第31話 ハジメvsハバトーム

――ああ、口惜しい。口惜しいッ!!


 ハバトームは叫んだ。


 心が歓喜していた。魂が隆起していた。全身の血管が燃え、筋肉が脈動していた。


「あと五年、いや、十年早ければッ!!」

「訳わかんねぇこと言ってんじゃねえッ!!」


 ハジメがもう一方の鎖を射出するが、ハバトームは片手の大槍で絡め取り地面に振り下ろす。


 引っ張られたハジメの体勢が崩れ、すかさずハバトームが鎖の絡まった腕を思い切り引っ張った。


 ハバトームの膂力でハジメの身体が浮き上がる。


「――んの野郎ッッ!!」

「来い若造ッッ!!」


 勢い良くハバトームに向かって飛ばされたハジメは、空いた拳を握るハバトームを見ると鎖を引き戻すことで自ら加速。


 額と額がぶつかり、二人の視界白く染まる。


――ああ、ようやくだというのにッ!!


 肌で感じるハジメの気配を頼りに空いた拳を振り下ろす。


「ギィッ!? 馬鹿力がッ!」

「ごぶっ……舐めるな小僧ッ!」

「ッッ、誰が小僧だテメェ何歳だゴルァッ!」

「げぇっ、ろぐじゅう、六だァ!!」

「がっ――四百二十三だぞ舐めんな若造ッ!!」


 片腕に鎖を巻き付け、体格差を気にせず殴り合う。


 高い身長から振り下ろされる拳を顔面に受け、お返しに鎧を殴るハジメ。


 どんな原理なのか、彼が殴った場所から内臓が無理やり揺さぶられ、ハバトームの口から生唾が溢れ出す。


――六十年、六十年も待ったのだ。


 ハバトームの脳裏に走馬灯のように過去が流れてくる。


 人より強靭な身体をしているせいで、全力を出せば自分の体ごと人を簡単に壊してしまう幼少期。賞金稼ぎとして暴れていた少年期。ホモノン王の元に来た青年期。国を平定し将軍となり、衰えを自覚し始めた今。


 その全てでハバトームは全力を出すことが出来なかった。


 だが今、あれほど焦がれた魔族と全力で戦えている。


 だからこそ惜しい。せめてあと十年若ければ、もっともっと全力で戦えるのに。


「まだだ、まだ足りんぞハジメ・クオリモォオオオッ!!」








 降ってくる拳を顔面に食らいながら、ハジメは思う。


 ハバトームのこれまでの動きに魔法を使った気配はなく、彼の身につけている武器や防具は魔法の形跡こそあるがハジメが使う魔具のように魔法が発動している様子もない。


 それはつまり、身体強化の出力を上げてもついてくる彼の能力は彼自身の身体能力から来ているということだった。


――冗談じゃねえ。相手してられるか。


 肩の毛皮を外して鎖の拘束から脱出したハジメは、ハバトームが動く前に魔法を発動する。


『汝は風、我が手に繋がれし牙の威力を見よ。疾風怒濤!』


 ハジメの声に応じるように毛皮を中心に透き通った緑色の狼が二匹現れ、ハバトームに襲いかかる。


 鎖とつながった狼に襲われるハバトーム、が、彼は動揺することなく襲い来る二匹の首を掴むと二匹をぶつけて狼を消し去った。


「こんなものでどうにかなると思ったか!」

「思ってねぇよっ!」

『必殺! 暗黒重波斬!』


 ハバトームが狼の相手をしている隙に剣を取りに行っていたハジメが必殺技を発動しハバトームに斬り掛かった。


 完全に隙をついた形になったが、ハバトームは素早く大槍を掴むと必殺技を防いだ。


 即座に切り返すハジメだが、それも大槍に防がれる。


「そろそろ負けてくれね!?」

「馬鹿を言え!」


 最初と違って完全に懐に入る形になったハジメと、距離を取ろうとするハバトーム。


 二度と槍を全力で振るわせないために攻撃を途切れさせないハジメだが、ハバトームは完全に防いでみせる。


 それどころか、大槍ではなく鎧で剣を受け、大槍をハジメに向けてくるのだ。


 自分が攻めているはずなのに、何度腹の底が冷える思いをしたか分からない。


 その体格と槍を扱う技術の高さから、まるで壁と戦っているような錯覚すら覚えてしまうハジメ。


 無限に続くと思われた攻防戦だが、ある瞬間流れが変わることになる。


「――ぬっ」


 今まで大槍で受けていた剣撃を、ハバトームが初めて避けたのである。


 そこから、ほんの少しずつだが大槍や鎧の装甲で防御する回数が減っていき、ハジメの剣を避ける動きが増えてくる。


――どっか駄目になったか。


 ハバトームの様子を見て、ハジメはそう考えた。


 武装なのか身体なのか原因は定かではないが、防御をしてはいけない理由が出来たらしい。


 また、ハバトームの呼吸が乱れてきていることにもハジメは気づいていた。


 それもその筈だ。どれだけ体格差があったとしても、ハジメとハバトームでは元々の身体能力に差が出来てしまう。


 ハジメが元々の身体能力に身体強化の魔法を上乗せすることで莫大な体力と能力を手にしているのに対して、ハバトームは元々の身体能力のみで戦わなければならないのだ。


 人の寿命が短いことはハジメも知っていた。


 どれだけ力を実行させられたとしても体力は無限ではないし、短命の種族で高齢ともなれば、その体力も全盛期と比べて低くなっている。


 と、その時初めてハジメはハバトームの「あと十年」という言葉を理解した。


 彼がもっと若ければ、もっと早く出会っていれば。


「もっと楽しかったよなァ!!」

「まだ、楽しめるだろォ!」


 大槍と剣がぶつかり、一瞬の拮抗の後に初めて大槍がブレる。


 ハバトームの膝が折れたのだ。すかさず剣を跳ね上げ、大槍を空高くに打ち上げる。


「波ァッ!!」

「ぐぉぁっ!?」


 仰け反ったハバトームの腹部に掌を押し付け、魔力の衝撃波でハバトームを吹き飛ばす。


 受け身をとって立ち上がるハバトームだが、その時にはハジメの攻撃準備は整っていた。


『我は風、我らは刃。我らは天地を貫く雷なり。鈍く、不死となり、癒やしとなり、穿ち貫け! 疾風迅雷ッ!!』


 跳び上がって打ち上がった大槍を掴んだハジメが、狼となった鎖を大槍に纏わせ、投擲した。


 閃光が瞬き、バリンッ続けてドゴンッと音が響く。


「ああっ!?」


 観客から悲鳴が聞こえた。


 ハジメの投擲した槍がハバトームの腹部を貫いて地面に縫い付けていたのである。


 突き刺さった場所を中心に金色の鎖で完全に拘束されたハバトームが動くことはない。


「――俺の、勝ちだァ!!」


 右腕を天に掲げたハジメが、そう宣言するのであった。

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