01

 冷たい空気に晒された枕から伝わるひんやりとした感触を存分に味わいながら目を覚ます。名前も知らない鳥が鳴いている。朝を告げる鬱陶しいモノではないが、夜型にとってかなり辛い朝である事は確かだ。いや、夜型にとってどんな朝であっても辛い物ではあるか。訂正しよう。夜遅くまで星と月を観測していた彼にとっては辛い朝だろう。


「…………………………」


 左右には、少女の外見をした化け物が寝ている。片方をアリシア、もう片方をセニオリス。黒と白に綺麗に分かれ、対極の様な関係に見えるが、どちらかと言うと、『同じ』が正解だ。一人称以外違いが判らない。


 さっさと体を起こしてついでに二人も起こしてしまおう。家族と言ったら川の字で寝るモノでしょ! なんて言うから、ちょっと起きるのがめんどくさいんだ。最初に起きた時なんて地獄だ。起こさないように抜け出すのはかなり困難な選択になる。


 アリシアによってがっちりホールドされ、逃がすものかという意思を感じる程に殆どの行動を制限されている。バインドだバインド。物理のバインド。鎖でがんじがらめにされた方が脱出の手立てはある。そしてたとえ奇跡的に抜け出せてもセニオリスが居る。セニオリスの場合、そもそも眠っているのか怪しい。目を瞑っているだけだろうこのヒトは。明らかに起きる速度が異常だ。少し物音を立てただけで起きて来る。


「………………………………」


 さて、ではこの状況をどうやって抜け出すのか。テレポート? 大いにありだ。魔法を起動すればアリシアに感知されて強制的に止められる事を除けば完璧な作戦だ。よって、もうめんどくさいのでアリシアも同時に起こす。なんというか、家族団欒すぎるような気がして少し嫌なのだけど、逃れられないのならもう仕方ないと割り切るしかない。


 アリシアによる物理的なバインドに対し無理やり体を起こす。それによって二人が目を覚ますのに二秒も必要無い。元々アリシアも朝は強い方ではあるのだ。セニオリスが異常なだけで、アリシアもかなり早い。寝覚めが良いというのは羨ましい特性だ。


「ん、おはようシグ」


 ようやく体から手を離したアリシアは起き上がって大きな伸びをする。セニオリスもそれに倣って大きく伸びをする。


「ほら、シグも伸びしなきゃ。伸び~っ! って」


「…………毎回やるんですか、これ」


 これで大体十回連続くらいだろうか。毎日起きると三人揃って大きく伸びをする。仕方ないから大きく腕を伸ばして伸びをする。


「よぉし今日も朝起きた! 偉いぞぅ!」


 やたらテンションの高いアリシアはスっとベッドから降りる。シグルゼもそれに倣って降りると、セニオリスも同じように降りる。二人用のベッド、恐らくは、アリシアとセニオリスで使って行こうとしていたモノだろう。そこに子供であるシグルゼが間に入っている。まぁ本当の子供でも無いのだけど。だけど血が繋がってないとかそういうのを感じさせないくらい、シグルゼは二人に愛されている。それこそ、本当の親子の様に。


 とは言え、だ。まだ七歳とは言え、シグルゼも男の子。外見年齢十六歳程のお姉さんの様な二人に囲まれてはなんというか、性癖に甚大な影響を与えかねない。というか既に歪んでいるかもしれない。どうしようこれで十六歳程の少女しか愛せない偏愛家になったら。今は良いけど、いつかその年齢を超える時が来ると思うと犯罪的だ。


「あっさごっはーんっ!」


 まだ起き上がったばかりの二人を置いてアリシアは一目散に部屋を出てリビングの方へと向かって行った。


「…………相変わらず嵐の様なヒトだ」


「ふふ、そうだねぇ。見ていて痛々しいよ」


「え?」


「さて、と。ボク達も早く行こうか。全部食べられちゃうし」


「そうですね」


 アリシアは大食いという訳でもないが、朝ご飯に充てる食料がそもそも今日は少ないのだ。パン三つだけしかないので、何か即席で作るべきなのだろうが、この三人全員料理が出来ない。つまり、彼らは朝ご飯は愚か昼ごはん、晩ごはんに及ぶまで、全てを総菜で賄っている。あとは、アリシアの魔法によって生み出された魔力百パーセントの完全魔法使い専用食しかも超絶貴重なダウナーウィッチ製があるが、別に食べてもお腹が満たされるわけじゃなく炉心の回りが良くなるだけだし……。


 食料保管庫はいつも総菜だけで料理の材料となる、ジャッカロープの肉や野菜等は一切入ってない。あっても腐らせるか黒焦げにするかなので、結局無駄にするだけだ。貰っても一番困る。


