015

「しぃーあぁーちゃぁーんー」


 ふわふわ浮いたオリちゃんの声が司書室の外から聞こえる。仕事仕事と言うけれど、実際一番仕事したくないとか言ってるのはオリちゃんだ。書籍の整理をしてくれない? と頼んでから十分ほどでめんどくさくなったのだろう。いや、うん。まぁあの子はそういう所しかない。あの天真爛漫だったセニオリスという女の子は色々あって少し変わってしまったのかも……? いや、そうでもないか。昔から殆ど変わっていない。変わったのは私が使う彼女の呼び名。オリちゃん、せーちゃん、リス……色々と変遷して、今は落ち着いている。


「どしたのー?」


 司書室の中からオリちゃんに声を掛ける。ドタバタと音が聞こえ、扉が開かれる。


「わぉっ! 眼鏡! 珍しいねぇ」


「モノクルだけどね」


 義眼だと見づらい。視力の低下は否めない。なので、レンズを使って眼のピントを合わせるしかない。片目ずつ視力が違っているというのも厄介なモノだ。日常生活を普通に送るのであれば、別にそこまで支障が出るわけじゃないけど、文字を長時間読むのであれば神経を使う。するとちょっと目元がぼやけてしまう。老眼だ老眼。体は若いけど、色々と重なるとガタが来る。


「お仕事どこまで進んだ?」


「半分程度かな。思ったより早く進んでる。最近は誤字も誤植も少なくて助かるよ」


 魔法学校に提出される教養魔導書の校閲、なんで私がやってるんだろうな、これ。


「それで、最近どう?」


「どう……というのは?」


「そろそろ統合しても良い頃合いかな」


「あれはファブナーリンドでは使わないんじゃなかった? もう私達の違いって一人称だけじゃん」


「えぇ……ま、まぁ、それはそうかもしれないけど……さ? ボクとしては悪い気はしないっていうか」


「次使う時はファブナーリンドを出てまた離れ離れになる機会があった時だよ」


「アインセルに何を言われたのか、そろそろ言う気にならない?」


「…………機会があればその内ね」


「────────そう言って五十年は経った」


「あははー、そうだっけ~。まだ五年とかじゃない?」


 もうそんなに経つのか~と誤魔化しつつ苦笑い。アインセル、なぁ……。確かシグと同じ歳の娘が居るんだっけ。なんとなく気まずくて挨拶とかしに行ってないけど、そろそろ重い腰を上げる時かもしれない。


「何を考えているか知らないし、毎回言う様で悪いけどさ、何に怯えているの? 十三砲台に禁書庫、ファブナーに敷き詰められた天体疑似魔力回路、国を覆う大結界。これじゃまるで国という名の兵器だよ。シアちゃんには何が見えているの?」


「何もかもだよ。いや、正確には、あと十三年程の全て。丁度シグが二十歳になる頃まで全て。なので、色々と必死でね」


「それは知ってるよ。違うそういう事が言いたいんじゃない。未来が視えているのはアインセルの呪いで知ってる。ねぇ、シアちゃん。これから何が起こるの?」


「………………誰かに語れば未来は必ずすり替わる。『魔女』は未来を視る事を基本とし、その未来を捻じ曲げ呪いを付与する。語ればすり替わる、なんて面倒な性質を逆手に取って己の思うままに捻じ曲げる。まあでも、個人の未来に限定されるモノだけどさ。確かにキミに話せば何かが変わるかもしれない。だけどそれは必ずしも良い方向に傾くとは限らない。正直な話これ以上に酷い結末になるかもしれない」


「…………未来を変える? 前は過去の清算、次は未来の変遷。物好きだなぁ君も」


「理不尽には抗う。文明はそうやって進化し、滅ぶ。だったらそれくらいは抗わないとね。まぁとは言え、私にはシグを育てるなんて未来は見えていなかったわけだけど。この時点で全てが変わってる。何が起こるか分からないし対策のしようが無いけど、前に見たモノは全部覚えてる。それだけでも対策はしないとね?」


