第13話 どこにでもいる暗黒騎士の思うこと

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! 上手くいかねぇええええっ!!」


 小屋から少し離れた場所に建設された白い石と煉瓦を組み上げて作られた工房。


 その中で大量の機材に囲まれて机に向かっていたハジメが叫んだ。


 彼の前、机の上には何やら複雑な幾何学模様の描かれた台とその上には白い砂が山のように積もっている。


「魔具ってンなに難しいもんだっけ? あーもう、また一からやり直しか」


 ハジメが今作っているのは、リンに贈るための魔具である。


 旅立ちや大切な日に魔法の力を持つ道具を渡すのは魔族の間では当たり前で、ハジメは過去に何度も魔具を大切な人たちに贈ってきた。


 その経験を活かしてリンにも魔具を渡そうと思い立ったのだが、これが中々上手くいかない。


 机に道具を投げ出して背もたれにもたれかかりながら、ハジメは上手くいかない原因を考える。


 世界が異なるから? 建てた工房の場所が悪いから? 素材が悪い? 上手くいかない理由を考えるがどれもしっくり来ない。


「はぁ……こんなんで大丈夫か俺」


 道具を投げ出し、ハジメは天井を見上げて呟いた。


 リンの妹と出会ってから少し経ち、ハジメはリンの扱いに困り果てていたのだ。


「あいつ、群れの中に居たほうがいいよな……妹さんだって探してるわけだし、でも……」


 リンが元の居場所に戻るべき、というのはハジメも分かっている。


 でも、手放したくないという個人的な感情が判断の邪魔していた。


 国に帰ることも出来ずにだらだらと日々を過ごすだけだったハジメに降って湧いた幸運。


 強力な魔法を使えて保有魔力量も多い。そして恩人という立場を利用すればいくらでも拘束できそうな善良な人。


 人に飢えていたハジメにとってこれ以上ないくらい都合がいいのが、リンという存在だった。


「……結局、あいつらみたいに俺も浅ましい奴だったってことか」


 人攫いを相手取った時「浅ましい」だの「往生際が悪い」だのと切り捨てていたが、いざ同じような立場になれば同じことをしている自分に苦笑をしてしまう。


「今日はもうやめとくか……」


 はぁ、と大きなため息を吐いて立ち上がったハジメは、道具を一つずつ道具入れの中に押し込んでいく。


 片付けていたハジメの指先にコツンと当たる冷たく固い感触に顔を向ければ、そこには丸く大きな水晶玉。


 ハジメは手を止めて水晶玉を両手で掬い上げると顔の前まで持ち上げる。


 内部に星空のように沢山の魔法陣が刻まれた透明な水晶玉。


 あらゆる人やモノと会話を可能にする魔具、対話の水晶だ。


「なぁ、俺ってどうすればいいと思う? 前の俺ならどうしてた? あいつはさ、ほんとすげーと思う。魔法は凄いし言葉も話せる。それに比べて俺は――俺は」


 水晶に話しかけていたハジメはふと思った。


――俺、何してた?


 リンは軍駒を通して力ある言葉による会話を会得し、その後もハジメの使う言葉を自分でも試して歩み寄ろうと努力していた。


 それに対して自分はどうだろうか? 最初こそ保護する名目で連れて帰ったが、彼女が回復し始めてからやることと言えば彼女の付き添いくらいなもの。


 得意ではないから、貴重品だから、そう心の中で言い訳をして何もしようとしていなかったではないか。


――色々言い分はあるけど、いや、ちげーな。ちゃんと話そうとしなかったのが悪い。やれることがあんのに何もしないのは怠惰だって言われたろうが。


 頭の中で自分を罵倒し、ハジメは水晶を倉庫に押し込むと急いで工房を出る。


 いつも迎えに行く時間を考えると早すぎるが、勢いを殺してしまえばまたヘタレるのは目に見えている。


 ハジメは急いで小屋に戻ると装備を整えて村に向かって走り出すのであった。









 いつもの鎧姿で森を抜けたハジメは、村に向かって走る。


 走りながら、ハジメは道中で見た森の中の煙を思い出していた。


 森から出る煙と断続的な爆発音。そして森の外に控えていた大勢の武装した兵士たち。


 普段とは全く違う物々しい雰囲気は深くハジメの脳裏に刻まれており、戦の予感にハジメの足にも力が籠もる。


――何もなければいいんだけどな……。


 そう思いつつハジメは村へと続く小高い丘を登っていく。この丘を越えれば森はもうすぐだ。


 と、丘を登り終えたハジメは遠くに小さな人影を見つけた。


 遠くにいるから小さい、というより走っているらしいその人影そのものが小さい。


 ハジメはその姿に違和感を覚えた。


――子供? 村からこんなに離れてるのに。もしかして襲われてる?


