Witch Craft,Shaman Craft,Both Are Different-月より出でて憑きたるは小さな生命-
018
…………暗い。視界が、暗い。何も見えない。何も感じない。味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚。何も、感じない。まるで自分が存在していないかのよう。ただ、エーテルが濃く感じられる。そりゃあそうだ。
……………………眠い。ふわふわ、ふらふら、くらくら、中から何かが抜けていく。
……………………………………死ぬ。
漠然とそう思った。まあでも別に良いでしょ。何も出来ない何もしない、何も生み出さないのであれば存在しないのと同じ。
暫くして、視界が開ける。少しだけの光でも眩しくて思わずしかめると、それを気に入らない大人が舌打ちする。目隠し……バンダナの様なモノで無理やり視界を奪われていたらしい。やけに古典的だ。
拓けた視界に飛び込んできたのは、赤い、液体。コップに溜められたそれは私の体から流れている。抜けていたのは、血。何に使うって、そりゃ生贄でしょ。何故目隠しをされていたのか分からないけど、たぶん大人たちの趣味。そういうのが好きなカミサマだって居るかもしれないけど、少なくとも聞いたコトは無い……はず。
コップ一杯になった血が少しだけ溢れる。それに気付いた大人がコップを回収して、どこかへ立ち去っていく。手足の自由は奪われたまま、縛られ固定されたまま放置される。
カミサマとかいう奴への贄。シンジュルハベスターに対する趣味の悪い捧げもの。思考が鈍る。視界が霞む。
髪が伸びればバッサリ切られ、爪が伸びれば切られ、血を出す為に付けられた右腕の傷は塞がれることも無い。傷だらけ、痣だらけ。唯一良かったと言えるのは私がセリアンスロープでない事くらいだろう。もし、セリアンスロープだったなら、と考えるだけでも嫌気がさす。猫虎、犬狼なら尻尾の毛皮、髪、鷹鷲族なら羽毛。全部毟り取られていただろう。私からすれば、肌を直接毟り取られるようなモノ。想像したくない。痛い、と感じる事も無くなって久しいけど、覚えはある。
……………………………………………………あ、ダメだ。意識が途切れる。頭がぼーっとして考えるのが辛い。深呼吸しようと開いた口が重い。体全体が重い。
血が足りない。死ぬのなら、どうかこのまま。死んでしまえたら。
ヒトを、助けるのが宗教。なんじゃないのか……。何も出来ず、何もさせず、何も見返りは無く、生贄と称しヒトを殺す。それが、ベスター。シンジュルハに置いて、最悪の神。偽の神として謳われる黒の権化。多側面を持つ神において、ベスターは異常だ。…………あぁ、もう無理、死ぬ。ここまで耐えれただけ偉いでしょ私。死ぬなら死ぬで別に構わないけど、なんというか、少し寂しい……か。
──────────────────…………………………………………………。
大きな何かが、在る。ぼやけた視界にも映りはしないが、そこに在ると解る。何、だ? エーテルの塊? 違う、エーテルとは何か、違う。構造は似てるけど、根本的な立ち位置が異なっている様に見える。
纏わりつくような温度の恐怖。染み込む。恐怖がゆっくりと染み込んでくる。浅く続いていた息が止まる。
これが、死の気配。例え視界が開けていても視えていなかっただろう。視えているのなら、それはきっと黒い靄。
呑まれる。気配のみの何かにゆっくりと、咀嚼されるように。
「……………………………………………………あ、」
ただそっと、それは隣に座る様にして在る。まるで反芻している様に、私の体を味わうように、そっと足先から。
「………………………………あ、……………………あぁ、あっ。……………………」
解らない。解らない。解らない。ただ暗く、怖く、隣に在る。隣に在るのに飲み込もうとしてくる。ふざけんな。普段何もしてこない癖にこういう時だけ、こういう時だけ……ッ! カミサマなんて身勝手な。どうせ名前だけの存在の癖に、何故。
本当にカミサマだって言うなら、困ってるヒトを助けろよ。救えよ。見てるだけで何もしない癖に贄だけ貰いやがって。なんなんだよ、クソ。
「……………………あ、あぁあ、っあ、…………あぁぁぁぁあああああぁぁぁあァァアアッァァアアッァアァァアッ!!」
怖い、怖い怖い怖い怖い怖いっ。なんでなんでなんで、私なのなんで。何もしてない。何も出来てないのに。ただ奪われて、殴られて傷付けられて何も出来ずにそのままなんてなんで私は。私はなんで生まれてきたなんで生きていたなんでどうしてこんな簡単に死ぬんだ意味が解らないどうして。
あぁ怖い。今更になって感覚が返ってきた。腕が痒い。痒い痒い痒い痛い痛い痛い怖い怖い怖い。傷跡が化膿して痒い。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だッ。どうしようも無いと解っているのにどうしても抗いたい。………………? 抗ってどうする。生きてまた贄になるの?
「……………………いや、だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!! 死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないじにだぐないッ!!」
ぼーっとした頭でそれでも絶叫する。誰にも聞こえないのか? さっきの大人はどこに行った。けれど今更期待しても遅い、か。
死んでしまったら、何にもならない。けど、何にもなってなかったんだ。死のうが生きようが変わらないだろ。なのに、なんで生きたいと、死にたくないと思うんだ。頭ではわかってるのに。解ってる、のに。
「………………………………………………………………………………………………」
なんで、私なの。どうしてここで、吊るされて、痛みも忘れて、思い出も無くて、生きている価値も無くて、名前さえも、もう、無くなって。
あぁ、そっか。そうか…………そうだ、私には名前がもう、無くなって。だから、来たのか。
そうなんだろ、ベスター。いや、恨みが募って出来た、形の無い何か。被霊。笑える。私もその一員ってわけか。
上等だ、クソったれ。呪ってやる。何もかも。過去、レンドゥッカに呼ばれた被霊の王の如く……ッ! のろしてやる。あいつだけは絶対に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます