第14話 どこにでもある蹂躙する話

 爆発が、熱風が空気を震わせ身体を揺さぶる。


 部隊に所属する魔法使い十名による炎魔法の一斉射撃。そして続けるように放たれる騎士たちの魔法の弓による攻撃。


 どのような魔物であってもチリ一つ残さない過剰な攻撃を眺めながら、ゲドゥは腕を組んで髭を擦った。


 恐ろしさを感じさせる威圧感の塊のような鎧と変な玉を地面に投げつける奇行には驚いたが、なんてことはない。


 何やら聞いたこともない国の名前を言っていたが、アレがリンドヴルムの語る魔族で間違いないだろう。


――しかし、呆気のないものだな。


 立ち上がる爆炎を前に心のなかでそう呟いた。


 魔族の伝承はならずものだった自分でも聞いたことがあるものだ。


 曰く『この世のものではない異常な力を使う混沌の使者』曰く『世界に破壊と混乱を齎す異形の者』


 だが、伝承の存在も蓋を開けてみれば発達した魔法技術を持つ我が国のちからを持ってすればこの通り。


 あの王子が何を恐れていたのかは分からないが、女は人質を取るだけで捕まえられたし魔族はこの有り様だ。


――これを材料に揺するのもありだな。


 王子が何を考えているのか分からないが、懲罰部隊などと称して自分のような牢獄の犯罪者を釈放し、挙句の果てに聖女を殺そうとしているのだ。


 これからを思ってニヤケてしまうゲドゥは、そろそろ良いかと右手を挙げた。


 ゲドゥの指示で攻撃が中断され、シンと静まり返る広場。


 波状攻撃によってチリ一つ残っていないだろうが、とゲドゥが側に控えていた騎士の一人に声をかける。


「おい、死体の確認を」

『魔石装填! 雷の威! 天より降り注ぐ光の暴威!!』


 ゲドゥの言葉が終わる前に怪音が響いたと思えば、どこからともなく十本の雷が村の中に降り注いだ。


 空気を引き裂く爆音と爆発。


 事態を把握できないゲドゥの耳に再び快音が聞こえてくる。


『魔石装填! 風の威! 山をも揺らす大いなる力!!』


 突如として発生した突風が渦を巻き、煙と何人かの騎士を巻き込んで空高くへと吹き飛ばす。


「ったく、手続き通りしてたら途中でバカスカ撃ちやがって。やっぱ宣戦布告とかまどろっこしいし先制攻撃したほうが良いよな? お前らもそう思うだろ?」


 煙が晴れた場所には、剣を肩に担いで気だるそうに立つハジメ。


 その姿には気負うような様子はなく、その鎧には傷一つ見受けられない。


 威圧感に溢れた兜越しに目があった。そう感じた瞬間にゲドゥは叫んでいた。


「奴を始末しろ!!」


 ゲドゥの声に遅れて騎士たちが動き出そうとしたが、その頃にはハジメは動き出していた。


 地面が抉れてハジメの姿が消える。すると騎士の一人が空へと打ち上がる。


「遅い」


 再びハジメの姿が消え、騎士の身体が弾け飛ぶ。


「脆い」


 騎士が吹き飛び、弾け、真っ二つに割れる。


 瞬きをしている間に起こる異常事態に思考が追いつかず、気づけばゲドゥは空を見上げていた。


――あ、え?


「さて、この村にすっっげぇ可愛くて綺麗で美人な金髪の女がいたはずなんだが、なにか知ってるか?」


 ずいっ、と威圧感溢れる兜が視界を埋め尽くし、耳元で新造が暴れガチガチと何かがぶつかる音が大きく響く。


「その様子じゃまともに話せないらしいな……。まあいいか、お前自身に直接聞くことにしよう」


 そう言ったハジメが何かをぶつぶつと唱え始める。


 今すぐ彼の拘束を払い逃げなければ、ゲドゥはそう考えるのだが彼の身体は震えるだけで、金縛りにあったように動かない。


――なぜ、なぜ! 動け、動け!!


『――大人しく受け容れな。精神崩壊。マインド・クラッシュ


――あっ。


 ゲドゥの眼の前が一瞬明るくなり、そのまま意識が閉ざされるのであった。








 騎士たちを制圧してすぐに、村中をくまなく捜索して怪我をした村人たちを集めたハジメ。


 怪我人を広場に集め、ハジメは回復魔法を使用する。


『絶大なる力を無辜の民へ。絶対の救済を全ての者へ。これは偉大なる人との契約である! 偉大なる医人の誓いグレートヒール


 怪我人の中には腕や足に深い傷を負った者や呪いや毒といった特殊な状態に犯された者も多く、ハジメはそれらを判別しながら手持ちの道具を全て開放して治療を進めていく。


 魔力や治療薬任せの強引な治療だが、それが功を奏したのかハジメが治療を始めてから命を落とす村人はおらず全員分の治療が無事終了した。


 最後の村人の治療が終わり、ハジメは、フゥ、と息を吐いて額を拭った。


 拭った掌にベッタリとついた汗や今更気づいた体に張り付いた服の感触から、かなりの時間が過ぎていることを悟りハジメは立ち上がる。


 彼が向かうのは仰向けに倒れたまま動かないゲドゥのもとだった。


 だらりと力なく横たわり、まるで捨てられた人形のような生気の感じられない表情をしたゲドゥの枕元にしゃがむと彼に話しかけた。


「お前の名前と所属部隊。お前の住んでいる国の名前は」

「……はい。ゲドゥです。所属はエーゲモード王国王立騎士団第六特務隊隊。国の名前はエーゲモード王国です」

「お前はどんな目的があってこの村に来た」

「魔の森近辺で、破壊の聖女リンドヴルム・ウル・ドラコメインの目撃情報があり、リンドヴルム・ウル・ドラコメインの身柄の拘束または殺害。そして行動を共にしているとされる魔族の殺害を目的に派遣されました」

「お前に命令を下したのは誰だ?」

「フェイグ・メウシーカ・エーゲモードです」

「フェイグとはどんな立場の人物だ」

「フェイグは、フェイグは……フェイグは……フェ、イグ、は……」


 フェイグ、フェイグと呟くだけのゲドゥを見て、ハジメはため息を吐いた。


 精神崩壊は魂を傷つけ自我を失わせる魔法だが、質問に答えられないほど壊れてしまったらしい。


 ハジメは立ち上がるとゲドゥに剣を向けて止めを刺す。


 王立騎士団にフェイグ・メウシーカ・エーゲモード。名前しか分からなかったが、無事な村人に聞けば何か分かるかもしれないと辺りを見回すハジメ。


「旦那、あなたは一体……」

「ん? ああ、商人か。丁度いい、あんたと村長に話がしたかったんだ。付き合ってくれないか」

「俺と? ……分かりました、話を聞きましょう」


 ハジメに背後から話しかけてきたのは、青っぽい黒髪をした商人だった。


 表情の固い商人にハジメが笑いかけると、商人は少し悩んだあとに頷いた。


 そうして、二人揃って村長の元に向かうハジメだったが、頭の中はどういう風に話をするかで一杯だった。


――俺の事を脅威と判断して、とかないよな? 商人の奴なんか持ってやがるし……やっぱ言葉通じない奴じゃ信頼関係築けなかったか。


 話しかけられたときから何かを仕込んでいる商人の様子に頭を悩ませていたハジメだったが、


「おお、あんたか。……なんだ良い男じゃないか。こりゃ家内に一本取られちまったな!」


 家にやってきたハジメの顔を見るや否やそんな風に快活に笑う村長に面食らってしまうのであった。

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