「そういえば、最近図書館の方はどうなんです?」


「ん~。いつも通りだよ。問題があるとすればそうだなぁ。禁書庫がちょっとねぇ」


「結界ですか。アリシアさんの技術でも苦戦するってかなりですね?」


「規模が規模だからね。構造自体は簡単で強力なんだけど、規模が大きすぎてカタリストが足りない。もう少しコスパを低くする為にちょっと工夫しないといけなくてね」


「セニオリスさんの魔力量でも不可能なんですか?」


「いやいや、ボクの魔力なら恒久的に提供は出来るけど、それは意味がないよ。もしボクが死んでしまったり、どこか別の場所に行ったら結界が消えて大変な事になるよ。ボク達はいつか、まぁ当分先だけど、どこか遠くへ行く事は確定しているんだから」


「……………………そうですか」


 少ししゅんとした顔になる。流石の彼でも少し寂しく思ってしまうらしい。とは言え、ヒトである彼と化け物である彼女達では寿命もかなり違っている。なので、シグルゼが寿命を全うする程の時が経とうと、アリシア達からすれば一年の間に起きた事くらいの感覚なのだ。


 とは言え、シグルゼが居なくなるのは彼女達にとっても寂しいだろう。彼女達にとっては息子同然。どちらがお母さんでどちらがお父さんか論争は未だ決着していない。シグルゼ本人に聞くと、「いや、そんなのどっちでも良いですよ」なんて返ってくるので、終わらない論争と化した。


「やっぱりシアちゃんにデグルの方に一回行かせるべきか……。ボクが顔出してもって感じだし、シアちゃんなら、顔パスがあるから……」


 なんだか恐ろしい事を言ってそうだ。顔パスという名の脅迫じゃないか? 実質的な王を送り込む行為だぞ、それ。しかも絶対アポ取らない。転移魔法で「やあ! 来たよ!」って軽すぎるフットワークで来るんだ。怖い。そこらの魔物が一気に攻め込んでくるよりも怖い! だってこのヒト達何考えてるか解らないんだもん! 化け物だもん!


 そんな事を話ながら、リビングに着くと、アリシアは既に朝ご飯、というかパンを貪っていた。両手に大きめのパンを持ってもぐもぐと食べているのは見た目相応なのだが……中身がなぁ。


「遅かったね」


「シアちゃんが猪突猛進が如く走っていくからでしょ」


「お腹空いてたから……」


「面白い冗談だね」


 にこにこ笑うセニオリスに少し影を感じる。いや影しかないか。白色なのに。


「今日はそんな急ぎの用事も無かったはずだけど?」


「今日こそ禁書庫を完成させる。任せてくれよオリちゃん。私ってば天才だからきっと今日にでも完成させられる!」


「天才なら初日で完成させてよ。っとそうだ。やっぱりデグルで基礎盤作ってもらった方が良いんじゃない? 残念ながらファブナーでは制作が不可能で諦めたからこんな時間が掛かっているんであって、別にデグルに頼めば……」


「最初は良いけど、その後はどうするの? もしそれが壊れたとしたら、その後はどうするの? 今は確かにデグルとは友好的、というか、ファブナーに対して敵対的な国なんてないけど、いつ敵対されてもおかしくない。そんな状況でそれが壊れたら?」


「………………トレースは無理か……」


「無理だね。現代に居る魔法使いたちは皆構造を読み取るのが限界だ。麗愛の時とは訳が違う」


 かなり真剣な話なのだろう。シグルゼには着いていけない。シグルゼもかなり魔法の知識は豊富な方だ。そりゃ世界一の魔法使いがこんなにも身近に居るのだから当たり前なのだろうけど。


「じゃあ、サミオイ近くの塔を使えば……」


「う~ん。どうだろう。やってみないと解らないなぁ。二千年程魔法陣を保っていたとすると、かなり使いやすいとは思うけど……」


「そもそも劣化してるかな」


 先ほどから知らない単語ばかりが羅列している。シグルゼは置いてけぼりだ。


「塔を使うとしても、あの塔全てが機能の一部として残ってたとしたら、あの塔全てをこっちに移動させる必要があるし。出来るけど流石に労力がかかりすぎる」


「そもそもの結界を見直しては?」


「あれ以上効率化するのは逆に非効率だよ。これ以上になると、私が居なくなった後のメンテンナンス難易度が爆発的にぶち上がる。そうなるとあの結界の意味も全て消える」


「……………難しいなぁ! 十三砲台作った時よりも難しいなぁ! もう!」


 うわぁぁあ! と両手で頭を抱えたセニオリスが投げやりに叫ぶ。うん。話を聞いているだけでもかなりややこしい話なのは理解出来る。解決法は全く思いつかない。というかシグルゼにそんな知識はない。そういうわけで、彼はずっと置いてけぼり。彼女達の会話についていけた事なんて片手で数える程しかない。齢七歳にしてまだ数回程度となると、最早別言語なのではないだろうか。言葉の端々に知らない単語が出てくる。その単語を全部脳内で検索するも全てが無駄に終わる。一度聞いたことがあってもその意味を知らない。