「何もしないよりはマシってだけでしょ、それ。だからあの時泣いて、困ってたんだ。シグルゼ・アリシオス=アニマ。解りやすい名前だよね。アニマ、まぁ言い方は違うけど精霊そのモノを表してる。スペクター、スピリット、フェアリー……は違うね。ローグブライトに行けば妖精は居るし。星の管理者、星一つずつに必ず一体配属される、いわば星の王。そんなモノを家名にしてる家が星読みの家系だなんて、飛んだ皮肉。いやぁ、思わず笑っちゃうくらいだよ」


「笑える? それ。う~ん。まぁ私には無い感覚かな」


 目を通していた教養魔導書からようやく顔を上げる。ふわふわ浮いたオリちゃんが近くに寄る。


「飛行魔法はどう?」


「もう少し調節が必要かな。制御が難しい」


「地面が遠くなると自分がどこに居るのか分からなくなるんだよね?」


「うん。だから、ボクはずっと自分の足の少し下にエーテルの壁を作ってそれを地面として認識して浮いてる」


「そか。その手があったか……。転移みたいに一瞬に集中すればいいわけじゃないもんね。浮いてる間はずっと集中してないと、落ちちゃう」


「疑似的に翼を生やしてそれを媒体にする方法もあると思うよ?」


「翼は似合わないから」


「そう? かなりイケると思うんだけど」


「おいおい私の方でも弄ってみようかな」


「魔法の作成のプロフェッショナルだもんねぇ。宝石魔法もそうだし」


「あれは魔法とは言えないよ。出来たのもたまたま。……あ~、あれもレンデオンのおかげか」


「出たーっ! レンデオン! まぁたレンデオン! 妬くぞぅ!」


 オリちゃんが浮いたままじたばたする。


「こらこら、埃が舞うでしょーが」


 ぺしっと頭を叩くとオリちゃんが止まる。壊れた機械みたいだ。とは口にせずに、再び目を手元に落とす。


「シグとミーシャちゃん二人にしちゃったけど平気かな」


「シグは良い子だし、ミーシャちゃんも良い子だよ。あの二人なら平気だよ」


「寂しい思いさせてないと良いけど」


「…………それは──────。そうだね。いつでも一緒ってわけにもいかない。シオンに託された以上全うするけど……はぁ、親として未熟すぎる。大体、親って何するの? わかんない~っ!」


 頭を抱えて髪をくしゃくしゃにする。


「………………………………。綺麗な髪が勿体ない。ま、親なんてなろうとしてなるものじゃないでしょ」


「解ったような事を言うじゃん。……いやでも親はなろうとして子供作るんじゃないの」


「概念的な話をしてるんだよっ!」


 はぁ~……。大きな溜息のオリちゃんが、浮遊を止めて、私の頭を優しく撫でる。


「ほら、ぐちゃぐちゃになっちゃってる。毎朝セットしてあげてるのに」


「うぅ……ごめん……。でもさぁ?」


「気持ちは解るよ。なろうとしてなるものじゃないなんて言うけど、本当の親じゃないから色々とすれ違うことも多い。きっとシグもこれから疑問を持つだろうし。考えただけで泣きそう」


