第15話 どこにでもいる暗黒騎士、この国について知る

「――なあ、村長さん。俺のこと怖くないのか? あの戦士共を一瞬で潰したんだぞ俺」


 客間に案内されたハジメと商人。


 並んで座るハジメと商人と机を挟んで向かい合った村長だったが、あまりにも普段と変わらない様子で笑う村長に面食らったハジメは思わずそう尋ねてしまう。


「『絶対助かるから安心しろ』だとか『お前の家族は絶対に助ける』だの言って、汗水垂らして治療してた奴を怖がるほど恩知らずじゃないぞ俺たちは」


 前の村長なら魔族ってだけで怖がってただろうけどなぁ、と現村長である日に焼けた顔に深い皺の入った中年の男性がニカッと笑う。


「そう、か……。ありがとうございます」


 意図せずして自分の対応が彼から恐怖心を取り払ってくれた幸運に感謝しつつ、妙な勘繰りをせずに真っ向から自分を受け入れてくれたことに頭を下げるハジメ。


 そしてハジメは村長に村で起こった事件について尋ねることにした。


 ゲドゥから情報は抜き取ったものの、より正確な情報が欲しかったからだ。


「そうだな……あれは昨日の昼過ぎ頃だったか。急にあいつらが村にやってきてな。最初は丁寧な感じで最近のことを聞いてきたんだが、急に暴れ始めて――」


 家にいた村長はしばらく家に押し込まれていたのだが、急に広場まで連れ出されたらしい。


 その後は何かを待っていた騎士たちが暇つぶしだと村人で遊び出し、その最中にハジメがやってきた、ということだった。


 村長の話を聞いたハジメは腕を組み、騎士たちの行動から目的と時系列を整理する。


 騎士たちの目的は自分の抹殺とリンの身柄の確保。


 村長の話からして、騎士たちは最初リンの居場所を把握していなかったのだろう。だが、リンのことを発見したから村人に危害を加えてリンへの人質として利用した。


 そして、騎士たちの揺さぶりに負けたリンが自分が村に来る時間を吐いてしまい、騎士たちが自分のことを待ち構えた。


 運が良かったのは、ハジメの気まぐれで村に来る時間が早まったおかげで被害が少なくなったところだ。


 もしハジメがいつもの時間に村に来ていたら村人たちの多くは命を落としていたかもしれない。


「村長さん、フェイグ・メウシーカ・エーゲモードって知ってるか?」

「ふぇいぐ? いや、知らねーな。そいつが悪いやつってわけか?」

「恐らくな……じゃあ聖女ってのは?」

「聖女って、聖女様のことか? そりゃあれだ、なんかすっげぇ力を持ってて皆を守ってくださってる偉い人だろ。俺も子供の頃聖女様の祝福を受けに行ったなぁ」

「守ってくれる偉い人、か……どーなってんだ?」


 村長が昔を懐かしむ中、ハジメは村長の言葉に混乱してしまう。


 今の村長の言葉が本当なら、フェイグという何者かは人々の支えになるような重要な立場にある聖女という存在を暗殺しようとしているということになる。


 強力な魔法力や結界術の技術、何よりも瘴気を払うというという特殊能力を持っている彼女を殺す。


 エーゲモード王国というのは、この国に侵略でもしようというのだろうか?


「どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。それで、エーゲモード王国ってのはどこにあるんだ?」

「……いや、エーゲモード王国ってここだろ」

「あん? ……ここって、ここが?」

「そう。ここは王都からずっと南にある村だ。ここがエーゲモード王国なんだよ」


 村長の言葉に口を半開きにして固まってしまうハジメ。


 信じられない言葉に停止していた脳が動き始め、尊重の言葉がしっかりと把握できた頃には机を叩いていた。


「――っざけんなよッ!? じゃあなにか? 国が、騎士が民を殺したってことか!? 冗談じゃねえ!」


 椅子を倒して立ち上がったハジメだったが、明らかに怯えた様子の村長を見て冷静さを取り戻し「わりぃ」と座りなおす。


 しかし、ハジメが怒ったせいか村長は口を閉じてしまい気まずい沈黙が訪れた。


「……フェイグ・メウシーカ・エーゲモードは、エーゲモード王国の第二王子です」

「……だいに?」


 沈黙を破ったのは、二人のやり取りをじっと聞いていた商人だった。


「はい。そして現在では、王の代わりに政治を取り仕切っている人でもあります」

「王の代わりって、王様はどうしたんだよ」

「一年前にホモノン王は病に伏せておられ、第一王子のキアニ王子は本人が政治をされたくないとのことで、フェイグ王子がエーゲモード王国の実権を握っているのです」

「へー。で、なんでそんな偉いやつがリンを殺そうとしてんだよ。俺を殺すってのは何となく理解できるけどさ」

「……恐らくですが、婚約者であるリンドヴルム様が邪魔だったのかと」

「――はぁ?」


 婚約者が邪魔? 全く理解できないことを言われて訝しむハジメ。


「以前、王宮でリンドヴルム様とフェイグ様をお見受けした際、リンドヴルム様の頬を張られておりました。かなり仲は悪かったようです」

「――スゥ」

「リンドヴルム様とは何度かお話させていただきましたが、民のことを想い兵のことを慈しむ慈愛に溢れたお方でした。それ故、諸国の聖女とも良好な関係を保っておられましたし、民からも慕われていたようです。フェイグ殿下はそれが気に食わなかったのではないでしょうか?」


