07

「では、トルガニスの近況について報告してください」


 教会、内陣の初見台から見下ろす景色もかなり見慣れて来た。本来はもっと別の場所で行うべきなのだが、騎士と魔導士を前にするにはこれくらいの広さが無いとどうしようも無い。教会を作ったアリシアさんはこういう使い方を想定していたのかは不明だが、ミサを行わない以上、ここは友好的に使うべきだろう。


「騎士総長、前に」


「ハッ!」


 頭部以外を全て鉄で固めた中年近くの男性が一歩前に出る。


「現在、サウス及びノーストルガニスは皇帝を失い、貴族階級も崩壊しました。その結果、貴族ではない一般国民からの元貴族への暴動、それによる難民が多く、我が国も出来る限り受け入れてはいますが、かなり限界に近い状況です。居住区には余裕がありますが、仕事がありません。冒険者ギルドからもかなりの援助を受けていますが、それでも厳しいモノです。彼ら難民の殆どは子供を連れており、冒険者として生きていくにはかなり厳しい状況です」


「そう…………」


「いかがいたしましょう」


「…………………………………………」


 正直かなり難しい。難民を受け入れたとて仕事が無ければ生きていけない。生きていけないから国から補助を行うしかなくなる。しかしそうするとファブナーリンドの国民からかなりの反感を買う。当たり前だ。別の国のどこの骨かも知らない奴の為に自分たちの金を使われる。最悪でしょ、それは。私もその気持ちは解る。一応これでも一般市民なんだから、そういう反感は痛い程解るんだ。


 だから難しい。国のお金も難民を受けれ入れれば受け入れる程無くなっていく。どうするべきか。サウストルガニスの復興はかなり時間が掛かるだろう。皇帝を打ち取ったネドアの騎士もすぐにどこかに行ってしまったと聞く。首謀者がどこかに行っただなんて、クーデターを起こしたヒト達も混乱している。この状況でトルガニスを復興するなんて夢のまた夢だ。暴走した正義によって皇族の血も絶やされた結果、玉座に就くヒトも居ない。


 この際、トルガニス皇帝が悪帝だったかはどうでも良い。あれが玉座に就いていた方がまだマシだったのかと思ってしまう程に今のトルガニスは地獄だ。


「…………………………………」


 国が豊かであっても、ヒトを多く受け入れることは出来ない。必ず限界が来る。出来たばかりのこの国において、限界はすぐそこにある。今現在かなり厳しいらしい。出来る限り受け入れたいとは思う。特に子供を連れているヒト達の場合はケアが必須だ。これまで優先的に受け入れて来ては居たが、限界が近いとなるとそれも叶わない。そもそも五十年程経って未だ混乱中だなんてそんな事があるか? きっと何かが起きている。このままではトルガニスという国そのものが消えてしまう。それは如何な物か。


 国民に罪はあるか? 侵略、服従を国是とした皇帝に罪はあったか? 千年以上続く文明が、時代にそぐわなくなったと糾弾された。たったそれだけの話だ。貴族階級なんてモノも簡単に廃止することも出来なかったのも事実だろう。廃止しようとしたところで、これからの国の金に困るのは目に見えている。


 胃が痛い。ファブナーリンドの城壁外に難民キャンプを設置し、自給自足の生活をしてもらう。田畑を作り、余ったモノをファブナーリンドに売る。じゃあ一体誰が畑が完成するまでの面倒を見るのか。そんな金は無い。


 困った。本当に困った。ファブナーリンドは残念ながら職が多いという訳ではない。新しく興った国だから、仕事がたくさんあるんじゃないかと難民たちも来るのだろうが、逆だ。実際は商人達から取る関税による税金を納められているのが殆ど。冒険者たちも確かに活動的だが、そこまで大きな儲けがあるわけではない。


「ユメ様?」


「…………難民については早急に思案しますが、すぐに答えは出ないでしょう。サウスとノースが分かれているのが余計厄介ね……ドグラゼシアとヴィレドレーナはどんな対応をしているのかしら……」


