最終話 どこにでもいる暗黒騎士と聖女、人を拾う

 決闘の決着は、ハジメの勝利。誰がどう見ても明らかで、だからこそ会場に蔓延する怒りの空気を感じたハジメは「まあそうよな」などと呟くとハバトームに近づいていく。


 見事に地面と縫い付けら、鎖で雁字搦めにされたハバトーム。


 彼の身体を見て、魔法がきちんと機能していることを確認したハジメは大槍を無造作に掴むとハバトームの身体を地面に向かって押し始めた。


「――何をしている貴様ァッ!!」


 怒鳴り声を聞いて振り返れば、そこには今にも剣を抜きそうな形相で歩いてくるバルトの姿。


 その後ろから心配そうに駆け寄ってきているリンの顔色も悪い。


 ああ、とハジメは気付いた。


 大槍にかけた魔法は、外から見ていて分からない物だったな、と。


 ハバトームの身体が床についたことを確認したハジメは、外野の声を無視して大槍に手をかけ、力一杯引き抜いた。


「――アアアアアアアアアアッッッッ!?!?!?」


 天地を揺るがすような悲鳴があがり、ハバトームの身体がビタンビタンと跳ね回る。


 と、数秒で収まった後ハバトームは意識を取り戻した。


「――わ、吾輩は……?」

「よっ、起きたか?」


 顔を上げたハバトームが自分の身体を見下ろすと、大槍から伸びた金の鎖が自分の身体と繫がっているところであった。


「これは……」

「よう、起きたか」

「吾輩は確か、貴様の槍に貫かれて……」

「――父上ッ!!」


 ハバトームが覚えているのは、大槍で貫かれたときに今まで感じたことのない、この世のものとは思えない激痛で意識を失い、同様の痛みで意識を取り戻したということだけだった。


 涙目で駆け寄ってきたバルトの頭を撫でながら、説明を促すようにハジメに視線を送る。


「魔法に鈍化と治癒の魔法とか、威力を落としたり死ににくくする効果をつけたんだ。ただそれだけだと決着がつかないから、この鎖には死ぬほど痛い思いをする呪いがかかってるんだよ」

「死ぬほど痛い思い……あの痛みか」


 意識を取り戻したときに感じた、言葉で言い表せない酷い痛みはそれが原因か。


 ハバトームが問えば、ハジメは肯定した。


「鎖の効果と魔法の効果。二つの効果を合わせることで、攻撃が当たった相手に致命傷を与えつつも死に至らせない。代わりに死ぬほど痛い思いをさせることで意識を奪い、同様の刺激で覚醒させる。それが今やったことだ」

「…………殺してひどい目にあったからだな?」

「良く覚えてたな。『絶大なる力を無辜の民へ。絶対の救済を全ての者へ。これは偉大なる人との契約である。偉大なる医人の誓いグレートヒール』」


 大槍と鎖を分離させ、剣に魔石を装填したハジメが回復魔法を唱えてハバトームの治療を始め、鎖を少しずつ引き抜いていく。


 全ての鎖が抜ける頃にはハバトームの腹部に傷はなくなっていて、それらしい損傷は鎧に空いた穴だけになっていた。


「これが魔族の回復魔法か……」

「魔具なしじゃこんなに綺麗にできねぇよ。俺、回復魔法苦手だし」


 それより、と上体を起こしたハバトームの横に座ったハジメが聞いた。


「なんでこんな決闘なんざ始めたんだ? 俺は楽しかったから良いけどよ、お前らには何の得もないだろ」

「それは――」


 そうしてハバトームは語りだす。


 聖女を辞めると言ったリンのこと。ハジメの持つ技術を必要としていること。魔族について知ろうと思ったこと。


 それらを語ったうえで、ハバトームは言う。


「と、尤もらしい事を言ったが実際のところは、吾輩が戦いたかっただけだ」

「へぇ、そいつぁどうして?」


 自分のことを恐れることこそあれど、わざわざ挑みに来る理由が分からないハジメが聞けば、ハバトームはひび割れた床に指を這わせながら言った。


「吾輩は今まで、全力で戦ったことがなかった。自分の力を試したい。自分の全力を見せつけたい。そんな時に耳にしたのが、魔族の伝説だった。吾輩は憧れたのだ。伝承に聞く魔族ならば、吾輩の全力を受け止めてくれるのではないか、と」


