09

「さて、と。アリシアさん。まずは禁書庫のお話をしましょう」


「あはは~私は禁書庫だけしか話のネタ無いんだけどなぁ~!」


 ニコニコ笑顔でアリシアを問い詰める。私にとってアリシアさんは目上のヒトだが譲れないことも多い。神子としてきちんと問いたださなければ。


「ふぅ……ほんとに立派になったね、ユメちゃん」


「図体だけがデカくなりました。胸含め。フフ」


「なぁに? その眼は私の胸がどうかしたかーっ?」


「いえいえ、フフ、なんでもありません」


「良いんだよ特別なんだよ無い方が起動性上がるんだよ!」


「何も言ってませんよ」


 無い方が起動性上がるもん……小さく呟いてアリシアさんは左目を大きく見開く。それによって起動される偽造魔眼から伸びる魔力の腕が、足元に設置された魔法陣を掴む。


 封陣の偽造魔眼、彼女の一番の特異性はこれかもしれない。何せ起動された魔法陣を封じるなんて馬鹿げた事を仕出かすのだから。本来魔法陣は一度起動されれば起動した本人しか停止出来ないのを、アリシアさんの持つ魔力の圧によって押し潰すのと同時にとジェンガの様に綺麗に組み上げられた魔力の一部だけを瓦解させる事によって全体の効果を失くす。


「偽造魔眼……噂には聞いてましたが、バインドさえも無効にするんですね」


「まぁね。だけど体力と魔力と気力の消耗が激しいから、あまり使うモノでもないかな」


 まあでもバインドはうざいから消しちゃった方が楽なんだよ。とまるで魔法陣が折られたかのように停止する。


「はぁ、オリちゃんも容赦ないなぁ」


 アリシアさんが改めて私の丁度正面に座り直してスカートの埃を払って皺を伸ばし、帽子を脱いで膝に置く。彼女の長く黒い髪があらわになる。腰程まであるから洗うの大変なんだろうなぁなんて思っていたのが懐かしい。かく言う私も髪は長い方だ。……白状すると、髪を伸ばしたのはアリシアさんに憧れたというのが一番大きい。本人には死んでも言わないけど。


「禁書庫は確かに完成したよ。それはもう万全な状態で。なので、これからユメちゃんにはメンテナンス方法を覚えてもらいますっ。そういう約束だったしね?」


「はい。よろしくお願いします」


「じゃあまず、今回作った魔法式の話をするね?」


「はい。…………? はい!? 待ってください。魔法式って、作ったんですか!?」


 驚いてテーブルを両手でバンっと叩いて勢いで立ち上がって、アリシアさんに詰め寄る。


「うん。まぁ応用と応用と応用と原種を掛け合わせ新しい魔法式に見せてるだけ。魔法式を読み解くなんて学者くらいしかしないしね?」


「……………………すみません。取り乱しました。……ふぅ、そうですか。では御指南の程、宜しくお願いします」


 大きく息を吐いて座り直し、アリシアがしたようにスカートの皺を伸ばす。


「それじゃまず今回取り入れたエッセンス、理論について話そう」


 杖を取り出して床をこつんっと突く。彼女が説明を行う時に良く使う手法だ。魔力の小さな結晶を作り、それを並べて図を作る。過去に教師をしていたという彼女ならではの魔力の扱い方だ。なのでこれは魔法ではなく魔方。魔力の扱い方という意味での魔方だ。逆に魔法は魔力の方式を扱う……という意味で使われる。魔力は使うけど魔法には満たない。そんな物が魔方に宛がわれる。


「今回使うエッセンスは聖方と現代。この二つのみ。聖方には無い機能を現代から取り入れた複合式だね」


「オーバーロードを使うんですか?」


「それはマストだねぇ。絶対に必要だよ。じゃないと誰が魔力供給するのさ。外エーテルを吸い上げて魔力に変換、それを使って維持をする。触媒にはサミオイ近辺の孤独の塔を一部解体して作った物理魔法陣」


「基本的には教会を覆う結界と変わりないという事ですね?」


「う~ん。ガワはそうだけど根本的なモノが全く違うかな。過重魔法陣を使うのは同じだけど、構成材質が全く違う。教会の結界は応用と原種の掛け合わせだけど、残念ながら単なる結界でなくて、新しい空間を作り上げてその空間独自のルールを定めるモノだから」


