第27話 普通の暗黒騎士と辞めたい聖女頑張ることを決意する
「と、言うわけで私は森に帰ってきたんです」
話し終えたリンがお茶を飲んで口を潤しているのを眺めつつハジメは、うーむ、と唸る。
「それで……ハジメには申し訳ないんだけど、一度私と一緒に王都に来てほしいんです」
険しい顔をするハジメを見て、申し訳ない気持ちで眉尻を下げながらリンが言う。しかし、
「いいですよ」
「そうだよね、難しいよね――ぇ」
「「「いいんだ!?」」」
険しい表情から繰り出された呆気なさすら感じる了承の声に三人の声がぴったり合わさった。
驚く三人をキョトンとした顔で見たハジメに、リンが聞いた。
「いいなら今の険しい表情は一体……」
険しい表情と言われ、誤解されていることに気づいたハジメは「あー、うー」と唸り声をあげながら言う。
「いい言葉が思いつかないで。俺はまだ勉強中だから」
「ああ、そういう……」
「俺が王都に行くは構わない。俺にも目的あるから、許してもらえるなら許してほしいと思う」
「目的、ですか?」
ハジメが王都に来る理由が思いつかずにリンが首を傾げると、ハジメは頷いて説明する。
「俺は自分の国に戻る手段を探します。その為に、あー……国を、渡るものが欲しいので、許してもらえたら嬉しい」
「国を渡る。国外へ行くための通行手形などが欲しいということですか?」
リンの質問に、その通りです、と我が意を得たとばかりに頷くハジメ。
リンはそれを見て顎に手を当てた。
現時点でこの大陸に魔族が住む国は存在しない。
つまり、ハジメが故郷に帰るためにはその手段を探す必要があり、それを探すために他の国に渡りたい。
しかし、関所などで見せる通行手形を発行するにはハジメは特殊すぎる立場であり、ならば最高権力者から身分を保証してもらうというのは良い選択のように思えた。
「でも、どうして急に?」
少なくともリンが住んでいた頃には無かった帰国したいという言葉の真意を尋ねると、ハジメは腕を組んで悩んだ後、紙に何かを書き込み始めた。
素早く手を動かしているがその文章はかなりの長文であり、五分ほどかけて書かれた文章を受け取ったリンが読み始める。
すると、内容が気になったアンフィとバルトが横から紙を覗き込む。
「姉様、なんて書いてあるの?」
「えっと……
『ここに来る前、裂け目に呑み込まれた俺は気づいたらこの森に居た。言葉も何も分からない場所で途方に暮れていて、リンと会う前の俺は死ねないから惰性で生きていたんだ。でも、リンと会って生活して、やる気が出てきた。故郷に帰る手段を見つけて、俺の無事を皆に知らせたい。そして、あっちに置いてきた嫁をこっちに連れてきたりリンを紹介したいんだ』
ですって。へぇ、ハジメってお嫁さんが居たんだ」
「「へぇ〜…………」」
「「「嫁ぇ!?」」」
ギョッとして顔を挙げた三人の形相に、ハジメが身体を跳ねさせる。
「貴様! 妻が居ながらリンドヴルムに手を出したのか恥を知れ恥を!!」
「異種族との不倫って凄いですねッ!!」
「ハジメ、その、えっと、なんで!?」
怒り心頭のバルト、なぜか鼻息が荒いアンフィ、そして涙目のリン。
三者三様の姿に困惑しながらハジメは言う。
「責任取って嫁にした女性がいるんだ。色々する前にこっちに来たから悲しんでるだろうし」
「責任!? そんな状態でリンドヴルムに――」
『俺庇って瀕死になったんだよ! 命懸けで助けてくれて好きだったとか言われたら責任取るしか無いだろうが!! つーかお前ら落ち着けッ!!』
魔力の籠もったハジメの叫びで三人の気持ちがスッと静まった。
興奮を恥じて目を合わせないようにして席に座る三人を見て、はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いたハジメが言う。
『俺の嫁は淫魔でさ。神との一戦で俺を庇って死にかけたんだよ。なんとか一命は取り留めたんだけど淫魔としての機能をかなり失っちまってさ。もう生きている価値もないってなってて、それで「貴方のこと好きだったんだけど、こんな身体じゃダメね」とか言われたんだぞ? あいつのこと好きだし責任取るわ』
「……そんな女性に対して、別の場所で女を作るのは不誠実ではないのか?」
『え、魅力的な異性が居たら仲良くなりたいだろ。家族になるなら嫁が何人居ても良いし』
「そんな馬鹿なことがあるか!?」
『それくらい普通だろ!? ハムレーはちょっと頑張りすぎたせいで三人の女に囲まれてたし、アンダルのオッサンは孫くらい歳が離れた女に襲われて嫁が増えたし、レーハムは皆を愛するのが私の全てとか言って五人旦那居るし、よくある話じゃねえか!』