 しかし、伝承に出てくる魔族は空想の産物でしかなく、ハバトームが若い頃に焦がれた魔族にはついぞ出会えなかったのだ。


「だが、そこに貴様が現れた。王が倒れ、国が好き勝手されているのに何も出来ない絶望感の中、貴様は嵐のように全てを変えて行ってしまった。そして、帰ってきたドラコメインの変わりようを見て吾輩は確信した。貴様が来たことでこの国の何かが変わったのだと」


 その何かが分かれば、あるいは、とハバトームは思ってしまったのだ。


 だから彼はハジメに無茶な決闘を要求した。


「あー、うーん? ……まあつまりなんだ」


 どんどんハバトーム自身の抽象的な話になってきたので理解できなくなってきたハジメだが、自分たちがやったことを考えて腕を組みながら言う。


「俺と戦いたかったってことだよな? で、どうだった?」

「どうだった、か。……最高だったさ」


 少年のように無邪気な笑顔で、でも悔やむような声で言う。


「もうこれで終わりだと思うと惜しいくらいにな」

「えっ、これで終わり?」

「…………なに?」


 これから先自分が彼と戦うことはない。そう考えていたハバトームに、嘘だろ、とハジメは返す。


「あんたが死んだわけじゃないんだし、まだ戦えるだろ。あれか? 傷の後遺症とか、あっ! あのすっげぇ力を使った反動でどっか壊れたとかか!」

「吾輩は将軍だぞ、戦えるはずがなかろう」

「えー、そうかぁ……鎧の俺と戦えるのになぁ」


 鎧の俺、と言われてハバトームの眉が跳ねる。


 そう、今回の決闘でハジメが使用したのは彼が持ち込んだ特殊な礼服であり、噂に聞く悪魔の鎧を纏ったハジメではない。


「それに、鎧にも変身があってさ。竜外装に超外装に、最低でも後二回は変身残ってんだけどなぁ」

「ぬぅ……しかし」


 戦ってみたい。だが、やはり立場と年齢がハバトームにあと一歩を留まらせる。


「俺が戦いたいし」

「……俺が?」

「だってあんた強いしな。色々収穫もあったし、こっちで会った中で一番強いあんたとこっから先まだまだ戦えるんだったら嬉しいし」

「……吾輩も七十歳に迫ろうとしておるのだぞ? 戦えるのもいつまでになることか」

「そんなもんずっと戦えばいいだろ」


 何言ってんだあんた、とハジメは当たり前の事のように言う。


「あんたら人の寿命が短いのは知ってるよ。でも、だとしてあと何年だ? だいたい百歳なら、今六十だから、あと十年、頑張れば二十年は戦えるし、戦えなくなっても戦い方なんていくらでもあるぞ?」


