019

 ククリオル・セゼザイルの印が押された書類に目を通す。この時期のポストに彼女からの書類が届くということは私ではなく、ミーシャちゃん宛てのモノ。所謂合格通知だ。わざわざ校内に合格者一覧を張り出すよりも直接送り届ける方が手っ取り早い。ミーシャちゃんなら大丈夫だと踏んでいたけど、実際に合格通知を見てようやくほっと胸を撫でおろす事が出来た。


 目下の問題は解決された。あとは彼女の意思によって決められる。私達が彼女に出来る特別待遇は学校に行かせられる程度。それ以外の事を、家族らしい事は、私とオリちゃんでは出来ない。或いはシグなら可能なのだろうが、学校が始まる以上、そうも長く一緒には居られない。彼女は寮から通うわけではないが、朝早くから学校に向かい、帰ってくるのは夕方頃。今まではずっと一緒だったけど、そういう時期はもう過ぎた。


 少し寂しいと言えば寂しいが、これも成長の証。両親にはすぐに伝えておこう。縁を切った。なんてそういう悲しい話は無しだ。奪った私が言うのもなんだが、別に会わないでなんて一言も言っていない。これは私ではなく、両親たちの精一杯の優しさなのだろう。


 一度でも会えば恋しくなる。ホームシックというのは割と重大な疾患だ。……寂しいなんて思わせないようにしていたつもりだけど、どうだろう。ライラと呼んでいる子とは結局一度も会っていないようだし。見せないだけで本当は不安なのかもしれない。


「ともかく、おめでとう」


 小さく呟いて、玄関に戻る。


「ミーシャちゃーんっ!」


 部屋に居る彼女を呼ぶ。


「は、はーいっ!」


 と元気そうな返事が聞こえ、ドタバタと音がしてすぐにミーシャちゃんが顔を出す。最近、ようやく私達に対してまともに話す事が出来るようになった。少し吃音が目立っていた様に見えたが、あれは全て緊張から来るものらしく、半年ほど一緒に居ればそれもマシになるようだった。完璧に、とは言わないが、少しでもマシになって、信頼されているのだと解って嬉しい。


 シグに対しては敬語を辞めたらしい。良い姉弟関係を築けている様で、微笑ましく思う。


「通知、来てたよ」


 尻尾を振り、耳を揺らしながら少し急いで私の元まで来たミーシャちゃんに手紙、通知を渡す。耳が一瞬で伏せた。尻尾も少し垂れ下がり、緊張が見てわかる。ごくりっと生唾を飲むような音が聞こえてきた気がする。それほど彼女は緊張している。


「………………っ!!」


 尻尾と耳をピンっと立てる。


「~~~~~~~っ!!」


 喜びを噛みしめる様に、ガッツポーズして彼女は嬉しそうに笑う。


「やった、やりました! アリシアさん!」


「うんうん。やったねっ。合格おめでとう。ミーシャちゃん」


「シアちゃん今ちょっと意地悪したでしょ。最初から合格だって伝えてあげればいいのに」


「こういうのは一生に一度の経験なんだよ? それを邪魔するのは流石に無粋だよ」


「……シアちゃんにそういう感覚があっただなんて……ッ! ど、どうする? カルイザム式のお祝いだと、えぇと……っ!」


「待って、それは私への煽り? それともミーシャちゃんへのお祝い? え、どっち? ねぇどっち?」


 ミーシャちゃんは嬉しそうに笑う。騒いだからだろう、シグもひょっこりドアから顔を出す。


「あぁ、合格したんですね。おめでとうございます」


「……シグはいつも通りなんだね」


「あれだけ勉強漬けだったんです。寧ろ合格してない方がおかしいですよ」


「素直に喜んであげたらいいのに」


「俺はそういうのは……。いえ、喜んでいますよ。心から」


「そ?」


 ミーシャちゃんは嬉しそうに、わーいわーいっ! と通知を天井にかざす。少し、おてんば姫な部分が出てきた。うん。これで良い。これが元の性格のミーシャちゃんだ。まぁ知っているわけではないけど、緊張しっぱなしで笑わなかった彼女がこれだけ笑うようになったのだから、そんなの良くなったに決まってる。


「よぅし! 今日は合格祝いだ! 何食べたい? 何食べよう。何でも食べよう!」


 オリちゃんが張り切りだした。……外食でしょ? ならっ!