「なんならファブナーの結界よりも難しいね、これ。地下に作った人工的な巨大な魔力回路から流れを掴んできても良いと思ったんだけど…………」


「これ以上地脈を使うとなるとかなり面倒な事になりそう。……………………何を原動力にするか……か。永遠の課題だなぁ。いつの時代にも永遠なんて無い……。一瞬で矛盾した。はぁ……」


「とりあえずサミオイの方に行ってみようか。シグも行くよ」


「え、俺ですか!?」


 急に話を振られて飲み込んだパンが喉に引っ掛かりかける。


「たまには外の世界も知るべきだよ。キミにとって大きな成長と成り得る。ファブナーリンドだけを見ていてもキミの為にはならない。世界は広いんだからもっと広い視野を持つべきだ」


「…………まだファブナーについて詳しい訳じゃありませんけど……」


「それでもだよ。外を知ればまた別の視点からファブナーを見通せる。そうなると、新しい発見も多いはず。それは星読みにも言える事でしょ?」


「……………………えぇ、そうですね」


 少し迷ってから彼は受け身で返す。彼にとって外は未知の世界だ。だから少し恐怖心もある。もちろん、外に出れば問答無用で魔物が襲ってくるのもある。知識とは、ヒトにとって足枷に成り得る。その魔物がどれだけ恐ろしいモノかを知っている。怪我をして戻ってくる冒険者。たまに出撃する教会騎士と魔導士。それらを知っているから余計に怖い場所だと思ってしまう。


 だけど、それ以上に、知りたいという欲が、勝つ。彼はヒトの子にして、化け物二人の子でもあり、そして──いや、良い。つまらない言い訳は要らないだろう。彼が気になるか、行きたいか、知りたいか。それが全てだ。


「魔物のことなら心配しないで。私とオリちゃんが居て、キミに危害が及ぶようなことは絶対に無いから」


 それは屈託のない笑顔。少し眩しいくらいに明るい笑顔。自分の能力に絶対の自信があるからこそ出来る笑顔だ。ヒトがヒトを護ることはかなり難しい。それは冒険者たちを見ていればよく解る。嫌になる程に。解ってしまう。だからこそ彼女のその屈託の無い笑顔は、あまりに恐ろしい。


「まぁ嫌って言っても無理やり連れてくけどね」


「キミ一人残して家を空けるわけにもいかないしね」


 拒否権はないようだ。腹をくくるしかないぞ、シグルゼ。いや、最初から着いていく気ではあったが……。シグルゼが断ることをしないというのを彼女達は解っている。ちょっと腹立つが、まぁ拒否する理由もない。恐怖心がアリシア達によって払拭されるのであれば残るは好奇心。つまり、幼き体に秘めた冒険心だ。


「行きますよ。行きます。エルフも気になりますし」


「ん、ん~……ん? うん。たぶんエルフとは会えないと思うよ。サミオイ自体には用は無いし」


「えぇ……ヒトより優れた魔力回路ってかなり気になるんですけど」


「オリちゃん見慣れてたらそんな驚く要素はないと思うよ。ほら早く支度しな。私とオリちゃんは既に出来てるよ」


 いつの間にか着替えている。たぶん空間置換の応用……だろうか。解らない。服自体をエーテルに変化させてたりしてたら流石にその構造を読み取ることは出来ない。


「相変わらず便利ですね」


「シグもその内魔法上手になるよ。ボクの子だからね」


 セニオリスが無い胸を張る。まあどっちも胸が無いのだが。なんなら影すら無い。彼女達の成長は完全に止まっているので、これ以上胸が大きくなることは無い。とは言え、彼女達の技術であれば、自在に見た目を変えることも出来るだろう。視点、感触、造形、感覚、全て鮮明に再現するにはかなりの労力が要るが、本来あったはずの成長した姿というのも再現しうるかもしれない。でも十六程の見た目で影が無い程の素晴らしき絶壁である彼女達が成長した所で望み薄だと思うが。


「では着替えて来るのでちょっと待っててください」

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