肉食動物に厳しい世界

あきカン

第1話

 おれはグチャグチャ。恐竜だ。

 この前は友達のケビンに誘われてドッヂボールをやった。


「おいグチャグチャ、人数足らないんだ。チームに入ってくれよ」

「いいけど」


 開始直後、おれの投げたボールがシマリスのジョンの頭に当たった。

 凄まじい衝撃音が響いて、気づくとジョンは地面に倒れていた。


 首があられもない方向に曲がっていた。みんなが叫び声をあげながらジョンに駆け寄る。

 おれも続いて声をかけた。


「ごめん、ちょっと力が入って」


 ジョンは意識はあるみたいだが、口をパクパクとさせるだけで声までは聞き取れなかった。


 後日、おれは一人でジョンのいる病室を訪れた。


「この前はごめんよ、ジョン」

「気にするなよ。避けられなかった俺もバカだったんだ」


 彼の好物のりんごの入ったかごを見せると、ジョンの表情に温かさが戻った。


 りんごを切ってあげようとして、左手で持ち、右手にナイフを持った。


「うまく切れないな」


 ナイフがうまく皮を切れない。思わず力が入ってしまった。

 りんごが爆発したような音を立て、果肉がそこら十に散らばった。


 またやってしまったと落ち込んでいると、ジョンが声をかけてくる。


「大丈夫だって。ほら、貸してみろよ」


 りんごだけで良いというので、手渡すと前歯を使って丁寧に皮だけを削り取っていった。


「グチャグチャ、ケガしてるじゃん」

「ああ、こうすれば大丈夫」


 いつの間にナイフで切ったのか、人差し指から垂れる血を舐め取った。


「それじゃ、また来るよ」


 ジョンに別れを告げて、病室を後にした。


 翌朝、喉の奥にタンがからんだような気持ち悪さを感じながら起きる。

 家を出ると大勢の人たちに取り囲まれた。


「この、人殺し!」


 声をあげたのは、よく相談に乗ってくれる近所のカバのおばさんだった。


 力がうまく制御できないことを打ち明けると、「悪意を持って傷つけなければ、大抵は許してくれるものだ」と教えてくれた。


「あんた一体何考えてんだい!?」


「なにって、今からジョンのとこに行こうと・・・」


「ジョンは死んだよ! 」


 おばさんに連れられて病室へ向かうと、そこは惨劇の現場のようだった。


「よーく見て思い出すんだ。アンタは昨日の晩、この病室を訪れて彼を噛み殺した――じゃなきゃ、どうして首だけ無いなんてことがある!?」


「し、知らない・・・本当だ! おれは」


 吐き気がして、おれはその場で踞り溜まっていたものを吐き出した。


「あ、ああ・・・」


 汚物といっしょに、丸い物体が床に落ちた。

 飲み込めずに引っ掛かっていたのは、ジョンの頭だった。


 その時、おれはすべてを思い出した。


 昨日の晩、おれは間違いなく病室を訪れた。理由は単純だった。

 腹が減っていたのだ。


 この世界には、おれの食べられるものが存在しない。

 それは全部、おれの身の回りで生きているものだけだった。


「グチャグチャ、やっぱりお前も俺を食べるのか? ――いや、止めはしないよ。この世界は、お前には生きづらすぎる。それにお前は恐竜にしては優しすぎだ」


 間違ったことだと、ジョンは言った。自分たち草食動物が生き残ってしまったのは、運命の導きから外れた結果によるものだと。


「もしも俺が草に優しい奴だったら、きっともっと生きるのが辛かったはずだ」


 けれどジョン、聞いておくれ。

 きっと大して変わらないと思うんだ。

 君をエサとして見るのか、友達として見るのか、たぶんそれくらいの違いでしかない。


 おれたち肉食動物が生きながらえたら、きっと今度は君たちをエサにする。


 そうなったら、君とこんな風に友達になれはしなかった。


 君がいたから、僕はここまで優しくいることができた。

 そのことだけは、たとえ運命から外れた結果だとしても、ずっと誇りに思っているよ。


「だからジョン、おれはこれから君の分まで生きてみせるよ」

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肉食動物に厳しい世界 あきカン @sasurainootome

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