「肉でしょ肉っ!」


 肉は良い。肉は。野菜なんて食うな肉食え肉。焼肉で野菜なんて要らないんだよ肉を食え肉を。


「やっぱそうなるよねぇ。よぅし、今晩は焼肉に決定! 肉食べれないヒトここに居ないし、寧ろ肉好きしか居ないしっ」


 オリちゃんが張り切ってぴゅーんっとどこかへと行ってしまった。多分予約しに行ったのだろうけど、何も言わずに行くのはどうなんだ。……位置は解るから良いけどさ。


「え、あの、良いんですか?」


「お祝い事は盛大に! 誕生日とか、そういうのくらいしか無かったんだから、こういう日くらいは贅沢に行くモノだよっ!」


「そうなんですか? ほんとに?」


 そうなんだよミーシャちゃんっ! なんて言いつつシグを見ると、ほんとは肉を食べたいだけでしょうに。とシグがジト目で訴えかけてきている。良いでしょ! シグも肉好きなんだからさっ!


「今晩は決まったけど、お昼はどうしようかな」


 夜が肉なら魚とか? うーん、魚か……。魔法でなんとかなるか? ……魔法食とか良いじゃんね? 調理とかしなくて良いんだよ!? 最高でしょーがっ!


「あ、そうだ、ミーシャちゃん。これは小耳に入れておきたい情報なんだけど、ライラック・アメストロイド君は、冒険者になったみたいだよ」


「ライ、ラ……が、ですか?」


「うん。昨日冒険者登録されたみたい。十二歳になったからだろうね」


「そうですか……そうですかっ! 夢を叶えたんですねっ! 良かった……」


 また尻尾と耳をピンっと伸ばす。


「~~~~~~~~~~~っ! わたしとの約束、守ってくれた……っ!」


 噛みしめるように、またガッツポーズ。寧ろこっちの方が嬉しそうだ。本当に大事な友達……なんだろう。流石に過去にどういう話をしていたとかそういうのは知らないから、大事な友達としかわからない。彼女達が話しているのも見た事が無いし。


「良かった、ほんっとうに……っ」


 少しだけ瞳に涙が浮かんでいる。そこまで嬉しいのだと、友達なんて言葉じゃ言い表せないのかもしれない。親友とか、大親友だとか。あぁ、もしかしたら、将来を誓い合っていたかもしれない。ふふ、そうだとなんと微笑ましいことか。待って、それだと私がその仲の邪魔をしたって事になるのでは。ははは…………マジ?


「会いに、行かないの?」


「えぇと、今のわたしが彼に会っても……」


「直接おめでとうって言ってあげるのは彼的にも嬉しいと思うけど……」


「い、いえっ。まだ会いませんっ。いつか必ず会えるので!」


「そ、そう? ふふ、凄く信頼しているんだね?」


「はい。この世で一番信頼してます。……………………あ、別にアリシアさん達を信用してないってわけじゃなくって……っ! えぇと、えぇとっ!」


「解ってるから大丈夫だよ。焦らないで?」


 こうやって慌てているとどこか打ちそうで怖い。脛とか、腕とか頭とか。ドジな所も最近出てきている。いや、前からもかなりドジな所を見てはいたが最近ちょっと苛烈というか、物凄いというか。劇的に変化したという訳じゃないけど、多くなった……? うっかり屋というより天然? 前も下着で家の中うろついてシグとばったり会ってぶっ叩いていた。流石に可哀想だよ、ミーシャちゃん。あんな怯えた表情のシグを見たのは初めてだ……。


「そ、そうだっ! お昼! わたしが作りましょうか?」


「つ、くる……? え、あれ、ミーシャちゃんって料理、出来たっけ……?」


「最近勉強した……のでっ! 出来る、出来ますっ! 出来るはずです!」


 不安だねぇ、その文言。怖いよ、それ?