「…………最初あれだけ言ってたのに、なんだかんだでちゃんと愛してるよね」


「………………………………なに」


 ちょっと低い声が返ってきた。ははは、ツンデレさんめ。


「いんやぁ? なんでもなぁい」


「はぁ。別に良いけど、シアちゃん、そういう事言うと嫌われるよ」


「えぇ……そう? それはやだなぁ」


 本を閉じて校閲完了とメモに記入して、オリちゃんに向き直る。


「こっち向いたら髪直しづらいじゃん」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど」


 オリちゃんは困ったように、私の頭を撫でる反対の手で頬を掻く。


「たまに甘えん坊になるのはなんで? 急に幼児退行するじゃん」


「昔のオリちゃんよりマシだよ」


「それを言われると何も言えなくなる……」


 大きく息を吐いて、仕方ないか、と呟くとオリちゃんは私の頭に両手を回してそっと抱き寄せる。


「これで良い?」「かたい」「は?」「うそ」「そっちも変わらないでしょーが」


 私の頭を抱える腕に少し力が入る。少し苦しいくらいだけど、苦じゃない。寧ろ少し心地いい。


「昔は逆だったよねぇ。こういうのもシアちゃんがしてくれたイメージ」


「あ~、まぁ昔はオリちゃんの不安定さが半端なかったからね。元々私はこういう性格だよ。知らなかった?」


「知ってる。何年一緒だと思ってるの? ていうか、知らない訳ないじゃん」


「ふふ、うん。そうだね。知らない訳が無い。……はあ~……落ち着く。オリちゃんの匂い……」


 大きく息を吸うと、オリちゃんが咳払いする。


「吸わないでよ」


「吸わないの? 普通。良くされてたケド……?」


「………………………………それずるいよ。ボク何も言えないじゃん」


「自分の過去を恨め~っ! にっひっひ」


 彼女の背中に手を回す。抱き着くような態勢になると、やっぱり安心する。昔は毎日こんな感じで寝ていたけど、最近はシグやミーシャちゃんが居るからね。子供の前でするわけにもいかない。なので、仕事の休憩中とか、そういう時にするしかない。


「ん、シアちゃんくすぐったい。スリスリしないで」


「昔されたからそのお返し」


「だからそれずるいってば」


 こういえば何も言えないことを知っているから、こうして甘える時には丁度良い口実だ。べんり~! チョロくて助かるぅ! 私の嫁ちょっと可愛すぎでしょ。


 表情コロコロ変わるからなぁこの子。少し見ているだけでも楽しい。まぁ今顔見れないけど。多分真っ赤。


「ねぇ、しあちゃん」


「ん~?」


「しあちゃんは頑張ってるよ」


「……………………うん」


 甘い声で言われるので、思わず腕に力を入れて更にくっつこうと試みる。


「……甘えただねぇ」


「──うるさいなっ」


 回していた手で背中を軽く叩く。


「いたた。まあでもこういうのもたまには良いね」


「…………………………」


 唯一の理解者。そう表現すれば彼女と私の関係が解るだろうか。嫁だとか恋人だとか妻だとか夫だとか彼氏だとか、正直それよりも理解者という表現の方が的を射ている。もちろん愛しているとも。何十年なんてレベルじゃ効かないくらい一緒に居るのだから、それこそ愛がなきゃ一緒に居られるもんか。心の底から本当に愛しているよ。何度か言ってたでしょ? 冗談でも無く、本気でずっと言ってるんだ。


 まあ、殺しあった仲だ。そりゃあ愛だって生まれる。


「…………このままちょっと寝て良い?」


「この態勢はちょっとキツイなぁ……。膝枕じゃダメ?」


「………………抱き枕が良い」


「う~ん。ここでそれをやるのは……。膝枕で妥協しない?」


「えぇ~……。ここまで来たらとことん甘えたい」


「出来るだけ答えてあげたいけど無茶は出来ないんだってば。甘えた加速しすぎじゃない?」


「最近ご無沙汰だし……」


「…………っ、何それ可愛い。抱き着きながら見上げないで」


「好きだよ、オリちゃん」


「うん。知ってる。結局膝枕するの?」


「してもらおうかな。実は目も疲れてたんだよね。眠気は無いけど休ませたい」


「そか。じゃあ椅子繋げよっか」


 一旦私から離れてオリちゃんが三つの椅子を並べる。まずい、なんか顔が熱い。…………、ふぅ。落ち着こう。焦っても良いことは無い。というか、ここまで熱いということは赤くなっているんだろう。そりゃもう耳まで。こんなところを見せたら弄られる。