「ドグラゼシアは元より獣人の国、トルガニスの難民は一切の受け入れを行っておりません。ヴィレドレーナは受け入れを行ってはいますが、あちらも我が国と同じく限界が近いでしょう」


「…………全員受け入れるわけには行かないものね。ヴィレドレーナと一度協議する必要があるかしら。いえ、ヴィレドレーナと協議を行ったところで話は平行線か…………………………レンドゥッカに使者を送ってください。心苦しいですが、飢え死にするよりマシ、レンドゥッカの坑道発掘にはヒトが要るはずです。難民たちの仕事としてそれらを宛がいます。ミス・プレゼンスに至急連絡を。ただ、これは一時的な解決にしかなりません。引き続き思案を続けます」


 坑道発掘は危険が伴う。病に罹る確率も高くなってしまう。けれど、今死ぬよりはマシだ。個人であれば冒険者として生きていくのも可能だろうが、やはり家族を養うには厳しいのだ。ここの騎士や魔導士達にも、昔は冒険者をしていたが、家族が出来てから騎士や魔導士になったヒト達も居る。厳しい仕事ではあるが、安定して収入を得られる坑道発掘の方が今の彼らには必要だ。


 とは言え、レンドゥッカとの連携が必須になる。ミス・プレゼンスがどう返答するかで決まる。


「では、その役目はレグナスに。騎士の中で最も馬の扱いが上手い者です。移動には事欠かないでしょう。伝達には持ってこいなので」


「一々説明しなくても、騎士、魔導士達の顔も名前も特徴も把握しています。名前だけで結構です」


「そ、そうですか……それは失礼しました」


「使者はレグナスで構いません。文は私が書きます。明日、レグナスには出発してもらいます。ミス・プレゼンスより返答が掛かれるまで、レンドゥッカでのバカンスを許可します。まあ、二日も掛からないでしょうが……ファブナーに戻って、私に返答を提出後、三日の休暇を贈与します。これで構いませんね?」


「お、お言葉ですが、私に休息なぞ……」


「いえ、必要です。当たり前の事ですが、旅をすればヒトは疲労します。そんな重い鎧を被り馬に揺られレンドゥッカとファブナーリンドを往復する。大変な長旅です。休息は必須でしょう」


「で、ですが……っ!」


「確かレグナスには妻と子が居たはずです。冒険者から騎士団に入ったのはその理由だったはず。たまには家族水入らずで過ごすのも良いでしょう。何、休息が終われば貴方には沢山の仕事が待っていますよ」


「は、はい。では、明日より出発致します」


「よろしい。さて、ここからは周辺の魔物の動きについてです。昨日、サミオイ方面の森にて大規模な爆発がありました。調査の結果、アリシアさんが暴れたという傍迷惑なモノでしたが、それによってもたらされる変化は現状見られません。恐らく音に反応した魔物たちは全てアリシアさんによって殲滅されていると見て良いでしょう。……………………はぁ、胃が痛い」


 おっと、心の声が漏れてしまった。神子なのだからそういうのは控えないといけない。民の見本となるべき存在らしいので。そうは言うけど、私なんてただの一般国民だったんだし、多少漏れてもいいとは思うんだけど……。


「ユメ様、発言よろしいですか」


「どうぞ」


「近辺に生息するジャッカロープの数が減少しています。これは冬の到来を予期したモノたちが、冬眠をし始めたと考えてよろしいかと。これにより、ファブナーリンド外周に、普段見かけない魔物が出現する可能性があります。また、まだ慣れていない冒険者達が一番最初に相手するジャッカロープですが、それが居なくなると彼らは奥へと進み危険な場所へ踏み込むことが多くなるでしょう。何か対策を弄じた方がよろしいかと」