「う、うん。それじゃあお願いしようかな。シグ~っ! 手伝ってあげて!」


「アリシアさんが見てあげれば良いんじゃ? ほら、母親っぽいですし!」


「……普段私が母親らしくないって言い方!? う、ぐ、否定出来ない……ッ!」


 ぬあぁぁぁぁぁっぁ! 言い返したいけど何も言えない……ッ! 母親!? 母親ってなんですか! 誰か知りませんか!? ……図書館での仕事、減らすべきだろうか。大人びているとは言え、シグもまだ八歳。八歳!? 嘘でしょ待って? まだ三歳とか、じゃ……。馬鹿な、そんな馬鹿な……っ! いやでもまだ八歳……。まだ、間に合う、か。シグが私にじゃなくて私がシグに甘えている。このままじゃダメ。母親が子に甘える……た、たぶん悪い事ではないはずだけど、甘えっぱなしはダメだ。絶対ダメ。甘えっぱなしになるのはオリちゃんにだけ……。


 ダメな母親だぁ私ぃ……。うぐぐぐ、子守りみたいなことは昔してたけど……いや、子守り? うんまぁ、あの時のオリちゃんは赤ん坊より手が付けられなかったし、実質子守りでしょ。


 あとでオリちゃんと相談しよう。せめてシグが学校に行くまでは減らそう。貯蓄は十分! 一生! は無理だけど二百年は遊んで暮らせるだけの金はある! ……お金の価値が変わらなければ……だけど。


「難しい顔してどうしたんですか?」


「あ、いや、なんでもないよミーシャちゃん。料理してみよっか。大丈夫っ! シグを引き取った時実はしばらく練習……したのでっ!」


 それはもう物凄く頑張りましたよ! これは本当。けれど、どうにも私がやると失敗する。オリちゃんとどっちが美味しく出来るかって競争もしたけど、結局どっちも黒焦げにしたり分量間違えてゲロマズになったり……あれは、食べ物じゃない。兵器だ。オリちゃんが反動で皿ごと両方消し炭にしたくらいにはキツかった。『ウソ、でしょ。これを、ボクが……作った……? こんなの料理じゃなくて新兵器だよ。精霊の舌もびっくりだよ。ゴミとして出すのも憚れる! ここで消すっ!』


 イグニッションはダメだよ……。家全焼したし……。


「よぅし! 確か、料理本がこっちにあった……はず……」


「それ、図書館のモノじゃないですか……。横領?」


「いやばっかそんなわけないでしょーがっ! こ・れ・はっ! こ……れは……。えぇと、その……。こっそり練習しようと思って……その……。でも忙しくて出来なくて……腐らせてたっていうか……」


「…………あはは、アリシアさんも可愛い所があるんですねっ!」


「ぐ、うぅぅう~~! オリちゃんが帰ってくる前にやっちゃうよ!」


「は~い」


 隠していた……というか、買ってみたはいいモノの時間が無くて練習が出来なかった。練習に使う材料費は何も問題無かったのだけど、何分隠れてやるのは難しい。オリちゃんとずっと一緒に居るし、奇跡的に別行動していてもシグから手を離すことは出来なかったし。この言い方をするとシグが邪魔だったっていう風に捉えられるかもしれないけど、決してそういう訳じゃなくて……。はぁ、まぁいいや。