 森から離れているが、この平原にも異形や肉食獣は現れる。


 もし襲われているなら助けなければと本気で地面を蹴り込んだハジメ。


 と、子供の後ろから馬に乗った人影が現れる。


 武装した馬を駆るその兵士は弓を構えている。


 獣がいるのか? それとも異形が? 兵士が構えた弓から矢が放たれ、鮮血が吹き出す。そして、走っていた子供が崩れ落ちた。


『魔石装填! 山すらも揺り動かし悪しき物を打ち払う大いなる風!』


 その光景を見るのが早いか、ハジメの腕は魔具を振るっており、斬撃の嵐が容赦なく兵士を襲う。


 兵士の後を見届けることなく素早く崩れ落ちた子供を抱えたハジメが子供――少年の身体を診断する。


 胸は激しく前後していて全身が赤く血走っているものの、目立った外傷は矢で貫かれた足だけだった。


『魔を力に、魔を癒やしに。痛いのはとんでいけ! 治癒!』


 矢を引き抜いて、治癒魔法で傷を癒やしていくハジメ。


 と、目の焦点の合っていなかった子供の目がハジメを捉え、弱々しくその胸を叩いた。


「onity……muraga……」


 少年が指をさすのは村のある方角だ。


 治療を終えたハジメは縋り付く少年の頭を軽く撫で、彼を抱えて走り出した。


 どんどんと加速する視界の中、ハジメの頭の中は使命感と焦りで一杯だった。


 狩りや異形退治とも違う、何者かの意思によって引き起こされる戦闘。


 略奪や殺戮、非力な民を襲う暴力なんていくらでも想像がつく。そして、それに巻き込まれるリンの事を思うだけで腹の内側がネジ切れるようだった。


――頼むから、頼むから無事でいてくれよ……。


 そう願いながらハジメは草原を駆けていく。









 ハジメが村にたどり着いたときにまず目に入ったのは、門に寄り掛かって座り込んだ男性だった。


 側に寄って顔を見る。少し小皺の多い顔は見慣れた門番の男性のものだった。


 身体から血を流し、呼吸もなければ刺激に対してなんの反応も返さない。


 ハジメは男性の亡骸を横たわらせると傷口に手を突っ込み、その血を剣に塗りつける。


――必ず仇は取ろう。休んでくれ。


 亡骸にそう誓い、怯む少年を連れて門を潜る。


 村の中は嫌に静かで、中央の広場の方から笑い声が嫌に響いていた。


 ハジメが笑い声のする方へと足を進めていき、広場で行われている行為に思わず足を止めた。


「aa? nandatemee」

「areka、mazokuttenowa」


 一箇所に集められた村人たちと、血を流して倒れる男女数名。啜り泣く声と、それらを前に寛いだ様子の戦士たち。


 ハジメは血を流す男女の中に見慣れた栗色の髪を見つけ、倉庫に手を入れると対話の水晶を掴み躊躇なく地面に叩きつけた。


 甲高い音を響かせて砕け散り、推奨の破片が空気中にキラキラと舞い上がる。


 幻想的とも言える光景の中、ハジメは剣を地面に突き刺して宣言した。


「こちらは新羅魔導諸族連合国所属、暗黒騎士ハジメ・クオリモである。そちらに指揮官はいるか?」

「……エーゲモード王国王立騎士団第六特務隊隊長、ゲドゥだ」

「この村で行われている村人に対する暴挙はお前たちの行ったことか?」


 一歩前に出てきた髭の生えた騎士――ゲドゥにそう問いかけると、ゲドゥはちらりと横目で何かを見た後ハジメの問いに答える。


「ああ。この村は魔族の拠点である嫌疑がかけられていたからな」

「そうか。ところで、村の前で門番が殺されていたがあれは?」

「それは見せしめだ。国に反旗を翻そうとしている者たちを許す訳にはいかないからな」

「なるほど、そうかそうか……」


 ゲドゥの言葉にうんうんと頷き、ハジメは剣を引き抜いた。


「ならば、契約によりお前たちを排除する――」

「そうか、残念だ」


 ゲドゥの呟きと共に巨大な火の玉がハジメに殺到し、一瞬で彼の姿は炎の中に消えてしまうのであった。

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