第26話 愛の力が許された聖女

「…………そ、その、アンフィ?」

「どうかしましたか姉様?」


 なぜだかいたたまれない空気がまん延しはじめた頃、耳まで赤くしたリンドヴルムが少し潤んだ眼でアンフィを見た。


「愛、愛って言わないでくれない? その、なんだか凄くムズムズするの」

「何を言いますか!? 種族を越えた愛、凄く、凄く良いと思います!!」

「それが恥ずかしいのっ!!」


 ダンッと円卓を叩いてリンドヴルムが叫ぶ。


「あ、愛とか、そういうのじゃないの! ハジメと私は、その、保護者と被保護者というか、家族というか……」

「そんな訳ありません! ただの保護者が命懸けで王都まで来るはずありません!」

「そ、それは……そう、かも、しれないけど……」

「それに、ハジメさんについて話すリンド姉様すっごく可愛いんですよ!? まるで、恋する花の主人公みたいな、正しく恋する乙女って感じです!」

「こっ!? や、だからそういうのじゃなくて」


 やいやいと騒ぎ出した姉妹の緩んだ空気は、逆にアンフィの語る愛に信憑性を持たせてしまう反応だった。


 信じられないようなものを見るようなゴーラン宰相とハバトーム将軍に、バルトはどう説明したものかと冷や汗をかきながら必至に頭を回し、そんな弛緩した空気にため息が差し込まれる。


 ゾワッと背筋が粟立ち皆の姿勢が正された。


「リンドヴルム。年頃のお前が恋を知るのも仕方のないことだ。だが、それだけが理由ではないのではないか?」


 今まで沈黙を守っていたホモノン王の言葉を受け、リンドヴルムは居住まいを正して、んんっ、と咳払いを一つ。


「はい。王の言うとおりです。私が魔族と接しようというのは個人的な理由だけではなく、この国の、ひいては世界の利益となるからです」

「利益ですと?」


 国の、世界の利益と言われて宰相の眉が跳ねる。


 魔族と接触することが利益となるとはどういうことか。興味を隠しきれない姿を見てリンドヴルムは言う。


「これは伏せられていた事ですが、王の病を治したのは彼なのです」

「彼……魔族が、あの病を治したと?」


 信じられない、とゴーラン宰相は口に出してしまう。


 病に伏せた王の、その原因がフェイグ王子の雇った魔法使いの呪いというのは聞いていた。しかし、


「あれは魔族がはなった呪いではなかったのですか? それ故に誰にも解けなかったと聞いております」

「あの呪いは、体調と精神どちらにも左右するもので、王の食事には毒が盛られていました。それぞれは強力なものではなかったのですが、本来弱いはずの呪いや毒の作用が複雑に絡み合ったことで誰にも解除できない凄まじい呪いとなったのです」


 国中の医師や治癒師、呪術師を呼び寄せても王の体調が戻らなかった理由がそれだ。


 一つ一つが微弱な効果なのに、それぞれが互いに作用し合うことで誰も見たことのない前例のない呪いとなってしまっていた。


 だから誰も手を出すことが出来ず、対症療法的に解呪の魔法を使ったり滋養の料理を作ることでなんとか時間を稼いでいたのだ。


「……ハジメ・クオリモの持ってきた不思議な道具は、我が国の誰も出来なかった儂の治療をものの数分で行いおった」

「私も、瀕死の重傷だったところを彼に助けられました」


 ホモノン王とリンドヴルムの言葉を聞いたゴーラン宰相は鷲鼻の頭を擦りながら考える。


 そのような道具があるなら、もしそれがエーゲモード王国にあったなら、と。


「彼の国では、そんな道具が兵士全員に配られています」

「――なんと?」

「王の呪いを解いた道具の簡易版が兵士全員に配られていて、医療機関にはより強力な装置がある、とハジメは言っていました」


 目を見開き言葉を失ったゴーラン宰相にリンドヴルムが畳み掛ける。


「彼が使っている武器、魔具と呼ばれるものもまた、兵士なら誰もが持っているものだそうです。才能の有無関係なく誰もが魔法を使えて一定の力を発揮できる、と彼は言っていました。彼ら魔族は、私達の想像の遥か上を行く技術を持つ種族なんです」

「馬鹿な……」


 衛兵から話を聞いているハバトーム将軍が零した言葉にリンドヴルムは頷く。


「更に、彼が王都侵攻の際に使役していた竜。あれは魔物の大侵攻スタンピードの原理を利用したものであると彼は語っていました」

「なに!? それは、大侵攻を引き起こせると言うことか!!」


 皆が絶句する中、代弁するようにハバトーム将軍が叫び、リンドヴルムが僅かに顎を引く。


「自由に発生させられるかどうか分かりませんが、大侵攻の原理をある程度解明している、と考えて良いかもしれません。もしそれが事実なら、我が国、いいえ、この世界に済む人類が大侵攻を克服できるかもしれないのです」