「…………よいしょっと」


 端に座った彼女はどうぞと言わんばかりに自分の太ももをぱしぱしと両手で叩く。モノクルを外して机に置くと、遠慮なく椅子に寝転がって頭を彼女の太ももに乗せる。


「……少しひんやり」


「外は寒いからねぇ。孤児院の収穫も今年は遅めだったね?」


「そういえば、そうだね」


 久々の愛する嫁の膝枕だ。なんというか感無量。昔は良くしていた気がするけど、本当に、シグを引き取ってから何もかも変わった。ユメちゃんの時は私達が引き取ったわけじゃなかったから、本当にシグが来て何もかもが変わったんだ。全体的に良い方向であるけど、でも、オリちゃんと二人の時間が減ったのは少し悲しい。


「わがままだなぁ、私」


「ん? 何が?」


「なんでもない」


 仰向けに寝転がったので、視線の先には彼女の顔がある。あぁもう愛おしくてたまらない。どうしてここまで惚れこんでしまったのか……。理由が多すぎてどれを言えば良いかわからない。ここまでドロドロに溶け入るとは思ってなかったし。はぁ……一生自慢出来る気がする。


 彼女の頬に手を伸ばす。それに対して彼女は自分から頭を寄せて、少しだけ体重を預けるみたいに擦り寄る。小動物が自分から撫でられるのを求めるかのような動きだ。


「………………………………………………………………」


 すべすべな頬だ。長めの髪が私の手を擦って少しこそばゆい。甘える事に関しては私よりもオリちゃんの方が上手だ。


 聖女様、か。ふざけてやがる。そりゃ見た目は聖女様だろうよ。いや天使か? ……細かいことはいいや。けど、けれど、あの扱いは納得出来るモノではない。あぁッ! もう、むかっ腹が立つっ!! 考えただけで虫唾が走る。縋れば良い、祈ればいい、なれば救いが訪れる。馬鹿げている。だから宗教は嫌いなんだ。


 何故、そうはならなかった? 幼い彼女が笑って過ごせるはずだったあの時間を平然と奪った。何年経っても忘れるモノか。何百年経っても忘れるモノか! 己の欲を、己の罪を、己の希望を押し付け、あまつさえ生贄だと? 腹が立つ、腹が立つ腹が立つ腹が立つッ!


 あそこまで精根腐ったヒトを見たコトは無い。吐き気がする。ヒトとは、集団とは、村とは、町とは、国とは、ヒトが幸せに暮らす為のモノでは無かったのか! もし、少しでも違っていれば、彼女はこんな事にはなっていなかったはずなのに……ッ。


「………………………………………………………………………………………………」


 痛み、恐怖、押し付けられた罪、魔力、魔法、盗賊、村、宗教、奴隷商。全てが意地汚く繋がった。こんな最悪な奇跡があってたまるものか。


 けれど、けれど…………。


「オリちゃん」


「ん~?」


 …………こうやって少し照れながら、でも笑ってくれる彼女が今生きているなら、私は。────セニオリス、今は亡き愛に溢れた鍛治かぬちの子、願わくば、本当の名さえ忘れてしまった彼女に祝福を。


「大好きだよ」


「うん。ボクも好きだよ。愛してる」


「────────────────────────っ」


 はにかみ笑う彼女の顔をじっと見つめる。心が締め付けられたみたいに痛くて熱い。恋をしている。ずっと、ずっと。叶った後も、ずっと。


 彼女の手が私の頭を優しく撫でる。色々あった。本当に色々あった。互いの人生に干渉して、互いを愛して、互いを信頼して、互いを殺そうとした。それでも、もしかしたら私は彼女の全てを知っているわけではないかもしれない。


