02

 転移した先は深い森の中。道さえも整備されておらず、正直木以外何も無い。だけどなんだか神秘的なイメージを与えて来る。場に満ちたエーテルの影響だろうか。地脈もあったりするかもしれない。たまたまなのか、それともこういう状態だから、木が多く生えたのか。森になった要因は解らない。というか自然の摂理なんてヒトに到底理解出来モノではない。


「とりあえず近くには来たけど……明確な位置は覚えてないんだよねぇ」


「まぁかなり昔に来てそれっきりだったからね。方向は何となく分かるけど、地脈の流れも長い年月をかけて少しだけ変わってるし、正確な位置までは解らない。シグ、そういう時はどうするか解る?」


「風脈も変わっているのなら、それらによって位置を特定するのは難しいので、星で方角を測るしかないですね」


「そう。それはキミの本分だ。とは言え、まだ未熟なキミには難しい。なので、私の手本を見ておいて」


 同時に彼女は何も無いはずの空間から杖を取り出す。これもまた、空間置換の応用だろう。魔法使いがこうして便利そうに使っているモノは大抵が空間置換の応用だ。元を正せば、空間置換は転移の応用、転移は星読みからなる座標の転用……と一つの術式にもかなりのエッセンスが存在しているが、まぁ細かいことはどうでも良い。問題は何故星読みがエッセンスに入っているのに彼女がそれを扱えるかということだ。


 杖の先で地面を突く。この程度の星読みならば、杖さも必要無いが、まぁお手本なのだから、そういうのはしっかりやるべきだ。


 地に描かれた魔法陣は空に浮かぶ星の位置の縮図。それらを映し出す事で、正確な位置を把握するのが、この星読みと呼ばれる表面上の使い方だ。あくまで表面的なモノなのでこれが本質だとは思わないで。こんなのは初歩の初歩だ。


「シグ、キミには魔眼が無い。アニマ家に代々伝わってきた星見の魔眼がキミには何故か受け継がれていない。この言い方は適切じゃないな。えぇっと、変異してるんだ。だからキミは魔眼無しで星見を行う必要がある」


 魔法陣の上に立つアリシアが、シグを見下ろす。まだ小さい彼にとってこの規模の魔法陣は見慣れないモノだろう。本来なら詠唱だとか、カタリスト……触媒だとかそういうのが必要なはずだが、アリシアの手によって強引に簡略化されている。触媒に関してはシグルゼにも必要が無いだろう。彼の場合は存在自体が触媒の様なモノだ。


「そうなるとキミはかなり困難を極めることになる。私やオリちゃんが手取り足取り教えるけど、本職程じゃない。……キミに必要なのは知識と経験。経験は私達で補う。だけど知識は、そう、それこそ、シオン達の遺産に頼るしかない」


 アニマ家は潰れた。あの日、きちんと潰れて消えてしまった。それによって起きた弊害は色濃く残っている。ファブナーの星見の消失。現状ファブナーリンドには星見と呼べるヒトが存在しない。これは、かなりの問題だ。星見が居ないということは天脈が読めないということ。魔力災害の予見が全く出来ない。それでは対策のしようがない。アリシアが星見の代わりを務めているが、あまり長くやるのは国よって良くないだろう。


「残ったのは少ないけど、なんとか復元した。それを使って、星見を習得しないといけない。もちろんサポートはするし、その為の図書館もある。キミが夢を叶えようとするなら、私達は全力で後押しする。キミの好きな様にやって欲しいんだ」


「…………勿論星読みはしっかりやります。ですがそれ以外にも魔法についても知りたいんです」


「もちろん構わないよ。シオンは星見だけでなく魔法にも秀でていた。だからこそ、キミを」


「よおぅし塔の位置は解ったし、ここに長居する理由も無い。早く塔に行って確認しよう。使えるのなら、今日中に運び出したいし!」


 セニオリスが割って入る様にしてアリシアの言葉を遮る。それ以上の発言はあまり喜ばしいモノでは無かっただろう。


「ん、そうだね。シグ、星読み図は良く見てるから、今の魔法陣を見て場所は解った?」


「いや、俺はそもそもどこにあるのかを知らないので……」


「あ、そうだった。そりゃ見ても解らんよね」


 てへー、やっちゃった、と頬を掻く。たまに出る天然はどうにかして欲しい。それによって何度振り回されてきたか。セニオリスが大きく溜息を吐く。


「行くよ」


 先行するのはセニオリス。「ボクは戦闘向きじゃなく、サポート向きなんだよ。なので基本的にシアちゃんの影に隠れてるのが常なんだよ~」と緩く話していたのは嘘だったのだろうか。現状確かに魔物の気配はしないが、それでは後衛職だと自負していたアレは何だったのだ。