「どんな種族だ!?」
『確かに沢山の異性に番になってほしいって好かれる奴は多くないけど、二人三人くらいならある話だ』
なんでもないことのように語るハジメの表情を見て、それが彼にとって当たり前だと言うことに気づいたバルトが口を閉ざしてしまう。
そんなバルトたちの様子に、ハジメは首を傾げて尋ねた。
「この国は、そんなことない?」
「……えっとですね、ハジメさん。この国、というかこの世界では一夫一妻、旦那と妻が一人ずつの夫婦が当たり前で、ハジメさんみたいにハーレム――えっと、複数の異性が一人の異性を囲うのは、貴族や王族みたいな人たちがやることなんです」
未だに混乱したままのリンに変わって、アンフィが説明する。
彼女の説明を聞いて「はへ〜」と気の抜けた声を出して文化の違いを知ったハジメ、だったが、くわっと目を見開くと慌てた様子でリンに捲し立てた。
『リンのことは好きだし、それくらい大切に思ってるけど無理強いはしないからな!? こっちの連中と俺ってかなり違うみたいだし、あっ、でも森に帰ってきてくれるなら嬉しいからそこはどうにかなんない!? お前に離れられるとキツイ、というかお前と会うことを目標に頑張ってたから離れられると死ぬ!』
感じ方の違いで嫌われては困る、と大慌てで口に出るままに捲し立てるハジメ。
そんな慌てた姿を見て、リンは冷静さを取り戻すと、ふぅ、と呼吸を整えた。
「ハジメ、そのお嫁さんってどんな女性なんですか?」
『んぇ? ……えっと?』
「だから、そのお嫁さんのお話が聞きたいんです。紹介してくださるのなら、私も知っておかないといけませんし」
『そう、か? ……えーっと、どこから話したもんか……。彼女の名前は、リィーリスェキュバース・アルティミトゥス。リリス、とかリリって呼ばれてる淫魔で、淫魔たちの国、
そうして始まったハジメとリリスの出会いと婚姻の儀までの話は月が下り始めるまで続くことになるのであった。
※
話の途中で寝てしまったアンフィとバルトのためにベッドを作りって二人を横にしたハジメは、話を中断して自分も床につくことにした。
「ハジメ」
片付けを済ませてベッドに入り、明かりを消したハジメに声がかかる。
「なに、リン」
それはすぐ隣で同じようにベッドに入ったリンの声。
ハジメが声の方を向けば、月明かりに照らされたリンの横顔が見えた。
「リリスさんって、凄い人なんですね」
「そう。凄いんだ。俺は彼女に敵わない」
本気でそう思っているのだろう。ハジメの声色でどれだけリリスのことを信頼しているのか感じとったリンは、でも、と咎めるように言う。
「そんな素敵な女性のことを諦めて暮らしてるのって、ちょっと良くないと思いますよ?」
「うぐっ……」
少しは自覚があるのだろう。リンの言葉に黙ってしまうハジメ。
「ふふっ、でも良かったです。私が切っ掛けでハジメが大切な人と会おうって頑張れる気になって」
そう言うリンに、ハジメは身体を起こすと彼女の方を見て言う。
「全部リンのお陰。出会ってくれて、ありがとう。でも……」
「……でも?」
「リンを紹介するのは、あー、本気。俺はあいつと同じくらい、同じ以上に大切に思ってる。本気。俺はリンと一緒に行きたい」
――この国では婚姻の儀は一対一、となると不誠実にとられるよな……。
リンが婚姻の儀をしてくれるほど自分を好いてくれているか分からないが、せめて自分を救ってくれた恩人として仲間たちに教えたい。
リリスの話をしたのだって、リンに自分の大切な人がどれだけ凄いかを知ってほしいという思いからだったのだが、やはり文化が異なるところは受け入れられないだろうか。
リンからの返答がなくて不安になってきたハジメ。
「……一緒に生きたいって本気ですか?」
「……? 本気だ」
「……そう、ですか」
リンの言葉の意図が分からずに困っていると、ガバッとハジメと同じ様に身体を起こしたリンがハジメを見た。
「ホモノン王にきちんと許可を貰って、一緒にリリスさんに会いに行きましょうね!」
「――うんっ!!」
「今日から頑張りましょうっ!」
「おうっ!!」
「んーぅ……」
頑張るぞ、と気合を入れた二人だったが、隣から聞こえる声にビクッと肩をすくませてそちらを見る。
そこには声に反応したのか、モゾモゾと動くアンフィの姿があって。
それを見て顔を見合わせた二人は、ふふふっ、と小さく笑いあうと一緒にベッドに横になるのだった。
「おやすみなさい、ハジメ」
「ああ、おやすみ……リン」
「ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます