第29話 普通の暗黒騎士、王に謁見する

「なんで服の着方を忘れてるんだ!」

「本っ当にゴメン! こんなになると思ってなかったんだって!?」

「ジャラジャラ音をさせるな鬱陶しい!」

「仕方ないだろジャラジャラするんだから!」


 予定より大幅に時間を使ってしまい、早歩きでワイワイ言い合いながら廊下を歩くハジメとバルト。


 そうやって歩いていると、廊下の先から声がかかる。


「あっ、バルトー! それ、と…………」


 ハジメたちに気づいたアンフィが手を振るが、ハジメの姿を見て表情を固くする。


「あの、ハジメさん? その服」

「やっぱ派手か? これでも魔王同士の会合で着たりしてる一張羅なんだが」

「いえ、服装に関しては構わないんですけど、その……」


 異なる国同士の交流において、その国独自の衣装を着てパーティーに参加することはマナー違反というわけではない。


 しかし、聖女として修練を積んだアンフィはハジメの礼服に隠された危険性を肌で感じとっていた。


「ハジメも着替えたんだ。……それ、前話してた会合用の服?」

「そーそー、それでさ――ぁ」


 アンフィの後ろから現れたリンの姿を見て、ハジメの頭から言葉が消えた。


 動きやすさを重視した、長い脚を覆う白いズボン。花の意匠の刻まれた半透明の布と銀色の装甲が各所に編み込まれた純白のドレス風の服は、ハジメの元に来たときに着ていた聖女としての彼女の装備。


 その格好だけならいつも見ているものなのだが、今日のリンは金で縁取られた紅い宝石の髪飾りをつけ、顔には口紅や目元を彩るアイシャドウと言った化粧をしていたのだ。


「ハジメ? ……その、やっぱりこういうの似合ってない、かな」


 何も言葉が帰ってこなかったことに、しゅん、と露骨に悲しそうな表情をしたリンに慌てた様子でハジメが口を開いた。


「馬鹿言うな! 普段と全く違う感じだから頭吹っ飛んでただけだよ! いつもと違ってなんつーか、こう、大人? な感じで綺麗だからうん。凄く、凄く良いと思う! いつもより淫魔感マシマシって感じだ!」

