08

 大きく息を吐く。白みだした息が視界の三分の一程を一瞬覆う。眠気は既にない。朝から外に連れていかれ、ミーシャは少し眠た気だが、反面、アリシアとセニオリスは楽しげだ。四人で朝から出掛けるというのは初の試みだ。まあそもそもまだ四人で迎える朝が三回目くらいなのだが……。ミーシャがずっと勉強漬けになってしまうのは可哀想。という事で少し早いが気分の入れ替え。彼女が押しつぶされないようにとのことだが、確かにシグルゼの様な変人でない限り、勉強とは苦痛なモノだ。そういえば、アリシアも知識を付けるのは好きだったはずだ。だからこそ化け物なのだが……。


「今日は教会に行きます。昨日謁見届け出したら出したそこで許可が出たんだよね。多分禁書庫の話が通ってるからだね」


「そ、それなら、わたしたち、は、じ、邪魔じゃ……」


「いやいや、ミーシャちゃんはちゃんと教会を見学するべきだよ。ボクとシグはその付き添い。キミ一人で行かせるわけにもいかないし、あくまで禁書庫の件はついでなのさ」


「色々と話があるんじゃないですか? ユメさんは養子では無いにせよ、娘みたいなモノでしょう?」


「それはそうなんだけど……向こうはどう思っているのやら。任期もあと四年程だしね?」


「よ、四年……ってことは、ゆ、ユメ様が神子様になってろ、六年……ですか」


「そうだね~。それまでに次の神子を決めないといけない。っと、この話はここまで~っ!」


 セニオリスが無理矢理止める。このまま話していたらミーシャに対するプレッシャー以外の何物でも無くなってしまう。本来はもっと早く神子候補は決めるべきだ。ユメとやらが神子になった時点で、次点の神子候補を決め、育成する。それくらいでないと本来間に合わない。そう考えるとミーシャは六年も遅れている事になる。これは非常にまずい状況にあるといえるだろう。彼女は十一歳、成人が十五歳で、神子になるのは十六歳ということになる。確かに歴代の神子は十八歳ほどで神子になるケースが多いが、ミーシャはあまりにも若すぎる。たった四年間で政治の仕組みを完全に理解しなくてはならない。彼女には少し荷が重いだろう。それに彼女が神子にならない可能性も多いにあるというのが余計に厄介だ。いや、この言い方はかわいそうだ。撤回しよう。


「教会を見学するったって一体何を? というかそれほんとに俺が同席して大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。キミはボクたちの子だからね」


「…………身分濫用じゃないですか、それ」


「シグにも必要な知識だよ。星読みはいつか教会とも連携を取らないといけなくなるからね」


「そうでしょうけど……内部までを知る必要は無いと思うんですが」


「まぁまぁ細かいことは置いといて、毎回だけどシグを家に一人置いていくのもアレだし、正直教会は学校で見学くらいしても良いと思うくらいだし、良い機会なんだよ。まあ学校って言ってもシグはまだだし、ミーシャちゃんは来年からだね」


「あ、はい。ら、来年……え、行って、い、良いんですか……? わ、わたしなんかが……」


「ん、そうか……あのままだったら学校にも行けないってことになってたのか……これはユメちゃんと話し合いだな。ミーシャちゃんは学校に行かせます。というか、行ってもらわない困るからね。魔法学校、トトラゼル学校、F・ラムオンスイッチ学校、どれか一つ……魔法が良いならそのまま魔法学校、処世術を学んでファブナーで普通に働くのであれば、トトラゼル学校、商売や交易を行っていきたいのであれば、F・ラムオンスイッチ学校。どれを選んでも当たりだよ」


「………………………で、でも……わ、わたしなんか、が。学校になんて……だ、だって、学校ってお金がっ!」


 少し混乱したのだろうミーシャが声を荒げる。学校なんて行けないと思っていたのだろう。それはそうだろう。彼女にとってひもじい生活こそが彼女にとっての普通であった。それが急に変わって、学校に行けるなんて言われたら驚くに決まっている。アリシオスの名をもらうとはそういうことなのだ。


 正直、あまり話し合えていないのではないだろうか。あまりにも情報認知に差がある。


「行っていいんだよ。お金のことは気にしなくていい。ボク達を誰だと思ってるんだい? それに、強引


に養子にしたのボク達の方なんだから、キミの我儘は幾らだって聞く。住んでい所の近くに友達だって居たはず。それさえも無視したのはボク達だ。だからせめて不自由の無い生活をキミに提供したい。例えキミがボク達を家族だなんて思っていなかったとしても、これは絶対に譲れない」


 行きたくないなら、それでいいかもしれないけど、その分お家での勉強が厳しくなるかもねぇ。と続ける。学校に行ったほうがそりゃ得だろう。例え神子にならなくとも、たくさんの選択肢を選ぶことが出来る。少なくとも冒険者なんて危険なモノにはならなくて済むだろう。内気な彼女に冒険者の道はあまりに険しい。させる訳にはいかないのは明白だろう。


「わ、わかり、ました……が、学校っ! い、行きたい、ですっ」


「そっか。でも、無理はしちゃだめだからね?」


「は、はいっ」


 どこの学校かはまだ決めなくてもいいだろう。試験はあるが、そこまで難しいモノではない。魔法学校であれば猶更だ。アリシアとセニオリスが居て、落ちるわけがないのだ。


「ふぅ~、着いたぁ。転移で来たら良かった……」


「普段運動しないんだからちゃんと歩きなさい」


「図書館では浮いて作業してるくせに」


 プクゥっと膨らませた頬でアリシアが反論する。


「ボクは良いの。何もしなくても体形変わらないから」


「むっかーっ! 今ので全女性を敵に回したねっ!」


 身長体重バストウエストヒップ、悪魔の数字が立ち並ぶ、全女性共通の敵。を持たないセニオリスという生物を、羨ましく思うのは仕方のないことだろう。同族の匂いがするから、おそらくそういうことなのだろう。お前も化け物じゃないか。いや、最初からそうは言ったが……。


「お待ちしておりました、アリシア様、セニオシリス様。ユメ様はお部屋でお待ちです。仰々しく書見台での謁見を勧めたのですが、頑なに否定されまして……」


「いんや、それで良いんだよ。私たちなんてただの一般人。神子に謁見出来るだけ奇跡なのさ。それをわざわざ書見台だなんて面倒なことしなくていい。やりたい作業もあるだろうしね?」


「そ、そうですか。では案内は……」


「要らないよ。自分の仕事に戻って」


「かしこまりました。失礼します」


 アリシアが全て断ると騎士は敬礼し、一歩下がる。大きな門はアリシアが触れると勝手に開く。力ではなく魔力によってこじ開けた様に見える。いや、反応しただけか? デグル製の感知式機械門か。確かにこれならば結界の入り口には丁度良い。ただただ侵入を拒むのみの結界だが、入口は必ず必要だ。許可制の結界だなんてこういう使い道しかない。入りたい者も魔力を感知し門を開く。なんとも便利なモノだが、面倒な部分も多い。例えば、一度記録した魔力は取り消せないとか。その為、色々と面倒事が起きた際、買い替えが発生するのだ。その度に費用が発生する。その費用もバカにならない。


「さ、入ろー」


 アリシアがミーシャの手を取って教会の敷地内に入る。それに続いてセニオリス、その隣にシグルゼが付く。教会の敷地内に入ったとは言え、建物自体に入るのはもう少し先。五十メーテル程歩かなければならない。雰囲気は教会というよりお城。花が植えられてはいるが、教会にこの道は必要なのか?


「こっちこっち」


 アリシアがシグルゼに手招きする。そのままアリシアは道を外れる。そりゃあ教会自体に神子の自室があるとは思わないが、道を外れた途端、アリシアの姿が見えなくなると、


「えっ」


 なんて小さな声を上げても誰も文句は言わない。主にミーシャによってだが……。シグルゼはそんな事で一々驚くことはない。慣れているからだ。慣れてしまっているのだ。魔法だからと言ってなんでもかんでもやっていいという理由にはならないんだよ普通。転移魔法はわかる。五十万人魔導士を集めたら一人くらいは使える者も居るだろう。それくらいなら納得も出来る。正直な話、空間置換だとかそういうのは異常という他無い。現代魔法の方式でその挙動は不可能だ。セーフティが存在する以上、こんな暴論的な魔法理論は推し通る事は出来ない。


 聖方か。エルフは未だ聖方を使う事があると聞くが、閉鎖的なあの種族において、他人であるアリシアにそんなモノを伝授するとは思えない。いや、もういいだろ、この話は。前にもした気がする。化け物って事で良いんだ全部。たったその一言で全部説明が着く。


 アリシアに手を引かれていたミーシャは目の前でアリシアが消えたのだからそりゃあ驚いただろう。どうせこれも空間置換だろうが、新たな空間を作っている訳ではなく、どちらかというと転移に近い……のだろうか。禁書庫とは大きく違っているのは解る。あれは真に新しい空間、世界だが、これは引き伸ばしているような感覚に近い。


「ミーシャちゃん、シアちゃんに着いて行かないと」


「え、あ、はいっ」


 少し怖がっていたが、彼女も思い切ってアリシアが消えた空間へと入っていく。


「やっぱり、不思議な光景ですね、こういうの。空間の延長線上にあるような歪な術式……。読み取れはしませんが、これ、アリシアさんが作ったモノですよね」


「せーかい! こんな正直イカれた結界を扱うのはシアちゃんだけだよ。ボクには出来ない。維持はユメちゃんがしてるんだけどさ。ほんと、どこまで行くんだか」


 呆れた様な顔をしてセニオリスは彼女曰く結界に入っていく。シグルゼも少し考え込んだが、結局何かの答えは出せず、首を傾げながら入る。


「やあ、ユメちゃん。ひっさしぶり~!」


 少し長い廊下の一番奥のドアをガチャっと開き、アリシアが中に居るであろう人物に声を掛ける。


「思ったより早かったですねアリシアさん。あと二時間は来ないと思っていましたよ」


「えぇ……私そんな遅刻魔じゃないよ。すっぽかしはするけど」


「…………はぁ。他の皆さんは?」


「すぐ来るよ。ほら」


 無数のキャンドルで照らされた廊下を進んで、ドアの前まで来ると、中には神子が居る。長い髪を一つに纏めた、二十歳過ぎ程の女性だ。妖艶な美女……なんて形容はしづらい、どちらかというと美しいより可愛いの方が似合う。黒い髪の女性だ。