「あ、でも料理するにしても材料が無いかも。シグ~! おつかーい!」


「……俺の事を便利屋みたいな扱いしてませんか? いや、パシリ?」


 部屋から仕方ない……という風に出てきたシグが溜息を吐く。


「そんな事ないよ~。私とミーシャちゃんは今からこの本を読んでお勉強。手が空いてるのはシグだけなんだよ」


「……別に俺も部屋でぼけっとしてるわけじゃないんですが……。まぁ分かりましたよ。何を買ってくればいいですか?」


「あぁ、えっと。何作ろっか」


 ミーシャちゃんに本を渡すと彼女はペラペラと本を捲る。


「初めてなので簡単なモノが良いかと、どうせ、アリシアさん達の事なのでいきなり難しい料理をして失敗して辞めてしまったんでしょう? 私は完璧で天才なので失敗しない……ですか?」


「は、はは、はははははは! 何のことだか~! ちょっとわからない、かなぁっ!」


「声に覇気がありませんよ。仕方ありません。貴方はそういうヒトですよ」


「……………ッ!!! ──────────っ!!! ~~~~~~~~~っ!!!」


「言い返せないからってじた踏まないでください」


「なんかさぁ、なんかさぁ! 私の扱い酷くない!?」


 子供二人が私に対して当たりが強い。わ、私嫌われてる? え、凹む……。心当たりが多すぎて余計凹む……。解らないぞ! ツンデレさんかもしれないだろ! ……だよね? 弄ってるだけとか、そういうのだよね? ねぇ?


「あ、じゃあこれ作りましょう。簡単で美味しそう。材料も少ないし」


「じゃあメモに必要なモノを書いてください。さっさと行ってきます」


 シグは欠伸混じりに支度を始める。着替えなきゃな……と、また部屋に戻る。ミーシャちゃんは机に本を置いて自分も座る。その隣に私の座って彼女が開いたページを一度眺めてから机に置いてあったメモを取る。材料を全部メモに写して丁度戻ってきたシグに渡す。ついでにお金も多めに渡して、余ったのはお小遣いという事にする。


「それじゃあ行ってきます。早めの方が良いんですよね?」


「オリちゃんが帰ってくる前にお願い。一時間は猶予あるかな」


「解りました。では三十分ほどで戻ります」


 彼はそのまま玄関から出て行ってしまう。


「さて、ミーシャちゃん」「な、なんですか? 改まって」「ライラックの事聞かせて?」「…………………………………………」「えー、何その目~」「面白がるじゃないですか」「そんな事ないよ」「ほんとですかぁ?」


 ほんとほんと。なんて返す。ライラック・アメストロイド。ミーシャちゃんにとってどれだけ大きい存在なのか、普通に気になる。彼は夢を叶えた。約束を叶えた。その意味を私が知る必要は無いのだろうけど、親としてなら知りたいと思う。だって微笑ましいじゃないか。小さい頃の二人の約束。そんなありがちで素敵な話。私は大好物なのです。


「好きなの?」


「………………っ! ~~~~っ! ち、がい……ます……」


「ほんとにぃ? にしては顔真っ赤。初心だねぇ」


「う、うるさいですねっ! わたしの事は良いんですよ!」


「良くない。聞かせて欲しいな。二人の事」


「…………いつになく真面目なアリシアさん……。ク、断れないじゃないですか、その顔されたら」


「さぁ、教えるのです……。お母さんに教えるのです……っ」


「………………別に、そんな大した関係じゃないですよ」


「本当に? キミがライラックの話をする時の彩はとても暖かい。これはただの幼馴染っていうよりも……」


「う、うぅ……そうですよぅ、将来結婚しようとか、一緒に居ようとか、そういう約束しましたよぅ……でもそれは小さい頃の話、で……ていうかなんですかこれ、わたし死ぬほど恥ずかしいんですけど……拷問ですか?」


「冒険者になったから約束を守ったっていうのは?」


「…………アリシアさんは知らないかもしれませんが、商人の親と冒険者の親だと比べられて馬鹿にされるんです。ライラは商人の子で、わたしは冒険者の子。それで色々と言われたんです」


 本に目を落としながら彼女は淡々と語る。あぁ、しまった、こうやって流れで聞く話じゃなかったかもしれない。と少し後悔しつつ、でもきちんと耳を傾ける。彼女が自分の話をしてくれるのは貴重だ。私からお願いしたからとは言え、彼女もかなり勇気を振り絞ってくれているはず。


