとは思っていなかった。何かわたし以外にも用事があるのかと思ったんだけど、どうやらそうでも無かったらしい。


「お仕事は終わったんですか?」


「うん。終わらせて来たよ。その話でちょっと学校長をぶん殴りたかったんだよ。ま、ついでだったから別にいっか!」


「……………………」


「おっと、なんか見られてるねぇ。私の変装バレた?」


「いえ、恐らくわたしが学校長に呼ばれた所為だと思います」


「なるほどねぇ。場所を選ばなかったんだあの馬鹿。やっぱ殴っておいた方が良いか?」


 大きな溜息一つ吐いたアリシアさんが学校長室辺りを睨みつける。その敵意に魔力が乗っていたのなら、何かしらの効力が出ていたかもしれない。


「まだ時間ありますよね。これからどうするんですか?」


「う~ん、そうだなぁ。…………誰かと話すことは出来た?」


「いえ、そんな暇もありませんでしたし、そういうのはクラスが決まってからなのでは……?」


「そっか、それもそうだね。……あれは旧友とか……なのかな」


「そうみたいですよ。わたしには、そういうのは居ません、ので」


 ライラが居れば十分だ。他は、要らない。でも、アリシアさんがこうしてここに来てくれたのは素直に嬉しいし、自分を本当の娘の様に扱ってくれるのもとても嬉しい。


「………………そか。良し、じゃあえっと、はい、これ」


 アリシアさんがわたしの杖を取り出す。


「それ、ヒト前でやるとバレますよ」


「あ、そっか。つい癖で」


 言いつつ渡される。杖を地面に突いて、自分の体重を支える。杖って本来こういう役割だし、問題は無いはず。


「ありがとうございます」


「私も杖持ちたいけど流石にバレるからなぁ」


「帽子も被ってないのって、自分が魔法使いじゃないと思わせる為ですよね」


「そうだねぇ。アリシアという奴は黒い帽子を被った魔法使いだって認識だから、帽子を被らなければ案外バレないのだっ。それはそれでなんか癪だな?」


 顔を覚えられていないという事になるから、確かに少し寂しいんだろう。気持ちは解らないでもないけど、アリシアさんの場合、バレたら洒落にならないから、こういう時は良かったと思う。


 現に先ほどの空間置換によって杖を取り出したのを見た少数のヒトがこちらをじっと見ている。ヒトの事をじろじろ見るのは失礼だと思うんだけどな。


「学校出ましょうか」


「え、う~ん……ミーシャちゃんが制服着てここに居るのを見るのって多分数少ない機会しか得られないんだよね。ね? もう少しだけ居よう?」


「……良いですけど、そんなに特別な事ですか? これ」


「すっごい特別だよ!? 学校に行く、というのは私からすれば一つ目の大きな成長なんだ。十二歳という中途半端な数字に明確な意味をくれる。あと三年で成人っていうのも実感が持てるし、それに、こういうのをしっかり見届けるのは、私の義務でもある。君を家族として迎えた私の一番の義務だ」


 アリシアさんは微笑む。こういう所を見てしまうと彼女を化け物だと揶揄するヒトが可哀想だと思う。だって、こうやって笑うアリシアさんはただの普通の女の子だ。わたしもアリシアさんの事をあまり知れていないかもしれないけど、こうやって笑う所を知っているから、だからわたしは、アリシアさんの事を慕える。……そもそも彼女が本当に化け物だとしたら、シグは……。いや、…………、落ち着こう。これ以上は、ダメだ。家族であっても踏み込んではいけない領域というのはある。


「わたしは、アリシアさんのそういう所、大好きですよ」


「……え、何? どしたの急に」


「何でもありませ~ん」


「えぇ? 何だよぅ。気になるじゃんかよぅ。ミーシャちゃんがそういう事を言うの珍しいのにさぁ」


「そうですか?」


「そうだよ。ライラックにしか言わないじゃんそういうの!」


「な、何を言ってるんですか!? い、いいいい言った事ありませんけど!?!?」


「えぇ~? ほんとかなぁ……? あ、でも寝言ではライラ……って言ってるのは何回か……むぐぅっ!」


 慌ててアリシアさんの口を塞ぐ。


「言ってません……よね?」


「ん~~~~っ! んっんっ!」


 アリシアさんが首を縦に振る。


「ぷはぁっ。こ、殺される……殺される……っ」


 アリシアさんの顔は少し青ざめている。


「も、もう言いません……ごめんなさい」


 アリシアさんは許しを乞う様に手を合わせる。


「カミサマホトケサマミーシャさま……っ」


「それで、ここに残って何をするんです? ここに居ようって言ってもやる事ありませんよ?」


「そうだなぁ。何をって事も無いんだけど……」


 アリシアさんは言葉の途中で止める。どうしたんだろう、と彼女の視線の先を見ると、初老の男性が慌てたように走っている姿が見て取れた。こちらに気付くと、男性は少し安堵した様な様子を見せてすぐにこちらの方へ走ってくる。


「あれは……」


 セゼザイル学校長……だけど。あぁ、タイミング悪いなぁ。


「よぅし、ミーシャちゃん耳塞いで後ろ向いててね」


「加減はちゃんとしないとですよ……周りに迷惑が掛かります」


「大丈夫。オリちゃんっ!」


 自分の愛を叫ぶと同時に、彼女の前に魔法陣が四枚出現する。待って、どういう仕組み? 杖無しで魔法を使うのは、まぁアリシアさんならやるだろうけど、アリシアさんから何の魔力のうねりも感じないこの状態で魔法を使うなんて不可能じゃ……。


「ていうかそんな事したら周りにバレますよ!?」


「まぁなんとかなるっ!」


 四枚の魔法陣は重なり合う様に並べられ、アリシアさんと学校長の間を結ぶように配置される。そして、彼女の拳が魔法陣に触れた瞬間。


「サヨナラぐっばい、わたしの平穏な学校生活……」


 増幅された拳の衝撃と共に、爆音が響いた。

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