第16話 どこにでもいる暗黒騎士と王都

 ハジリマ村から北へ、馬車で数日を有する場所、六角形の巨大な対魔物用の城壁に囲まれ、外部に向けられた巨大な大砲や弩砲が威圧感を放つ城塞都市、それが王都だ。


 そんな王都城門から続く大通りの真ん中にハジメは立っていた。


「はぇー……すっげぇなこりゃ」


 辺りを見回せば人人人。商人が、戦士が、民草が広い大通りを埋め尽くすように道を歩いていて、その両脇には色とりどりの屋台が軒を連ねていた。


 あまりの人の多さに感嘆の声を漏らすハジメに向かって背後から声がかかった。


「何をしているんですかハジメ。そこで止まっていては往来の邪魔になりますよ」

「おっと、そうだな。それじゃあ行くか師匠」

「師匠は止めてください」

「まーまーそう言うなってアスカ。そういう設定なんだからさ」


 ケラケラと笑いながら人混みをスルスルと歩いていくハジメの態度に、商人――アスカはハジメが身につけた首輪や耳飾りなどの装飾品に目を向けため息一つ。


 水晶のはめ込まれたそれらの装飾品の力で、ハジメとの会話ができるようになった。


 なったのは良かったのだが、言葉が通じるようになったせいで自由気ままに動き回るハジメに振り回されっぱなしであった。


「うわっ、美味そうな肉。いいなぁ」

「お、分かるか兄ちゃん!」

「分かる分かる! 肉汁溢れてスッゲェ美味そう!」


 ハジメが串焼きの屋台に顔を出し、浅黒い肌をした店主とニコニコと話し始める。


「ところで、なにか祭りでもやってんの? 出店がたくさんあるけど……」

「なんだい兄ちゃん、何も知らないのか?」

「そーなの。行商人見習いなんだけどさぁ、こっちに来たのも師匠のせいでさ」

「そうなのか……あー、でもただじゃあ教えられねえなぁ?」

「そりゃそうだ……んん? あっ、手持ちねーわ。ししょー、ししょー!」


 ポケットの中を探り金がないことに気づいたハジメが大声でアスカを呼び、声を聞いて近づいてきたアスカが呆れたように問いかける。


「何をしたんですか」

「なんだよ、まるでなにかやらかしたみたいな。ちょっと肉買ってほしいだけだよ」

「…………」


 お願い! と頭を下げられ、アスカはため息を吐くと懐から財布を取り出して屋台の前へ。


「店主、串を一つ」

「あいよ、三Gギルトね。……あんたも大変だね、こんな変な人を弟子にして」

「……分かりますか」

「職業柄ね」

「酷くないか!?」


 ハジメの抗議を無視して店主から串を受け取るアスカ。


 ハジメは目を輝かせてアスカの手にある肉の刺さった串を見ているが、アスカはそれに気づきながらさっと肉に口をつけた。


「あっ」

「なにか?」

「……ずっりぃ」

「ははっ、まあまあ兄ちゃんそういうな。ほれ」

「んぉ!? ホントか、ありがとうおっちゃんっ!」

「良いんですか」

「構わねえって。今日はめでたい日なんだから」


 店主に感謝しながら肉に齧り付いていたハジメが、店主の言葉に首を傾げた。


「めでたい日? お祝いでもあるのか?」

「そうさ。なにせ明日は聖女様の誕生日だからな! 前日から盛り上げるのさ」

「ああ、聖女の生誕記念日ですね。……しかし、生誕記念日の前から祭りとは例年とは違うのですね」

「そりゃあそうさ。なにせリンドヴルム様の誕生日なんだから」


 リンドヴルム様、という単語にハジメの耳がピクリと動く。


「リンドヴルム様ってーと前はそうじゃなかったのか?」

「そうなんだよ。前はただの祝日、祈りを捧げるだけの日だったんだがなぁ」


 店主が言うには、このような日程の祭りを開くようになったのは去年からということであった。


 理由は、三年前に聖女に就任したリンドヴルムの影響だ。


 リンドヴルムという聖女は民草の為に良く働いており、公務の時間以外の多くの時間を王都市街地で過ごしていた。


 それもただ休日を楽しんだりしていたわけではなく、朝早くから町中のゴミを拾って歩いたり、酔っぱらいや民衆の諍いを治めたり日々の悩みや不安のはけ口として相談に乗ったりといった奉仕活動を行っていたのだという。


 今までは手の届かないところの漠然とした存在だった聖女が、暇さえあれば自分たちの為に身を粉にして働いてくれる。


 この姿を見た人々の「あの人にはせめてこの数日くらいは休んでほしい」という声を受け、去年国王の許可を得て始まったのがこの祭りなのだという。


「自分の仕事もして、俺たちの為に何かをしようと頑張って。あの人には凄く助けられたから、今度はこちらが――ってので去年から始まったのがこの祭りなのよ」

「へぇ……」


 誇らしそうにそう語る店主に相槌を打ち、ハジメは最後の肉を食べ終えると「ありがとな、いい話が聞けたわおっちゃん」と店主に頭を下げて屋台から離れていく。


 その後もハジメは手当たり次第屋台や道行く人に声をかけて祭りについて聞いてまわるのであった。







 一通り聞き込みを終えて、ハジメとアスカは城門前の広場に来ていた。


 色とりどりの花が植えられた花壇に囲まれ、中央に噴水が設置された広場は市街地と違って兵士以外の人は居らず、まるで別世界と言った雰囲気だった。


 二人は備え付けの石造りのベンチに座り、ハジメは祭りで関わった人に貰った花や串焼き肉などを倉庫の中に放り込んでいた。


「……わっかんねェな」

「分からない、とは?」


 市街地より高い位置にある城門前広場からは市街が一望でき、色とりどりに飾られた街を眺めながらハジメは呟くように言う。


「最初に会ったときは文字通りこの世の終わりみたいな、私はこの世に生まれるべきじゃないんだみたいなそんな感じだったんだよ。でも、おかしいだろ。街じゃああいつは人気者だ。感謝されることもあっただろうし、あの人気っぷりを知らないなんて嘘だろ」

「……それは、彼女が聖女だからなのでしょう」

「あん? どーゆーこった」


 アスカの言っている意味が理解できず、ハジメは反射的に聞き返してしまう。


「恐らく、ですが、彼女にとって民の声というのは意味がなかったのではないでしょうか? 民に感謝されるのは『聖女だから』民を守るのは『聖女の仕事だから』それはリンドヴルムという個人を評価するものではなかった。彼女が欲しかったのは聖女に対する評価ではなくリンドヴルム個人に対する評価だった。あるいは、彼女が本当に評価してほしい人は民ではなく婚約者だった、とか」

「……だとしても異常だろ。あいつの妹だってめちゃくちゃ慕ってた感じだぞ」


 リンの妹は魔族に食って掛かるほど執着していたのだ。


 民にも妹にも慕われて、それで自分のことを見てもらえていない、というのは異常ではないか? 眉間にシワを寄せて唸るハジメ。


「そこは家庭環境などもあるのでしょうが……。それより、これからすることを理解していますか?」

「あ? あー、入場許可を貰ってる師匠と一緒に城の中に入って王様に会うんだろ? 分かってる」


 アスカが立てた作戦はこうだ。


 城に入った後、病に倒れた前王ホモノン・メウシーカ・エーゲモードが幽閉されているであろう場所を特定し接触。


 リンドヴルムの救出か、フェイグを止めるための助力を仰ぐ。


「でもよ、上手くいくのか?」

「恐らく。時を経て形骸化しつつある聖女ですが、ホモノン王は周辺諸国の誰よりも熱心な聖女信仰家です。フェイグ殿下の強行を止めるにはこれしかないかと」

「城に王様がいる可能性は?」

「最近、城下や他国から有名な治癒士などが城に出入りしていました。確実に居ると思われます」

「……なあ、師匠って本当に行商人なのか?」

「さあ?」

「さあってあーたね」

「今はそれより重要なことがあるのでは?」


 アスカの言う通り、正体について気になることも多いがまずはリンの事だ。


 アスカの言葉に頷いて立ち上がったハジメは、パンッと拳と掌を合わせて気合を入れる。


「さあ、いざゆかん魔王城!」

「魔王城って、確かに王城ですが」

「いいのいいの、気分の問題よ!」

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