「冒険者の子は貧乏の子、あ、でもそんなめちゃくちゃに虐められるとかは無かったんですけど、でも当時のわたしにはかなりしんどくて、それで緊張しい、……人見知りになっちゃって。それをライラが助けようとしてくれたんです。ほら、こういう明らかにタイミングが良すぎるだろ~っ! って感じで物語じみた展開のお話って、部外者である読者からすれば都合が良すぎる~なんて思っちゃうんですけど、その中心が自分になると途端に、彼が王子様みたいに見えちゃうんですよ。都合が良すぎるとは、まぁ未だに思うこともありますが……」


「それで好きになっちゃったか~」


「え、えぇと…………は、はい……。で、でも小さい頃の話でっ」


「その割には嬉しそうだったじゃん。認めちゃいなよ。思い続けるっていうのにもエネルギーはかなり必要だけど、忘れようとする方が辛い。その王子様とキミの距離を物理的に離してしまった様なヴィランの私が言うのもなんだけどさ」


「…………………………………………いえ」


 初恋は未知との遭遇だ。自分が知らない感情に振り回されて踊らされる。それでいて殆ど叶わないなんて言われる。残酷だ。何度も見てきた。子供の頃に将来を誓い合う。なんてありきたりな話は多いけど、でもその大半は忘れられていく。覚えていたとしても今は互いに別のヒトを好きになっていたり、とか。それが現実。都合の良く捻じ曲げられる物語は現実よりも幾分かマイルドになってはいるが……。


「それで、ライラがわたしに言ったんです。冒険者になって強くなって、もっと、もっとお前を守れるようになる。約束だって。今思えばちょっと臭いセリフですけど、それでも嬉しかったんです。だから冒険者になるって約束を守ってくれたのが嬉しくて」


「そっか」


 何故騎士じゃなかったのか、とか色々聞きたい所があったけど、騎士は寮住まいになるし、守るのは神子と国であって一人の女の子じゃない。ので良い判断……なのかもしれない。今となっては騎士になればミーシャちゃんも守れる可能性があったわけだけど、さ。それは結果論なので。


「愛されてるね、ミーシャちゃん」


「え、どうしてそうなるんですか?」


「いや、今のライラックのセリフ、どう考えてもプロポーズでしょ。将来を誓い合ったって言っても随分と本気に聞こえるけど?」


「あ、うぅ……っ」


「もしかして気付いてなかった? 話を聞く限り本気だと思うけど」


「…………………………………………………っ!?!?!?!?」


 ぼふんっ! と爆発するように更に顔が赤くなった。本当に気付いていなかったみたいだ。ん? これだけ直接的な言い方をされていて気付いていないのに将来を誓い合ったって、それもしかして通じなかったから言い直したのでは? ……ふ、不憫だ……。


「な、なんだか暑いですね! ま、窓開けます!?」


「ふふふ、うん。そうだね」


 ミーシャちゃんの体の構造面白いなぁ。耳と尻尾で何もかも丸わかり。彩を見るまでも無い。本当に信頼している相手なのだろう。


「ミーシャちゃんも、答えてあげないとね」


「…………そうですね。でも、わたしに何が出来るか……」


「ライラックには、神子の話はしたの?」


「えと、はい。だけど、たぶん理解していなかったんじゃないですかね。近くから居なくなるっていうのは解ってたみたいですけど……。というか、ごめんなさい。わたしもあまり深く理解していなかったので説明は……」


