第30話 暗黒騎士、将軍と戦う

「ごめんなさい。こんなことになるなんて」

「良いさ。反発受けるのは分かりきってたことだし」


 騎士団の訓練場にはいくつか種類があり、今回使用されるのは闘技場のように建物の中に存在する第二訓練場。


 控室で椅子に座り礼服の機能を確認するハジメに、顔を伏せたリンが言う。


「私が貴方のことを力を示すことで認められるみたいって説明したから」

「事実だし気にすんな。それに、力で要求通してんだから反発されて当然だ」


 魔具――剣を振ったり魔石を入れたりして調子を見る。


「俺等だって、そういうのが嫌で国を興した訳だしな。俺等がやって、やられるのが嫌ですなんて通じないだろ」


 剣、礼服共に問題ないことを確認したハジメは、よしっ、と気合を入れて立ち上がると、リンの肩を叩いて笑った。


「まあ、なんか良いようになるさ」








 第二訓練場の中心、腕を組んでじっと立ち続けるハバトームに、ハジメが歩み寄る。


「なんだ、観客が少ないな」

「……娯楽ではないぞ?」

「そうなのか? こういう決闘は娯楽になるもんだろ」

「ふんっ、魔族というのは随分と野蛮なのだな」

「ははっ、前にも言われたわ」


 ハジメの言う通り、二階フロアが観客席となっている第二訓練場だが、そこに座る人は多くない。


 ホモノン王とゴーラン、リンとアンフィ以外は王の間でも見た衛兵たちがほとんどで、所々に噂を聞きつけたらしい勤め人が好奇心で覗いているだけだった。


「それで、殺されても問題ないんだよな?」

「何度も言わせるな。若造に手加減してもらうほど耄碌してないわ」

「若造って、テメェ何歳だよ」

「……双方、準備は良いか」


 緊迫した空気を醸し出しながら雑談をする二人の間にバルトが立つ。


「吾輩は良いぞ」

『魔石装填!』

「俺も大丈夫だ」

「……此度の決闘の条件を確認する。武器や魔法の使用は自由。勝敗を決める条件は、どちらかの降参、死亡のみとする」

「吾輩は死亡のみで構わんのだが」

「それは困ります」


 ハバトームの不満そうな声を一蹴し、バルトはハジメに視線を向ける。


「うっかり将軍が死んだら凄く困るから、降参ありで良いだろ」

「吾輩が死ぬと?」

「俺が死んでもだよ。以前、関係を築こうとした国の勇士って奴と死ぬまで殺し合って大変だったから……。双方の合意があっても実際に人が死ぬと面倒なんだよ……」


 敵討ちだのでエラい目にあった、と少し疲れたような呟きに「ああ……」と身に覚えがあるハバトームが同意する。


 緊迫した空気が霧散し、戦いの雰囲気が削がれたのを感じて、バルトは、ゴホンッゴホンッ、とわざとらしく咳き込んだ。


「両者同意と見てよろしいか?」

「「応ッ」」

「では、始めッ!」


 バルトの合図で鐘が鳴り、ハバトームは大槍を抜き、ハジメは剣の引き金を引いた。


「武装連携!」

『暗黒武装! 我らの夢、我らの導、我らの戦士に最たる力を!』


 剣から男性とも女性ともとれる音の混じり合った詩が流れ、ハジメの礼服に光がはしる。


「どうした、噂の鎧にはならんのか?」

「まあそう言うなって。この服も同じくらい強いんだから、さっ!」


 そう言いながらハジメは素早くハバトームの懐に飛び込もうとして、


「――ッ」


 足を止めると剣を盾のように構え、合わせるように迫っていた穂先がぶつかった。


 ギャンッ、と甲高い金属音が響く。


「ほぅ、今のを防ぐか」

「……槍ってさぁ、卑怯じゃねえ?」


 感心したように言うハバトームに軽口を叩きながら、ハジメは確かめるように再び走り出す。


