06

「ミーシャちゃんが神子になることを選んだ場合、この家に住むのは二年も無い。神子になるのなら、その殆どを教会で過ごすことになるんだよね」


「そうなんですか?」


「実はそうなの。まあ養子として引き取ったのは、色々と事情があってのことなんだけど……実際は養子にする必要も無かったんだ。だけどこっちの方が都合が良いからね」


「…………都合が良い、ですか」


「この国はまだ出来たばかりで、貧富の差が激しい。トルガニスからの難民問題も解決してない状態だ。他国からの移民も増えてきたけど、その殆どは商人。ファブナーに拠点を置く事で家族をここに住まわせ、自分は歩いて回る。もちろん売っぱらうのはファブナーで良いから、デグルに行って帰ってくるだけでかなりの儲けが出るだろうしね。まあとは言え、関税とか諸々払う物は多いから、商人が金持ちというより、商人の一部が金持ちなんだけどさ」


 トルガニスの崩壊があってから出来た癖にトルガニスの難民問題とか諸々直撃されるなんて色々と可哀想な状況だ。建国されたばかりのファブナーリンドからすれば、これは信用問題にもなる。


 崩壊したトルガニスは別に住めない事は無い。実際は皇帝がネドアの騎士率いるクーデターによって引き起こされたクーデターによる一連で皇帝が崩御したのだ。それによって起きた貴族階級の崩壊。ここまで言えば解るだろう。全てを否定する訳にはいかないが、貴族階級なんてモノは古い概念だ。そりゃ千年以上続く国の文化だ、どこか綻びて行き最終的にどこかで崩れる。それがあのタイミングだっただけだ。


 確かにネドアの騎士が発端となったが、まぁ問題はそこじゃない。実際に起きた事が問題なので、ネドアの騎士が居なかったとしてもいつかは起きた事だ。タイミングは悪かったよ、本当に。


「トルガニスとか貧富の差とか、そういうのがどうミーシャさんに関係するんですか?」


「神子になるには、色々な条件が存在する。例えば、昨日も話したような、魔力回路の特異性、そして、それに付随する魔法の才。他には、政や商会の知識、状況把握能力、その他諸々、そんでもって一番必要なのは、ある程度の身分だ」


「み、身分……ファブナーには貴族階級とか、平民とか、そういう概念は……」


「無いよ。無いけど、残念ながら、ヒトの中には必ず自分の身分や他人の身分で偏見や、上下関係を作りたがる奴が居る。そう言ったヒトからすれば、ただのそこらの娘がいきなり神子になるだなんて、納得してくれないの。何より、私を未だにアリシア様だなんて呼ぶ輩が居るのがその証拠」


「それは、また、別の話だと思うんですが……いえ、そう……なのか?」


 恐ろしい化け物が反乱しないように畏れているだけだろ。こんな化け物が暴れたら誰にも手が付けられない。


「と、いう訳で、癪に障るけど、一応身分の高いらしい私の養子にする事でミーシャちゃん自体の身分を上書きして……まぁ養子だから、本当の子供というわけには行かないんだけど、それでも相応の身分にはなる」


「ある程度の身分が必要だということは理解しました。この国では奴隷が禁止されていますが、仮に奴隷が居たとしたら、奴隷でさえ神子になれるというのは少々異常という他ありませんからね」


 結局は身分社会という訳。どこも同じだろう。おいそれと、はい、今の地位を捨てましたーなんてやった奴とかに対して、そう簡単に砕けた態度で接する事が出来る程ヒトは簡単に出来ていない。恨みを買えば色々とそれ相応のリベンジが来るだろう。とは言え、現状、そこまでの悪政を行った神子は居ないが、一番の衝撃はやはりアリシアとセニオリスが実質的な王族である所を王政をその代で廃止し、かつ、新たに教会による統治を実現した事だろう。


 教会、教会ねぇ? 何度も何度も出て来る単語だが、別に、実際に宗教が絡んでいるわけではない。確かにミサとかやってるとは聞くが、それは残念ながら神子の仕事ではない。神子は一般的に顔を見せるようなモノではないんだ。前に化け物にも説明されたと思うが、結界のメンテナンス、十三砲台の管理、他国との会談、他にたくさんあるがそれは省くとして、その他政を担う機関としての名称が奇跡的に教会になり、それならと、神子という名称も決まった……ということらしいのだが、どうにも過程がすっ飛ばされているようだ。