 まるで櫛を通す様に私の頭を撫でる彼女の手はとても暖かい。抱え込んだ不安が、抑え込んで溜め込んだ感情が決壊しそうになる。


「生きててよかった」


「えぇ……膝枕でそこまで……?」


 苦笑いを浮かべたオリちゃんは小さく欠伸をする。


「…………欠伸、珍しい」


「ん、ん~……珍しいっていうか、本来は必要無い行為だからねぇ」


「そりゃそうだ。でもどうして今?」


「なんでだろ。あぁ安心して、不調だとかそういうのじゃないから」


「そ? なら良いけど……眠いの?」


「…………? どうだろ。好きなヒトが眠そうにしてるからかな」


「そんなものかな」


「そんなものでしょ」


 欠伸が伝染するって事はあるかもしれないけど、オリちゃんが欠伸をするのは総合して珍しい。というか何年振りに見ただろうか。


「一緒に寝ちゃう?」


「それだったら布団が欲しいね。あと起こしてあげるヒトが居なくなっちゃうとシアちゃんも困るでしょ。大丈夫。ボクはシアちゃんの寝顔眺めているだけで幸せだから」


「なにそれ、もう」


 頬から手を離す。すると、少し寂しそうな、残念そうな顔をされたので、面白そうなのでじらしてみる。人差し指で彼女の頬をぷにぷにと突いてみる。


「な、なに?」


「…………………………………………………………」


「な、なんで無言? 無言やめて?」


「…………………………………………………………」


「何か言ってよ」


「………………………………………………可愛い」


「噛むよ」


「怖い」


 ジト目で見つめられたので焦らすのを止めて、再び彼女の頬に触れる……のではなく、髪に指を通す。


「ほんと、綺麗だよね」


「シアちゃんに言われたくないよ。あ、髪巻き込んでない?」


「ん、大丈夫」


 長いからこうしていると椅子の隙間に挟まる事がある。痛いんだよねアレ。勘弁して欲しい。


「よしよし、シアちゃんは頑張ってる。偉いよ」


「………………うん」


 優しく手を動かす彼女に、ぎゅっと胸を掴まれたみたいに心臓が跳ねて、思わず目を逸らした。


「あ、照れた」


「うるさいな」


「耳真っ赤。もしかしてこういうの言われるの弱い?」


「……やめてよ」


「やめないよーだ」


「いじわる」


「へっへっへー。こういうしおらしいシアちゃんは珍しいからね~。今の内堪能しておかないとっ!」


 面白がられてる。あぁ、幸せだ。どうしようも無いくらいに。シグも、ミーシャちゃんも含めて、一緒に居れて、幸せだとも。もちろん、まだミーシャちゃんはちゃんと心を開いてくれないかもしれないけど、それでも。きっと普通の家族にはなれないけど、普通じゃないなら普通じゃないなりの幸せになる方法があるでしょ。


「あーちゃん? しーちゃん、りっちゃん……う~ん。やっぱりしあちゃん……だよなぁ」


「何? どしたの」


「何でもないよ。ほら、よしよし」


 頭を撫でる手を止めず、片方の手を私のお腹辺りに置く。私も重ねるように、頬に触れてない方の手を置いて、ぎゅっと握る。


「ほんとに甘えただなぁ」


「ん、…………ダメ?」


「うわ、なにそれ可愛い。脳内に焼き付ける」


「……やめてよ」


「にゃーーー可愛いっ! わしゃわしゃわしゃーっ!」


「あ、ちょ、髪整えてくれてるんじゃなかったのっ!?」


 くしゃくしゃに撫でられて驚きながら抗議の目で見る。


「えへへ~……可愛いのがいけないんだよ」


「理不尽だなぁ」


「とは言え、流石に後で整えなおさないとだね。これで外には出せない。いや~良かった誰も居ない場所で。こんな顔したシアちゃん誰にも見せられないよ」


「誰の所為だと思ってるんだ誰の所為と」


 あぁ、もう。このまま寝てしまおう、と目を瞑る。暗くなった視界の中、オリちゃんの落ち着いた呼吸の音が聞こえる。


「ねぇ、シアちゃん。シグが大人になったらボク達はどうしようか」


「……そうだなぁ」


 目を開けることなく返答を考える。シグが家を出ていくような歳になったら、私とシオンの約束は果たされた事になるのだろうか。……うん。きっとなってしまうだろう。だったら、それ以上は深く干渉しないのが親としての務め……なのかもしれない。