 今回のような戦いがどれだけできるかは分からない。でも、


「戦えるんだったら、戦おうぜ?」

「――――」


 ニカッと太陽を思わせる明るい笑顔に、ハバトームは初めてストンッと胸の中に収まるものを感じた。


 なるほど、これが魔族か。納得してしまうとなんだかとてもおかしくなってきて、ハバトームは大口を開けて笑い始めた。


「くはっ、ははははっ、ははははははっ!! そうだな、戦おうでは「駄目です」ない、か?」


 差し込まれた冷たい声にハジメとハバトームが振り返れば、そこにはニコニコ笑顔で腕を組み二人を見下ろすリンの姿があった。


「あのー、リン?」

「なんですか? これからもこんな戦いをしたいっていうんですか?」

「えっまあうん」


 謎の威圧感に冷や汗を垂らしながらハジメが言えば、リンは、ふぅ、と吐息を漏らして、


「駄目です」

「えー、でも」

「駄 目 で す」

「いやでも」

「駄目です。なんですか? そもそもですね――」


 気づけば姿勢を正されたハジメとハバトームはリンに滾々と説教をされてしまうのであった。







 決闘から一日が経過した魔の森への帰り道、日が傾き始めた頃、ハジリマ村から続く草原をハジメとリンは並んで歩いていた。


「決闘、良いと思ったんだけどなぁ」


 あの後、無事に通行手形を受け取ることが出来たハジメだったが、ハバトームとの決闘を禁止されてしまい不満そうに呟いていた。


「駄目に決まってます。あの魔法だって絶対に大丈夫じゃないんですよね?」

「そうだけど、あんなに強い人と戦わないとか失礼だし」

「こっちだと将軍に喧嘩を売る方が失礼なんですよ」

「えー、あっちは良いぞって言ってたのに?」

「言ってたのに」

「そうか……」


 残念だなぁ、などと言いながらもなにか考えている風のハジメに、リンはジトッと目を細めた。


「『決闘じゃなくて訓練とか模擬戦なら』とか考えてないよね?」

「そ、そんなことないぞ!?」


 なんで分かったんだ!? と思っているのが丸分かりのハジメの態度に、額に指を当ててため息一つ。


「……でも、意外でした。ハバトーム叔父様があんな人だったなんて」

「そうなのか? 普段はどんなだったんだよ」

「普段……規律に厳しくて騎士たちの訓練にも熱心で、あんな好戦的な姿は見たことなかったです」

「ふーん、立場だからかねぇ」


 不便なものだな、とハジメは考える。


 ハジメにとって、騎士や将軍、王と呼ばれるものは立場を示すものであってそれ以外に意味はない。


 魔族にとっての階級とは、群れを効率よく動かすためのものであって、その仕事をこなすならわりと何をしていても良いのだ。


 それを思うと、人の立場というのはどうにも窮屈に思えてしまう。


「あっ、そういえば聖女を辞めるってのはとうなったんだ?」

「えっと、聖女の立場はアンフィに譲ったんだけど、聖女代行って聖女とほぼ同じ立場になるんだって」


 魔族の調査という名目で与えられた新たな役職だが、聖女とほぼ同じ立場と言っても魔の森周辺での活動に関する権利を持っているだけで、実質的に左遷されたと言っても良いものだった。


「色々気を使ってもらったけど、これからもアンフィの手伝いとかで王都に行くこともあるかもって」

「へー。じゃあ俺もついて行って良いのか?」

「魔族の監視もやることの一つだし……あっ、でもそこでハバトーム叔父様と会うのは駄目ですからね」

「ちぇーっ」


 駄目かぁ、と投げやりに言うハジメにくすくすと笑うリン。


 二人の間に和やかな空気が流れ、ハジメは紫色に変わり始めた空を見上げた。


「なあ、リン」

「なんですか、ハジメ」


 二人並んで歩きながら、ハジメは嬉しそうに笑う。


「これからよろしくな!」





「ハジメ、あれ……」

「んん? ……あっ!」


 もうすぐ小屋につくという頃に、ハジメとリンは森の中に落ちているモノを見つけた。


 そこまで大きくないが、エーゲモード王国であまり見ない不思議な衣服を身にまとったモノは、人であった。


 ハジメとリンが駆け寄って様子を見ると、不思議な衣服を纏った人は、二人よりも年若い少女であった。


「この子、日倭の国の子です」

「日倭の……? あっ、師匠の!」


 日倭の国は、行商人のアスカが拠点としている国だった。


 なるほど、と頷くハジメと違いリンの表情は険しい。


 それもその筈。日倭の国からエーゲモード王国には、険しい山脈を超える必要があり、こんな少女が一人で行くには険しすぎる道のりだからだ。


 この子もなにか事情があるのだろうか。ハジメの顔を見上げるリンに、任せておけと頷いたハジメが少女の身体を横抱きに抱える。


「日倭の国って、駄目な食べ物とかあるのか?」

「えっと……特になかったと思うけど。あっ、豆を腐らせた料理があって、それを好きな人が多いって聞きました」

「くさら……? セラクサみたいなもんか? あったっけなぁそんなの……今から創るか? でも材料がなぁ、うーん」

「ハジメ」

「うん?」

「ありがとうございます」

「……いいってことよ!」


 少女がどんな理由で倒れていたにせよ、見捨てるという選択肢が二人にはなく、二人は少女をどうするか話し合いながら小屋へと帰るのであった。




 こうして暗黒騎士は新たな人を拾い、また世界を広げていくのであった。

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普通の暗黒騎士、人を拾う~追放ヒロインをチートが拾ってみた~ 特撮仮面 @tokusatukamenn

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