「ハジメって、困ったときは淫魔って使うよね」

「駄目か?」

「んーん、良いと思う。あと、今日のハジメ凄く格好良いよ」

「……」

「ハジメ? ……照れてる?」

「なんか今日性格違わない?」


 頬を桃色に染めてニコニコと笑うリンと、顔を赤くして口元を隠しつつリンから目を逸らすハジメ。


 二人のやり取りを見て、むふーっ、と満足そうに腕を組んでいるアンフィの肩を、バルトが叩いた。


「……あれも君が見たかった光景か? アンフィ」

「バルトのお陰で、姉様の幸せそうな顔が見れて凄く嬉しいです」

「本当にそれだけか? この感じ前読まされた本にあったが」

「バレちゃいました? 私の好きな人が好きな恋愛模様してるって、最高だと思いません?」

「…………」


 市にある恋愛小説なる娯楽を知って以降、明らかに今までと人の変わったアンフィ。


 その自分の欲望を叶えるための行動力に、目元を押さえてため息を吐いたバルトは「置いて行くぞ」と三人に声を掛けると一人さっさと歩き始めるのであった。









 そんなやり取りをしつつ、王の間に通されたハジメとリン。


 二人が王の間の中心に立っていると、しばらく時間を置いて家臣を引き連れたホモノン王が現れる。


 ホモノン王が現れるのに合わせてその場に跪いた二人。


「……よい。面をあげよ」


 玉座についたホモノン王にそう声をかけられ、二人は顔をあげた。


 顔をあげたハジメは、ホモノン王の顔を見て驚いた。


 それもその筈。彼が会ったホモノン王は呪いと毒によって衰弱した姿で、痩せこけた頬や窪んだ眼は老衰した老人そのものだった。


 しかし、今のホモノン王はどうだろうか。


 白髪に白髭は変わらないが、その毛質には艶が戻り、晴天のような青い瞳は生命を感じさせる。


 削げていた頬も肉厚になり、全身から覇気を漲らせた姿は一年前まで床に伏せていた老人とは思えない。


「久しいな、ハジメ・クオリモよ」

「お久しぶりです、ホモノン王。見違えるほど元気になられたようで何よりです」


 ハジメから返ってきた言葉を聞いて、ホモノン王は、ほぅ、と感心したように呟いた。


「本当にテベス語を理解できるのだな」

「ええ、教えてくれる教師が良かったものでして」

「そうか」

「リン、ドヴルムをこっちに寄越したのは貴方と聞きました。王のお陰でこうして言葉を学び、夢を追うことが出来るようになりました。ありがとうございます」

「よい。……夢、と言ったが手紙に書いてあったことか?」

「はい。国越えは下手を打つと戦闘になるので、こっちの国で許可証みたいなものがあれば欲しいなと思ってるんですよね」


 ハジメとホモノン王のやり取りに、ホモノン王の傍らに控えた宰相のゴーランが表情を険しくする。


「ゴーラン、用意は?」

「はっ、通行手形の発行は可能です。ですが……魔族に発行する、というのは初のことですから」


 言葉を濁すゴーラン宰相に、そうか、と髭を擦るホモノン王。


 二人のやり取りを聞いて、おや? と内心首を傾げていると、ホモノン王の側に控えていた大きな男性が歩き出した。


 衛兵、というわけではない。


 胸にエーゲモード王国の紋章を刻んだ分厚い鎧を装着し、背中に長く太い槍を背負った中年の男性だ。


「王よ、御託は良い。さっさとやらせてくれんか」

「ハバトーム」

「分かっております。しかし、我輩は古い人間じゃから、こうした方が早いんです」


 バルトより濃い焦げ茶色い髪を刈り揃え、口元の皺を深めて笑うその男性は、ハバトーム・ファイファー。


 バルト・ファイファーの父親であり、エーゲモード王国の将軍を任されている人物だった。


 背負っていた槍をハジメに向け、肌で感じるほどの闘志と殺気を燃やすハバトームに、ハジメの眼元が鋭くなる。


「ホモノン王、こいつぁどういう要件だ?」

「……ハジメ・クオリモよ。通行手形がほしければそのハバトームを倒してみせよ」

「あー…………それは、殺して構わないってことか?」


 殺す、と言う言葉を聞いた途端、控えていた衛兵たちが一斉に剣を抜く。


「剣を引け!」


 そう叫んだのはハバトームだ。


「俺はこの魔族を知らねばならん。その邪魔をするなら貴様らでも斬るぞ」


 静かだが重たいハバトームの言葉を受け、渋々、本当に渋々と顔を歪めながら剣を引く衛兵たち。


「良いのかよ。将軍ってこたぁあんたの部下だろ?」

「構わん。我輩は貴様を見定めねばならんのだ。その邪魔をされたくはない」

「でもよ、それで死んだらどうすんだ? 報復で殺されたくはねーぞ俺」


 おどけるように肩をすくめるハジメに、フンッ、と鼻を鳴らすハバトーム。


「そんなちゃちな事を吾輩の鍛えた騎士がするものか」

「じゃあ、村襲った騎士と王子様護ってた騎士とはちげーのか」

「あんな不良と手に塩をかけた騎士団の騎士を比べるでないわ」

「へぇ」


 どれくらい強いのか、と衛兵に視線を向けるとハバトームに言われて剣を収めた彼らは一瞬身体を固めるが、すぐに冷静さを取り戻す。


――良いじゃねェか。


 その仕草にハジメは騎士団の評価を上方修正する。


「で、ここでヤんのか? 王様も巻き込んじゃうぞ?」

「騎士団の訓練場がある。そこで試合としよう。案内はドラコメインがやるじゃろう」

「分かった。装備の条件と勝敗条件は?」

「なにを知れたことを」


 条件の確認をするハジメに、ハバトームは黄ばんだ歯を見せて言う。


「どちらかが死ぬまでに決まっとろうが!」








「父上!」


 訓練場に向かうハバトームの背中に声がかかる。


「どうしたバルト」

「どちらかが死ぬまでとはどういうことですか!?」

「そのままの意味に決まっておろうが」

「何故です!」


 振り返ったハバトームの表情を見て、バルトが絞り出すように言う。


「あの男は、強い。おそらくエーゲモード王国、いや、この世界の誰よりもです。それは父上も分かっておいででしょう!? こんな戦いは無意味です!」


 悲鳴をあげるように叫ぶバルトに、ハバトームは優しく微笑むとゆっくりと近づいていき、


「馬鹿者がッ!!」

「ッッッ!?!?」


 バルトの頬を思い切り殴りつけた。


「ち、ちちうえ?」

「誰よりも強い? そんなことは良く知っておるわ。人間兵器であるドラコメインが仕留めきれない化け物じゃぞ? そんなものに勝てるなんぞ思っとらんわ」

「ならば何故!?」


 勝てないのなら、最初から戦わなくても良いではないか。頬を抑えて自分を見上げるバルトの姿に、ハバトームはため息を吐く。


「じゃがな。今のままでは奴の思い通りじゃ」

「思い、通り?」


 リンの意思とホモノン王の決定で動いている今回の謁見は、ハジメの思いとは関係ないところで起こっている。そう思っていたバルトは、ハバトームの言葉に瞬きを繰り返した。


「ドラコメインの意思とはいえ、そこには奴の願いを叶えたいという思いがある。ホモノン王も、それに良しと言っている。遠回しだが、このままでは奴の要求が全て通ることになる」

「それは……そうですが……」


 それの何が悪いのか。バルトの言外の言葉にハバトームは苦笑する。


「吾輩はそれが我慢ならん。吾輩たちはこれから奴に色々な事を教えて貰うが、このままでは奴のご機嫌を取り続けなければならなくなる。絶対的な力を前にして屈し続けなければならない。それが許されるか?」


 しかし、それは、ともごもごと言葉を転がすバルトに、カラッとした笑顔でハバトームが言った。


「まあ見ておれ。そう悪いことにはならん」

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