「とは言え、全部ミーシャちゃんが決める事だよ。教会に行く事ではなく、神子になる事が、だけど」


「…………アリシアさんには全部視えてるんじゃないですか?」


「あはは~何の事だか」


「そもそも、アリシアさん達はどうやってミーシャさんを見つけたんです? いくらアリシアさんでもファブナーに住む全員を知っている訳じゃないはずです。知っていたらもう化け物ですよ」


「あっはっは~!」


「覚えてないですよね?」


「うん。流石にね。別に私は万能じゃないよ。なんでも出来るって思われがちだけど、実際は出来ない事を増やそうとして、やらなくてもいいことばかり覚えて、空回りが基本だよ。私に出来るのは戦闘くらい。というか、そもそも私には政とか似合わないし苦手なんですぅ~!」


 なぁにが元王女だぁ! 何年前の話だぁ! このやろぅ! 椅子に座り、机に肘を着いて足をバタバタさせながら彼女は悪態をつく。


「そもそもファブナーリンドを創ったって言うけど、成り行きだし、王とかガラじゃないし、抜け出して旅してたのに王って……。笑える~」


 ケラケラ笑いながら、まるでエールで酔っぱらった冒険者の様に喋る。冒険者の飲み物と言えばエール……だなんてことは無いが、ギルドの中にある酒屋では良くエールを飲んだ冒険者が酔っぱらっていると聞く。


「そうそう、禁書庫の結界が完成したから、今日からしばらく図書館行かなーい! という訳で、皆でファブナーリンドを観光しよう。キミとミーシャちゃんに必要なのは経験だ。ファブナーリンドを観光する事で、新しい視点を手に入れる。特にミーシャちゃんには必要だね。それはもうたぁ~っくさん!」


「観光……ですか。例えばどこを」


「そりゃあ教会に、十三砲台に、冒険者省地区のギルドとか。たぁくさんあるよ」


「確かに教会は一度見た方が良いですね。とは言え、十一歳ですし、一度くらいは見た事があるのでは?」


「中には入ったこと無いでしょ。基本的にミサの時しか入れないし、ミサの時でさえかなり限定的なヒト達しか入れない。なのでぇ、まあ候補だけど、その中を観察するのは良い事だと思う」


「教会、ってことは俺は入れないですね」


「あ、そうだね。そうなっちゃうかな。まあ十三砲台の方には連れて行くよ。十三砲台は私の自信作! ファブナーリンドが円形ということを用いてファブナーリンド自体を魔法陣として捉える……うぅん! 何度考えても天才的な考えだよねぇ!」


「自画自賛はあんまり良くないよ、シアちゃん」


 スルっと横から出てきたセニオリスが、こてんっとアリシアの頭を叩く。


「自信作は少し誇張して説明するくらいが良いんだよ。ま、これはオリちゃんにはわかんないかな~」


「…………まぁ良いけどさ。良いんだけどさ。言い方に棘ありすぎ」


「ミーシャちゃんは?」


「部屋で読み書きの勉強。ボクが居なくても自分から勉強するくらいだから、知れて嬉しいんじゃないかな」


「そか。そかそか。そりゃ良い。オリちゃんの頃を思い出すなぁ」


「…………かなり昔の話じゃん、それ。で、今日は何するの?」


「特に何もしないよ? 観光! とか言ったけど、それは明日以降」


 急に言われないだけマシだ。まあ最早急に何を言われても驚かないと思う。だって養子の話さえもいきなりだったんだから。もう慣れた。


「たまにはのんびりさせて。何をするにしても英気は大事。養わないとやる気も出ない。ここに来たばかりのミーシャちゃんを連れ回すのも可哀想でしょ」


「それもそうだね。それじゃ、溜まった家事やろっか。シアちゃん?」


「えっ、いやほら、私は学校に提供するようの教科書の清書作業も残ってる……しぃ……? 忙しいっていうか、ほら、その」


「まだ猶予あるでしょ」


「ありませーん! ないです! 無い無いある訳無い」


「嘘吐かないの。仕事関係はボクが殆ど管理してるんだから」


「溜まった家事って言ってもそんなに無くない? 洗濯?」


 そうは言うが、洗濯してなくて溜まってるのは下着くらいなモノだ。魔力でコーティングしたら汚れないのです! とか言うのだ。匂いとかはどうなんだろう。薄れていく物だろ、そういうのは。乙女として気にならないのか?