 ハジメは空いた口が塞がらないという言葉を生まれてはじめて理解した。


 リンが聖女という立場にいた、というのは納得できる。彼女にはそれだけの力がある。


 リンが人に慕われている、というのも理解できる。人のために尽くす彼女の姿に感化されない人はいないだろう。


 だが、フェイグという何者かのことがハジメには理解できなかった。


「あんな顔も身体も淫魔みたいで魔力保有量も凄くて結界術なんかの魔法技術に精通していて飯が美味い女を邪険に扱うとかそいつ頭おかしいんじゃねえか? それともあれか? 最高の女蹴ってでもやりたい野望でもあんのか?」

「恐らく、権力が欲しいのかと」

「権力ぅ?」

「ええ。エーゲモード王子は王になることに固執されておられましたからね」

「王様にねぇ……」


 どうやら、どこまでもハジメには理解できないタイプの人らしい。


 理解できねぇ、とボヤくハジメに商人が説明を続ける。


「最近のエーゲモード王国は、やけに商人に対して税を重くしたり一部貴族に様々な理由で金が流れたりと妙な動きが多いですから。かなり無理をされていると思いますよ」

「何がなんだか……けど、そいつが親玉だってなら話は早い。そいつが居るのはどこだ?」

「恐らくはエーゲモード城かと」

「城ね。ここから城まではどんくらいかかる?」

「……大体、三、四日です。早馬ならもう少し早いですが」

「三日か……地図はあるか?」

「あっ! ちょっと待っててくれ。確かここに地図が……」


 村長が慌てた様子で棚を漁り始め、すぐに紐で括られた大きな紙を持ってきた。


 机の上の調度品を退けて紐をほどけば、手作り感溢れる変な記号や三角形で溢れた地図が現れる。


 村長は、その中の小さな丸とその遥か上に描かれた大きな城のような絵を指さして言う。


「ここが俺たちの居るハジリマ村で、ここが王都だ。代々、この村の村長はこれを使って王都に商いに出たりしてたんだ」

「……商人、この地図は正確か?」

「少々お待ちください……ええ、誤差はありますが正規発行されている地図とほぼ同じ。かなり正確ですね」

「なるほど、それで王都にはここからどれだけかかる?」

「えっと、親父たちは馬車で五日くらいだったかな」

「私達の馬車なら三日です。恐らく、リンドヴルム様を連れ去った連中だと同じくらいの速度と考えられます」

「三日……」


 ハジメは腕を組み眉間に指を当てて考える。


 村で騒動が起こって今日で二日目。明日には王都にリンが辿り着く。単純計算、今から普通の手段で追いかけてもなにか起こるには十分な時間がある。


 ならば今から全力で王都に飛べばとも思うが、無策で王都に飛んだところで救出に手間取ったり失敗するようでは意味がない。


 唸り声を上げ眉間にシワを寄せていたハジメだが、ひらめきが彼の頭を駆け抜けた。


「……よし、ちょっと出てくる。落ち日の時――あー、とにかくちょっとしたら戻ってくるから、その間に商人は移動手段を確保してくれるか?」

「分かりました。では私の馬車を使いましょう」

「じゃあ……」

「村長は手遅れになった村人の葬儀や村の復興に力を入れてほしい。本当なら俺も手伝わなきゃいけないが、すまない」


 頭を下げて、さあ作戦開始だと動き出そうとしたハジメが客間の入口に向けて足を運ぶと、入れ違うように入口から飛び出してきた人とぶつかってしまう。


 勢いに押し倒されそうになりながら踏ん張ってぶつかって来た人を支えるハジメは、力の抜けたその人の動きに合わせてゆっくりと腰を落としていく。


 地面に膝から座り込んだその人――明るい茶髪の恰幅の良い女性がゆっくりと顔を上げ、ハジメと目があった。


「あんたっ!! 早くあの娘を助けてくれっ!!」


 女性がハジメに縋り付いて懇願する。


「あたしが人質になって、あの娘は皆を助けようと自分からあいつらに! あんな事をされる謂れはないんだよあんな良い娘にッ!!」


 吐き出される言葉は整理されておらず、だからこそ女性の無念や怒りを受けたハジメは彼女の手を優しく握り服から引き離す。


「魔王オーマ・サーゼイと騎士ハジメ・クオリモの名において誓おう。リンドヴルム、いや、リンを必ず取り戻し、お前たちに手を出した奴らに鉄槌を下すと」


 そう女性に宣誓し、ハジメは村長の家を飛び出すのであった。

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