 ぎゅっと拳を握り締めるハバトーム将軍を一瞥しつつ、ゴーラン宰相は禿げた頭頂部を撫でながら考える。


 もし本当にリンドヴルムの言っていることが本当なら、魔族との交流は正しく時代を変えることとなるだろう。


 王を苦しめた術を治す術があるなら、それより程度の低い呪いや怪我を治療することができる。病だって今より多くのものが治せるようになるかもしれない。


 今現在はエーゲモード王国の武力は他国を上回っているが、未来は分からない。


 だが、もし魔族の魔具とやらが量産できたなら。


 一流の治癒師や兵士はどれだけ居ても足りないのだ。一流とはいかなくても、老若男女誰でも二流、三流の実力を持てるなら、それは国の発展に大きく貢献することだろう。


「それに、魔族との交流で彼らの文化を知ることが出来れば、それは今後新たに現れた魔族に対する対処も容易になります。もしも対話が可能なら、彼らの武力は我が国を守るのに最適と言えるでしょう」

「そんなことが可能なのか? 仮にも我々と敵対しているのだぞ?」


 一度敵対した者と共闘することなど可能なのか。ハバトーム将軍の疑問には、リンドヴルムも少し考え込んだ。


「……魔族全体の考え方なのか彼独自の考え方かは分かりませんが、仲間と認識されれば助けてもらえると思います。少なくとも、彼と良好な関係を気づいていたハジリマ村は彼の庇護対象とみなされ助けられました」

「仲間として認められるためにも、いや、認められるためには聖女様を送るしかない……」


 ゴーラン宰相もハバトーム将軍も腕を組んで押し黙る。


 賛成か反対か。リンドヴルムが固唾を飲む中ホモノン王が全員に聞く。


「此度の話に反対の者は名乗り出よ」


 返答には皆が沈黙で返す、と思われたが「お待ち下さい」と声を上げたのはハバトーム将軍であった。


「発言をよろしいでしょうか?」

「構わん。なんだ」

「そのハジメという魔族を召喚することは出来ませぬか?」


 ホモノン王がリンドヴルムを見ると、彼女は「それは」と前置きをして言う。


「実際に彼がどう思っているか聞かなければ分かりません」

「そう、か……。吾輩はリンドヴルムが離れることに異存はない。が、そのハジメとやらを信用することは出来ん」


 特に人伝ほど信じれない話もないからな、とハバトーム将軍は続けた。


「だから、吾輩はリンドヴルムが巫女の座を降りる条件として、ハジメという魔族の召喚を希望する。吾輩と話し、吾輩が信頼できると判断するまでは貴様の想いは成就できないと思うが良い」


 そう言って目を瞑り黙るハバトーム将軍。


「……将軍の言う通り、儂らに危害を加えるかどうか見定める為にも一度奴には来て貰う必要がある、か。ドラコメインよ」

「はいっ」

「ハジメ・クオリモを王都に呼ぶことはできるか?」


 ホモノン王の眼光に思わず押し黙ってしまうリンドヴルム。


 ここまで話したところで、実際のハジメの心はリンドヴルムには分からなかった。


 言葉が通じなかった時でも、なんとなくハジメの伝えたいことややりたい事は分かったし、しっかりと彼と話すことが出来た王都侵攻の時も彼の想いは伝わっていた。


 しかし、だからと言って彼の全てを知っているわけではないし、彼がどのような思想を持って生きてきたのかリンドヴルムには分からない。


「彼は言葉が分かりません。こちらの言葉を話すことも出来ない。ですから、召喚にはある程度の時間が必要になると思います」

「……ならば、三年の猶予を与えよう」


 リンドヴルムの言葉を聞いたホモノン王が目を閉じ、少し考えた後にそう言った。


「貴様が聖女を辞めると言うのなら後任の選定をせねばならぬし、貴様の行っていた結界の修復などの技術も残してもらわねば困る。故に、ドラコメインよ。貴様には聖女として後継者の教育を命ずる。その上で、魔族ハジメ・クオリモの信頼を勝ち取り王城への召喚に応じさせよ」


 これが、貴様が聖女を辞める条件だ。


 ホモノン王に見つめられ背筋を伸ばし、リンドヴルムは「必ずやり遂げてみせます!」と宣言するのであった。

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