「おはようございます。神子様」


「お、おおおおお、おはよう、ござい、ますっ! 神子様っ!」


 子供二人が挨拶をすると、ユメは愛おしそうに微笑む。


「そちらの女の子が時期神子に?」


「いんや? まだ決まってないよ。なるかならないかは彼女が決める事。私が無理やり決めることじゃないよ。キミは良く知ってるはずだ」


「そうでしたね。失礼しました。さぁ、こちらにお掛けください。本来なら私の方から訪問するべきなのですが……」


「神子様が容易に一般国民に会おうとしちゃだめだよ」


「だぁれが一般国民ですか誰が。隠居したいのかしたくないのか分からないんですよ、貴女方は……」


「隠居したい……っていうのは本音なんだけど、今消えたら困るでしょ?」


 それもそうですが、と頷いて、


「大きくなったね、シグルゼ。たぶん私の事は覚えてないだろうけど」


 と続ける。


「…………小さい頃に会った事があったんでしたっけ」


「うん。まあ赤ん坊の時だったもんねぇ。私がギリギリ神子になる前だから……丁度六年半くらい前?」


「そうなんですか……。すみません。全く覚えてないですね」


「そっかー。それは残念」


 ユメが少し肩を落とす。アリシアが関係しているのなら、どこかで会ったかもしれないだなんて思っていたが、子供の頃なんて覚えている訳がない。彼はそこまで記憶力が良い訳じゃない。


「さて、アリシアさん、禁書庫が完成したとお聞きしたのですが」


「うん。完成したんだけど、その話は私だけで、他の三人は教会の見学に回したいんだけど、良いかな」


「えぇ。構いませんよ。未来の神子になるかもしれない子なのですから、自由に見学すると良いでしょう。私は歓迎しますよ。案内は……セニオリスさんが居れば心配要らないですね」


「うん。ボクが全部内装を把握してるから大丈夫。十三砲台の制御室とかも入って大丈夫?」


「う~ん、それは困りますね。一応国家機密なので」


「そか。それじゃそれ以外は大丈夫?」


「はい。問題ありません。物は壊さないでくださいね」


「ボクをなんだと思ってるの? 見学と禁書庫の話が終わったら、ミーシャちゃんと話をしてあげてくれない? きっと役に立つから」


 セニオリスの言葉に、ミーシャが耳と尻尾をピンっと立てて目を大きく見開く。神子と話せる機会なんて普通無い。緊張しいの彼女じゃなくても緊張するし驚く。寧ろ声を上げなかっただけ少し成長したのでは? ミーシャはセニオリスとユメを交互に見て、


「わ、わたし、なんかがっ、良いんですかっ!?」


「ミーシャちゃんが良ければお話しましょう。アリシアさん達が見出した神子候補なら、色々としておきたい話もありますので」


「だって。良かったね。ミーシャちゃん」


 ブンブンと首を縦に振るミーシャだが、その挙動はちょっと拒否を表しているように見える。嬉しさと畏怖。わたしなんかが、なんて卑下してしまう彼女からすれば、神子と話せるなんて思いもしない。それも対面で? 馬鹿な。そんな事があっていいのか? と。


「わ、わかりましたっ。わ、わたしもお話き、ききき、聞いてみたい……ですっ!」


「そっか。それならまた後で。実はアリシアさんとは禁書庫以外にも、色々と聞いておきたい事がありますので。ねぇ?」


「な、何の事かなぁ! わっからないなぁ! え、ほんとに何? 何かしたっけ私」


「色々とお噂は聞いていますよ? 例えば、サミオイ近辺での話、とか」


「……………なんか急にお腹痛くなったっ! 帰っていい!?」


 アリシアが席を立とうとした途端、彼女の足元に魔法陣が形成される。


「ほら、シアちゃん。たまにはお説教されてね」


「裏切ったなオリちゃん!」


「あぁ、セニオリスさんにも少しだけお話がありますので」


「さぁ! 行こうか二人ともっ! ヘイトはシアちゃんが取ってくれている! 今の内にすたこら逃げるよ!」


 なんて体が悪くなって誤魔化す様に転移魔法を起動したセニオリスによって、巻き込まれるようにシグルゼとミーシャの視界が一瞬暗転した。

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