「出て行っちゃう?」


「ふ、ふふふ、それもいいかもね。もう一回一緒に旅でもしよっか」


「まぁまだ五十年程しか経ってないから、あまり変化は望めないと思うけど……」


「う~ん、建物とかは結構変わると思うよ?」


「いや、道中だよ。旅をするって事は、転移する訳じゃないんでしょ?」


「あぁ……そうだね。じゃあ隠居しよっか。二人でのんびり過ごそ?」


「おぉ、良いね。まあほんとはとっくに隠居してる予定だったんだけどさ」


「そうだった。なんだかんだで前線に出て行っちゃうもんね」


 先ほど私のお腹に置いた手の向きをくるっと変えて私の手をぎゅっと握る。


「ん……ごめん。それは反省してる」


 否定出来ないから素直に謝る。隠居したいとか言いながら仕事引き受けてるのとか、諸々と。


「眠い?」


「うん。眠い。オリちゃんの太もも、凄く居心地良いから……。ここに住みたい」


「えっへっへ~っ。ん? あれでもそれちょっと太いって言ってる?」


「はははいやまさかそんな馬鹿な」


 口が滑った。……なんて冗談はよそう。彼女の足はすらっとしていてとても綺麗だ。大陸中の全ての国を歩いて踏破したとは思えない程。まあそれ私もなんだけど。出来る事なら舐めてやりたい。けど怒られるからしない。げんこつ痛いんです。


「子守唄歌う?」「子供かっ」「見た目はね」「そうだった」


 外見年齢十六歳から成長してないんだった私っ。…………? あれ、私見た目十六歳だから成人してる見た目じゃない? ん? もしかして今喧嘩売られた?


「……まいっか。膝枕に免じて何も言わないでおこう」


「寒くない?」


「う~ん。ちょっとだけ。でもオリちゃん暖かいから……」


「ダメ。風邪引いちゃうかもじゃん。アグニでも付けるか……毛布なんて便利なモノここには無いしね。それとも本の毛布でも作る?」


「寝心地悪そう」


「本好きなシアちゃんならアリかと思ったんだけど」


「私はそこまで本食い虫じゃありませーん」


 なんて言っていると、ほんのり暖かくなった。具体的にはお腹の辺り。


「女の子はお腹冷やしちゃダメなんだよ?」


「女の子って歳?」


「歳じゃなくて見た目」


「……もう少し成長してから止まったら良かったのになぁ」


 まぁババアなんて言われたらそいつを消し飛ばすけどさ。歳は取るモノだけど、肉体年齢は重ねたくない。精神年齢も止まったままかもしれない。いや、吸血鬼……の話はちょっと気まずいな。えぇと、長寿なヒトが語尾に「のじゃ」ってつけるの違和感でしょ。どう育ったらそうなるの? いや、私達の精神年齢が生涯成長しないというのもあるかもだけどさ。


「あぁ……寝そう…………気持ちい……い……」


「良いよ~。そのまま寝ちゃお? いい子いい子~」


「…………………………………………………………………」


 それはちょっと恥ずかしい。けど、優しい手には逆らえない。お腹も暖かくなって余計に眠気がやってくる。ちょっとだけ目を休める目的だったけど、どうやらそれは難しそう。


 なんて考えていると、口に何か柔らかいモノが触れた。


「……………………ふふ」


 オリちゃんから漏れた声と、その息が少し荒くなっている事から何をされたかは即座に理解が出来る。というか、彼女の匂いが強くなったのだからそれだけでわかるんだけど。


「我慢出来なかったや」


 なんて言う彼女の声を聴きながら、鼻で大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。


「ん、寝そうだね~。良かった良かった。たまにはこうやってゆっくり休まなきゃ」


 いつになく優しい声のオリちゃんに心の底安心しながらゆっくりと包まれるような睡魔に身を委ね────………………。

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