「オリちゃん、前行き過ぎだよ。魔物来ても知らないよ」


「だいじょーぶ! どうせシアちゃんがなんとかしてくれる!」


「他力本願じゃん。私、タンクじゃないんだけどな」


 やれやれと首を振る。同時に手に握ったままの杖でコツンっと地面を突く。まるで手の甲に止まった蚊を叩き潰す時のように、彼女は魔法を放つ。セニオリスを囲う様に出た四つの魔法陣はその場で高速に回転する。新たに浮かび上がった紋様こそが彼女にとっての魔法陣とでも言うように。うん。解りづらいな、この表現。そうだな、火の着いた棒を振り回して空中に絵を描くようなモノだ。それを用いて別の魔法から別の魔法を発動する。いわばフェイント。騙し討ちだ。


 回転した魔法陣が移動して四つすべてが一方向から見て重なるように配置される。最初からそうやって配置していたら良いのでは? なんて言うと、見栄えis大事! だなんて言って話を聞かない。「魔法使いってのはロマンチックでロマンを追い求め生きるものなのさ!」なんて彼女の口癖は冗談のように捉えていたが、うん。これを見ると認識を改める必要がある。


 やがて放たれた魔法は岩石によって出来上がった無骨な剣。それは剣というには、あまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして、大雑把すぎた。それはまさに岩石だったとかそういうナレーションが入っても仕方ない程。そういう魔法だから剣と呼ぶしかないだけで、実際は、小さな剣山をぶち込むようなモノ。よぅし正直に申し上げよう。この魔法使いはトチ狂っている! 相手はただの魔物。こんな対巨大魔獣用決戦兵器みてぇな魔法を雑魚にぶち込むバカがどこに居る! 規格外というのもいい加減にしろ。


 伝わってきたのは爆発音と地面を揺らす程の衝撃と爆風。それによって二人の髪は風に攫われる。ついでにひらひらした彼女達の服も風に攫われてふわりと舞う。アリシアは帽子を押さえ、セニオリスはスカートを軽く押さえ、シグルゼは二つの意味で顔を覆う。


「えげつねー、シアちゃんえげつねー。今のただのワーウルフだったのに」


 オーバーキルってレベルじゃない。爆心地抉れそう。いや、それより、


「そんな大きな音立てたら余計魔物が寄ってくるのでは?」


「………………………………あ、」


 アリシアがまたやっちゃったと大きく口を開ける。ワーウルフつまりは犬畜生だ。音にも匂いにも敏感な彼らにとって、今の音と先ほどの『グラーヌス』の着弾によって起きた火の匂いには釣られるのも当然。足の速く、統率の取れる彼らからすれば、女二人子一人だなんて格好の餌ってわけだ。


「ひゃっほーう! にっげろーぅ!」


 アリシアがシグルゼを抱き上げて走り出す。


「しーあーちゃーん―っ!」


 ちょっとだけ頬を膨らませたセニオリスが走りながらアリシアの頭をこてんっと叩く。


「前にもこんな事あったよね! あったよね!? なんで学ばないの!」


「もう成長しないモノで……。完成されたアリシアさんなので!」


「これ以上INTは上がらないってこと!? うわーん! お嫁さんがバカだぁ!」


「な、なにをぅ! ステータスはオリちゃんとそう変わらないはずだぞぅ!」


「じゃあそのステータス殆どが無駄なんじゃないかな!?」


「えぇーい! わかった! 全部けしとばーす!」


 走っていた足を急に止めたせいで、少しだけ足が地面を滑ってようやく停止した。人間がする動きじゃないと思います。転んだらどうするんですか。


「極端! あまりにも極端! 馬鹿! 単純! あほ丸出し!」


「あっれぇ!? 私一応キミのお嫁さん……? お婿さん? なはずなんだけどなぁ! 愛されてるはずなんだけどなぁ! というか昔と立場逆転してない!?」


 片手でシグルゼを抱えたままの彼女はもう片方の手に握っている杖を狼の群れの方角に翳す。


「シグ、その目でしかと見てなさい! お母さん張り切っちゃう!」「キミはお父さん!」「うるさい! 私がお母さんだ! オリちゃんが旦那さんなんだよ!」


 争いは同じレベルでしか起きないらしいね。おい待て問題はそこじゃないだろ!


「あぁもう! どっちでも良いから! 狼の餌になるのだけは勘弁ね!」


「えぇー、もっと激励してよ。ほら、ほら! シグが寝静まった後の夜の時の様にっ!!」


「うっざ。うざいな! いやもうどっちもいいや! 愛してる! 愛してるから! さっさとやって塔に行くよ!」


「雑いな! えぇい! まぁ雑か丁寧かはこの際どうでもいいや! 俄然やる気出てきた! 当社比五千倍!」


 杖を中心に魔法陣が描かれる。


「詠唱大幅カット! というかそんなモン要らん! 別に恨みとかそんなのは無いけど邪魔だから殺すね!」


 とんでもなく物騒なことを口走りながら、プロセスを進めていく。詠唱大幅カット。というか要らんとかそんなセリフを吐けるのは聖方を識る彼女だけだろう。吐き気のする程規格外。ヒトの形をした化け物め。


「ちょ、ちょちょちょっと! 火力火力! またばかすか撃ったら余計魔物来るでしょーが!」


「あ────────────」


 セニオリスの静止は間に合わない。作り出された魔法陣は、急速に魔法を組み上げて────。


 ドッッッガァァアンッ!!

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