「ん~~、そっか。そうだよね。神子について良く知ったのはこっち来てからだもんね」


「はい。なので、ライラはたぶんあまり深く理解は……。政治とか興味ないでしょうし」


「そっか~……。やっぱり会いに行く?」


「いえっ! 今会うのはちょっと。その、体が爆発しちゃいますので」


「え!? 何!? どういうこと!? 爆発するの!? ミーシャちゃんの体がプロミネンスなの!? え、こわ……会いに行くのやめよっか」


 まぁただの比喩だろうけど、さ。恥ずかしくて無理なんだろう。いつか会う事になったらどうするんだ……。


「わたしはまだ何も出来てません……し」


「半年で学校に行けるまでなったの相当だと思うけど。本人が納得しないならそれで良い……んだけどさ。あんまりハードルは上げない方が良いよ?」


「約束、したんです。わたしもきちんと変わるって! 緊張しいを直したい、人見知りしないようになるって。なので、会うのはそれから……」


「うん。じゃあ学校は丁度良い練習場だね」


「はい。とてもありがたいと思ってます」


「ミーシャちゃんの実力で受かったんだよ」


 ちょっとは私の名前のおかげってのも無いとは言えないのが、アレだけど。だけど、ミーシャちゃんが私達の養子ってのは大々的に言う事ではない。変な先入観を持たれては彼女の学校生活に支障が出かねない。いや、もう知られてるだろうけど、再三言う必要は無いという事で。十二歳なんて政治なんて興味無いだろうし、私の名前もあまり知られてないと思うし、ね。いつか知られるだろうけど。


「あ、そうだ入学祝い用意しとかないと……」


「入学祝い……ですか?」


「そうだよ~。まあでも期待されても困るかも。ミーシャちゃんに必要なモノを渡すだけだから」


「必要なモノ……。何かありましたっけ」


「色々あるよ。例えば、服とか。あとは……うーん、と。メイク道具?」


 そろそろ必要だろう。というか服は入学祝いというか元々外着が少ないんだ、今すぐ買ってあげよう。友達も出来たら外に出かける機会もきっと増える。メイク道具は年頃の女の子だから興味を持つだろうし。


 あとは、そう杖。私やオリちゃんが使っているような上等なモノは、神子になった時に渡すとして──そんなの渡しても制御出来ないし──初心者用の杖。魔法は学校で習うからと彼女に教えることは無かったから杖を与えることもなかった。なので入学祝いとして渡そう。あと、制服の採寸とかもしないと、忙しくなるぞぅ! 嬉しい忙しさだ。まだ半年だけど、時間はあまり関係ない。私の娘なのだから、ミーシャちゃんの成長はとても嬉しいに決まってる。


「そ、んなたくさんお金が掛かるんじゃ……」


「あぁ、良いの良いの。はした金はした金。私の財力を舐めるでない! 一国の建立者ぞ!」


「……いや、まぁそうですけど、でもなんだか申し訳ないっていうか」


「家族なんだから申し訳ないなんて思う必要は無いよ。娘のお祝い事に贈り物をしない、なんてそんな悲しいのは無し。私が渡したいんだから別に良いんだよ」


「…………はいっ」


 ミーシャちゃんがようやく嬉しそうに笑う。こういうのは素直に喜んで欲しい。押し付けるわけじゃないけど、そういうのは子供の特権でもある。それを否定するのは毒だ。


「話は戻るんだけどさ」


 と座り直したミーシャちゃんの頭を撫でる。


「は、はい」


 撫でられるのは慣れていないらしい。少し恥ずかしそうにもじもじしながら返事をした。


「ライラックと再会したらどうするの? 結婚する?」


「え、……………………あ、そっか。そうですよねそういうことになりますよね……え、えぇと、えぇと……うーんと、えぇっと……そ、そうなるんじゃないですかね……あっちがその気ならそうなりますね」


「……そかぁ。ならその時は娘の結婚相手は私よりも強い奴しか認めん! って言ってやろ」


「じゃあわたしは一生独身になりますね」


「解らないよ~? 私より強いヒトが現れるかもしれない」


「絶対無いですね」


「…………まあ冗談は置いといて、結婚かぁ。…………」


 神子になった場合結婚するのは二十を過ぎるだろう。別に神子だから結婚してはいけないなんて事は無いんだけど、そんな余裕があるのかという話。結婚したとしても神子は教会で暮らすし、旦那だからと言って教会で住めるわけでも無い。子供も難しいだろうし……。制度的には十五で結婚出来るし子を成すのは全く問題は無いが、その大体が十九を過ぎた辺りで結婚するし、だから急く事もないんだけど……。でもこの様子だと早めにさせてあげたいよなぁ。