「確かにそれは現代魔法では不可能ですね。いえ、アリシアさんやセニオリスさんにしか無理ですね。それを私が継承する……と」


「そういう事だね。キミは魔力の扱いがとても上手い。きっと上手く行くとは思うけど、万が一というのもある。それでもやるかい?」


「やりますよ。私は神子ですから。それより説明の続きを。今更覚悟なんて、そんなの貴女に神子になってと言われてから決まっているんですから」


「そか。ふふ、うん。ほんとに立派になったね」


 アリシアさんは嬉しそうに微笑む。


「今回使うのは、土と風と光、そして闇の計四つの属性。現代では忘れられた、属性という考えを改めて取り入れた、古くて懐かしい、それでいて新しい結界式の魔法だ。まずは小さな規模でやってみよう。百聞は一見に如かず、ではないけど、やればコツだって掴みやすい。幾らこうやって教えた所で実践以上に得られるモノは無いからね」


 図で捕捉はしてくれていたけど、正直解らない。実際に見た方が早いのだろうが、とは言え新しく結界を作るとなるとその触媒が必要だ。アリシアさんはその事を解っているのだろうか。


「……あ、いや、先に禁書庫を見に行こう。というかこれで納品って事にして」


「あぁ、はい。支度は出来ています。外出すると伝えてありますし、アリシアさんが居るので人攫い、通り魔に逢う事は無いと伝えてありますので」


「信頼されてるなぁ~。と、いうわけで」


 杖を突く。展開された魔法陣に飲み込まれるように転移されるとそこは図書館の前。結界から結界に転移するのは至難の業なので結界から結界の外に出るのが限界だ。アリシアさんならやろうと思えば出来るのだろうけど、魔力消費が激しすぎる。


「さ、こっちだよ」


 アリシアさんが図書館の扉を開いて入る。私もそれに習い中に入る。天井がとても高い。私の身長の十倍程の高さの天井に、天井ギリギリまで本棚が積み上がり、その全てが埋まっている。全世界の本を集めるというコンセプトだったが、まさかここまでの規模だとは。いや、建設途中に視察はしたけど、完成して本が搬入された後は見たコトが無かったから、かなり驚きだ。


 壮観である。これだけの本が一つの場所に揃うというのはヒトが紡いできた歴史の中で無い事だろう。ここには小説から地理、歴史書、辞書まで大量の本が集まっている。一番多いのは小説だ。学術本も多いは多いが、多くの巻に跨いで紡がれる物語には勝てない。


「やっぱり想像以上に大きいですねぇ」


「空間歪曲も組み込んであるからね。見た目よりずっと広いのさ」


 空間歪曲……難しい言い方をしないなら、そうだなぁ、錯覚かしら。空間が広がっているのではなく、広くなったと感じる。自分が少し小さくなったようなそういう感覚に近い……かな?


「こっちだよ」


 アリシアが司書室と書かれたプレートが打ち付けられた簡素なドアを開く。


「ここって司書室ですよね? プレートに書かれてますし」


「うん。禁書庫を管理するにはここを通った方が楽でしょ。ヒトに見られる事も無いしね?」


「あぁ、なるほど。そうですね」


 司書室に入る。中には整理されていない本がたくさんある。放置されているのではなく、後で使うモノだろう。確か学校用に教本となるような魔導書を作って欲しいという依頼を彼女にしたはずだ。それの参考にしているのでしょう。


「いくつかドアがあるんですが……」


「これはタグ付け用のメイン魔法陣部屋、こっちは書籍追跡用の魔法陣、こっちは図書館を覆う結界用の魔法陣。そんでこっちが禁書庫」


「全部纏めることは出来なかったんですか……」


「無理だね。規模が大きいから、下手に一つに纏めると干渉しあうんだよ。禁書庫は特にね」


「そうなんですか。では禁書庫だけではなくこれら全てのメンテナンスも行わないといけませんね」


「禁書庫のメンテナンスは年に一度して欲しいけど、他は五年は必要ない。というか、結界を置く場所を間違えてねぇ。ここってさ、私達が住んでた場所だからあんまりヒトを入れるのは……」