「掃除もあるよ」


「…………仕方ない、やるかぁ。シグも手伝って」


「ほんとはミーシャちゃんをお迎えする前にするべきだったんだけどね」


 なんというか、話が堂々巡りして全く別の地点に着地してしまったような気分だが……確かにミーシャには才があるだろう。いや、その実を見た事が無いから、アリシアが言うことを鵜呑みして、ある。という事にしておこう。それで、あの自称緊張しいが実質的な統治者なぞやれるのだろうか。全てが視えている。あながち間違いではないのだろう。本格的に化け物じみているが、物理的なモノか、それとも全て計算した結果なのか。


 理論上、エーテルや魔力回路の流れを見れば、相手が繰り出してくる魔法や行動を先読み出来るらしいが、それが出来るのはほんの一握り。とは言え、アリシアが視えているのはそういうのではないだろう。未来視……か。それは『魔女』の特権だろう?


「よぅし! やるからにはちゃんとやるぞぅ!」


「魔法は使わないでね」


「えっ」


 とても嫌そうな顔をして、彼女は項垂れる。大体魔法でやればなんとかなる。彼女を取り巻く環境は大体魔法で解決される。そうやって生きてきた。幾ら魔法の才があるとは言え、足腰が弱ってしまうのではないかと心配になってしまう程に彼女は魔法に頼っている。いつか歩く事さえも辞めてしまうのではないかと思う程だ。現にセニオリスは限定された空間、図書館などであれば、宙に浮いて過ごしている。魔力の消費が激しいので、そういった事はアリシアには出来ないが、ほぼ無限の魔力を持つ彼女ならば、まあ可能なのだろう。


 魔法によって掃除をする、というの原理的には図書館の本の管理の仕方の応用だ。埃やゴミ以外にタグを付けてその他全てに魔力を通し動かす……脳筋お片づけ法である。一歩間違えたら砲になる程の魔力量を使うが、魔力の扱いがずば抜けて上手い奴なら、そういうことも起きないのだろう。


 世の中のヒト達がどれだけ一生懸命掃除をしていると思っているんだ。


「なら箒とか持ってこないとですね」


「シグは窓拭いて。ボクとシアちゃんで床の掃除をするよ」


「解りました」


「ミーシャちゃんは今勉強にお熱だし邪魔するのは悪いから、あの子はあのままで」


 大掃除だ。ミーシャが来る前にやるべきだった事を、少し遅いがやっていこう。新しい家族を迎えたのだから、心機一転、綺麗にして気分の良い生活を送ろう。何が魔法でコーティングしてる~だ、馬鹿。湯浴みは好きな癖に洗濯を面倒くさがりやがって。確かに理由は解る。彼女の服は貴重なモノ。千年前のカルイザムの王の指示によって作られた魔法を使うモノ、特に女性に対して一番適応しやすいモノだ。他にこの服は存在しない。なので、彼女は文字通り肌身離さず身に着けているわけだ。洗濯している間着られないのはちょっと……というのだろう。


 具体的にどのような効果があるのかと言えば、外エーテルによる身体の浸食を防ぎ、体内魔力の漏洩を遮断する。これは彼女の付けている指輪の効果もあり増幅しており、魔物からの感知を完全に防ぐほどになっている。外エーテルによる身体の浸食を防ぐ、というのは実質的な防御結界になっている。帽子は単なるオシャレ。魔法使いなら魔法使いらしく、なんて言うが、少し旧世代の恰好じゃないかとも思う。服はともかく帽子はどうにかならないのだろうか。


「そんじゃやりますか」


 結局、取りに行かないととか言ってたくせに空間置換を利用してその手に箒を持ったアリシアの言葉が合図となって、三人は掃除を始めた。魔法、使わずにやるんじゃなかったんですか……? とシグルゼのぼやきが聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。

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