 より速く、より鋭く。自分の剣の射程距離に収めるために何度もハバトームの槍の内側に入ろうとするのだが、これが上手くいかない。


 ハジメの走る速度はすでに一般的な兵士で捉えるのは難しいほど。


 しかし、ハバトームはハジメが飛び込んでくる瞬間に合わせて、彼の進路に穂先を置いてくるのだ。


「卑怯だぞー! もうちょっと手加減したらどうだー!」

「ほざけ若造、これくらい越えてみせんか!」


 笑いながら挑発するハジメだが、内心ではハバトームの技量に舌を巻くしかなかった。


 この国で出会った誰よりも大きく分厚い身体を持つハバトーム。


 そんな彼の身体を上回る長さの大槍なんて、普通は取り回しが悪くて使えたものではない。


 だが、ハバトームはそんな槍を使い熟すだけではなく、ハジメの速度にも対応している。


 真正面からの戦いでこれほど戦いにくい相手は居ない。だからハジメは剣での戦いを捨てた。


「そぅらァ!!」

「やぶれかぶれか貴様ァ!」


 飛んでくる剣を弾き、挑発するように吼えるハバトーム。


 その目線の先で、ハジメがニヤリと笑う。


「そんな理由でェ――」

「――!?!?」

「武器投げるかバァカ!!」


 ハジメの両腕、肩から伸びる金色の鎖が揺らいだかと思えば、突然その長さを急激に伸ばしてハバトームの足に絡みついた。


「獲ったぁッ!」


 ハジメが両腕を引くと両足に絡みついた鎖が急速に戻り始め、ハバトームの身体を容赦なく引き倒す。


 そのままの勢いでハジメが身体を回転させ、遠心力でハバトームの身体が宙を舞う。


「これ、ならぁ!!」


 身体の回転に合わせてドンドンと加速していくハバトーム。


 竜巻と見紛うほど加速したハジメは、その勢いのまま鎖を固定しハバトームの身体を床に叩きつけた。


 バゴンッと床が砕け、ハジメが反対を向き再びハバトームを回転させて地面に叩きつける。


 二、三、四、そして、


「五回目ェ!!」


 ハバトームを床に叩きつけたハジメは、鎖を外して手元に引き寄せる。


――槍を手放さねぇとは、天晴だな……。


 あれだけの勢いで振り回して尚大槍を離さなかったハバトームの姿に心のなかで賞賛を送る。


 あれだけ叩きつけたのだ。おそらく全身の骨は砕け意識を失っているだろう。


 誰がどう見たって決着はついていた。


「――おい、みろよ」


 それは誰の呟きだったのか。静まり返った訓練場に響く誰かの声に、ハジメは辺りを見回して、そして見た。


「おいおい、おいおいおいおい」


 信じられない。あり得ない。そんな言葉がハジメの脳内を埋め尽くす。


 ハバトームの身体が震えていた。


 ぶるぶると身体を震わせながら、彼の身体が起き上がる。


「ぐっ、ぶふふ……ふはっ、ふふふふ……くふふふふっ」


 大槍を杖代わりに立ち上がったハバトームは笑っていた。


 顔中血まみれだし、歯が何本か欠けていて、それでも彼は満面の笑みで笑っていたのだ。


「ォ――ッ!!」


 ヤバい。全身が粟立つような感覚に突き動かされたハジメが鎖を発射。


 ハバトームの頭に向け、鞭打つようにうねる鎖を、ハバトームが掴み取った。


「ぬぉお!?」


 ぐわんっ、と身体が揺れハジメが慌てて足を踏み込む。


 一歩間違えたら身体が持っていかれそうになるほどの剛力。


 身体強化の魔法をもってしても拮抗する力に焦りを隠せないハジメに、ハバトームが歯をむき出しにして言った。


「いいぞ、ああ、いいぞ! 俺と死合おうぜ、魔族ゥウ!!」

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