「それは良く考えてから作って欲しかったものですね」


「あはは~。実際作ってからミスったなぁ~なんて……」


「五年であれば、私の任期が丁度終わった後。つまり私は習得する必要が無いと……」


 そゆことー。なんて頷きながらアリシアさんが一番右のドアを開く。そこには暗闇が広がっている……という説明で合っているのだろうか。そもそも見えないから暗闇な訳で広がっているかどうかさえ分からないのが暗闇の性質……いえ、そんな頓智じみた話ではなく……忘れよう。なんでもない。


 アリシアさんが足を踏み入れると明かりが着いていく。アグニ、属性で言えば火。現代魔法にも組み込まれた多くの魔法の内の一つ。比較的簡単で誰にでも出来る魔法だ。とは言え、こんな連続で点火するモノではないのだが……。火属性だから木造建築の中では使えない。なんてことは無い。どちらかというとこの魔法は光に近い。


「なんというか、ジメジメしてますね」


「まぁ言ってしまえばただの洞窟だからねぇ。魔法陣を設置するのに空間歪曲を使う訳にもいかない。そうなると元々複雑なモノが更にややこしくなってしまう。それはキミ達が困るだろう?」


「そうですが……」


「あぁ、大丈夫、土埃の一つも落ちないよ。キミの綺麗なお召し物には汚れ一つ着かないさ。安心して良いよ」


「…………ずっと気になっていたんですがアリシアさんってしょっちゅう口調が変わりますよね。どうしてですか?」


「……あぁ~……なんて説明しようかな。色々要因はあるけど、ヒトに言うような事じゃないからなぁ。う~ん、じゃあこうしよう。私が戦闘においての心持ち。まぁ普段通りにしてる時の変化には適応されない説明だけど、一応これも変化だから、今回はこれだけで勘弁してね」


 少し長いから丁度良い。と続けてアリシアさんは壁掛けのランタンにアグニを灯し続けながら進む。


「私の出身はカルイザムだ。魔道国家なんて呼ばれてた時期もあって、千年前に一度滅びたあのカルイザム。そこでは魔法使いというのは当たり前のようになるモノで私も例外無く魔法使いになった。まあそれ以外の武術、剣術、槍術、弓術も習ってそれなりに使えるんだけど、一番の適正は魔法だったんだ」


 カルイザムと言えば、アリシアさんが言っていた様に、魔道国家と呼ばれる程に魔法へ力を入れている国家だ。全ての魔法使いはカルイザムに憧れるともいわれる。あぁ、そういえばアリシアさんはカルイザムで教師をやっていたとも言っていた。つまり、そういう事だったのか。


「当時の王はとても立派な方でね、誰もが尊敬する賢王だった。魔道を極め、国のトップとして君臨した。とても立派な方だった。戦闘においてもあの方の力は偉大だった」


 王……? 当時の王とは、誰の事だろうか。……それも賢王と呼ばれた偉大なるお方。……心当たりがない。現王はアリシアさんは毛嫌いしている。心底会いたくない。次会う時があったら顔面が陥没するまで殴り殺すと言わしめている程に。……誰だろうか。


「そのお方の言葉だ。魔法使いは気弱なイメージを持たれることが多い。事実、後衛にて援護をするのが魔法使いの花道である。しかして、お前は違う。お前は技術において至高の魔法使いである。様々な武に長けた素晴らしい逸材だ。カルイザム以上と言える。故に、お前は単独で行動する事が増えるだろう。まずは威圧しろ。語気を強くし、敵を睨み、魔力にて圧せよ。戦闘は相対した時から始まっている。心に留めよ。そして決して忘れるな。さすればお前は強き魔法使いになる」


 懐かしむ様に彼女は過去を語る。


「戦闘において語気が強くなるのはこういう理由だね。何年経っても癖が抜けない」


「カルイザムの出身。そういう事だったんですね。なるほど魔法の扱いが上手いわけだ。……いえ、カルイザムの中でも異常でしょうけど」


「まぁまぁ、そういう事で。ほら、着いたよ」


 アリシアさんは少し誤魔化す様にして長い洞窟の様な廊下の奥のドアのノブに手を掛けた。

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