「具体的に、プロポーズされたのってどれくらい前?」


「えぇっと、三年前……? 九? 八? そのくらいの時だったはずです」


「そかぁ。九歳とかなら、尚更本気だね。いやぁ! 孫? の顔が楽しみだ!」


「…………っ!? うぅ~~~~っ! やっぱり面白がってますよね!」


「えぇ? そんな事ないけどなぁ。普通に嬉しいよ? ミーシャちゃんが好きなヒトと幸せになるのは大歓迎。オリちゃんも素直に喜ぶよ。シグだってそう」


「………………で、でもっ! その、向こうがどうか分からない、ので」


「信じないでどうするの? 信頼してるんじゃないの?」


「そう、ですけど。それとこれとは別です。わたしより良いヒトが居るなら、そっちと幸せになって欲しい。我儘ですかね」


「…………あのねぇ。それは我儘とは言わない。我儘ってのは、オリちゃんみたいな縦横無尽に暴れ回った後、実は君が好きなんだよねとか平気な顔して言えるようなヒトの事を指すんだよ。ミーシャちゃんのそれは我儘じゃなくて、逃げてるだけ」


「……………………………………でも」


「でもじゃない。好きになったのなら押し倒せ……は言い過ぎだけど、言い寄って言い寄って言い寄りまくって撃墜しないと。ライラックは追いかけてくれそうだけど、そうも全速力で逃げてると追い着いてくれなくて諦められちゃうよ」


 まぁ恋愛経験ほぼ皆無、オリちゃんに対してのみの私が言う事じゃない気がするけど、レンとシエラエルの事もあるし、そういう相談は幾度と受けてきた。あの二人、今元気かな。もう七十過ぎだからくたばってるかもしれないけど……。いや、大丈夫でしょ。


「撃墜……」


「恋は戦争。攻め落とし我が物にする。女の子は武将だよ。グラーヌスでぶち抜く勢いで落とすのだ! 他の子に奪われても良いの?」


「会えないのでどうしようも……」


 それもそうか。会わないなんて言ってしまっている以上彼女ももう意固地になるだろう。約束なんだから仕方ない。だから相手を信じるしか無いのだが……。


「まぁでも、話を聞く限り、ミーシャちゃんにべた惚れだし、あんまり気にしなくても良いかもね。十二歳で冒険者になったというのも早い方だし。ミーシャちゃんとの約束を叶えるのに必死だったんだろうね」


「………………だと、凄く嬉しいです」


 また赤くなる。何この子可愛い……。庇護欲が擽られる……っ! 耳と尻尾がその可愛さをブーストしている。セリアンスロープには二種類ある。動物が二足歩行を行うタイプ──モッフモフゥの初代王、レグド・ベラトーラは獅子であった──と、ヒトに動物の特徴が出ているタイプ──ミーシャちゃんの様なタイプ。これは明確に四種に分けられている──の二つ。区別なく全員セリアンスロープと呼ばれるそのおかげで少々区別が面倒。猫虎、犬狼、鷲鷹、兎飛等の明確な種類が無い分、ちょっと面倒なのだ。


 完全にヒトの形をしていない分、魔法は使えないが元の身体能力が並外れている。昔、一度大喧嘩した時グラーヌスを生身で防がれた事がある。それくらい体も頑丈だ。あれは獅子だったから……なのかもしれないが……にしても硬すぎるだろ、あれは。


「戻りましたー」


 シグがドアを開く。


「めちゃくちゃ早いね。走った?」


「えぇ。まぁ。セニオリスさんが帰ってくるまでって話でしたし、お腹も空いてくる時刻ですし」


「そか。ありがと。よし、じゃあ始めようかミーシャちゃん」


「はいっ!」

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