「…………そう、もうそんな時期か。では例年通り、春の訪れまで、指定冒険者たち以外のオヴィレスタフォーレへの侵入を固く禁じます。指定冒険者以外の収入については、新しく教会より依頼として必要なモノを用意します。例に挙げると、教会付属の孤児院への配当の手伝いなどが当たります。また、これは指定冒険者以外に限定されたモノになります。至急ギルドへ連絡を」


「ハッ」


「他に」


 問いかけると一人の女魔導士が一歩前に出る。


「ラヴィスタ、発言を許可します」


「アリシア様とセニオリス様が取り組んでいた禁書庫の作成に成功したようです。ですので、近い内にユメ様への謁見希望が提出されると思われます。どうやら、サミオイ近辺の森での騒ぎはそれに付随するモノのようでした」


「禁書庫を作るのに、森を爆破する意味が分かりませんが……了解しました。彼女たちの謁見であれば断る理由はありません。謁見希望が成された場合、即日許可で結構です。一日も早く彼女たちの負担を減らさなければ」


「禁書庫の完成に伴い、他国から様々な本が輸入され、また、魔導書についても多くのモノが動きます。それに際して、他国は冒険者に護衛依頼を出すことにしたようです。とは言え、すぐに移動するわけではなく、アリシア様とセニオリス様がユメ様への謁見後に輸送を開始するよう伝えてありますが、よろしいですか?」


「良い判断です。それで構いません。私の知らぬ所で本が動く方が厄介です。何が運び出されているか、綿密にリストを作り管理するようお願いします。中には流通してはまずいモノもありますからね」


 禁書庫に入る、ということはそういうことだ。中には過去三千年前に栄えた国についての数少ない文書も存在する。あれの中には決して現代人に知られてはならない魔法式が記されている。あれを使えるのは現状世界に一人。本来一人として居てはいけないのだが……まあ仕方ない。居てしまっている以上、どうしようもないだろう。


「他にありますか」


「発言よろしいですか」


「どうぞ、騎士総長」


「昨日、孤児院の子供が一人成人を迎えました。それに伴い、我ら騎士団に迎えたいと存じます。奴は剣術も立つモノで、是非、我ら騎士団にてその才を……」


「現在の騎士団の総人数は、五十八人です。あと二人くらいなら、問題はないでしょう。総長が目を付けたのであれば、その才は本物でしょう。しっかり育ててください。総長はあとでその子を連れて、私の元へ。手続きを行います」


「ハッ」


 敬礼、敬礼、敬礼。私が喋る度に、騎士は鎧をガシャンと音を立て敬礼を行う。なんというか背中が痒くなる。魔導士たちは敬礼ではなくお辞儀、まあ、敬礼しにくいから、私がそう進言しだのだが……。いや、細かいことはどうでもいいか。


 騎士団はこれで五十九人、魔導士を含めれば、百十九人。かなりの大所帯になった。騎士団や魔導士達は何のためにここで何の仕事をしているのか、といえば、それは簡単だ。冒険者の手に余る魔物の討伐、孤児院の運営、ギルドとの依頼の提携を行い、神子から出た伝令を伝え、他国への文を馬を使い伝えるなど、多くの仕事を彼らは行っている。一番大がかりなのはやはり魔物の討伐だ。そう簡単に十三砲台を使うわけにもいかないので、騎士団と魔導士団が結成され、稀に冒険者たちと協力して危険な魔物を討滅し、ファブナーリンドの治安を守る。それが彼らの大きな目的だ。


 冒険者上がりが多い騎士、魔導士達は魔物への戦い方も手馴れている。それに、討滅であれば、神子も前に出ることも暫しあるのだ。数年に一度起きる地脈の活性化により引き起こされる魔物たちの大移動を制御するのも彼らの仕事だ。


「では、これにて定例会議を終了します。騎士総長は先ほど言った通りに。ギルドへ伝令を送り次第、私の元へ」


「ハッ」


 全員が敬礼し、それを見届けながら、書見台を降りて、内陣を出る。


「少しだけ、忙しくなりそうね……」

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